2006年01月27日

将棋の歴史2:伝来(1) 二人制チャトランガ(1)

四人制チャトランガ

将棋・シャンチー・チェスなどの共通の祖先であるチャトランガ(図)は、前三世紀ごろ、古代インドのマウリヤ朝時代に、ガンジス川中流域にて作られたと推定される。

(チャトランガで使用する駒は立像型であるが、仮に駒の名称を漢字に置き換えると、図のようになる。名称は、中国の「宝応象戯」などから想定した。)

 

サンスクリット語で、チャツル(=四)とアンガ(=要素、組、メンバー)を合わせた言葉であり、直訳すると四つの要素、四つの組などとなる。歩兵隊、象隊、騎兵隊、戦車隊という古代インドの四種類の軍制を模したものなのである。

 

二人制チャトランガ当初、四人制賽式(=ダイス、サイコロ)であったものが賽を使用しない二人制(図)へと改良された」とする説と、「もともと二人制であったものから四人制が派生した」とする二つの説がある。

ちなみに二人制は世界広域にて発見され、四人制はガンジス川中流域に限定されるという。

 

私見ではあるが、四にこだわる名称の由来の他、改良過程の論理性などから、四人制賽式から二人制へと改良されたものと推定する。

 

四人制において各々に初期配置される駒は八個(五種類)であり、二人制においては十六個(六種類)と倍になる。また、四人制は賽の偶然性に頼り、二人制は純粋に思考による。

 

このように二人制はより進化したゲームであるが、四人制祖先説を支持するもっと根本的な理由がある。それは二人制における「王」「将(仕官)」の配置の不自然さである。

 

四人制と二人制の違いは、賽という汎用性のあるものを除くと他に一点しかない。それは、「王」のみが四つか、「王」と「将(仕官)」が各々二つずつかである。そして、二人制の場合、「王」と部下の「将」が仲良く並ぶ。

 

チェスこの不自然さは世界各地域で二人制チャトランガ改良の大きな要因となった。

これを解消するために、シャンチーや将棋においては盤が一回り大きくなり、駒数を増やすことによって「将」が部下であることを明確にしたが、逆に、チェス(写真)においては「将」を「女王」に昇格させることで不自然さを解消した。

 

しかし、もともと四人制であったものが二人制に改良された経緯、つまり「将」は二つの軍が合体する前には「王」であったと考えると、同列に並ぶ理屈は立つ。

(つづく)




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