2006年03月16日

将棋の歴史2:伝来(15) 「玄怪録」の「宝応象戯」(8)

 西遊記に六甲六丁(または六丁六甲)が登場する。道教などにおいて神の使いや化身とされる六甲六丁は、干支のうち陽の甲(きのえ)、陰の丁(ひのと)と十二支を組み合わせたものである。

 「六甲」 甲子、甲戌、甲申、甲午、甲辰、甲寅  
 「六丁」 丁卯、丁丑、丁亥、丁酉、丁未、丁巳

 これらの決められた順列を注視すると、六甲と記した作者の意図が明らかになる。六甲の六番目に甲寅(きのえとら)が含まれ、そもそも十二支に含まれない象は一切登場しない。
 あくまで、「六甲」→「六番目の甲(きのえ)」→「寅」なのである。

宝応象戯 中国では、かつて、今日あるシャンチーとは別の象棋が存在したという説がある。まさに、「宝応象戯」こそ、シャンチーの祖先と異なる二人制チャトランガだったのである。

 異なる理由は明快である。周家森氏が著書「象棋源流考」で「唐の時代には、中国に象がいたという話は聞きません」と述べているように、中国において「象」が「寅」に代えられることがあっても、「寅」が「象」に代えられることはないからである。

 シャンチーにおいて、「馬」が八方に駆け回る様を「八面虎」と称する。「馬」に対して「虎」とつけられた渾名には少々違和感を覚えるが、もしかしたら、もともと「寅(または虎)」という駒が盤上に存在した名残なのかもしれない。

(つづく)



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この記事へのコメント
この配列はマックルックやシットウィンと同じですね。
唐の時代にはマスメに駒をおいた将棋(?)があったそうです。
Posted by 馬形進 at 2006年04月17日 08:35
 馬形進さんへ

 こんにちは。コメントありがとうございました。

 「二人制のチャトランガ」と「宝応象戯」と何が違うかというと
 「象」が「寅」に変化したという違いだけです。
 「宝応象戯」は、限りなくチャトランガの原型に近いものであった
 と考えています。

 唐時代に升目に置いた「象棋」があったという説があるのに、
「宝応象戯」がそれに該当するという認識は日中の研究者の間でも
ほとんどなかったようですね。

 なお、マックルックやシットウィンも、将棋やシャンチーに比して
改良に乏しく、結果としてチャトランガの原型に近い状態を
今も保っています。

 小沼 諒
Posted by 小沼 諒 at 2006年04月19日 00:04
シットウィンは1000年前にスリランカからきたとビルマ人が語っていました。
Posted by 馬形進 at 2006年04月21日 00:04
馬形進さんへ

 こんにちは。
 ビルマ人のコメントは大雑把ではあるけれども、
核心を突いていると思います。

 チャトランガは、ガンジス川中流域で作られ、
一見、陸路を通って東南アジアに伝えられたかに
見えますが、実際には南下してスリランカに定着した
後に、交易路「海の道」経てビルマに伝えられたと
いうことでしょう。

 もし、千年前で正しいとすると、チャトランガは
ビルマに到着する前に、すでに中国経由で日本に
伝来していたことになります。

 小沼 諒
Posted by 小沼 諒 at 2006年04月21日 21:11