2006年04月13日

将棋の歴史3:伝来(3) 最古の文献(1)

 従前、将棋に関する最古の記述は、藤原行成(九七二〜一〇二七)が著した「麒麟抄(きりんしょう)」とされる。第七巻に将棋の駒の字の書き方が記されている。

  藤原明衡が康平年間(一〇五八〜一〇六四)に著した「新猿楽記(しんさるがくき)」には「……尺八、囲碁、双六、将棋、弾碁……」と記され、当時の貴族の娯楽をしのばせる。時期的に興福寺跡出土の駒と大差ない。

 また、明確な記述とはいえないが、「将棋」の存在を暗示するものはある。

 中国の「隋書・東夷伝・倭国」に「(倭人は)棊博(えきばく)、握槊(あくさく)、樗蒲(ちょほ)ノ戯ヲ好ム」とある。日本人は碁や賭博(とばく)などが好きだという。同様の記述として、「博戯(ばくぎ)」などがある。

 「日本書紀」に、西暦六八一年、天武天皇十四年九月に「辛酉に天皇大安殿に御して王卿等を殿の前に喚して博戯せしむ」という記述がある。

 同じく、西暦六八九年、持統天皇三年に「十二月己酉朔丙辰 禁断雙六(すごろく)」という我が国最古の双六の禁令もみられる。禁裏(きんり)向けか一般民衆向けかは定かではないが、賭博性を有したゲームが広く普及し、国としてその事態を憂慮した事実を指す。

 国レベルというのは余程のことであり、「博戯」の日本への伝播時期は、これらの出来事よりも相当年数、遡ることになる。

(つづく)



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