2006年05月18日

将棋の歴史3:伝来(14) 猛虎復活

二中歴の将棋経過版 奇数列の二段目に、その下段に置かれた駒を参考として新たな駒を作成する。この方針にもとづいて、奔車、横行の順で作成し、最後に加えたのが猛虎である。
(左図は、二中歴の将棋→大将棋に改良される過程で作られた経過版の想定図です)

 二中歴の大将棋に「猛虎あり、銀の頂にあり、四角に一歩行く」とある。
 銀将から直進する機能を除いたものに他ならない。

 奔車も横行も、従来の駒に比して機能を強化したものである。ところが猛虎の場合、これらと逆行する。一体どういうことなのだろうか。

 この時、改良者の「彼」には二つの選択肢があった。一つは「銀将の機能強化」であり、もう一つは「先祖返り」である。「彼」は後者を選んだ。

 新型将棋(興福寺出土駒)と旧型将棋(酒田出土駒)の年代的な逆転現象から、かつて新旧の将棋が併存する時期があったことを前述した。

日本に伝来した「将棋」 改良者の「彼」は、新型(=漢字二文字)と旧型(=漢字一文字)双方に触れる機会がある一方で、旧型の「虎」に対する愛着もあった。そこで、改良版において「虎」を復活させたのである。
(左図は、日本に伝来した「将棋」の想定図です)

 ただし、新型は漢字二文字であるため、単に「虎」ではなくて「猛虎」と記した。これが猛虎復活の真相である。

 前述のとおり、中国唐代「玄怪録」に記された「宝応象戯」においても「寅」であった。
 さらに、虎は古来、朝鮮においても特別な存在であり、神話や民話に山神の化身や使いとして頻繁に登場する。ソウルオリンピックでマスコットに採用されたのが虎のホドリ君であったことからも、いかに朝鮮においても虎が身近な存在であるかわかる。

 虎(寅)という駒の存在によって、日・中・韓の「将棋」が一つの線で結ばれるのである。

(つづく)



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この記事へのコメント
初めてご連絡いたします。
最近、将棋の歴史に興味を持ち始めた新参者です。
二中歴の「将棋」「大将棋」に関心があり、自分なりにいろいろ考えています。
先生の御説、興味深く読ませていただきました。
私は、「二中歴将棋」の記事「「敵玉一将則為勝」は「敵玉一将で則ち勝ちを為す」であり、「敵玉一将さえとれば勝ちになる」という意味だと考えています。「二中歴将棋」は通説と異なり「持ち駒使用」だと思います。
また、「二中歴大将棋」の「必是一方必此行方准之」は「必ずこれは一方であり必ず此の行き方は之に准ず」であり「必ず一方だけに属し、必ず取られた後もこれに準じる。(敵のものにならない)」という意味で「取り捨て」の説明だと考えています。
また「二中歴大将棋」の記載は、誤りが多くコマの配置は次のようだあったと考えています。(名称は一字で略しています)

            注
歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩
    飛       横       飛
奔       猛       猛       奔
香 桂 鉄 銅 銀 金 王 金 銀 銅 鉄 桂 車

「二中歴大将棋」についてこれほど深く考えられた文を読んだことが無かったため、つい興奮して拙案を披露しました。
一層のご研究を期待しております。
 
Posted by 溝口和彦 at 2008年12月26日 00:28
溝口和彦 様

 明けましておめでとうございます。
 コメントありがとうございました。さて、
 
>「二中歴将棋」の「敵玉一将則為勝」は「敵玉一将で則ち勝ちを為す」であり、「敵玉一将さえとれば勝ちになる」という意味だと考えています。
>また、「二中歴大将棋」の「必是一方必此行方准之」は「必ずこれは一方であり必ず此の行き方は之に准ず」であり「必ず一方だけに属し、必ず取られた後もこれに準じる。(敵のものにならない)」という意味で「取り捨て」の説明だと考えています。

 整合性の取れた解釈であると思います。
 ただし、「持ち駒使用」の経緯・導入時期の解明については、将棋史においてとりわけ重要な命題であり、他の物証や文献等との整合性も含め、更なる検証を期待します。

>また「二中歴大将棋」の記載は、誤りが多くコマの配置は次のようだあったと考えています。(名称は一字に略)
            注
歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩
    飛       横       飛
奔       猛       猛       奔
香 桂 鉄 銅 銀 金 王 金 銀 銅 鉄 桂 車

 私の場合、「一貫した改良過程の解明」にこだわりがあり、「(通説を前提とする)二中歴の大将棋」について、矛盾のない改良過程の仮説の構築に努めましたが、溝口さんの配置図についても、「二中歴の大将棋」の(想定上の)経過版の欠陥が解消される結果となりました。

<参考>2006年11月07日付「将棋の歴史7:その他(5) 二中歴の大将棋(3)」
(http://app.blog.livedoor.jp/r_onuma/tb.cgi/50691414)
 
 解釈について、披露いただけると幸いです。
 今後とも、よろしくお願いします。
Posted by 小沼 諒 at 2009年01月03日 20:25
ご連絡遅れて申し訳ありません。(拙訳です)
(原文)
又大将棊十三間云 玉将各住一方中
金将在脇 銀将在金之次
次有銀将 次有銅将
次有鉄将 次有香車
銅将不行四隅 鉄将不行後三方
又横行在王之頂方 行前一歩左右不云多少
又有猛虎在銀之頂 行四角一歩
飛龍在桂馬之上 行四隅超越
奔車在香車之頂 行前後不云多少
注人在中心歩兵之頂 行前後
必是一方 必此行方准之
(解釈、意訳部分あり)
又、大将棊十三間と云うものがある。玉将はそれぞれの中央に位置する。
金将が王将の両側に在り、銀将は金将の次に在る。
次に銀将が有り、次に銅将が有り、次に鉄将が有り、次に香車が有る。
銅将は左・右・左下・右下に行けず、鉄将は左左下・右右下・真下に行けない。
又、横行が王将の上にあって、前に一歩・左右は無制限に行ける。
又、猛虎が銀将の真上にあって、斜め四方に一歩行ける。
飛龍は桂馬の効きにあって、四隅に飛び越して行ける。(斜め2目)
奔車は香車の真上にあって、前後に無制限に行ける。
注人は中心の歩兵の真上にあって、前後に一歩行ける。
必ず一方だけに属し、必ず取られた後もこれに準じる。
(敵のものにならない)
配置については「頂」は真上、「頂方」は一つ離れて上、「上」は効きのある場所、と書き分けてあると判断しています。
駒の動きについては、後の大将棋での動きからあまりにも不合理と思われるところを訂正しています。
特に「飛龍」は「角行」と同じという理解は問題があると思います。シャンチーの「仕・士」「相・象」と同じ動きの駒が、「猛虎」「飛龍」だと思います。
Posted by 溝口和彦 at 2009年04月15日 08:19
溝口和彦 様

 返事が遅くなり、申し訳ありません。さて、

「配置については「頂」は真上、「頂方」は一つ離れて上、「上」は効きのある場所、と書き分けてあると判断しています。」

 溝口さんの厳格な解釈の試みに共感します。
 他の複数の資料から、この解釈の正当性の裏付けを得たいところですね。

「駒の動きについては、後の大将棋での動きからあまりにも不合理と思われるところを訂正しています」

 二中暦は時期の特定が難しい資料です。
 というのは、三善為康(1049〜1139)が編纂したとされるものの、逸年号等、相当に古い内容が含まれる一方で、後世まで改定がなされているからです。
 ともあれ、資料を多角的に捉えるのは大切なことであると思いますが、後世の資料と思われる大将棋との整合性の確保については、これだけでは評価がむずかしいですね。

「シャンチーの「仕・士」「相・象」と同じ動きの駒が、「猛虎」「飛龍」だと思います。」

 中国唐代の「玄怪録」に記された、いわゆる「宝応象戯」と日本に伝来した将棋と同一種であると考えています。
 この場合、金将の祖先にあたる駒は、「玄怪録」の「上将(=将)横行系四方(=将は縦横四方に進め)」で、金将から斜め前方に進む機能を除いたものであり、シャンチーの「仕・士」に相当します。
 シャンチーにおいて九宮内の斜め線は、士行線と呼ばれて、士(仕)のみ利用できますが、もともと「士・仕」固有の動きが斜めだったわけではありません。
 また、銀将の祖先にあたる駒は、二中暦の大将棋に記された「猛虎(又有猛虎在銀之頂 行四角一歩)」であり、銀将から直進する機能を除いたものです。もともと、二人制チャトランガにおいて象と呼ばれた駒です。(念のため)
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 今後とも、よろしくお願いします。

 小沼 諒
Posted by 小沼 諒 at 2009年04月30日 14:04