2006年05月25日

将棋の歴史3:伝来(17) 「日本に伝来した将棋」の駒の性能(1)

  駒の名称に差異はあるが、駒の機能自体に差異はなかったものと思われる。というのは、同一機能であったと仮定して、何ら改良過程の考察に支障をきたさないからである(後述)。

日本に伝来した「将棋」、中国の「宝応象戯」、「シャンチーの祖先」。日本に伝来した「将棋」宝応象戯シャンチーの祖先(再掲)

 

 

 


 具体的な機能について、「玄怪録」と「二中歴」から、次のように推定される。

 まず、二中歴によると、「将棋」の勝利条件は敵玉を除いてすべて取ること、飛車・角行が存在しないことなど今日あるルールと違いがあるが、駒の名称も動かし方も今日のものと変わらない。

「将棋 棋の一作である。玉将は八方向に自在を得る。金将は下二目に行けない。銀将は左右下に行けない。桂馬は前の角より一目を超える。香車は先の方向に任意に行く。歩兵は一方のみで他行しない。敵の三目に入れば皆金に成る。敵玉が一将になればすなわち勝ちとなる」

 日本に伝来した「将棋」の駒の機能についても、概ね同様の勝利条件・動かし方であったと想定する。
 日本の将棋は、持駒制度・大駒(飛車・角行)採用によって、機動力溢れる試合展開を確保した結果、個々の駒の機能を強化する必要に迫られなかった。その結果、かなりの部分において二人制チャトランガの原型を保っている。

 ただし、「将・虎」については、各々の子孫の「金将・銀将」と異なる。

(つづく)



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