2012年10月27日

普通唱導集大将棋の可能性(9)

 仮に、大将棋と異なる「普通唱導集大将棋」なるものが存在したとする。

<普通唱導集大将棋(仮定図)>
普通唱導集大将棋1
 

そして、この場合において、二中歴大将棋→(仮)普通唱導集大将棋→大将棋(初期改良)→中将棋→大将棋(後期改良)という改良過程の可能性はあるが、(仮)普通唱導集大将棋→中将棋→大将棋という改良過程の可能性はほとんどないことを明らかにした。

すなわち、大将棋と異なる普通唱導集大将棋を仮定した場合であっても、結局、二中歴大将棋から大将棋(初期改良)至る改良過程における経過版という位置付けにしかならず、通説(普通唱導集大将棋=大将棋)と改良過程に大差はない。

 これが、現状の文献等から得られる結論である。 

(完)

  

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2012年10月25日

普通唱導集大将棋の可能性(8)

 仮に、大将棋と異なる「普通唱導集大将棋」なるものが存在したとする。

<普通唱導集大将棋(仮定図(1))>
普通唱導集大将棋1
 

一方、中将棋が大将棋より先、すなわち、(仮)普通唱導集大将棋→中将棋→大将棋(初期改良)という改良の可能性はあるのだろうか。

結論をいえば、以下の理由から、可能性はほとんどないと考える。

     「成り」からみた、中将棋と大将棋(初期改良)との関連性の希薄さ

     「成り」からみた、中将棋と大大将棋・摩訶大大将棋との関連性の希薄さ

     改良過程の合理的な解釈の困難性

 以下、具体的に説明する。

 

(1)「成り」からみた、中将棋と大将棋(初期改良)との関連性の希薄さ

  大将棋(初期改良)は中将棋を参考にして作られたと仮定した場合に、表面の新規の駒のみを参考とし、裏面の「成り」の体系や新規の駒は、一切、参考にしていない、というのは、いかにも不自然である。

(2)「成り」からみた、中将棋と大大将棋・摩訶大大将棋との関連性の希薄さ

  (1)と関連するが、大大将棋と摩訶大大将棋の「成り」について、大将棋よりも先につくられたはずの中将棋の体系や新規の駒を、一切、参考としていないというのは、いかにも不自然である。

(3)改良過程の合理的な解釈の困難性

  (仮)普通唱導集大将棋→中将棋においては、まず、盤のサイズを15間盤から12間盤に縮小し、かつ、多くの駒(飛龍、猛牛、嗔猪、悪狼、猫刃、鐵将、石将、桂馬)を間引く必要がある。
 ところが、駒を間引いた後、一転して、表面の駒を新規に多数作成(奔王、龍馬、麒麟、鳳凰、獅子等)し、裏面の成り駒を多数、新規に作成(太子、白駒、鯨鯢、飛牛、飛鹿、角鷹、飛鷲)することになる。
 たしかに、裏面の「成り」の体系の構築とそのための新規の駒の作成は、表面の駒の増減とは着想が異なる。したがって、表面と裏面の駒の増減(間引きと新規作成)を同一視することはできない。
 又、「15間の奇数盤を12間の偶数盤に切り詰めるために駒を間引く行為」と「自陣2列目・中央間を充実させるための駒の新規に作成する行為」は全く別行為と強弁できないこともない。
 しかし、駒を大量に間引いた直後に、何事もなかったかのように、大量に新規に作成するというのは、いかにも不自然である。少なくとも、常識的な創作心理に反する。
 又、「駒を間引いた者」と「新規駒作成者」は別人であるという説を掲げても、根拠に乏しいと思われる。
 すなわち、(仮)普通唱導集大将棋→中将棋→大将棋(初期改良)の改良過程を、合理的に解釈することは困難であるといわざるをえない。

(つづく)

  
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2012年10月23日

普通唱導集大将棋の可能性(7)

 仮に、大将棋と異なる「普通唱導集大将棋」なるものが存在したとする。

<普通唱導集大将棋(仮定図(1))>

普通唱導集大将棋1
 

 この場合に、二中歴大将棋→(仮)普通唱導集大将棋→大将棋(初期改良)→中将棋→大将棋(後期改良)の改良過程を、以下のように説明できる。

(1)二中歴大将棋→(仮)普通唱導集大将棋

13間盤を15間盤に拡大した上で、新規に駒を追加・作成することにより、市松模様に駒を配置する改良がなされた。

(2)(仮)普通唱導集大将棋→大将棋(初期改良)

  市松模様の配置から、さらに、自陣2列目、中央間に既存の駒を移動し、又は、新規の駒を追加・作成することにより、表面の充実を図った。なお、裏面については、酔象の駒を王将の前に配置するための言い訳として、酔象、鳳凰、獅子のみ、特殊な「成り」を設定した。(水無瀬神宮蔵「象戯図」)

(3)大将棋(初期改良)→中将棋

  大将棋(15間盤)と小将棋(9間盤)の中間種を作成するという意図の下、偶数盤(12間盤)の中将棋が作られた。

大将棋と比較して、盤のサイズが小さくなったことから、一見、簡略版にもみえるが、偶数盤の採用、裏面の「成り」の精緻な体系の構築・新規駒の作成等、作者の相当な野心が伺え、単なる「大将棋の簡略版」の作成を目指していないのは、明らかである。

(4)中将棋→大将棋(後期改良)

  中将棋にて構築された「成り」の体系が、大将棋にフィード・バックされたものである。(象棋六種之図式)

(つづく)

  
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2012年10月20日

普通唱導集大将棋の可能性(6)

 仮に、大将棋と異なる「普通唱導集大将棋」なるものが存在したとする。

<普通唱導集大将棋(仮定図(1))>
普通唱導集大将棋1
 

そうすると、大将棋の成立が中将棋の成立よりも早いという根拠が乏しくなる。

そこで、(仮)普通唱導集大将棋を基礎として目指したのは、大将棋(初期改良)((仮)普通唱導集大将棋→大将棋(初期改良)→中将棋)と中将棋((仮)普通唱導集大将棋→中将棋→大将棋(初期改良))のいずれなのだろうか。 

まず、目指したのは大将棋(初期改良)、すなわち、「(仮)普通唱導集大将棋→大将棋(初期改良)→中将棋」である、と考えるのが自然である。

なぜなら、もともと、(仮)普通唱導集大将棋は、大将棋(初期改良)の改良前半を基礎として、想定しているが、「裾野(=二中歴大将棋)から頂(=大将棋)を目指す」よりも「中腹(=(仮)普通唱導集大将棋)から頂を目指す」方が容易だからである。

すでに、二中歴大将棋→大将棋(初期改良)→中将棋に至る一連の改良過程を考察しているが、(仮)普通唱導集大将棋を起点とする場合に、どのような改良過程が考えられるが、あらためて確認する。

(つづく)

  
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2012年10月18日

普通唱導集大将棋の可能性(5)

<普通唱導集大将棋仮定図(1)>

普通唱導集大将棋1
 

 ところで、普通唱導集大将棋仮定図(1)において、飛龍からの連想により「龍王」を配置したが、飛龍ではなく横行からの連想により、「竪行」に置き換えることも可能である。 

<普通唱導集大将棋仮定図(2)>
普通唱導集大将棋2

 

大将棋(改良前半)において、この「竪行」の図を採用しなかったのは、仮に「龍王」の代わりに「竪行」を配置した場合であっても、結局、竪行を外側に移行させ、このマスに「龍王」を配置する必要があるからである。

つまり、改良過程を複雑にする必然性が明確ではなかったため、あえて「竪行」は採用しなかった。

 

又、「龍王」を「角行」に置き換えることも考えられる。

<普通唱導集大将棋仮定図(3)>
普通唱導集大将棋3
 

ただし、この場合、単純に横行からの連想により「角行」が作成されたと考えることはできない。

なぜなら、ヨコとくればタテ(タテとくればヨコ)と連想するのが自然であり、いきなり、ヨコからナナメという着想にはならないからである。

したがって、「角行」を配置するには、さらなる仕掛けが必要となる。

すなわち、当初、飛車の代わりに奔横が置かれ、これが、さらに飛車に改名されたと考えるのである。

ちなみに、「奔横」は、徳島の川西遺跡(鎌倉時代初期(12世紀末−13世紀初頭))で発掘された駒であるが、名称から、奔車と横行の機能を合体させた駒=飛車を連想させる。

すなわち、奔横というタテ×ヨコの駒の連想から、ナナメの駒が作成されても不自然ではないという理屈である。

しかし、改良過程がより複雑になるため、大将棋(改良前半)において、この図は採用しなかった。

(つづく)

  
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2012年10月16日

普通唱導集大将棋の可能性(4)

注人1枚を仲人2枚に置き換えるだけで、普通唱導集の内容と矛盾しない配置となる。

<普通唱導集大将棋仮定図(1)>

普通唱導集大将棋1
 
 しかし、この配置には問題がある。

  具体的な改良過程の考察にあたっては、必然性を重視している。

 なぜなら、多数の将棋が創作される中で、合理的かつ必然性をもった改良のみが、淘汰され、生き残ったと考えるからである。

  注人(1枚)から、仲人(2枚)への改良は、強力に直進する性能を持つ「奔王」が中央間に配置され、その上に置かれた「注人」が邪魔となり、他の間に移転する必要性が生じたためと考える。


 そして、移動場所として、自陣4列目に配置された駒を配慮し、直進する性能を有していない角行の前に置かれた。
 

<参考:大将棋改良過程図(注人1枚→仲人2枚)>

 大将棋20仲人

 
 すなわち、この改良前半において、注人1枚から仲人2枚に改良される必要性は生じていない。

 したがって、改良前半において、「注人(1枚)から、仲人(2枚)へ配置換え」を想定する場合、「その方が、広い盤面のワンポイント・マークとして、1枚より2枚に増やした方が、塩梅がいいから」等という、漠然とした理由で行われた改良ということになる。

 よって、このタイミングでの注人1枚から仲人2枚への改良について可能性はゼロとはいえないが、必然性に乏しいといわざるをえない。

(つづく)

  
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2012年10月13日

普通唱導集大将棋の可能性(3)

 普通唱導集の原文と意訳は次のとおりである。

(原文)

大将基 伏惟 々々々々

反車香車之破耳 退飛車而取勝

仲人嗔猪之合腹 昇桂馬而支得

(意訳)

(今は亡き)大将棋指しを、伏して惟んみます。

 反車と香車が耳(端)を破り、飛車を後退させ(追い詰め)、取って勝ちます。

 仲人と嗔猪を並ばせ、桂馬を昇らせて、自陣の支えとします。

 

 さて、普通唱導集に記載された駒は、6種類(反車、香車、飛車、仲人、嗔猪、桂馬)に過ぎない。

 しかし、この内、嗔猪と桂馬は中将棋に存在しないことから、中将棋と異なる将棋といえる。

一方、大将棋(改良前半)と、普通唱導集の文言を比べると、すでに、「注人」が「仲人」に改良されている。又、布陣の描写から、仲人は大将棋(駒数130枚)と同様に2枚配置されていると考えるのが自然である。

<大将棋(改良前半)>

改良前半大将棋

<普通唱導集大将棋(仮定図)>

普通唱導集大将棋1

 一応、この仮定図で、普通唱導集と矛盾ない内容となる。

しかし、この大将棋(仮定図)には問題がある。

(つづく)

  
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2012年10月11日

普通唱導集大将棋の可能性(2)

 二中歴大将棋と大将棋(初期改良※)を結ぶ経過版(仮に、普通唱導集大将棋と呼ぶ)が存在したと仮定すると、どのような将棋が想定できるだろうか。(※大将棋に中将棋の成りが導入された可能性もあり、導入前のものを仮に大将棋(初期改良)と規定します) 

 ちなみに、二中歴大将棋から大将棋(初期改良)への改良過程について、次のような段階を想定してきた。 

(1)13間盤から15間盤への改良(石将の創作、歩兵一歩前進)

(2)自陣二列目から四列目へ市松模様に駒を配置

(3)中央間の拡充(逆三角形の配置)

(4)自陣二列目への駒の敷き詰め

 このうち、(2)の市松模様の駒の配置が、改良過程のメインとなるものである。 又、(3)の中央間の拡充と(4)の自陣二列目への駒の敷き詰めは、おおむね、同時並行的になされており、便宜的に分けたに過ぎない。

 

 つまり、二中歴大将棋から大将棋(初期改良)までの改良過程を、

     改良前半「自陣二列目から四列目へ市松模様に駒を配置」するまで

     改良後半「中央間の拡充(逆三角形の配置)、自陣二列目への駒の敷き詰め」

と大別することができる。

 なぜなら、改良前半と改良後半では、改良の方向性に明確な違いがあるからである。 

そこで、改良前半図(自陣二列目から四列目へ市松模様に駒を配置したもの)が、普通唱導集の記述と矛盾しないか否か、検証する。
改良前半大将棋

 
(つづく)

  
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2012年10月09日

普通唱導集大将棋の可能性(1)

 今日、二中歴大将棋→大将棋→中将棋という改良過程が通説であり、このブログでは、通説を前提とする具体的な改良過程を考察した。

ところで、これらの将棋に関連する、主な出典等は次のとおりである。

 

二中歴大将棋  (二中歴 1120年ごろ、三善為康(10491139)編纂)
 <二中歴大将棋(溝口説)>
二中歴大将棋溝口説
大将棋     (普通唱導集 1302年 )

大将棋     (曼殊院ノ宮が所持したとされる「象戯図」、1443年)※
 <大将棋> 

大将棋
中将棋     (「康富記」 中将棋を指すとの記述 1444年)
 <中将棋> 

中将棋

中将棋駒受注  (水無瀬兼成著「将棊馬日記」
1590年(兼成77歳)〜1602年(兼成89歳、逝去))

大将棋     (水無瀬兼成写「象戯図」※を写したもの、1591年)

大将棋駒受注  (水無瀬兼成著「将棊馬日記」1593年(兼成80歳))

大将棋・中将棋   (「諸象戯図式」、1694年)

 

まず、二中歴に記載された大将棋は13間盤、駒数68で、他の大将棋(15間盤、駒数130)と異なるため、「二中歴大将棋」とし、他と区別して記載した。

水無瀬兼成写しの「象戯図」(1591年)には、「曼殊院ノ宮が所持していた嘉吉31443年)の写本を、申し請け、書き写した」との記載がある。(※)

又、水無瀬兼成写の「象戯図」の内、大将棋図には、3つの「成り」の記述しかないが、「象棋六種之図式」(18世紀以降)では、中将棋の「成り」に類似した内容となっており、中将棋の「成り」の体系が大将棋にフィードバックされた可能性も考えられる。

なお、前述のように、大将棋から派生した大大将棋・摩訶大大将棋について、中将棋の「成り」の体系と相関関係がなく、中将棋とは別系統の将棋と考えられる。

 

さて、上記のうち、内容が不明確なのは、普通唱導集に記載された大将棋である。

なぜなら、将棋の一局面を部分的に描写したものに過ぎず(6駒しか登場しない)、駒・盤面全体の記載がないからである。

しかし、その描写は大将棋(15間盤、駒数130)と矛盾せず、かつ、中将棋と合致しないことから、当時(1302年)すでに、大将棋(15間盤、駒数130)が存在したと推測され、これが通説として扱われる。すなわち、大将棋の改良が中将棋の改良に先立つ根拠とされる。

 

しかし、上記のように、二中歴編纂から普通唱導集編纂まで約180年が経過しており、普通唱導集編纂から曼殊院ノ宮が所持したとされる「象戯図」の大将棋(1443年)まで、約140年の開きがある。又、大将棋は、二中歴大将棋と比較して相当に複雑な構成となっている。

すなわち、普通唱導集は、記述が不完全であり、かつ、時期的に他の文献等と孤立している。

 

そこで、普通唱導集に記載された大将棋を駒数130枚のものとみなしてよいか否か。

仮に、普通唱導集大将棋が駒数130枚以外のものであった場合、それはいかなるものであったかについて検証する。

(つづく)

  
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2012年10月06日

中将棋の「成り」(2)

 中将棋の「成り駒」については、大将棋との関連性の有無から、大きく3種類に分けることができる。

ウィキペディア「中将棋」の「駒の動き」をご参照ください)

(1) 大将棋駒の活用

金将→飛車、銀将→竪行、銅将→横行、猛豹→角行、角行→龍馬、飛車→龍王、仲人→酔象、

なお、以下の駒は、初期改良時において確定していたと思われる。

歩兵→と金、麒麟→獅子、鳳凰→奔王、酔象→太子。

(2)新規創作
 聞畆屏)白駒、(反車→)鯨鯢、(竪行→)飛牛、
◆別娶廣)飛鹿、
(龍馬→)角鷹、(龍王→)飛鷲

(3)新規創作かつ摩訶大大将棋駒と共通

(横行→)奔猪

 

 注目すべきは、(2)と(3)である。

 まず、(2)の,痢崟り駒」の共通点は次のとおりである。

a.大将棋(後期改良)・天竺大将棋においても、新規の中将棋の成り駒がそのまま成り駒として採用される。

b.泰将棋・大局将棋において、新規の中将棋の成り駒(裏面)が表面の駒として採用される。

c.大大将棋、摩訶大大将棋において、新規の中将棋の成駒は採用されない。

次に、(2)の¬娶廣飛鹿は、泰将棋において採用されない点で、(2)の,醗曚覆襦

さらに、(2)のN暁連角鷹、龍王→飛鷲は、天竺大将棋において、成り駒(裏面)が表面の駒として採用される点で、(2)の,醗曚覆襦つまり、(2)の◆↓6Δ法◆複押砲劉,犯妙に異なる。

(3)横行→奔猪については摩訶大大将棋・泰将棋においても、「成り駒」として採用される。ただし、これは、「奔猪」に限られるため、中将棋と摩訶大大将棋との関連性は、依然として希薄であると思われる。

 

以上から、次のように推定される。

(1)原則として、大将棋(後期改良)・天竺大将棋において新規の中将棋の成り駒がそのまま成り駒として採用される。

大将棋は、水無瀬神宮蔵「象戯図」(1592年)において、3つの駒(酔象→太子、麒麟→獅子、鳳凰→奔王)の「成り」の記述しかなく、「象棋六種之図式」においては、中将棋と同様の「成り」が記述される。もし、これが史実である場合には、大将棋においては、初期改良と後期改良(中将棋で採用した「成り」の体系のフィードバック)に分けて把握する必要がある。

又、天竺大将棋(16×16盤)は偶数盤であり、中将棋の拡張盤と考えられ、中将棋の「成り」の体系が、そのまま採用されている。

(2)原則として、泰将棋・大局将棋において、新規の中将棋の成り駒(裏面)が表面の駒として、採用される。

泰将棋、大局将棋共に巨大将棋の集大成版(寄せ集め)といった色彩が強く、中将棋で作られた成り駒を表面の駒に昇格させている。すなわち、泰将棋・大局将棋共に、中将棋より後世の将棋と考えられる。

(3)原則として、大大将棋、摩訶大大将棋において、新規の中将棋の成り駒は採用されない。(奔猪のみ例外)

  大将棋の嗔猪が中将棋では採用されていないが、その代替として、横行の成り駒である奔猪として、採用された可能性がある。摩訶大大将棋においては、嗔猪の成り駒として奔猪が採用されたが、摩訶大大将棋と中将棋と共通する駒はこの奔猪のみであり、両将棋の関連性は乏しいと思われる。

したがって、中将棋は、大大将棋・摩訶大大将棋とは別系統の将棋と考えられる。

(つづく)

  
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