よしむね殿の成長記

「片腕だっていいじゃない、それが僕の個性だもん。」6歳になって突然の難病で片腕を失いました。それでも毎日やんちゃし放題、元気いっぱいやりたい放題。11歳手前で寝たきりになっても毎日牧草をしっかり食べ、12歳目前で第1章を終え、今は第2章のお月さまへ留学中。 ラニちゃん改めもっぷちゃんがやりたい放題わがまま放題!そんなもっぷちゃんもお月さまへ留学。 思い出話と覚書ブログになってしまいました。ひっそり続け中。

吉宗介護日記「僕はここにいる」【完】

【最終話】
2008年6月27日に大阪で生まれ、京都でお迎えし、徳島・香川・岡山をかぁちゃんの転勤と共に引っ越し、結婚で現在の地へ。2020年5月6日かぁちゃんの腕の中で11年10カ月9日の生涯に幕を下ろしました。

断脚によって片腕になり、その後骨折・関節炎を患い、10歳で毛芽腫になり、さらには寝たきりになるという色々なハンディを背負いながらもそれらをすべて受け入れがんばり続け12歳目前まで全力で生き抜いた吉宗は、みごとなまでに兎生を全うしました。

殿は私にいろいろなことを教えてくれました。片腕になった時、私はどうケアしていこうかと本当に悩みました。仕事を辞めて介護しなけらばならないのか?とまで考えていました。どうしても考えてしまう

「どうしたら元の生活に戻れるか?」

ということ。がしかし、殿はすんなりと受け入れ片手でバランスを取りながら走り回りベッドに登ったりと今までと変わらない生活を送りました。私の心配は何だったの〜?と思うほど。


「身体が変化したのだから今までと同じようにせず、ありのままの自分を受け入れ生活を少しだけチェンジして合わせるだけのこと」

私が教えられました。

殿の物語は第2章に入りました。
殿は姿が無くなり見えなくなってしまったけれど、私の心の中にはずっとふわっふわでおっとりで甘えん坊の殿がいます。
過去の写真など想い出にひたる記事が書けるようになればと思います。

不思議なことにあの日を境にお嬢様の性格が変わりました。今までしなかった事・殿しかしていなかった癖が出ているのです。殿とお嬢が一緒に遊ぶことはほとんどなかったのに、どうして知っているのかしら?殿が教えたのかしら?いやいや牧草を食べることをまず一番に教えてあげて〜。

お嬢もお嬢なりに気を使い我慢していたのでしょう。どうしても介護で手がかかり後回しになることが多かったのも申し訳なかったな。これからはお嬢を甘やかし写真もいっぱい撮ってあげようね。お出かけもしようね。(作成時、お嬢様は存命)

吉宗介護日記「僕はここにいる」-10

【殿の見送り】

朝から風が強いけれどすっきりと晴れ渡っていました。

本当なら歯切りに行くべき日。途中いつもの病院へ立ち寄り先生にご挨拶を。

せっかくなので歯切りをしてもらえませんか?と聞くと、いいですよと切ってくださいました。
いつものイケメンに戻りました。
診察時間の少し前だったので他の方もおらず、殿も最後の挨拶ができたことでしょう。

お見送りの日は本当に風が強かった。
吉宗がびゅんびゅんと走り回っていたのでしょう。
ダッシュで部屋の中を駆け回っていた姿が目に浮かびます。


荼毘にふせると上空を1機の戦闘機が飛んでいきました。本当に真上を通過したのです。何機もそのあと飛んでいたのですが、ただ1機のみが私たちの上空を通過しました。きっと白馬では遅いので戦闘機に乗って旅立ったのでしょう。


ブルーインパルスの服と幹部用の帽子持っているもんね、殿は。






あれほど強かった風が穏やかになり温かく時間は過ぎていきました。
しかしながら動けるようになったことがよほどうれしいのか、その日からしばらく風が強い日が続きました。どれだけ走り回っているのやら・・・さすが吉宗です。

帰ってきて早々にお水のボトルをかちゃかちゃしたりおやつの袋をガサガサあさっています。
殿がいた場所から毎日音がしています。気配を感じることがあります。時々気配を感じないのできっとお出かけしているのでしょうね。

最近視界の隅っこの方で何やら影が動くことがあります。
先日は茶色い何かがぴょんと飛びました。
お嬢様は・・・グレーだしロン毛だし何よりケージの中だし。




しかしその姿も気配も今はなくなり、かぁちゃんのところへ帰ってくる準備に入ったのかな?そう思うと楽しみだけど。あまりにもあっさりしているし、音も何もしなくなったのは淋しいので今はまだこっちに戻って音ならしてよ〜と話しかけています。



祭壇は最後まで寝ていたケージをそのままにしています。使ったタオルもそのままです。時々匂いを嗅いだりしていますよ。きちんとしたものではなく簡易的な状態なので線香台はキャンドルホルダーに香炉灰だし、花瓶の花はにぎやかだし。

一周忌を迎えるにあたり構想製作に半年を費やしたお仏壇がようやく完成しお引越ししました。とても静かな日々になっています。時々今でもいたずらはしますしお供します。もっと騒いでもいいのにな〜。

吉宗介護日記「僕はここにいる」-9

【殿の旅立ち】

※※号泣注意※※

とうとうこの日が来てしまいました。この日が来ることをお迎えしてからずっと考えない日はありませんでした。子供のころからそれはそれは日々心配でした。

殿はとても親孝行でかぁちゃんが家にいて一緒に過ごせる時を選びました。2日前から固形のペレットを食べなくなり、お湯でふやかしてあげました。それをゆっくり味わいながらもしっかりとした量を食べました。前日の夜ご飯もバナナを混ぜ込んだりヨーグルトを入れたり。食べれるものが多くてよかったと安堵したものです。


そして・・・・・日が変わった午前2時ごろ、お嬢が騒いだのです。いつもなら薄明るくなってからなのにその時はなぜか深夜でした。もしかすると吉宗に何か起きたことを教えてくれたのかもしれません。その日は朝から何も食べず飲まず。目の奥に見える吉宗も少し薄れていました。少しでも水分をと思いジュースとかポカリを薄めてあげても飲まず、すりおろしリンゴも飲み込むことなく残っていたので口から取り除きました。その時口の中がとても冷たかったのが印象に残っています。体温が下がっていたのでしょうね。フリースで包み、カイロで温めていたけれど、届かなかったのでしょう。お嬢に逢わせた時お嬢はすっと逃げていきました。いつもなら側にいるのに・・・。何かを悟っていたのでしょうか?

お尻が汚れているのが気になりササっと洗ってさっぱりと。連休中だったので急患へ行くかどうするか悩みましたが、殿に聞くと反応を示さなかったのでもう家でゆっくり過ごしたくて、行きたくなかったのだと思います。一緒にベッドでごろごろしたり抱っこしたりと、思い出話をして過ごしました。しばらく二人きりで穏やかな時間を過ごしました。

直前に呼吸が浅くなりました。この時間は長く感じましたが実際は数分だったのかもしれません。それだけは全く思い出せないのです。

殿を抱きかかえて見つめながら

「もう無理しなくていいよ。ありがとう。吉宗のペースでいいからね。
大好きだよ。かぁちゃんはここにいるからね。ずっとそばにいるからね。
愛してるよ。かわいいね。本当にいい子だね。
かぁちゃんのところに来てくれてありがとう。また会おうね。大好きだよ。」

いっぱいいっぱいありがとうと伝えました。

苦しむことなく、穏やかに安らかに本当に静かに静かに私の腕の中で吉宗は旅立ちました。


言葉はおかしいのですが、

「さすが吉宗、素晴らしい最後!」


殿「余は満足じゃ。わが兎生に悔いはなし!」


そう聞こえた気がしました。
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