11日に降り出した雨が
翌日には かなりの勢いで降り続き
なお止む事をせず
長野県から東北に掛けて
大きな被害を生んだ

令和元年10月
台風19号が
あちこちで平和な日常を奪った
これまでで
かけがえのない77名の命を奪い 
未だ行方のわからない方10名と言う大惨事となった
(この数字は日々刻々と増えていて
現在の確実な数字とは異なる)

大雨は幾多の川を氾濫させ
山を崩し
崖を崩し
土手を崩し
そして家を押し流し
そこに暮らす人々の命と
生活の全てを奪い去った

私が暮らすこの辺りは
何事も無く「普通の生活」が出来ている
こんなにも「普通の生活」が有難い事と
テレビ画面に映る被災地の映像を観る度に 心からそう思える


亡くなられた方々の御冥福をお祈りしますとともに
行方不明者の早い発見
そして
怪我をなされた方々と
心に深い闇を持たされた方々の
一日も早い治癒
家屋など被害に遭われた方々へ
心から御見舞い申し上げ
一日も早く「普通の生活」が戻りますよう祈っております




さて磐音シリーズ35巻目「姨捨ノ郷」を読み終えた
(被災された方々には読書などと申し訳けないが)

尾張名古屋城下の長屋で
落ち着いた日々を過ごしていた磐音と
おこん そして弥助と霧子の4人は
またしても迫り来る田沼意次の刺客から逃れる為に
また尾張藩に掛かる迷惑を思い
尾州茶屋中島家の商い船「熱田丸」で
尾張を脱出する
雹田平を欺く為「芸州広島」に向かうと見せかけ
一行は
伊勢湾に注ぎ込む河口付近にて熱田丸を下船する
中島家の京の本家 茶屋家に身を寄せる手はずを整えてもらったが
それを回避し
霧子が幼い頃に過ごした山深い隠れ里を目指し山奥深くへと立ち入った

その頃江戸では
蟄居から解放された速水左近は
明らかな左遷である甲府勤番となり
江戸を離れる


一方 今津屋には「旗本佐野善左衛門政言」と名乗る若い武家が
磐音を訪ねて来る
この佐野善左衛門政言とは
実在の人物で 田沼意次と意知(おきとも)親子の凋落の原因を作る事になるのだが
まだ少し先の話になる


1人の青年武士が眼下に広がる豊後関前の城下を懐かしく見ていた
2年前 磐音とおこんに伴われて
この地に滞在したあの直参旗本松平家の次男坊「辰平」であった
辰平はこの地から肥後熊本 筑前福岡へと武者修行に出ていた
辰平はしばし坂崎家に留まり
高知城下に滞在している「重富利次郎」の元へと旅立つ
その利次郎に磐音からの書状が届く
再会を果たした辰平と利次郎は
磐音等に合流する為
城下を密かに離れた


一方磐音等一行は
身重のおこんを連れての険しい山道を
ひたすら雑賀衆姨捨の郷へと向かった
おこんの命の危険を感じながら
道無き道を登って
ようやく霧子が幼い頃に過ごした姨捨の郷へ到着した
この雑賀衆の村は十数年前
雑賀泰造一味により
蓄えを強奪され郷人二人を殺された
その泰造一味を討ち果たしたのが
磐音と聞き
磐音等の滞在を認めた
そして身重での厳しい旅の果てに
熱を出し意識朦朧としているおこんの看病をしてくれ
数日後 おこんは無事に元気を取り戻した

一方 磐音等を追って山中を迷う辰平と利次郎は
怪しい者とされ
和歌山藩目付け方から追われていた

磐音等の行方を聞き込む二人の若い武芸者が居る事を知らされた霧子と弥助は
山を降りその二人を探す
霧子はもしや利次郎では?と思い立ち
二人を探す
霧子はようやく二人に出会い
二人を磐音の元へと連れて行く
そして二人は磐音等と共に
この姨捨の郷に留まる事になる

そしてその年の大晦日の昼前
お蚕屋敷と呼ばれるお産部屋へ移り
明けた正月元旦
あの「空也」が無事誕生した

安永九年(1780年)一月元旦
坂崎空也が誕生した