名も名乗らずにランドセルやら文具やらをプレゼントするのが全国各所で流行している。
報道を見て感じたこと3つ。

1) きっかげがあれば何かしたい
「伊達直人」を名乗って匿名で寄付する、という分かりやすい方法を知って、まねする人が出て、それをニュースを伝えてブームになった。普段、自分にも何かできることが、と思いつつも、日々何もできずに過ぎている人の中に、できることを見つけて参加する機会ができた。

2) 目に見えるもので役に立ちたい
東京新聞の報道にあったのが、お金を寄付するやりかたはここ数年、寄付金額が減少しているが、奨学金や学生ローンのような使い道が分かりやすい仕組みは不景気でも寄付が増えている。お金は何に使われるか分かりにくいけど、ものなら直接的だから、お金よりもものが寄付される。

3) 相手の都合とは別なのでは?
ランドセルに文具、お菓子、児童施設が必要とするものやこどもの数に間に合っているのだろうか?寄付を受ける側も日頃からどんな取り組みをしていて、何が必要か、最近ならホームページやブログ、メールマガジン、Twitter、Facebookなどネットを最大限使って、情報公開できれば、1)や2)の気持ちと結びつきやすい。今回も、ランドセルがどう役に立ったのか、立たなかったのか、後日談を広報した方が面白い。

良かれと思ってする気持ちは尊いけど、受け取る相手が見えてないと、エゴの押しつけになるんじゃないか。送り手と受け手を結びつける仕組みができるとブームじゃなくて、発展的な取り組みになると思った。

目の前にいる困っている人に自分ができることで手をさしのべることのは、「おせっかい」と言われて、昔から庶民の生活に根付いていたこと。古今亭志ん朝師匠の「唐茄子屋政断」を聴くと、お江戸の長屋の「おせっかい」を実感する。


※ 追記
慎泰俊さんのブログに寄付を受ける児童養護施設の現場に近い目線から、「困っているのはモノよりヒト」という指摘を含む記事があったのでリンクします。

拝啓 全国のタイガーマスク様