2007年03月30日
鳥のように
今朝は土砂降りでした。風も強くて、ちょっとした嵐のよう。
昼前には雨はすっかり上がって、春らしい陽気になりました。
そんな土砂降りの中、雨を気にすることもなく、鳥達は元気に鳴き交わしていました。
ひさしの下か、木の葉の陰できっと雨宿りをしていたのでしょう。
でもじきに、どこかへ飛び去ったのか、声は聞こえなくなりました。
土砂降りの中を出勤する私達は「なんで雨なんだよ…」「雨じゃなければいいのになぁ」、と
つい思ってしまいます。
雨だと、履いていく靴や着ていく服も「泥撥ねしても構わないや」と思う、言わば
それほど気に入りではないものを選んだりして、気分も盛り上がりません。
思えば、小学生の頃は新しい長靴が履けるのが嬉しかったりしました。
ねだって買ってもらった、お気に入りの傘を差せるのが楽しみだったりしました。
長靴なら、水溜りも平気で歩けます。普段ならよけて歩く水溜りを、
わざわざ盛大に撥ね散らかしながら歩いたりしませんでしたか?
傘をくるくる回しながら、水が周囲に散っていくのを楽しみませんでしたか?
いつから私達は、雨の日を億劫がるようになったのでしょう。
そして、なぜ億劫になってしまったのでしょう。
雨が降らなければ大変なことになるという認識はあるものの、それはどこか
遠くのことだったりします。
そして、通勤時間を外して降ってくれればいいのになぁ〜、などと思ったりします。
都会に暮らしていると、自然と接する機会はありません。
東京は、実は思いの外緑地帯が多いのですが、自然と言っても、庭園や公園のように
人工的に作られた空間があるばかりです。
たとえそれが明治神宮や皇居の自然林だとしてもです。
晴れでも雨でも嵐でも、変わらず電車に乗り、職場へ向かいます。
そこに自然を感じる余地はあまりありません。せいぜい「暑い」「寒い」「じめじめする」、
そんな快/不快を感じるのが関の山です。
それはもしかしたら、自分の感情や、自然に沸き起こる感覚をないがしろにしていることに
なっているのかもしれないとは、思いませんか。
通勤時間帯の雨や嵐を楽しむことはなかなか難しいかもしれません。
梅雨の時期の満員電車を思うと、雨は歓迎せざるものであるかもしれません。
でも、時には子供の頃の感覚を思い出してみませんか?
それはつまり、自分の本当の感覚、生きているという感覚を取り戻すことだと思うのです。
生きているという感覚を取り戻すことは、豊かな人生を送ることに直接繋がっています。
いつの間にか咲いている街中の花に気付くように、自然の小さな変化に気付けるとしたら、
その細やかな感覚は、人の気持ちの機微に気付くことに繋がっていくでしょう。
それはやがて、豊かな人間関係を育み、豊かな人間関係はあなた自身を豊かにしてくれます。
そんな風に、あなたは人として豊かになっていくでしょう。
今朝の鳥達のように、周囲の変化に惑わされず、自分自身を感じて毎日を過ごすことが
できたとしたら。。。
雨が降るのは当たり前。降ったら降ったでそれに応じた楽しみ方がある。
そんな風に自由自在になれた自分がいたとしたら。。。
どんなに豊かなあなたになっているでしょうか?
♪♪♪ ふむ。鳥のようにね〜、と思えたら。。。 クリックお願いします。
いつも読んでくれてありがとう〜 ♪♪♪
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昼前には雨はすっかり上がって、春らしい陽気になりました。
そんな土砂降りの中、雨を気にすることもなく、鳥達は元気に鳴き交わしていました。
ひさしの下か、木の葉の陰できっと雨宿りをしていたのでしょう。
でもじきに、どこかへ飛び去ったのか、声は聞こえなくなりました。
土砂降りの中を出勤する私達は「なんで雨なんだよ…」「雨じゃなければいいのになぁ」、と
つい思ってしまいます。
雨だと、履いていく靴や着ていく服も「泥撥ねしても構わないや」と思う、言わば
それほど気に入りではないものを選んだりして、気分も盛り上がりません。
思えば、小学生の頃は新しい長靴が履けるのが嬉しかったりしました。
ねだって買ってもらった、お気に入りの傘を差せるのが楽しみだったりしました。
長靴なら、水溜りも平気で歩けます。普段ならよけて歩く水溜りを、
わざわざ盛大に撥ね散らかしながら歩いたりしませんでしたか?
傘をくるくる回しながら、水が周囲に散っていくのを楽しみませんでしたか?
いつから私達は、雨の日を億劫がるようになったのでしょう。
そして、なぜ億劫になってしまったのでしょう。
雨が降らなければ大変なことになるという認識はあるものの、それはどこか
遠くのことだったりします。
そして、通勤時間を外して降ってくれればいいのになぁ〜、などと思ったりします。
都会に暮らしていると、自然と接する機会はありません。
東京は、実は思いの外緑地帯が多いのですが、自然と言っても、庭園や公園のように
人工的に作られた空間があるばかりです。
たとえそれが明治神宮や皇居の自然林だとしてもです。
晴れでも雨でも嵐でも、変わらず電車に乗り、職場へ向かいます。
そこに自然を感じる余地はあまりありません。せいぜい「暑い」「寒い」「じめじめする」、
そんな快/不快を感じるのが関の山です。
それはもしかしたら、自分の感情や、自然に沸き起こる感覚をないがしろにしていることに
なっているのかもしれないとは、思いませんか。
通勤時間帯の雨や嵐を楽しむことはなかなか難しいかもしれません。
梅雨の時期の満員電車を思うと、雨は歓迎せざるものであるかもしれません。
でも、時には子供の頃の感覚を思い出してみませんか?
それはつまり、自分の本当の感覚、生きているという感覚を取り戻すことだと思うのです。
生きているという感覚を取り戻すことは、豊かな人生を送ることに直接繋がっています。
いつの間にか咲いている街中の花に気付くように、自然の小さな変化に気付けるとしたら、
その細やかな感覚は、人の気持ちの機微に気付くことに繋がっていくでしょう。
それはやがて、豊かな人間関係を育み、豊かな人間関係はあなた自身を豊かにしてくれます。
そんな風に、あなたは人として豊かになっていくでしょう。
今朝の鳥達のように、周囲の変化に惑わされず、自分自身を感じて毎日を過ごすことが
できたとしたら。。。
雨が降るのは当たり前。降ったら降ったでそれに応じた楽しみ方がある。
そんな風に自由自在になれた自分がいたとしたら。。。
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2007年03月13日
ビリーフ
先日、私に対して良い感情をお持ちでない方と話す機会がありました。
その方は不快に思っていらっしゃったこともあり、少々きつめの口調で
お話されていました。
私は、そのことを特に気にすることもなく、そうする他に術もないと
思っていたこともあり、思うとおり、いつもどおりの自分の態度で
お話ししました。
後日、人づてに、やはり好感情はお持ちでないらしいと聞きました。
その時も、その人はその人だからと、特に不快に感じるということも
ありませんでした。
だって、私は自分が信じることをしたというだけのことでしたから。
それをどう受け取るかは、私でなく相手の問題です。
相手が不快に感じていることを、私はどうすることもできないのです。
そして、その相手の態度をどう受け取るかは、私の問題です。
相手の方も、私の感じ方をどうにもできないのです。
私は、別に平気でした。
他にしようがなかったんだもの、
気に入らないなら仕方ないじゃない?
そう思っていました。
でも、なんとなく、もやもやしたものも感じてはいました。
このもやもやはなんだろう??
そのことに、つい先日向き合う機会がありました。
実は私は、受け入れられていないと感じていたのです。
私のことを受け入れてくれない相手であることを
悲しく感じていたのです。
そして、それは
私は愛される資格がない
こういうビリーフが感じさせた悲しみだったのです。
別に平気。
そう思っていても、心の奥底では、「やっぱり私は愛されないんだ」
そう受け取って、愛されない悲しみを気付かないうちに感じていたのです。
ビリーフというのは、何かの出来事があったとき、多くは幼い子供の頃に、
無意識のうちに決めた信念や価値観のことです。
例えば、いつも「きちんとしなさい」と言われて育った人は
いつでもきちんとしていなければならない
というビリーフを持っているかもしれません。
このビリーフは、周囲の人にとっては
「あの人はいつでもきちんとしていて信頼できる」
「細かすぎる」
ということにもなるでしょうし、自分にとっては
「整理整頓が好き」
「片付けられない人なんて信用できない」
ということになるかもしれません。
ビリーフ自体には、良い悪いはありません。
例のように、時と場合によって、良くも悪くも作用するからです。
ビリーフが良くないとすれば、今のあなたにはもう必要なくなっているからです。
必要??
そう思われたでしょうか?
そうです。
ビリーフを決めたとき、あなたには決める必要があったのです。
それが正しいか間違っているかではありません。
そうする必要があったのです。
いつもきちんとしていなければならなかったのは、おそらく
そうしなければあなたは親に愛されないと感じたからでしょう。
きちんとしていれば親に愛してもらえる。
そう思ったから、きちんとしていることを決めたのです。
本当は、きちんとしていなくたって親は愛してくれたでしょう。
でも、きちんとしてないと愛してくれないんだ、と幼心は
感じてしまったのです。
親に愛される。
小さな子供にとって、これほど重要なことが他にあるでしょうか。
多くのビリーフは、こうして気付かないうちに決めてきたのでしょう。
そして、多くのビリーフが、今はもう必要なくなっていることでしょう。
大人になったあなたは、もうそのビリーフがなくても、
自分を守ることができるようになっているからです。
ビリーフは、あまりにも自然にあなたの中にあるために、
私の例のように、なかなか持っていることに気づきません。
でも、もし気付いたとしたら・・・
あなたの中で制限となっているビリーフに気付いたとしたら・・・
あなたはそれを手放していくことができるでしょう。
手放すことができたとしたら、あなたはより生き生きと
今のあなたを生きることができるでしょう。
ビリーフの分かりやすい例としては、「〜しなければならない」という
言い方で表現できるものがあります。
一度あなたの中を検索してみてはいかがでしょう。
あなたはどんなビリーフを持っているのでしょうか。
それは今も必要ですか?
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その方は不快に思っていらっしゃったこともあり、少々きつめの口調で
お話されていました。
私は、そのことを特に気にすることもなく、そうする他に術もないと
思っていたこともあり、思うとおり、いつもどおりの自分の態度で
お話ししました。
後日、人づてに、やはり好感情はお持ちでないらしいと聞きました。
その時も、その人はその人だからと、特に不快に感じるということも
ありませんでした。
だって、私は自分が信じることをしたというだけのことでしたから。
それをどう受け取るかは、私でなく相手の問題です。
相手が不快に感じていることを、私はどうすることもできないのです。
そして、その相手の態度をどう受け取るかは、私の問題です。
相手の方も、私の感じ方をどうにもできないのです。
私は、別に平気でした。
他にしようがなかったんだもの、
気に入らないなら仕方ないじゃない?
そう思っていました。
でも、なんとなく、もやもやしたものも感じてはいました。
このもやもやはなんだろう??
そのことに、つい先日向き合う機会がありました。
実は私は、受け入れられていないと感じていたのです。
私のことを受け入れてくれない相手であることを
悲しく感じていたのです。
そして、それは
私は愛される資格がない
こういうビリーフが感じさせた悲しみだったのです。
別に平気。
そう思っていても、心の奥底では、「やっぱり私は愛されないんだ」
そう受け取って、愛されない悲しみを気付かないうちに感じていたのです。
ビリーフというのは、何かの出来事があったとき、多くは幼い子供の頃に、
無意識のうちに決めた信念や価値観のことです。
例えば、いつも「きちんとしなさい」と言われて育った人は
いつでもきちんとしていなければならない
というビリーフを持っているかもしれません。
このビリーフは、周囲の人にとっては
「あの人はいつでもきちんとしていて信頼できる」
「細かすぎる」
ということにもなるでしょうし、自分にとっては
「整理整頓が好き」
「片付けられない人なんて信用できない」
ということになるかもしれません。
ビリーフ自体には、良い悪いはありません。
例のように、時と場合によって、良くも悪くも作用するからです。
ビリーフが良くないとすれば、今のあなたにはもう必要なくなっているからです。
必要??
そう思われたでしょうか?
そうです。
ビリーフを決めたとき、あなたには決める必要があったのです。
それが正しいか間違っているかではありません。
そうする必要があったのです。
いつもきちんとしていなければならなかったのは、おそらく
そうしなければあなたは親に愛されないと感じたからでしょう。
きちんとしていれば親に愛してもらえる。
そう思ったから、きちんとしていることを決めたのです。
本当は、きちんとしていなくたって親は愛してくれたでしょう。
でも、きちんとしてないと愛してくれないんだ、と幼心は
感じてしまったのです。
親に愛される。
小さな子供にとって、これほど重要なことが他にあるでしょうか。
多くのビリーフは、こうして気付かないうちに決めてきたのでしょう。
そして、多くのビリーフが、今はもう必要なくなっていることでしょう。
大人になったあなたは、もうそのビリーフがなくても、
自分を守ることができるようになっているからです。
ビリーフは、あまりにも自然にあなたの中にあるために、
私の例のように、なかなか持っていることに気づきません。
でも、もし気付いたとしたら・・・
あなたの中で制限となっているビリーフに気付いたとしたら・・・
あなたはそれを手放していくことができるでしょう。
手放すことができたとしたら、あなたはより生き生きと
今のあなたを生きることができるでしょう。
ビリーフの分かりやすい例としては、「〜しなければならない」という
言い方で表現できるものがあります。
一度あなたの中を検索してみてはいかがでしょう。
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2007年02月15日
自分でやること
毎日いろいろなことがあります。
楽しんでできることもあれば、やるのが大変だったりすることもありますね。
今日体調が悪いから億劫だなぁ…
本腰を入れないとできないんだよな〜
なんで自分なのかなぁ( ̄〜 ̄)
天気がいいから大掃除しちゃおう
夜の予定を思うと仕事もはかどっちゃうな〜♪
などなど・・・
それはご飯の支度だったり、掃除だったり、買い物だったり、
担当の人が休みで回ってきた作業だったりします。
億劫だ、面倒だ、と思うことって、誰しもあると思うのです。
そんな時、誰か変わりにやってくれたらなぁ〜、と思うことも
誰しも一度や二度はあることでしょう。
でも、自分でできることは、自分でやらなければならないんですよね。
まだ自分でできない小さな子供じゃないんですから。
でも、面倒だよ〜
誰かやってくれないかなぁ〜
その気持ちもわかります。
それでも! 自分でやる方がいいんです。
なぜだと思いますか?
一つには、自分でやらなければいつまでたっても自分でできるようにならないから。
なら、もうできてることならいいじゃない?
そう思います?
本当に?
・・・ それが、そうでもないんです。
どうしてでしょう?
誰かが自分のためにやってくれるというのは、
とても楽ちんで得した気分になったりするものですよね。
高級レストランの給仕なんて、気持ちのいいものです。
グラスにワインが無くなったら、さりげなく注ぎ足してくれますし、
落としたスプーンも笑顔で拾ってくれます。
もちろん、ホテルやレストランのサービスは対価を支払っているのですから、
当然受けるべきサービスですよね。
でも、日常生活ではどうなんでしょう?
ためしにちょっと、人に頼みごとをする時のことを思い出してみてください。
ご飯をよそってもらったり、お茶を入れてもらったり、
何か用事を足してもらったり、電話をかけてもらったり。
そういうことを、誰かに頼むことはあるとは思います。
そんな時、あなたはどう思って頼んでいるんでしょう?
相手の人が自分の思い通りにしてくれるだろうという期待がありませんか?
ご飯が多すぎたり、お茶が熱すぎたりするぐらいなら
別に何ということもありませんよね。
でも、用事を足してもらった時に思いの外時間がかかったり、
電話で要件が足りていなかったりした時、あなたはイライラしたりは
しませんでしたか?
自分でやればよかった、と思ったりはしませんでしたか?
そうなんです。
誰かに頼みごとをするというのは、
自分の思い通りにはいかないということでもあるのです。
もちろん、仕事や家事での分担や役割というものはあります。
それはまた別の話です。
今お話しているのは、例えばその分担の中での自分の分を
「誰かにやってもらいたいな〜」 「誰かやってくれないかな〜」、
なんて思う時のことですから。
自分はいつも有能な人にしか頼まないから平気
なるほど。
でも、結局はその有能な人の都合のいいようにしか
やってもらえないことには変わりないと思いませんか?
あなたは「早くやって」ほしくて、その「早く」は30分で、
有能な人の「早く」は1時間かもしれない。
そういうことだって考えられます。
あなたは31分〜60分までの間をイライラしながら
待つ羽目になるかもしれないのです。
結局、こうは言えないでしょうか?
自分のことを誰かにやってもらうということは、誰かの思い通りになることだ
あなたは、自分がすべきことを誰かにしてもらうことで、
自分の人生の一部を、誰か別の人の手に委ねているのです。
本来なら自分で自分の人生の手綱を握れるにも関わらず。。。
お茶汲みやおつかいぐらい…
そう思うかもしれません。
確かに、小さなことです。
そして、その小さな積み重ねがあなたの日々を創り上げ、
その日々の積み重ねが、あなたの人生を形作っているのです。
あなたは、誰にどんな頼みごとをしていますか?
そのことであなたが得ているもの、失っているものは、何ですか?
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楽しんでできることもあれば、やるのが大変だったりすることもありますね。
今日体調が悪いから億劫だなぁ…
本腰を入れないとできないんだよな〜
なんで自分なのかなぁ( ̄〜 ̄)
天気がいいから大掃除しちゃおう
夜の予定を思うと仕事もはかどっちゃうな〜♪
などなど・・・
それはご飯の支度だったり、掃除だったり、買い物だったり、
担当の人が休みで回ってきた作業だったりします。
億劫だ、面倒だ、と思うことって、誰しもあると思うのです。
そんな時、誰か変わりにやってくれたらなぁ〜、と思うことも
誰しも一度や二度はあることでしょう。
でも、自分でできることは、自分でやらなければならないんですよね。
まだ自分でできない小さな子供じゃないんですから。
でも、面倒だよ〜
誰かやってくれないかなぁ〜
その気持ちもわかります。
それでも! 自分でやる方がいいんです。
なぜだと思いますか?
一つには、自分でやらなければいつまでたっても自分でできるようにならないから。
なら、もうできてることならいいじゃない?
そう思います?
本当に?
・・・ それが、そうでもないんです。
どうしてでしょう?
誰かが自分のためにやってくれるというのは、
とても楽ちんで得した気分になったりするものですよね。
高級レストランの給仕なんて、気持ちのいいものです。
グラスにワインが無くなったら、さりげなく注ぎ足してくれますし、
落としたスプーンも笑顔で拾ってくれます。
もちろん、ホテルやレストランのサービスは対価を支払っているのですから、
当然受けるべきサービスですよね。
でも、日常生活ではどうなんでしょう?
ためしにちょっと、人に頼みごとをする時のことを思い出してみてください。
ご飯をよそってもらったり、お茶を入れてもらったり、
何か用事を足してもらったり、電話をかけてもらったり。
そういうことを、誰かに頼むことはあるとは思います。
そんな時、あなたはどう思って頼んでいるんでしょう?
相手の人が自分の思い通りにしてくれるだろうという期待がありませんか?
ご飯が多すぎたり、お茶が熱すぎたりするぐらいなら
別に何ということもありませんよね。
でも、用事を足してもらった時に思いの外時間がかかったり、
電話で要件が足りていなかったりした時、あなたはイライラしたりは
しませんでしたか?
自分でやればよかった、と思ったりはしませんでしたか?
そうなんです。
誰かに頼みごとをするというのは、
自分の思い通りにはいかないということでもあるのです。
もちろん、仕事や家事での分担や役割というものはあります。
それはまた別の話です。
今お話しているのは、例えばその分担の中での自分の分を
「誰かにやってもらいたいな〜」 「誰かやってくれないかな〜」、
なんて思う時のことですから。
自分はいつも有能な人にしか頼まないから平気
なるほど。
でも、結局はその有能な人の都合のいいようにしか
やってもらえないことには変わりないと思いませんか?
あなたは「早くやって」ほしくて、その「早く」は30分で、
有能な人の「早く」は1時間かもしれない。
そういうことだって考えられます。
あなたは31分〜60分までの間をイライラしながら
待つ羽目になるかもしれないのです。
結局、こうは言えないでしょうか?
自分のことを誰かにやってもらうということは、誰かの思い通りになることだ
あなたは、自分がすべきことを誰かにしてもらうことで、
自分の人生の一部を、誰か別の人の手に委ねているのです。
本来なら自分で自分の人生の手綱を握れるにも関わらず。。。
お茶汲みやおつかいぐらい…
そう思うかもしれません。
確かに、小さなことです。
そして、その小さな積み重ねがあなたの日々を創り上げ、
その日々の積み重ねが、あなたの人生を形作っているのです。
あなたは、誰にどんな頼みごとをしていますか?
そのことであなたが得ているもの、失っているものは、何ですか?
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2007年02月06日
なんで私が・・・
ふと、耳に飛び込んできた会話がありました。
「何で私がやらなきゃならないわけ?って感じなんだけどさぁ〜」
「一緒にやっといてくれればいいじゃない!?」
こんな風に言いたくなってしまうこと、確かにありますよね。
それが、忙しかったり、明らかにその人がやるべき内容だったり、
そんな時には特に。
どうして、この会話が突然耳に入ったんだろう?と考えてみました。
この会話の前にも、彼女達の話し声は聞こえていたのに、
いきなりこの会話が意味のある言葉として聴こえたのは
どうしてなんだろう?と。
それはきっと、これまでに目にし、耳にした、いろいろな方の
お話や行動、出合った本で読んだことが、私の中に蓄積されて
いたからなんだろうと思いました。
それは例えば、鍵山秀三郎さんだったり、斎藤一人さんだったり、
稲盛和夫さんだったり、あるいは単なる小説や中吊り広告だったり、
友達の何気ない一言だったりします。
このブログもそんな気付きをもとに書いているわけですが、
とにかく、そんな私の中に降り積もったことが注意を引いたんですね。
なぜなんだろう?
それは、どうしてそういう考えになっちゃうのかな〜?と
ふと思ったからなんだろうと思います。
私も思ってしまうことはあります。でもいつもすぐ思い直す癖がつきました。
「ま、このぐらいはいいんじゃない♪」と。
誰かがやるべき、と自分の中で決めていることを自分がやる羽目になると
「なんで・・・」という気持ちが湧いてしまうことは、それ自体は
仕方のないことかもしれません。
でもそんな時、「冗談じゃないよ」と思いながら嫌々やるのは、自分にも
周囲にも快いものではありません。
そしてそれは、あなたの周囲から人を遠ざけることになるでしょう。
だって
「冗談じゃないよ、まったく、なんであいつがやらないわけ?」
「あいつのせいでこんなことやらされてさぁ、ふざけんなよな」
なんていう人と、敢えてお近づきになりたいものでしょうか?
本来は、その人が責任をもってやるべきことでしょうけれど、
誰かがやらなければならないというとき、
「まったく、しょうがないなぁ〜」
「今日のところはやっといてやるさ〜♪」
ぐらいで、嫌がらず進んでやれる自分だとしたら・・・?
まず、自分が一番気楽ですよね。ちょっとやれば済むんですから。
お皿1枚を棚から取るのだって同じことですよね。
「なんで自分で取らないの?」と言いながら取るのと、
「1枚でいいの?」と取るのと、どちらが楽ですか?
同じ距離、同じ重さ、同じ相手。
後者のほうがずっと気楽ですよね。
そして、気楽にこなすあなたの姿は、他の人にも快く映るでしょう。
いつも気持ちよくやってくれるあなたに、人も快く手を貸してくれるでしょう。
これは決して、都合よく使われるということではありません。
誰かの手助けを期待して、いい子ぶることでもありません。
自分がやるべきこと、誰か他の人がやるべきことをきちんと分かった上で、
今この状況なら自分がやればいいという判断を、きちんとできるということです。
自律しているということ、と言うこともできるでしょう。
周囲に依存せず、周囲を拒否せず、時に支えあいながら、
ちゃんと自分でいるということ。
それは、日常のこんなちょっとしたことから
できるようになっていくことなのかもしれませんね。
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「何で私がやらなきゃならないわけ?って感じなんだけどさぁ〜」
「一緒にやっといてくれればいいじゃない!?」
こんな風に言いたくなってしまうこと、確かにありますよね。
それが、忙しかったり、明らかにその人がやるべき内容だったり、
そんな時には特に。
どうして、この会話が突然耳に入ったんだろう?と考えてみました。
この会話の前にも、彼女達の話し声は聞こえていたのに、
いきなりこの会話が意味のある言葉として聴こえたのは
どうしてなんだろう?と。
それはきっと、これまでに目にし、耳にした、いろいろな方の
お話や行動、出合った本で読んだことが、私の中に蓄積されて
いたからなんだろうと思いました。
それは例えば、鍵山秀三郎さんだったり、斎藤一人さんだったり、
稲盛和夫さんだったり、あるいは単なる小説や中吊り広告だったり、
友達の何気ない一言だったりします。
このブログもそんな気付きをもとに書いているわけですが、
とにかく、そんな私の中に降り積もったことが注意を引いたんですね。
なぜなんだろう?
それは、どうしてそういう考えになっちゃうのかな〜?と
ふと思ったからなんだろうと思います。
私も思ってしまうことはあります。でもいつもすぐ思い直す癖がつきました。
「ま、このぐらいはいいんじゃない♪」と。
誰かがやるべき、と自分の中で決めていることを自分がやる羽目になると
「なんで・・・」という気持ちが湧いてしまうことは、それ自体は
仕方のないことかもしれません。
でもそんな時、「冗談じゃないよ」と思いながら嫌々やるのは、自分にも
周囲にも快いものではありません。
そしてそれは、あなたの周囲から人を遠ざけることになるでしょう。
だって
「冗談じゃないよ、まったく、なんであいつがやらないわけ?」
「あいつのせいでこんなことやらされてさぁ、ふざけんなよな」
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本来は、その人が責任をもってやるべきことでしょうけれど、
誰かがやらなければならないというとき、
「まったく、しょうがないなぁ〜」
「今日のところはやっといてやるさ〜♪」
ぐらいで、嫌がらず進んでやれる自分だとしたら・・・?
まず、自分が一番気楽ですよね。ちょっとやれば済むんですから。
お皿1枚を棚から取るのだって同じことですよね。
「なんで自分で取らないの?」と言いながら取るのと、
「1枚でいいの?」と取るのと、どちらが楽ですか?
同じ距離、同じ重さ、同じ相手。
後者のほうがずっと気楽ですよね。
そして、気楽にこなすあなたの姿は、他の人にも快く映るでしょう。
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2007年01月30日
成功
あなたは、「成功」と聞いて、何を思いますか?
世に「成功者」と言われている、あの人たちかもしれません。
いつか大金持ちになることかもしれません。
誕生日だった彼女に、内緒で贈った花束のサプライズに
彼女が喜んでくれたことかもしれません。
目標の売上を、早期に達成できたことかもしれません。
思い通りに商談を成立させることができたことかもしれません。
初めてチャレンジしたレシピが、それはそれはおいしく
できたことだったかもしれません。
様々な成功の形があります。
大きな成功も、小さな成功もあるでしょう。
どんな成功だったとしても、「成功した」と感じられる体験は、
あなたの自尊心を育て、あなたを自信に満ちた人へと導いてくれます。
「成功した」と感じられる体験を重ねるほど、あなたは
より確かな自分自身へと成長しているのです。
では、あなたはどんな時に「成功した」と感じられるのでしょうか?
人から認められた時ですか?
自分で自分を認められた時ですか?
ちょっとイメージしてみてください。
自分では「成功した」と感じられない時に、
周囲の人が認めてくれました
自分で「成功した」と心底感じられた時、
残念ながら周囲の人は認めてくれませんでした
自分で「成功した」と感じられた上に、
周囲の人が認めてくれました
それぞれ、どんな感じがするでしょう。
最も「成功した」と感じられたのは、おそらく
自分も人も成功を認められた時でしょう。
そして2番目は、人は認めてくれなかったけれど
自分で自分の成功を実感できた時ではありませんでしたか?
人が成功したと感じられる時というのは、自分で自分の成功を
実感できる時ではないかと思うのです。
人が認めてくれれば、それは更なる成功として、あなたの中に
位置付けられることでしょう。
残念ながら人が認めてくれなかったとしても、あなたの中で、
「成功」が「失敗」に変わることはないのではないでしょうか?
ただし、自分で自分の成功を実感できるためには、
あなたは自分に対して、「これを成功させるよ」と
約束してあげることが大切です。
そうしてあげることで、あなたは自分が成功したことが
わかるのです。
もし、人が認めてくれなかったために、一度は「成功した」と感じたのに
「失敗した」感じに変わってしまったのだとしたら、それはきっと、
あなたが自分に対してきちんと約束していなかったからかもしれません。
成功とは、自分との約束を守ることでもあるのですね。
あなたは、自分との約束を守っていますか?
人との約束を優先して、自分との約束をないがしろにしてはいませんか?
自分との約束を守ることで、あなたが得ているものは何でしょうか?
自分との約束を守らないことで、あなたが失っているものは何でしょうか?
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世に「成功者」と言われている、あの人たちかもしれません。
いつか大金持ちになることかもしれません。
誕生日だった彼女に、内緒で贈った花束のサプライズに
彼女が喜んでくれたことかもしれません。
目標の売上を、早期に達成できたことかもしれません。
思い通りに商談を成立させることができたことかもしれません。
初めてチャレンジしたレシピが、それはそれはおいしく
できたことだったかもしれません。
様々な成功の形があります。
大きな成功も、小さな成功もあるでしょう。
どんな成功だったとしても、「成功した」と感じられる体験は、
あなたの自尊心を育て、あなたを自信に満ちた人へと導いてくれます。
「成功した」と感じられる体験を重ねるほど、あなたは
より確かな自分自身へと成長しているのです。
では、あなたはどんな時に「成功した」と感じられるのでしょうか?
人から認められた時ですか?
自分で自分を認められた時ですか?
ちょっとイメージしてみてください。
自分では「成功した」と感じられない時に、
周囲の人が認めてくれました
自分で「成功した」と心底感じられた時、
残念ながら周囲の人は認めてくれませんでした
自分で「成功した」と感じられた上に、
周囲の人が認めてくれました
それぞれ、どんな感じがするでしょう。
最も「成功した」と感じられたのは、おそらく
自分も人も成功を認められた時でしょう。
そして2番目は、人は認めてくれなかったけれど
自分で自分の成功を実感できた時ではありませんでしたか?
人が成功したと感じられる時というのは、自分で自分の成功を
実感できる時ではないかと思うのです。
人が認めてくれれば、それは更なる成功として、あなたの中に
位置付けられることでしょう。
残念ながら人が認めてくれなかったとしても、あなたの中で、
「成功」が「失敗」に変わることはないのではないでしょうか?
ただし、自分で自分の成功を実感できるためには、
あなたは自分に対して、「これを成功させるよ」と
約束してあげることが大切です。
そうしてあげることで、あなたは自分が成功したことが
わかるのです。
もし、人が認めてくれなかったために、一度は「成功した」と感じたのに
「失敗した」感じに変わってしまったのだとしたら、それはきっと、
あなたが自分に対してきちんと約束していなかったからかもしれません。
成功とは、自分との約束を守ることでもあるのですね。
あなたは、自分との約束を守っていますか?
人との約束を優先して、自分との約束をないがしろにしてはいませんか?
自分との約束を守ることで、あなたが得ているものは何でしょうか?
自分との約束を守らないことで、あなたが失っているものは何でしょうか?
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2007年01月24日
会話の癖
なんでだか、部長にはいつも謝ってばかりいるんだよなぁ…
なんだってあいつにはいつも攻撃的な言い方になっちゃうんだろう??
もしかして、そんな人はいるでしょうか?
どうもあの人とは、いつも同じパターンの会話になるんだよなぁ
そんな人が。
それはきっと、発している言葉の裏側にある感情を察知して、
それに反応しているのかもしれません。
私の経験に、こんなことがあります。
例1
私 「こないだの件だけど、○○はどうかな?」
彼 「何でそう思ったのか説明してよ」
例2
私 「こないだの件だけど、××はどうかな?」
彼 「それも悪くないんだけどさぁ、△△ってのもあるじゃない」
別に、彼は私の案を否定しているつもりはありません。
例1では、きっと「なるほどね」と思ったから
「説明してよ」と続いたのでしょう。
文字では分かりませんが、彼の言い回しが「は!?」というような
語調だったとしたら、逆に「何言ってんだよ、訳わかんねぇよ」
と思ったために「説明してよ」と続いたのかもしれません。
例2では、「なるほどね」と思いつつ、彼の中で先取りしていた
より良い案を、私の案を聞く前に言いたくなったのでしょう。
もしかしたらそれは、彼が私の提案までに時間が掛かっていたと
感じていたからなのかもしれません。
いずれにせよ、言葉として私の発言を否定はしていません。
しかし私は、どうも彼の、私の言葉を受け取らない対応に
攻撃されているような感覚を覚えてしまうようなのです。
そんな反応の癖があるようです。
その結果、反応としての私の彼に対する発言も、
彼の気持ちを尊重することができないことが、
往々にしてありました。
つまり
例3
彼 「あいつにさ、『そんなことないよ。
ちゃんとできるって』って伝えたんだよね」
私 「その言い方じゃ伝わらないよ」
こんな風に、私も彼の言葉を受け止めることなく、
自分の考えを述べるパターンになってしまっていたのです。
もし彼が、まずは「なるほど、そう考えたわけね」と
受けてくれたなら。。。?
彼との会話に於ける、この私の癖はつかなかったかもしれません。
そしてそうだとしたら、彼も私の反応に対する反応として、
また同じようなパターンで返すという、
悪循環に陥ることもないかもしれません。
私はこの彼との会話の癖に気付くことができました。
彼の受け答えのどんなところに、無意識のうちに反応していたかに
気付くことができました。
さて。
後は私が会話のパターンを変えていくだけです。
そうすれば、彼との会話に嫌な気分になることも
きっとなくなっていくに違いありません。
私が出方を変えることで、彼の出方も変わっていく
可能性が高いからです。
つまり、私が癖に気付いて彼への会話のパターンを変えると、
結果として受け手としての彼の対応が変わるかもしれない。
すると、またそれを受け取る私が、前のようには
嫌な気分にならずに済むだろう、ということなのです。
ここで一つ、気をつけてくださいね。
彼に 「まずは私の考えを受け止めてくれたら」 と望むのは
お門違いなのです。
皆さんもお聴きになったことがあるかもしれません。
そう、あの有名な言葉です。
過去と他人は変えられない
この言葉の意味することは、
過去にあった事実としての出来事は変えられない。
そして、自分以外の人間の考えを変えることはできない。
神様じゃないんですから・・・
ただ、コミュニケーションということを考えるならば、
相手の反応は自分の反応の鏡なのです。
それはつまり、自分の発信の仕方を変えることで、
受け取り手としての相手の対応が変わる可能性があります。
だから、まずは自分から変わってみませんか。
ということなのです。
私は、彼との会話の癖に気付くことができました。
あなたはいかがですか?
同じように、いつも嫌な感じ、いい感じのパターンにはまる方は
いらっしゃいますか?
そのとき、あなたはどんな癖で会話をしているのでしょう?
なんて考えてみるのもいいかもしれませんよね。
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2007年01月22日
完了する
先日、印象深い出来事がありました。
かれこれ10数年前の出来事を
手放すことができたんです。
その10数年前の出来事というのは、別に
四六時中覚えている、ということではありません。
誰かを喪ったとか、とても大切なものを無くしたとか、
そういうことではありません。
出来事自体は、ただ何気ない会話でした。
でも、何気なくいわれた一言に、私は
涙が出そうな、強い強い悲しみを覚えたのです。
その時の私は、笑って受け流していました。
その突き刺さるような、えぐられるような
悲しみを遣り過ごしながら、私は、
笑い顔が引きつってはいないかと心配になるほどでした。
出来事としてはただの、そう、ただの会話だったのです。
でも、時折ふと思い出されては悲しくなる、
そんな思い出でした。
そして、その記憶をつい先日、なぜだか話してもいいと
思えたのです。
この話を、私は誰にもしたことはありませんでした。
一番親しくて、何でも話せると思っている人にさえ
話したことがありませんでした。
なぜ急に話せるようになったんでしょう?
そうですね。。。
それはきっと、機が熟したから。
は?? とお思いですか?
それだけ?? とお思いですか?
そう、それだけなんです。
そして、それだけのために、10数年もの時間が、
私には必要でした。
その間、私は色々なことに悩み、苦しみ、
そして楽しみ、笑い、過ごしてきました。
自分と向き合う時間もたくさんたくさん
過ごしてきました。
今も毎日、たとえほんの10分だとしても、
自分と向き合う時間を持っています。
そうしてくるうちに、ようやく
機が熟したのでしょう。
私は、大切に思っている人に、その時の
悲しく辛かった気持ちを話すことができました。
そして、その言葉を発した人にも、
伝えることができました。
10数年、時折思い出しては悲しくなるような思いを
ずっとしてきたことを。
おそらく、記憶の片隅にも残っていないだろうと思いながら。
謝って欲しかったわけではありません。
もし覚えていて、悪かったと思うなら
そう伝えてくれればうれしいとは思いましたが、
私がそういう思いを持ち続けてしまったことを
ただ受け止めて欲しいと思いました。
そうしたらなぜかふと、本人に伝えようかなと思えたのです。
そして、実行に移していました。
私は、こうしてあの出来事を、私の中で完了して
手放すことができた。
そう言えるようになっている気がします。
それは、過去のあの出来事に遡るのではなく、
今、今ここにいる私が悲しいと感じているのだということを
まず自分でわかってあげて、そのままの気持ちを
表に出すことができたからなのだと思うのです。
皆さんももし、心の中にずっとくすぶっている
未完了のままの感情があったとしたら、
過去の体験に遡るのではなく、今、ここで
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かれこれ10数年前の出来事を
手放すことができたんです。
その10数年前の出来事というのは、別に
四六時中覚えている、ということではありません。
誰かを喪ったとか、とても大切なものを無くしたとか、
そういうことではありません。
出来事自体は、ただ何気ない会話でした。
でも、何気なくいわれた一言に、私は
涙が出そうな、強い強い悲しみを覚えたのです。
その時の私は、笑って受け流していました。
その突き刺さるような、えぐられるような
悲しみを遣り過ごしながら、私は、
笑い顔が引きつってはいないかと心配になるほどでした。
出来事としてはただの、そう、ただの会話だったのです。
でも、時折ふと思い出されては悲しくなる、
そんな思い出でした。
そして、その記憶をつい先日、なぜだか話してもいいと
思えたのです。
この話を、私は誰にもしたことはありませんでした。
一番親しくて、何でも話せると思っている人にさえ
話したことがありませんでした。
なぜ急に話せるようになったんでしょう?
そうですね。。。
それはきっと、機が熟したから。
は?? とお思いですか?
それだけ?? とお思いですか?
そう、それだけなんです。
そして、それだけのために、10数年もの時間が、
私には必要でした。
その間、私は色々なことに悩み、苦しみ、
そして楽しみ、笑い、過ごしてきました。
自分と向き合う時間もたくさんたくさん
過ごしてきました。
今も毎日、たとえほんの10分だとしても、
自分と向き合う時間を持っています。
そうしてくるうちに、ようやく
機が熟したのでしょう。
私は、大切に思っている人に、その時の
悲しく辛かった気持ちを話すことができました。
そして、その言葉を発した人にも、
伝えることができました。
10数年、時折思い出しては悲しくなるような思いを
ずっとしてきたことを。
おそらく、記憶の片隅にも残っていないだろうと思いながら。
謝って欲しかったわけではありません。
もし覚えていて、悪かったと思うなら
そう伝えてくれればうれしいとは思いましたが、
私がそういう思いを持ち続けてしまったことを
ただ受け止めて欲しいと思いました。
そうしたらなぜかふと、本人に伝えようかなと思えたのです。
そして、実行に移していました。
私は、こうしてあの出来事を、私の中で完了して
手放すことができた。
そう言えるようになっている気がします。
それは、過去のあの出来事に遡るのではなく、
今、今ここにいる私が悲しいと感じているのだということを
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表に出すことができたからなのだと思うのです。
皆さんももし、心の中にずっとくすぶっている
未完了のままの感情があったとしたら、
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2007年01月15日
決める
あなたは今、どんなことをしていますか?
仕事で
家庭で
趣味で
それは、どんなきっかけで、どんな経緯ですることになったのでしょう?
人は誰でも、毎日色々なことをこなしています。
朝起きたら、洗顔、歯磨きに始まり、
出勤し、着いた職場ではすべきことも沢山あります。
アフターファイブもあるでしょう。
それぞれを、どんな意識でこなしていますか?
洗顔や歯磨きなんて、毎日の日課ですから、
特に意識もしていないかもしれませんね。
でも、週末で出掛ける予定もない、買い物にも行かない、
なんていう日も、たまにはありますよね。
そんな時はいかがですか?
顔を洗うのも億劫で、一日中テレビを見つつ、
ぐうたらと寝巻きのまま、なんてことはないでしょうか?
たいがい、こんな風にだらだらと過ごした日の晩には、
あ〜、今日何にもしなかったなぁ〜
と思ったりするものです。
それは、小さな後悔を伴う気持ちであることが多いですね。
でも、一日中だらだらと過ごすことを、実はあなたが決めたのです。
こんな一日だったとしたら、「決めた」なんて意識はなかったことでしょう。
でも、そういう一日にすることを選んだのは、あなたなのです。
そして、それを小さな後悔と共に思い返しているのも、あなたなのです。
もし、週末の朝にこう決めていたとしたら、どうでしょうか?
よし、今日は何もしない!
一日寝巻きで、顔も洗わなくていい!!
ぐうたら過ごすんだ〜
きっと、その日の終わりには、どんなに部屋が散らかっていようが
買い置きのカップ麺しか食べていなかろうが、
あなたは満足していることでしょう。
「何もしなかったなぁ〜」と思ったときと同じように、
ぐうたらと何もせずに終わったというのに。
どうしてでしょう?
そう、あなたは、ぐうたらすることを意識して決めたからです。
一方、ただなんとなくぐうたらしてしまったときは、
実は自分でそれを選択していたにも関わらず
選択したことを意識していなかったがために、
後悔する結果になってしまったのです。
意識するとしないとにかかわらず、
人は、行動する前に決断しています。
朝の歯磨きですら、そうなのです。
そして決断を、意識してするか、なんとなくするかによって、
後の結果が大きく変わってくるのです。
あなたは、どんなことをしていますか?
それは、やると意識して決めたことですか?
時にはそんな風に意識してみると、
日々こなしている色々なことに取り組む気持ちが
また新鮮に感じられるかもしれませんね。
試してみませんか?
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仕事で
家庭で
趣味で
それは、どんなきっかけで、どんな経緯ですることになったのでしょう?
人は誰でも、毎日色々なことをこなしています。
朝起きたら、洗顔、歯磨きに始まり、
出勤し、着いた職場ではすべきことも沢山あります。
アフターファイブもあるでしょう。
それぞれを、どんな意識でこなしていますか?
洗顔や歯磨きなんて、毎日の日課ですから、
特に意識もしていないかもしれませんね。
でも、週末で出掛ける予定もない、買い物にも行かない、
なんていう日も、たまにはありますよね。
そんな時はいかがですか?
顔を洗うのも億劫で、一日中テレビを見つつ、
ぐうたらと寝巻きのまま、なんてことはないでしょうか?
たいがい、こんな風にだらだらと過ごした日の晩には、
あ〜、今日何にもしなかったなぁ〜
と思ったりするものです。
それは、小さな後悔を伴う気持ちであることが多いですね。
でも、一日中だらだらと過ごすことを、実はあなたが決めたのです。
こんな一日だったとしたら、「決めた」なんて意識はなかったことでしょう。
でも、そういう一日にすることを選んだのは、あなたなのです。
そして、それを小さな後悔と共に思い返しているのも、あなたなのです。
もし、週末の朝にこう決めていたとしたら、どうでしょうか?
よし、今日は何もしない!
一日寝巻きで、顔も洗わなくていい!!
ぐうたら過ごすんだ〜
きっと、その日の終わりには、どんなに部屋が散らかっていようが
買い置きのカップ麺しか食べていなかろうが、
あなたは満足していることでしょう。
「何もしなかったなぁ〜」と思ったときと同じように、
ぐうたらと何もせずに終わったというのに。
どうしてでしょう?
そう、あなたは、ぐうたらすることを意識して決めたからです。
一方、ただなんとなくぐうたらしてしまったときは、
実は自分でそれを選択していたにも関わらず
選択したことを意識していなかったがために、
後悔する結果になってしまったのです。
意識するとしないとにかかわらず、
人は、行動する前に決断しています。
朝の歯磨きですら、そうなのです。
そして決断を、意識してするか、なんとなくするかによって、
後の結果が大きく変わってくるのです。
あなたは、どんなことをしていますか?
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2007年01月10日
パートナー
あなたには、パートナーと呼べる人がいるでしょうか?
いるとしたら、それはどんな場面でのパートナーですか?
仕事上のパートナーもあるでしょう。
あるいは、奥様やご主人を、人生のパートナーと
感じる方もいらっしゃるでしょう。
また、大切な家族である犬や猫かもしれません。
あなたにとって、パートナーとはどんな存在でしょうか?
あなたは、「パートナー」と聞いて、どんなイメージを持ちますか?
パートナー。
困った時に助けてもらえる相手
困っていたら手を差し伸べるべき相手
情報を共有すべき相手
腹を割った話ができる相手
苦楽を共にできる相手
パートナーとは、お互いに協力しあう相手、と言えるでしょうか。
そしてまた、お互いを尊重しあう相手、とも言えるでしょう。
「彼は私のパートナーなんですよ」と言える相手というのは、
やはりそれだけの信頼を置ける相手だろうと思います。
信頼を置けるからこそ、単に互いの利益のため、ということを超えて
腹を割った話も出来るし、進んで情報を共有しようとも思える
というものです。
そして、関係が親密であるということは逆に、甘えが出やすい
ということでもあります。
困ってるんだから助けてくれるだろう
伝えるのが遅れてしまったけれど、許してくれるだろう
などなど。
でも、パートナーシップとは、不足を補い、頼りあう関係ではありません。
パートナーシップとはお互いが自立しているからこそ成り立つ関係です。
お互いが完全な人間として、尊敬し支えあう関係です。
だからこそ、仕事にせよプライベートにせよ、物理的にも精神的にも、
よりよい結果・成果を生み出すことができるのです。
あなたには、パートナーと呼べる人はいますか?
あなたは、パートナーとどんな関係を築いていますか?
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いるとしたら、それはどんな場面でのパートナーですか?
仕事上のパートナーもあるでしょう。
あるいは、奥様やご主人を、人生のパートナーと
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また、大切な家族である犬や猫かもしれません。
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あなたは、「パートナー」と聞いて、どんなイメージを持ちますか?
パートナー。
困った時に助けてもらえる相手
困っていたら手を差し伸べるべき相手
情報を共有すべき相手
腹を割った話ができる相手
苦楽を共にできる相手
パートナーとは、お互いに協力しあう相手、と言えるでしょうか。
そしてまた、お互いを尊重しあう相手、とも言えるでしょう。
「彼は私のパートナーなんですよ」と言える相手というのは、
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信頼を置けるからこそ、単に互いの利益のため、ということを超えて
腹を割った話も出来るし、進んで情報を共有しようとも思える
というものです。
そして、関係が親密であるということは逆に、甘えが出やすい
ということでもあります。
困ってるんだから助けてくれるだろう
伝えるのが遅れてしまったけれど、許してくれるだろう
などなど。
でも、パートナーシップとは、不足を補い、頼りあう関係ではありません。
パートナーシップとはお互いが自立しているからこそ成り立つ関係です。
お互いが完全な人間として、尊敬し支えあう関係です。
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2007年01月04日
どうせ・・・
あなたには、口癖がありますか?
それは、どんな口癖でしょうか?
どうせ・・・
こんな言葉が口癖のように出てくる人がいます。
俺の仕事は、どうせあいつより評価されないんだ
彼がやったって、どうせまたやり直しでしょ!?
どうせやったって無駄になるんでしょ?
「どうせ」と言っている意識はあまりないのだけれど、
つい口をついて出ている。
そんな言葉かもしれません。
どうせ・・・
この言葉は、自己否定の呪文です。
やっても、また見てもらえないんだ
また誰も耳を貸してくれないに違いない
また認めてもらえないんだ
こんな風に、「どうせ・・・」と口にするたびに、
あなたは自分に、自分は価値がないんだ、と
呪文を掛けているんです。
また、この呪文は強力な上に性質が悪くて、
自分には使っていないつもりなのに、
自分に返ってきてしまうことが度々あるんです。
あの人調子のいいこと言ってるけど、
どうせまた陰口言うのよ
こんな風に思うとき、あなたは「あの人は外面だけ良いんだから」と感じて
つい攻撃的な感情を抱いたり、発言をしてしまったりしていませんか?
そして、実はあなたも「外面がいいところを直したい」と思っていたりは
しませんか?
そう。
「あの人」の上に、自分のイヤな部分を無意識に重ねて見ていることが、
往々にしてあるのです。
これを、投影と言います。
自分がダメだと思っている部分、イヤだと思っている部分を
相手に見てしまうので、相手を否定したり攻撃的になったり
してしまうのですね。
つまり、これが自分に返ってきてしまうということ。
相手を否定しているつもりが、実は相手の中に見つけた、
自分と共通するイヤな部分を攻撃しているのです。
結果として、無意識のうちとは言え、自分を否定していることに
なっているんです!
どうせ・・・
この呪文を唱えるのを、やめてみませんか?
唱えてしまったのに気付いたら、すぐ意識を変えましょう!
見てもらえないかもしれないけど、やるだけやってみよう
やり直しは面倒だけど、もっといいのができるってことだわ
後でいらなくなったとしても、やったことでスキルは上がるな
呪文からあなたを解放するのは、他の誰でもないあなたです。
自縄自縛する必要は、もうないと思いませんか?
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どうせ・・・
こんな言葉が口癖のように出てくる人がいます。
俺の仕事は、どうせあいつより評価されないんだ
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「どうせ」と言っている意識はあまりないのだけれど、
つい口をついて出ている。
そんな言葉かもしれません。
どうせ・・・
この言葉は、自己否定の呪文です。
やっても、また見てもらえないんだ
また誰も耳を貸してくれないに違いない
また認めてもらえないんだ
こんな風に、「どうせ・・・」と口にするたびに、
あなたは自分に、自分は価値がないんだ、と
呪文を掛けているんです。
また、この呪文は強力な上に性質が悪くて、
自分には使っていないつもりなのに、
自分に返ってきてしまうことが度々あるんです。
あの人調子のいいこと言ってるけど、
どうせまた陰口言うのよ
こんな風に思うとき、あなたは「あの人は外面だけ良いんだから」と感じて
つい攻撃的な感情を抱いたり、発言をしてしまったりしていませんか?
そして、実はあなたも「外面がいいところを直したい」と思っていたりは
しませんか?
そう。
「あの人」の上に、自分のイヤな部分を無意識に重ねて見ていることが、
往々にしてあるのです。
これを、投影と言います。
自分がダメだと思っている部分、イヤだと思っている部分を
相手に見てしまうので、相手を否定したり攻撃的になったり
してしまうのですね。
つまり、これが自分に返ってきてしまうということ。
相手を否定しているつもりが、実は相手の中に見つけた、
自分と共通するイヤな部分を攻撃しているのです。
結果として、無意識のうちとは言え、自分を否定していることに
なっているんです!
どうせ・・・
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