大谷ペンの『音楽について』

ザ・ラヂオカセッツのドラム「大谷ペン」が、バンドを組むまでや、組んでから起こった様々な事に付いて、記憶を辿り綴っています。 たまに全然関係ない事も書いたりしますが、気楽にお付き合いください。

友達の来なくなったライブハウスでのライブはとても刺激的でした。

というのも、友達は純粋なお客さんでは無くあくまで友達なので、僕らがいかにひどい内容のライブをしようとも、ある程度友達として盛り上がってくれました。そもそも音楽を聴きに来ているというよりか、友達に会いに来ている感覚だったと思うので、ライブの出来不出来なんて友達にはどうでもよかったのかも知れません。
ライブ中は良くも悪くも必ずと言っていいほど良い反応をしてくれるので、ありがたい限りではありますが、「今日のライブはどうだったか」という反省の物差しにはなり難いものがありました。


その点友達のいないライブでは、音楽を目的に来ている方が殆どなので、良くないライブをすれば勿論無反応。だがしかし、いいライブをすれば全く知らなかった方が僕達に興味を持ってくれるという、とてもスペシャルな事が起こるのでした。


今日の今日まで赤の他人、お互い音楽に興味が無ければ一生出会わなかったであろう人達と音楽を通して知り合うことができるのです!!
それはとても素敵な体験でしたし、毎回お客さんの反応を感じるのが楽しみにもなりました。

お客さんが無反応な日は、何がダメだったんだろうと考えたり、嬉しい感想を頂いてはやる気を出したりするようになっていきました。

それまでは只々バンドが楽しくてライブをしていたのですが、お客さんの反応を受け止めるようになってからは、「自分が音楽でやりたいこと」を考えるようになった気がします。



つづく

バンドサークルに入らずに僕がやりたかったことと言えば、ザ・ラヂオカセッツでした。
友達と沢山遊びたい気持ちもあったのですが、バンドは金がかかるし、スタジオ等で練習する時間も必要でした。
なので、友達ともなるべく遊びつつ、アルバイトをしてスタジオに入ったり、ライブをしたりしていました。友達とはよくボーリングをして遊んだな。

スティックを買ったり、スタジオに入ったり。当時はライブするにも「ノルマ」というものがザ・ラヂオカセッツに課せられていて、(二千円のチケットを20枚売ればライブ出ていいよ的なもの)とにかくお金がかかりました。
当時、お客さんと呼べるお客さんは誰一人おらず、ライブの時は大学の友達を誘って、チケットを買ってもらい、興味もないであろう薄汚いライブハウスに来てもらったりして、なんとかバンド活動を続けていました。(当時、僕達の下手糞な演奏に嫌な顔一つせず付き合ってくれたみんなありがとう)

しかしそんな最高な友達達も、さほど興味のないライブに何度もお金と時間を作って来てくれるはずがありません。僕達のライブが増えていくにつれ、友達を誘う事にも後ろめたさが出てきてしまい、真のお客さんを探しながら、僕達は友達のいないライブハウスで演奏していくこととなります。


つづく

バンドサークルに入るか悩んでいた僕は、ついにその説明会とやらに行ってみることにしました。

たしか「よせがに」(まだあるのかな?)という名前のバンドサークルだったと記憶しています。
記念館のような大きな会場でバンドサークルの説明と出し物?のようなものを見た気がします。
率直な僕の感想は「なんだかつまらなそうだなあ。」というものでした。

というのも、そのバンドサークルはコピーバンド(好きなバンドの好きな曲を練習して演奏するバンド)が殆どで、オリジナル曲を演奏している人たちが殆どいなかったのです。

僕はやっぱり自分たちが思っていることを音楽にしている人たちが好きでしたし、その人が何を考えているかという事に興味があったので、できればオリジナルの曲を沢山聴きたい。なんて、当時は考えていました。

今となってはコピーバンドはコピーバンドの楽しみ方があるんだな、とは思いますが、当時の僕には何か物足りなくて、サークルには入らず、大学が終わってから自分のやりたいことに時間を使おうという選択をしました。



つづく

↑このページのトップヘ