2008年06月22日

北海道ツーリング後夜 小樽→舞鶴

フェリーでの復路は往路のそれとまったく同じで、特筆すべきことは何もない。
ひたすら横になり体力回復につとめ、ときおりデッキにでて潮の香りを感じる。
舞鶴へつくころには雨が降り出し、下船時には本格的になった。視界の悪いなか、
高速入口までの下道を走ると後ろからパッシングが。信号待ちで声をかけられる、
「大阪へはどう行ったらいいんですかね」。カッパを着ず濡れ鼠の若きライダー。
下関まで下道で走りぬくそうでいかにも無謀だが、イケイケ感は若者の特権だ。

何とか自宅へ戻ったのは夜十時すぎ。腰を下ろしてゆっくり落ちつくつもりが、
全く自身の部屋でない感覚に襲われる。新たなホテルに泊まるようで奇妙だった。
ともあれ一週間もの長きに渡るツーリングは初の体験で、それだけに貴重である。
しばらくは気持ちの整理をして、そのあとはススキノの思い出を肴に一杯やろう。  

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2008年06月21日

北海道ツーリング六日目 旭川→小樽

六日目、八時に起床。いよいよツーリング最終日、名残惜しいばかりである。
ホテル暮らしも連日つづくと熟睡率の悪いはずだったベッド就寝も慣れてくる。
日課だった天気予報や北海道のローカルニュースのチェックも今日で終わりだ。
ツーリングの醍醐味は、かの地へ全身が染まることにある。日本ハムや千春など、
北海道に関するキーワードへ敏感に反応してしまう。慣れはじつにおそろしい。

朝から雨がふりしきる中、九時すぎにホテルを退出。東へ三十分ほど走らせると、
道路に出た数名の誘導員が駐車場へ案内し、旭山動物園への到着を知らせる。
昨日の花畑牧場同様、開園が始まったばかりだというのに観光客でいっぱいだ。
傘の花が多数開いている園内へ、あえてカッパ姿で入る。なにしろ相手は動物、
自らも想像上の動物へなりきることが礼儀である。傘を忘れた言い訳ではない。

080621_1080621_2アザラシ(左)
オランウータン(右)





観客動員数で日本一を誇る園内は正直、さほど動物数も多くなく目新しさもない。
だが客の目線で行動する動物の姿態は面白く、見せ方を重視した施設の作りは、
九条OSのストリップを思い起こさせ素晴らしいかぎり。もぐもぐタイムという、
エロなネーミングもよい。娘スタッフが口にするたび、お父さん方は大喜びだ。

ひとしきり動物を見回ったのち、雨の旭川を出発。今日は最終日のこともあり、
寄り道せずに札幌へむかう。圏内へ近づくにつれ道路の周りに民家やビルが増え、
16時前に札幌へついたころには雨もあがっていた。大通りを中心にしたビル群は、
北の中心地というイメージをいかんなく感じさせる。目的地は夜の街、ススキノ。

まだ時間が早いため、駅から少し離れたサッポロビール記念館へ立ち寄ることに。
明治期からの各ビールやポスターが展示され、ちょっとしたビールバーもある。
バイクで来ていなければビールソムリエと化したバーにたたずむサッポロ嬢へ、
「あなたの絞りたてを味わいたいのですが」と口説きに入るのだが。悔やまれる。

夕闇がせまったころ、ススキノへむかう。さすがは北の性痴、いや聖地だけあり、
ムフフな店看板が堂々とあちこちに掲げられている。もはや大阪では見られない。
あらかじめ当たりをつけた某店へ入ると、待合室には幾人もの戦士が集っていた。
冷静を装いながら雑誌に目をやる者、緊張をとくためかしきりに烏龍茶を飲む者、
みな同志である。心の握手をしながら、番号が呼ばれてムフフな時へ。最高の夜。
店帰りに味噌ラーメンとジンギスカンを。ありがとうススキノ、さらばススキノ。

札幌から小樽へ向い、フェリー乗り場そばのスーパー銭湯で休憩。姫の汗を取る。
土産屋で適当に品をそろえ、出船時刻の合図とともにフェリーへの乗りこんだ。
行きと異なって帰りは乗船者がかなり少なく、同室者も爺さんだけ。静かでよい。
23時、小樽港を出航。かすかに照らされる夜景を見ながら名残を惜しむ。180キロ。  
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2008年06月20日

北海道ツーリング五日目 帯広→旭川

五日目、七時に起床。今朝は遅めの目覚め。内陸の暖気が眠気を誘ったのか。
500キロ超の走行を終えた翌日だが、それほど体が疲れているわけではない。
連日のハードなツーリングに慣れきったのだろうか。ほぼ、仕事感覚に近い。
移動地ごとの天気予報を詳細にチェックして、八時前に出発。晴れるとよいが。

まずは236号線を南にくだり、愛国・幸福の両駅へむかう。実家暮らしのころ、
兄が大事に持つ例のキップを眺めながら、その情景をおぼろげに想像していた。
なにしろ愛の国である。思春期の男ならば旧関テレ周辺の風俗桃源郷があると、
誰もが信じていたはずだ。そこには底知れぬ絶頂をもたらす幸福が確実にあると。

080620_1080620_2幸福駅案内板(左)
マネキン駅長(右)





ところが目の前には、いまや廃駅と化す古ぼけた駅舎と当時の車両が残るのみ。
愛がすたれて幸せも逃げてしまったチルチルミチルのような、物悲しさを覚える。
だが休憩室のような廃屋には、思わずヤケドしそうな熱々仕立てのアベック写真が、
所狭しと壁中に張られている。愛が憎しみに変わらぬよう、結界が張られるようだ。
ともあれ、そばの土産屋で切符を購入。幸せの青い鳥を探しに、次の地へむかう。

九時をすぎたころ、花畑牧場へ到着する。芸農タレントの田中某が経営しており、
開園時刻を少しばかり経ったばかりなのに、カフェを兼ねる土産屋が大混雑である。
職場の同僚から例のキャラメルを土産に頼まれたので、隣接する工場とともに視察。
ムダのない動きで機械的に次々と作られるキャラメルセットが店内へ運ばれるたびに、
客の手があちこちから伸びてくる。出来たての20セットがあっという間に完売だ。

080620_3080620_4花畑牧場の羊(左)
大正町の怪人(右)





いったん土産屋を出て、放牧される馬や羊へ手にとった草を食むらせていると、
「もしもし、貴方はもう買われましたか」と謎めいた紳士から声をかけられる。
まさか獣姦用の羊があるのかと勝手な想像をしていたら、どうやらキャラメルだ。
店では一人五個までの限定販売であり、買いあまった分を分けてほしいとのこと。
土産飢餓感をもたらす田中某の経営戦略は見事。芸には全く生かされていないが。

11時前に牧場を離れ、一気に北上する。目指すは富良野、邦衛五郎の郷である。
五郎よろしく口を半開きにした状態でバイクを走らせ、14時前にかの地へ入る。
雲が多く、ときおり小雨がふる天気でドラマのような快晴日和でないことが残念。

080620_5080620_6彩香の里(左)
ファーム冨田(右)





まずは手前の「彩香の里」へバイクを停める。きれいに整備された丘ではあるが、
目に映える季節にはまだ早く、肝心のラベンダーがほとんど咲いていなかった。
だが丘の頂上から富良野盆地が一望でき、雄大な景色を独り占めしながら昼食。
土産屋の淑女いわく、十年前に比べると観光客は減ったそうだ。五郎、復活あれ。
そこから二キロほど北に離れたファーム冨田にある各花畑も満開にはほど遠く、
代わりにラベンダー味のアイスクリーム屋が盛況。なかなか美味で二ついただく。

080620_7080620_8美瑛の丘(左)
四季彩の丘(右)





日もかげり始めた頃に富良野を離れ、さらに北上して美瑛へ。北欧風の草原が、
広大に占められた地で映画やCMなどに風景画として、たびたび撮られている。
ケンメリの木やマイルドセブンの丘、セブンスターの木など記憶に残る風景が、
目の前へよみがえることに面白味を感じる。丘みつ子の丘もどこかになかろうか。

小雨が降りだしたころに美瑛をでて旭川まで一気に北上。ホテルへ到着したのは、
夜七時前だった。荷物を部屋へ置き、名物の旭川ラーメン屋を散策。二軒で食べ、
いずれも美味。第一旭の源流となる濃い目の醤油ラーメンは、日本人の舌にあう。
腹を満たしたのち、ムフフな街でムフフな体験。疲れでムフフには至らなかったが、
旭川ならではのプチローカルさを姫の語りに感じることができた。今日は280キロ。  
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2008年06月19日

北海道ツーリング四日目 根室→帯広

四日目、五時に起床。オホーツク海沿岸の都市はどこも寒い。ひりひりした冷気が、
本州のそれとは格段に異なる。ヒゲ剃り後の肌が荒れているのも、このせいか。
天気予報では根室は曇りから雨だが、今日の宿である帯広は晴。気温差が激しそう。
眠い目をこすりながら六時に出発。市街地から離れると、またもや濃い霧に包まれた。

釧路までの百数十キロを国道ではなく、北太平洋シーサイドラインと海岸沿いを走る。
手持ちのツーリングマップルには「青と緑のコントラストが美しい道」と評されるが、
道を進むにつれて霧が濃くなり、白以外の色が見られない。ふと見れば道ばたから、
エゾシカが横断。奈良の鹿とは違い、体が大きいわりに動きが俊敏。シカトされる。

シーサイドラインの中間点に、霧多布湿原がある。近くに霧笛で有名な岬があるが、
どちらも北海道ならではの幻想的な雰囲気に誘われる。湿原を走る琵琶瀬川には、
漫画「釣りキチ三平」で稀少魚とされるイトウが棲んでいそうな気配に満ちている。
ライン終点の厚岸付近には牡蠣の専門店が並んでいたが、まだ開店時刻にいたらず。

080619_1080619_2霧多布湿原(左)
勝手丼(右)





牡蠣を食べそびれた敵を取ろうと、釧路駅前の和商市場へ到着したのは午前九時。
全国的に有名な勝手丼はここが発祥で、丼に盛られた酢飯の上に讃岐うどん方式で、
寿司ネタをあちこちの店舗でのせていく。イカやマグロ、ホタテ、サバ、カニなど、
計七百円の丼へ目一杯にのせられたネタとメシをワサビと醤油をかけて口に運ぶ。
最高に美味。二杯目をいただくつもりだったが、別の市場で釧路ラーメンを発見。
新鮮な魚介類をのせた細縮れ麺の薄味醤油系だが味は今一つ。名物にはまだまだ。

十時前に釧路をでて、北上。釧路湿原を一望できる細岡展望台まで、バイクで向う。
地平線までつづく広大な湿原に、蛇行した湿原がアクセントをつける。希望すれば、
カヌーで川を下れるそうだ。時間があればカヌーの上から生のイトウを見たかった。
観覧もそこそこにし、さらに北上。目指すは弟子屈、いわゆる道東三湖の本拠地だ。

摩周湖へ着いたのは正午すぎ。「霧の摩周湖」でとかく有名だがこの日は薄霧で、
湖の全体像もよく見えた。透明度の濃いブルーな水面は、空を映しとって美しい。
摩周湖を離れてしばらく走ると乗馬のできる放牧場があり、千円コースを申込む。
ばんえい競馬用の馬のせいか安定度は抜群で、わずか十分たらずの馬乗りだが、
途中で子馬の駆け足につられて走り出すハプニングもあり、愉快きわまりなかった。

080619_3080619_4川湯パーク牧場(左)
硫黄山(右)





放牧場を退出して湖畔線を走ると、あたりから鼻をつく匂いがした。硫黄山に到着。
いまでも硫黄のふきだす活火山で、硫黄噴出口のそばでゆで卵を売る老夫妻を発見。
硫黄の如く、互いの存在は鼻につかないのだろうか。むせる匂いに我慢ならず退散。
ふたたび湖畔を走ると天然の足湯があり、休憩。湖のそばで湯をとる矛盾が素敵だ。

080619_5080619_6屈斜路湖の足湯(左)
美幌峠(右)





湖畔沿いのパイロット国道とよばれる243号線を北上すると屈斜路湖を一望できる、
美幌峠へ着く。ここもまた薄霧がかかっていたが、きれいな湖面は充分に拝めた。
しばらく眺めていると、小型のハーレーに跨っていた老紳士から声をかけられる。
出身地等の挨拶を交わしたのちに年齢を聞くと、もうすぐ年金をもらえるそうだ。
バイク後方はテント用具等の重装備がなされている。まったく、達者な爺さんだ。

080619_7080619_8幻の魚イトウ(左)
マリモ(右)





午後三時になりつつあったので摩周へもどり、国道241号線を西進。急坂が連続。
三湖のなかでもっとも有名な阿寒湖へは、一時間強もかかった。これではアカン。
湖畔には阿寒湖生物展示観察センターがあり、イトウやマリモが飼われていた。
阿寒湖はレジャー面でかなり開放されており、フライをやる釣り人も多数いた。
ボッケという硫黄ガス噴出口や軒を連ねるアイヌ民芸店など、見どころ満載だ。
だが時刻は午後五時をすぎており、湖畔や土産物屋街をそこそこに見て、退散。

そこから百数十キロ、今夜の宿である帯広まで一気に国道を下る。内陸地なので、
出発の根室とくらべて気温が十度以上も高い。ホテルについてすぐに居酒屋にて、
名物の豚丼と焼きホッケをいただく。どちらも美味で、とくに後者は肉厚だった。
本日の走行距離は530キロ。ビール大ビン一本で泥酔するほど疲れきっていた。  
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2008年06月18日

北海道ツーリング三日目 網走→根室

三日目、六時に起床。網走の朝はこれまでと違って、あまり肌寒さを感じられない。
だが前日のサロマ湖展望台への山登りが災いし、全体的に体がひどく疲れている。
今日は観光をメインにして走行距離を短くすることを心がけ、七時半にホテルを出る。
外は肌寒く、バイクで走るにはジャンパーがまだ必要。マフラーの出番はあるのか。

ホテル前の国道を西進すると現在の網走刑務所が道沿いにある。バイクを路車し、
網走橋をわたって刑務所の前を散策。八時前のせいか刑務官が続々と出勤してくる。
ここで彼らに膝蹴りでも食らわせたら、三日ほど体験入獄をさせてくれるのだろうか。
番外地へ飛ばされることを懸念し、ブタ箱入り構想を断念。健さん、ごめんなすって。

080618_1080618_2博物館網走監獄(左)
天井の脱走囚人(右)





そこからバイクで15分ほどの場所に、昔の刑務所を移築した博物館網走監獄がある。
朝一番のせいかほかに誰もいなく、赤レンガの監獄へひとり入る姿は入獄時の気分。
さまざまなダミー囚人が当時の建築物内におかれ、作業場のそれはゲットーに近い。
独房で封筒に糊を張る姿は漫画「刑務所の中」を見るようで素敵。念願の監獄食は、
食堂が11時からしか開かないために試せなかった。麦飯はエコに通じるはずだ。

刑務所を十時前にでて、オホーツク海ぞいに知床半島へ向う。快晴で風もきつくない。
昨日とはうって変わった快走で途中、暑くなりジャンパーを脱ぐほど。ウトロに入り、
有名なオシンコシンの滝につく。三筋に分かれた水瀑がそれぞれに雄々しく落ちる。
もし真ん中の文字がボに変わっていたら、彼らを見出した山田康雄も喜んだろうに。

080618_3080618_4オシンコシン滝(左)
知床連峰(右)





ウトロ側の半島沿いを進むと、知床五湖が散策できる遊歩道へ。五湖一周で三キロ。
熊出没の危険をともなうため、散策時には鈴鳴り等の音だしが必須。ゲップや屁など、
あらゆる身体器官からガスを出しながら五湖を眺める。湖越しの知床連峰が美しい。
それぞれの頂上付近には万年雪がいくつか見える。緯度の高さを実感する白銀さだ。

080618_5080618_6羅臼岳(左)
ヒカリゴケ(右)





五湖散策後、知床峠を走る。目の前にせまる美しい羅臼岳を眺めながら峠道を進む。
前日のエサヌカ線と同様、大自然を体現できる北海道には現代的な宗教はいらない。
峠の休憩小屋で売られていたホッケのフライをほおばる。さすがは羅臼産、うまい。
気持ちのよいワインディングを楽しんだのち、羅臼側の半島沿いでヒカリゴケを見る。
日の差す方向で蛍光塗料のような光を発する。誰かの背中に「バカ」と貼り付けたい。

羅臼から標津方面へ入るころから北方領土返還を表した看板が、あちこちに見られる。
気がつけば対岸に国後島がかすかに見える。領土問題を訴えた資料館が点在し、
なかば観光資源にさえ思える。もし返還が実現すれば、困るのはここの住民かも。

標津をすぎると細長く湾曲した野付半島の入り口にさしかかる。トドワラと呼ばれる、
立ち枯れで有名なトド松が幻想的な景色を見せてくれるとの観光本を片手に、走行。
往復37キロもあるが行き来する車が皆無なため、かなりの速度で先を進ませられる。
半島先端のPAにつくと観光バスが数台駐車しており、制服姿の女子高校生が降車。
その数、およそ三百。ふきっさらしの風がスカートを捲り、色とりどりのパンチラが。
実際のトドワラが期待外れのこともあり、このサプライズには股間の松が立ち枯れた。

080618_7080618_8トドワラ(左)
霧のノサップ岬(右)





かしましい女子高生をあとにして、根室へひた走る。風蓮湖あたりからまた霧が発生。
疲れもあり、このままホテルへ向うつもりだったがなぜか闘魂に火がつき、東進。
根室市街から霧がますます濃くなり、本土最東端のノサップ岬へ着いたのは18時前。
歯舞諸島の貝殻島まで4キロほどのはずだが、岬から先は真っ白で何も見えない。
しかたなく多数立てられた北方領土モニュメントのそばで、「返せ」コールを連呼。

ふたたび根室市街へもどり、ホテルに到着したのは午後六時半。腹が減ったので、
ホテルの近くにあった回転寿司屋へ入る。地元民に人気らしく、新鮮な魚介類が売り。
イカやタコ、ホタテ等の身の締まり方は抜群で、サーモンのトロには体がとろけた。
網走からの走行距離は360キロ。昨日より長く走ったが意外に体の疲労は少ない。  
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