企画の詳細および質問内容はそれぞれのページを参照してください。
これまでのインタビューはこちらをご確認ください。

リスナーインタビュー企画【40】Nさん(20代後半/会社員)の場合

「僕は昔から気にしいなところがあって、
正直、友達に本音を話せているかどうかも怪しいんです。
でも、ラジオはそういう気を遣わなくていい相手なんですよ。
伊集院さんや爆笑問題さんは自分の親ぐらいの世代だけど、
田中さんのことは『ウーチャカ』って呼びたくなる、みたいな」

男性
神奈川県在住
リスナー歴12年

■ラジオを聴き始めたキッカケは?
PSP購入をキッカケにポッドキャストを聴くようになった

 一番古い記憶は、まだ幼稚園~小学校低学年の頃。お祖母ちゃんの家に里帰りする際に、車のカーステレオから流れてきた『TOKIO HOT 100』(J-WAVE)ですね。クリス・ペプラーさんの声と独特な効果音がカッコいいなあと思ったのが印象にあって。ラジオってものが何なのかはまったくわかってなかったですけど、「ラジオと言えばクリス・ペプラーさん」みたいなイメージがありました。

 学生になってからお笑いが好きになり、テレビでも『爆笑オンエアバトル』(NHK総合)のようなネタ番組をよく見ていたんですが、その時点でラジオはほとんど聴いたことがなくて。僕の場合、最初はポッドキャストだったんです。

 PSPを中学2年生ぐらいの時に買ってもらったんですけど、Wi-Fiに繋げれば、登録したポッドキャストを定期的にダウンロードできて。それで、PSPでポッドキャストを聴くようになったんです。好きな芸人さんたちの話を無料で聴けるので、「こんなにお得なことはないな」と。中学生の頃はお金もなかったし、ただで聴ける面白い番組はありがたかったですね。

 最初はTBSラジオの『JUNK』のポッドキャストからハマって、『爆笑問題カーボーイ』から入りました。当時は「皆でうまい事言おう」のコーナーがあって、ねづっちさんがバンバン投稿してたんですよ。その後、ねづっちさんがブレイクして、「ねづっちです!」とテレビでやっていても、「ああ、知ってる知ってる」って思ってました。ラジオを聴いてて優越感を味わったのも、もしかしたら『カーボーイ』が初めてだったかもしれません。

 そこから『JUNK』のポッドキャストを一通り聴くようになりました。『雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!』や『加藤浩次の吠え魂』、当時はまだ『JUNK2』だったと思うんですけど、『バナナマンのバナナムーン』や『おぎやはぎのメガネびいき』も聴くようになって。あと、『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)のポッドキャスト「電話が鳴るまで」にも手を出してました。僕はラジオを聴いてないから、このタイトルの意味がわからなくて。のちに電波を通して聴くようになってから、「ああ、こういうことだったのか」と気づくことになるんですけど。

※注 『くりぃむしちゅーのANN』では、長めのオープニングトークのあとに、リスナーから電話がかかってきて、タイトルコールをするのが基本形だった。「電話が鳴るまで」は、そのリスナーから電話がかかってくるまでのオープニングトークを配信していた。

「ラジオを聴きながら勉強する」のがカッコいいと思い・・・・・・

 高校入試に向けた受験勉強を始める頃に、なんとなく「深夜ラジオは受験生が勉強をしながら聴くもの」というイメージがあったので、それを真似してみたくなったんです。自分の部屋で好きなラジオを聴きながら勉強するのが、ちょっとカッコよく思えて。それで試しに、最初は地元のFMヨコハマの『tre-sen』を・・・・・・。それまで『JUNK』のポッドキャストだったのに、音楽ばかりかかる番組を聴き始めて、今思うとカッコつけてましたね(笑)。そういう感じで、電波に乗ったラジオを自宅にあったラジカセで聴くようになっていきました。

 番組に投稿するようになったのは高校3年生ぐらいの時です。最初にFMヨコハマを聴き出した時に1、2通読まれたことがあったんですけど、その時はそれで満足してたんです。その後にちゃんと『JUNK』や『くりぃむしちゅーのANN』を聴くようになったんですが、『くりぃむしちゅーのANN』が終了するとなった時に、「投稿していたら、もっと楽しかったのかなあ」ってちょっと後悔を感じたんです。それをキッカケに「自分も投稿しよう」と伊集院(光)さんの『深夜の馬鹿力』と『吠え魂』に送り始めました。

 初めて読まれたのは『吠え魂』だったんですけど、話のタネになるニュースを送るだけのコーナーがあったので、そこではわりとすぐに読まれました。ネタコーナーでもそんなに時間がかからなかったと思います。たぶん最初は山里(亮太)さんの『不毛な議論』(TBSラジオ)だったかな? 2010年頃のはずです。

「この世の中で本当に面白いのはこれだ」

 学生時代はまさに典型的なラジオリスナーでした(笑)。振り返ると、中学校生活が一番つまらなくて、一番嫌な時期なんです。よく“あるある”で「中学2年生に戻りたい」って言いますけど、僕は絶対に中学生には戻りたくなくて。決してひどいことがあったわけじゃないんですけど、みんなが一生懸命背伸びをしているように見えたんです。友達が急にませ始めたのが、凄く気持ち悪くて。

 当時はオタクっていう言葉が浸透し始めて、「オタク=キモイ」というレッテルが貼られやすい状況でした。だから、「アニメが好き」、「ゲームが好き」と声を大にして言っちゃいけない空気が本当にあって。僕も普通の男の子なりにアニメが好きだったんですけど、「それを言うといじめられるかもしれないから言わない」みたいな判断をしてましたね。だから、学校が嫌で嫌で。でも、そんな中でも、深夜ラジオは圧倒的に面白かったんです。「この世の中で本当に面白いのはこれだ。とうとう見つけた!」って思ってましたね。根拠は特にないんですけど。

 大学の研究室から帰る時や就職してからの帰宅時にちょうどいいのが22時台の番組で、文化放送の『レコメン!』を聴くようになったんです。もしかしたら、他の人たちよりも22時台の番組に触れるのが遅かったかもしれないですね。

 これも伊集院さんキッカケで。パーソナリティがK太郎さんから、伊集院さんが可愛がってたのりさんに変わるタイミングで聴き始めたんです。『レコメン!』は本当に勉強になった部分が多くて。それまでお笑いのラジオしか聴いたことがなかったんですけど、「今、話題の女優さん」や「人気のアイドル」のトークに触れたことがなかったので、とても新鮮でした。

TBSラジオから感じる「距離の近さ」

 今、毎週聴いているのは、『JUNK』の月、水、金です。やっぱり聴いて、投稿もしてということを繰り返していると、たくさん聴けなくなってきて、今は番組数を絞っている感じです。『ANN』は入れ替わりが激しいので、自分の中でも愛着の湧く番組があまりなくて、定着しませんでした。

 『ナインティナインのANN』は一時期聴いてましたけど、放送局それぞれの色や空気感って違うじゃないですか。TBSのほうがリスナーとの距離が近い気がして、段々そっちに惹かれていった気がします。変な話かもしれないですけど、音の感じも違いませんか? スタジオ自体が違うし、イコライザーで音声を調整しているという噂もあるんですよね。『くりぃむしちゅーのANN』は紙が擦れる音やマイクの横に置いているであろうグラスの氷が溶ける音が凄く聴こえて。逆にTBSはそういう音が目立たないんですよね。

学生時代からポッドキャスト配信を継続中

 実は一昨年、A&Gアカデミー(文化放送が運営する放送系の養成所)の「ラジオパーソナリティコース」を受講して、その後、3ヵ月間、パーソナリティとしてレギュラー出演させていただいたんです。入ってからいろんな人に「なんで構成作家やディレクターじゃないの? なんでここにいるの?」って言われたんですけど、僕はメールを送るようになる前から自分でポッドキャストの自主配信をやっていたんです。高校2年生の時から、ニコニコ動画に20~30分ぐらい自分で喋るような音声をアップしてたので、個人的には自然な選択だったんですよね。

 始めた理由としては、もちろんパーソナリティへの憧れが第一にありました。自分もあんな風にお喋りできたらカッコいいだろうなって。あと、始めたのは2009年ぐらいだったんですけど、まだTwitterもFacebookもやっている人が少なくて、まだまだネット上は匿名が保たれていたんです。匿名だから、僕もすんなり自主配信ができたんですよ。だからこそ、ラジオへの投稿もしやすかったところもありました。

 明確に「パーソナリティになりたい」という思いがあって、A&Gアカデミーを受講しました。仕事で悩んでいる時期でもあったので。A&Gアカデミーを選んだのも「最優秀に選ばれれば、3ヵ月間、番組が持てる」という副賞が最初から決まっていたことも大きいです。それ目当てで、「この番組は俺がやるんだ」という一心で応募しましたね。

 そういう流れもあるので、未だにポッドキャストでの配信を続けてます。止めている期間もあったんですけど、なんだかんだで10年近くやっているんですよね。だから、自分の中では自然なルーチンになっていて、モチベーションがなくなることもないです。やっぱり「喋りたい」という欲がずっと自分の中にあるんだと思います。配信して、自分で聞き返して、「もっとちゃんと喋れたはずなのに」って思うと、「早く来週が来ないかなあ」って感じるんですよ。とにかく早く上書きしたい(笑)。それもモチベーションですかね。またラジオ番組を担当できるように続けていきたいと思います。


■自分が思うラジオの魅力
ラジオは気を遣わなくていい相手

 「気を遣わなくていい相手」というか。僕は気にしいなところがあって、正直、友達に本音を話せているかどうかも怪しいんです。そういう気持ちが昔からあったんですけど、ラジオはそういう気を遣わなくていい相手なんですよね。伊集院さんはよくよく考えたら自分の親でもおかしくない世代だけど、あんまり気を遣わなくていい相手なんですよね。爆笑問題さんも親ぐらいの世代ですが、それでも田中(裕二)さんのことは「ウーチャカ」って呼びたくなる、みたいな。

 投稿にしても、採用されやすいように体裁は整えますけど、あんまり気を遣わないようにしています。だからと言って、舐めているわけでも、敬意を払わないわけでもないんですよね。


■一番好きな(好きだった)番組
『伊集院光 深夜の馬鹿力』

 『伊集院光 深夜の馬鹿力』ですね。過去の番組で挙げるとしたら、『くりぃむしちゅーのANN』だと思います。やっぱり『馬鹿力』がちょっと頭1つ抜けている感じがしますね。どれか1つ番組を選べと言われたら、『馬鹿力』を選択すると思います。

 一応第1回から全部聴いているんですけど、どの時期も面白くて好きなんです。内容は結構変わっているじゃないですか。でも、変わらないのは伊集院さん本人がラジオを凄く大切に思っているところで。「その気持ちにウソはないな」って感じられる安心感というか、信頼みたいなものが僕の中にあるんですよね。「この人はラジオを裏切らないだろうな」って。だからこそ聴いていて、安心するんだと思います。


■ラジオで人生が変わった(心が震えた)瞬間
自分の送ったメールがその日のメールテーマになった時

 自分の送ったメールがその日のメールテーマになった時があるんです。構成作家の大村綾人さんが『深夜のラジオっ子』の中で、リスナー時代に伊集院さんの話を聞きながらテーマを先読みしてFAXを送っていたと言われてましたけど、僕も同じことをやっていると思って。僕も先読みして、伊集院さんやバナナマンさんが話している最中から「この話が盛り上がるんじゃないかな?」と思った話題の情報やネタを、「送ってくれ」なんてひとごとも言ってないのに、先行して送るというのをいつもやっているんです。

 バナナマンさんのお二人はサラリーマン川柳の時期によく当てっこをしてるんですね。その時に、ちょうど素っ裸DJが流行っていて。要は日村さんが急に素っ裸になって、DJトークをするということがよくあったんです。番組の中で「素っ裸」というキーワードがブームだったので、僕は勝手に「素っ裸川柳」というのを送ってみたんですよ(笑)。

 「勝手に考えてみました」って送ったら、そのメールが読まれて。設楽(統)さんが「いいじゃん。これ、今日のメールテーマにしようよ」と言ってくださって、その日のテーマになったんです。しかも、そのあとに送った僕のメールが最優秀賞に選ばれて、凄く興奮しました。

 最優秀に選ばれたこともそうなんですけど、全ての起点になったことがとにかく嬉しくて。ネタ投稿の一歩先というか、疑似作家的な感覚があって。その「素っ裸川柳」が毎年恒例みたいになったんですよね。僕が送らなくても、サラリーマン川柳の時期になると、いろんな人が「素っ裸川柳」を番組に送ってて。だから、印象的な出来事して心に残っています。


■今後のラジオ界に向けて一言
radikoのタイムラグをなくしてほしい

 「災害にはラジオ」みたいなことを強調しちゃうと、「非常時に聴くものでしょ?」みたいな印象がついちゃうと思うんです。防災の観点から言っても、普段からラジオを聴く習慣がないと、急に聴こうとしても地元の放送局の周波数だってわからないじゃないですか。だから、普段から聴いてもらえるようなCMや告知が必要なんじゃないかなって。

 あと、radikoのタイムラグ問題ですね。最近、広告の影響から伸びましたよね? 15秒に設定していても、実際は1分近くあるんですよ。よく番組側が「Twitterではハッシュタグをつけてつぶやいてほしい」とPRしているのに、一方でradikoにはタイムラグがある。それはどうにかしてほしいなって。

 時間軸のズレが出てきて、みんなバラバラのことをつぶやいてしまっていることがよくあって、最近はハッシュタグを追わなくなってしまいました。ネタバレに繋がることまで起きているので。僕はアナログラジオに戻って聴いてます。特に生で投稿する番組の場合はアナログラジオじゃないとダメなんですよね。1分間違ったらメールが読まれるチャンスがかなり減ると思うので、タイムラグはなくしてほしいです。

(取材/構成:村上謙三久)

※これまでのインタビューはこちらをご確認ください。