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リスナーインタビュー企画【42】Pさん(男性/20代前半/テレビAD)の場合

「大学2年の時、放送研究会で
ラジオをテーマにした物語を映像にしたんです。
深夜1~3時の設定で、
パーソナリティがいて、リスナーがいて……
イメージ的には『電車男』みたいにしたかったんです。
脚本も編集も自分でやって、撮影だけ手伝ってもらって、
話の中には自分の聴いているラジオの話を全部詰め込みました」

千葉県在住
リスナー歴8年

■私のラジオ歴
英語の勉強をしようと思い、ラジオをつけたら……

 中学3年生の時、高校受験に向けて英語のリスニングの勉強をしようと思い、ラジオをたまたまつけたら、知っている芸能人が出ていたんです。それが衝撃的でした。誰だったかまったく覚えてないんですけど……(笑)。

 それ以前も、父親が車の中でたまにラジオをつけることはあったんですけど、“誰か知らない人がよくわからないオシャレなことをやっている”という感じで、全然面白くなくて、「CD聴きたいなあ」といつも思ってました。だからこそ、「僕が知っている人がラジオに出ることってあるんだ!」という新鮮な驚きがあったんです。それでちょっとラジオに興味を持ちました。

 ベタな話なんですけど、その当時は携帯を持ってなくて、もちろん部屋にはテレビもない。だから、親の持っていた小さいラジオを借りるというか、パクるというか……(笑)。そんな感じで、何となく聴くようになりました。最初は誰が出ているのかもよくわからなかったです。毎週聴く番組ができた頃にはもう受験は終わってました。

 最初に意識的に聴くようになったのは『VOICE CREW』(NACK5)です。女性の声優さん2人(長谷川明子&田村睦心)の番組なんですけど、2月頃に「ちょっと面白いなあ」と聴くようになったら、5回ぐらいで即終わっちゃったんです(苦笑)。放送局もパーソナリティの名前もよくわかってなかったんですけど。あと、僕は『名探偵コナン』が好きなので、林原めぐみさんの『Tokyo Boogie Night』(TBSラジオ)も同時期に少し聴いてました。「この声は知っている!……灰原の声だ」って。声優さんのラジオを聴いていたのはこの時ぐらいなんです。夜中にラジオを何となくつけるようになってましたね。

AKB48が好きになり、ラジオもチェックするように

 ラジオを知ったのと平行して、AKB48が好きになりました。最初はメッチャバカにしてたんですけど、『Beginner』のPVが超カッコよくて。あっちゃん(前田敦子)が出演していた『Q10』やAKBが出ている『Mステ』も見てましたし、誰推しとかじゃないんですけど、徐々に興味が出てきたんですね。それで、『ノースリーブスの「週刊ノースリー部」』(ニッポン放送)も聴き始めました。この番組がラジオにちゃんとハマるキッカケになったんです。そのままニッポン放送に合わせてたら、『AKB48のオールナイトニッポン』が始まるじゃないですか。それも聴くようになりました。

 初めて聴いた回(2011年2月25日放送)は凄い面子で。たかみな(高橋みなみ)、さっしー(指原莉乃)、しーちゃん(大家志津香)に、昇格したばっかりのゆいはん(横山由依)が出ていて、ここからゆいはんが好きになりました。その直後に東日本大震災が起きて、ラジオが注目されましたよね。聴き始めたばかりの『AKBのANN』も2回潰れてしまって、再開した最初の回がとても真面目な話をしていたのが印象に残っています。

 高校生になってから他のジャンルの番組も聴くようになりました。まだ使っていたのはガラケーでしたし、radikoも使えないし、Twitterもやってなかったんで、情報は全然入って来なかったんですけど、4歳年下の妹があることを教えてくれたんです。妹もちょっとだけラジオを聴く子だったんですけど、どうでもいい雑談をしていたら、「今日からmiwaって人がANNをやるみたいだよ?」って言ってきて。miwaさんのことは何にも知らなかったんですけど、試しに聴いてみたんですよ。番組の中で曲を聴いたら、「あっ、ドラマの主題歌を歌っていた人だ」ってわかったんですけど。

『miwaのANN』→『オードリーのANN』に繋がる

 “miwaナイト”には初回からハマっちゃいましたね。ディレクターは(宗岡)芳樹さんで、構成作家が福田(卓也)さんだってあとあと知ることになるんです。『週刊ノースリー部』も福田さんですから、この時に知らず知らずに“礎”ができていくんですけど。この番組は頭おかしかったですね(笑)。ハガキ職人のお手本みたいな人たちがよく投稿してました。女の子の番組なのに、メッチャお笑い要素が強くて、一気にハマりました。そうしているうちに、10月頃にゲストでオードリーが来るんですよ。それで、ものの見事に『オードリーのANN』を聴き始めて。芳樹さんの手のひらで踊らされてますよね(笑)。

 お笑いは普通に好きだったんです。『エンタの神様』の世代だったんで。『はねるのトびら』や『めちゃイケ』も見てました……『爆笑レッドカーペット』は嫌いでしたけど(苦笑)。なので、オードリーのことも知ってはいました。ただ、お笑い芸人さんがラジオをやっているという認識はほとんどなくて、ナインティナインさんの番組本のCMが流れていたから、「ナイナイさんはやっているんだろうなあ」ぐらいの感覚でした。「ナイナイと福山雅治が長いらしい」「aikoが昔やってた」程度の薄い知識しかなかったと思います。

 だから、『オードリーのANN』は新鮮でした。ベタな話ですけど、「若林さんのほうがボケるんだ。テレビよりもイキイキしてるなあ」って。僕はメチャメチャ人見知りなんですけど、オードリーの2人も結局は人見知りじゃないですか。そういうところが凄い楽しかったんです。この番組を聴いてなかったら、人生どうなってたんだろうってゾッとします。どんな性格になってたのかもわからないんですよ。もっとひねくれてたかもしれないですし。

初めてメールが読まれたのは『曽根由希江のリッスン?』

 学生時代の僕はどんな人間だったか、ですか? 中学時代は二軍、三軍の端っこにいるような存在でした。サッカー部や野球部のような人たちの中にいるわけでもなく、オタクっぽい人たちと仲は良くても、アニメやニコ動がガッツリ好きだったわけでもなく……。自分はハンドボール部にいたんですけど、その他大勢って感じでしたね。高校時代はバスケ部だったんですけど、ずっと試合には出られませんでした。『SLAM DUNK』を読んでも、木暮や彦一に共感してましたから。

 でも、ラジオを聴くようになって、「それでもいいんだ」って思うようになりました。ラジオで投稿を読まれるようになったのも大きいと思います。前からちょいちょい送ってはいたんですけど、まったく採用されなかったんで、「読まれないもんなんだ」と思いながら送っていたんです。そうしたら、曽根由希江さんの『リッスン?』(文化放送)で初めて採用されて。その時はメッチャ手が震えて、感動してちょっと泣きましたね。その喜びを分かち合う友達なんて誰もいなかったから、完全に僕だけの喜びでした。当時は毎日『ANN』や『リッスン?』を聴きながら学校に行ってましたよ。AKB48や平野綾さんの『リッスン?』にも投稿してたので、たくさんステッカーが集まりました。

 高校3年生になって、iPodを手に入れるんです。それで昔の音声を“魔法の箱”で聴けるようになって。いいことじゃないかもしれないですけど、これで過去の放送をたくさん聴くことができて、よりいろんな番組が好きになりました。

 同時期に『miwaのANN』が終わった時は悲しかったですね。代わりに『久保ミツロウ・能町みね子のANN』が1部に上がってきたんですけど、最初は悔しくて聴けませんでした。「あんなオバサン2人に負けるなんて!」って。途中から超聴くようになるんですけどね(笑)。物凄く自分の肌に合いました。あの人たちもひねくれているし。お二人が「ミュージシャンでも、芸人でも、アイドルでもない人のラジオだって面白い」って教えてくれました。ANNはそういうところがいいですよね。今だったら佐久間宣行さんが面白いですから。

JUNKは『不毛な議論』から

 JUNKは『山里亮太の不毛な議論』(TBSラジオ)からですね。若林さんが山里さんとテレビで『たりないふたり』を始めて。で、同時期に松井咲子さんが『不毛な議論』を超プッシュしてたんです。それでまず水曜日から足を踏み入れるようになりました。もうその時は伝説的な回が終わってしまってたんですよね。節分の話とか、早見あかりさんがももクロから卒業した時の話とか。でも、山里さんもまたまたひねくれているので、とても共感できました。升野(バカリズム)さんのANNも聴いてましたね。これもやっぱり若林さんの影響で、『日曜芸人』で共演してましたから。

 『おぎやはぎのメガネびいき』を聴き始めたのは「妄想総選挙でおぎやはぎから山里に電話が来てやらかした」という話を耳にしたのがキッカケで。全部そうやって聴く番組が広がっていくパターンなんです。のちのち『バナナムーンGOLD』も『メガネびいき』とコラボした時から聴き始めましたし。『伊集院光 深夜の馬鹿力』を聴いた記憶もうっすらあるんです。サッカーゲームの話をしてたと思うんですけど、世代の違いもあってなぜかハマらなかったですね。

 当時は大学受験に向けて東進ハイスクールに通っていたんですけど、周りの人たちがメチャクチャ頭が良かったんですよ。でも、自分は全然頭が良くないし、周りの話を聞きたくなかったから、塾の中ではずっとイヤフォンをしてラジオを聴いてました。自習室を出て、ロビーに行くと、先生も生徒も意識高い話をしていて、それがしんどくてしんどくて……。まだ社会人に慣れてないんで、未だに何かあるとすぐイヤフォンをしてしまう時があります(笑)。

『アルコ&ピースのANN』に衝撃を受ける

 ラジオ漬けの生活は受験が終わっても変わりませんでした。『笑っていいとも!』の最終回の話をいろんなラジオで聴きたいって思った時に、「どうせだったら新しく始まった番組をチェックしてみよう」と考えて、1部に上がったばかりの『アルコ&ピースのANN』を聴いたんです。すぐに好きになったんですけど、ここも芳樹さんと福田さんなんですよね。

 特にこじるり(小島瑠璃子)のLINE IDを聞き出す回は凄かったです。酒井さんが芸人を辞めてこじるりと一緒になるか? 平子さんと芸人を続けるか? それをリスナー投票で選ぶというマルチエンディングで、「こんなことあるのか?」って。本当に衝撃的でした。最初に聴いた『AKB48のANN』は同じ曜日の同じ時間なんですけど、随分遠くに来たなって(笑)。今まで聴いてきた当たり前のことを覆されて、「まだ新しいことがあるのか?」と。ただ、1回も投稿しなかったんですよ。文化放送の生ぬるいところで育った僕にはあんなゴリゴリの番組は無理だなって(苦笑)。

 高校ぐらいから異常なスーパー夜更かし人間になってたんで、なるべくオンタイムでラジオは聴くようにしてました。授業中は毎日どうしても居眠りしちゃう、みたいな。親は「録音して聴けばいいじゃん?」って言うんですけど、僕は「絶対メール読まれたいから、そんなの無理だ」と。アルピーに関しては、何が起きるかわからないんで、生で聴かないわけにはいかなかったですし。だって、スペシャルウィークに読者モデルを呼んで、跳ねないからって途中で帰して反省会をするんですよ? 「マジか!」って思って。無人島に行って2週間帰ってこれなかったり、恐竜の目撃情報を集めて、最終的に平子さんが刃牙みたいに恐竜を倒すとか……。昔の音声も掘り起こしました。

大学でやっとラジオ好きの知り合いができたが……

 大学に入学しても、性格的な問題で学部に友達が1人もできなかったんですよ。自分からは話しかけられないし、怖くてやっぱりイヤフォンをしていて。それでもサークルに入ったら助かりました。放送研究会に入ったんです。そこでラジオ制作をやりました。でも、サークルに仲間はいても、授業は基本的に1人で受けてたので、棟と棟の行き来の時間もずっとイヤフォンしてましたね。サークルでも同期とはあんまり仲良くなれなかったんですけど、2つ上の先輩たちはお笑い好きで。それこそ『たりないふたり』のイベントや『史上最大のショーパブ祭り』に一緒に行ったりとか。

 特にラジオが好きな女の先輩の存在は大きかったです。まだサークルに入るか入らないか決まっていない状態の人たちを集めた新歓コンパがあったんですけど、ラジオが好きだって他の先輩に語っていたら、その女性の先輩を呼んでくれて。「俺、オードリーが一番好きなんです」と話したら、その先輩はテーブルを挟んで奥に座っていたのに、「えっ!?」って横まで走ってきて、「私もメッチャ好きなんだよ!」となって。ラジオ好きの知り合いができたのはメチャメチャ嬉しかったです。やっとわかる人ができたなと。『おどおどオードリー』のDVDを持っていて、若林さんとマシンガンズ西堀さんとくじらさんのトークライブに行くような人だったんで。「本当に女性であの番組を聴いている人はいるんだ」ってビックリしました。まあ、数年後にその女性に恋をしてしまうんですが……。

 大学2年の時、ラジオをテーマにした物語を映像にしたんです。20分ぐらいの尺なんですけど、深夜1~3時の設定で、パーソナリティがいて、リスナーがいて、イメージ的には『電車男』みたいにしたかったんです。遠くでいろんな人たちが聴いてて、パーソナリティが音楽をかけたことでリスナーが報われる、みたいな話です。

 話の中にも自分の聴いているラジオの話を全部詰め込みました。バナナマンがするように、オープニングトークに「1年過ぎるのが早い」という話を入れたり、メールテーマのガナリを山ちゃんみたいにしたり、miwaさんの曲を流したり、エンディングは『夢見るバンドワゴン』にしたり。脚本も編集も自分でやって、撮影だけは手伝ってもらったんですけど。完成したら、みんなが褒めてくれたんです。いろんな大学の人が集まって発表会もやったんですけど、「僕も○○を聴いてます」って反響がありました。サークルは本当に楽しかったです。先輩に凄く可愛がってもらって。上級生の飲み会に1年生は僕だけみたいなパターンがありました。

 この経験があったから、ラジオ関連の仕事がしたいと思うようになりました。ただ、求人が少なくて……。とりあえずメディアに関わる仕事がしたいなと思って、今はテレビのADをしています。ADになってからも、ラジオに対するスタンスは変わらないです。深夜に仕事をしている時もあるので、生で聴かない時があるのがつらいぐらいで。今は火~金のJUNK、オードリー、乃木坂46、霜降り明星、佐久間さんのANN、24時台三兄弟を中心に聴いてます。


■自分が思うラジオの魅力
メールを読んでくれること

 “メールを読んでくれる”という部分だと思います。僕が『不毛な議論』で初めてメールを読まれたのは、山里さんが「受験の悩みや人生相談」をメールテーマにして、真面目なお悩みを募集した時だったんです。僕は「放送研究会でみんながラジオに積極的になってくれない」というメールを送ったら、それを読んでもらって。凄く嬉しかったですね。この時にTwitterを見てたら、名だたるハガキ職人さんが親近感を持ってくれたし、山ちゃんは「みんなに1回投稿させてみるといいよ」とアドバイスをくれて。こういうことが要所要所でいいタイミングで起こるんです。

 周りの友達にドンドン恋人ができるのに、僕はずっとひとりという状況に凹んでいた時、『メガネびいき』で自撮り写真を募集した回があって。それで「縁結びの神社に行ったら、僕以外3人に彼女ができました」って男4人で大阪旅行に行った時の写真を送ったら、おぎやはぎのお二人がゲラゲラ笑いながら「よくみんな彼女できたな。(君の顔も)全然劣ってないよ。変わらない」「こういうやつらに支えられてるんだな。この4人にザ・クソメンってタイトル付けていいよ」と言ってくれて。それもメチャクチャ嬉しかったんですよね。そういう回がなかったら、今の僕はなかったかもしれません。


■一番好きな(好きだった)番組
オードリー、miwa、アルコ&ピースのANN

 一番は『オードリーのANN』ですね。今後もずっと聴いていきたいです。あとは『miwaのANN』と『アルコ&ピースのANN』ですかね。

 オードリーの武道館イベントは第一次先行でチケットが当選したんですよ。前日の物販にも行って。始まる前はみんなの中にいるのがちょっとしんどかったんですけど(苦笑)。エンディングでは超泣いちゃったし、パッと見たら隣の人も漫才で泣いてました。凄く楽しかったんですけど、「ここにいるみんながラジオを聴いているんだ。1つになってるんだ」と言っている人も多かったですが、正直そこまでは思わなくて。「みんな聴いているんだ」とは思ったんですけどね。僕が斜に構えて、ひねくれがひどいからなんですけど。

 武道館から出てきた時も楽しい気持ちで一杯だったんですけど、どこかで「これから一緒に飲みに行く人たちはいいなあ」って思ってました。そういうことができる人がほしいんですけど、人と会ってその段階まで持っていく自信がないんです。ADという仕事を考えると、そのぐらいできなきゃいけないんで、今はヤバいなあって思ってます。どうしたらいいんだろうなって。

 Twitterでラジオ仲間を作るっていうのも、僕は斜に構えているから、未だにできないんです。そういうのって良くないなとわかっているんですけど、なかなかできないんですよね。そういう人たちと集まっても、喋れるかわからないです。武道館の時はお伏せしたくて物販で3万円ぐらい使ってしまい、気づいたらキーホルダーを20個ぐらい買ってたんで、頑張ってTwitterを使って交換したんですけど、それだけでしんどかったです。「相手に気を遣わせている」って思ったら、もう自分からはいけないんですね。升野さんも同じようなことを話していて凄く共感したんですけど。

 『アルコ&ピースのANN』の最終回? もちろん出待ちに行きました。「当日だとサインはもらえないだろうな」と思って、前の週にサインをもらいにいって、写真も撮ってもらったんです。その時に差し入れを持ってきているリスナーさんもいて、僕は酒井さんに「ごめんなさい。俺は何にも持ってきてないんですよ」と謝ったら、「来週も絶対に来て、持ってないとダメだからな!」と酒井節全開で言われたんですよ(笑)。

 なので、最終回は意を決して持っていきました。たくさん人がいて、酒井さんに話しかけられる雰囲気じゃなかったんですけど、最後に車に乗り込む時に無理矢理に渡しました。コンビニで適当に買ったシュークリームだったんですけど(笑)。あの時の集合写真は未だにスマホの待ち受けにしています。


■ラジオで人生が変わった(心が震えた)瞬間
初めてメールを読まれた時

 初めてメールを読まれた時は本当に嬉しかったです。さっきも話したように、僕は学校でずっとその他大勢みたいなヤツだったんです。高校でバスケ部に入っていても試合に出ない二軍でしたし。でも、その当時に『リッスン?』に何通のメールが来てたのかわからないですけど、“何分の一”かに選ばれたのが凄く嬉しくて。こんな自分が必要とされたことが嬉しかったんです。

 それからいろんな番組で採用されても、やっぱり毎回喜びは変わらないんです。特にしんどい時ほど嬉しいんですよね。物事が上手くいってない時ほど喜びを感じます。


■今後のラジオ界に向けて一言
YouTubeを否定できないんです

 昔の番組の音声を売ってほしいなと。曲みたいに1回250円とかで。権利の問題もあるんでしょうけど、僕はYouTubeを否定できないんです。YouTubeがなかったら、ハマらなかった番組って多々あるんですよ。YouTubeは100%悪いって言う人は多いんですけど、僕は強く否定できないですね。YouTubeがなかったら今、『メガネびいき』や『バナナムーン』をここまで楽しめているかわからないですから。オードリーもそうですけど、内輪に向けた番組を楽しめているか正直わからないんです。それはYouTubeで誰かがアップしてくれたからなんで。1週間経ったらアップするのを解禁するってどうでしょうかね?

 極端な話、お金を払いたいぐらいなんです。オードリーの武道館に行った時もそういう気持ちがあるから物販で買いまくりました。「これでグッズが売れたら番組は続くはず」って。「番組がこれだけ支持されている」と伝える場所ってラジオだとあんまりないじゃないですか。

 昔の番組を聴き直したくなる時ってありません? でも、初めて松井咲子さんにメールを読まれた時の『リッスン?』の音声は手元にないんですよね。どうやっても聴けないから、お金を払ってでもほしいんです。テレビもそうですけど、DVDなどソフト化されて売っているものならアップされるのは悪いし、消されてしょうがないって思えるんですけどね。

(取材/構成:村上謙三久)

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