2009年05月06日

「ピーター・フランプトン」「ギャング・オブ・フォー」5

518fa6c4.jpg皆さん今晩は。
これからの30分間はこのFM81.4、FM西大和からオンエアーされます「ラジオでロック レディオノーウェア」でお楽しみ下さい。お相手させて頂きますのは私、DJ・PON-CHANG!(ぽんちゃん)で御座います。どうぞ宜しくお願いします。

それでは早速番組の方進めて行きたいと思います。

先ず冒頭はお馴染み、私・ぽんちゃんがアト・ランダムにその時々の話題をピックアップしては、それに相応しい音楽をお届けするミュージックカレイドスコープのコーナーでございますが。

さて今日は、今から33年前の1976年に発表となった「フランプトン・カムズ・アライヴ」で1000万枚という驚異のレコードセールスを記録し、一躍スーパースターの座に登り詰め、アイドルのような容貌も手伝って「ロック界の貴公子」と、何かミッチー・及川光博の如き扱いを受けては(勿論、全然規模というか、レベルは違いますが…)、当時のギャルのハートを鷲掴みにしてみせては、一世を風靡した金髪ロン毛の英国産ミュージシャン(今は大分、黄昏れちゃってますが。トホホ)『ピーター・フランプトン』をご紹介したいと思います。
ピーター・フランプトン〜。
彼は1950年4月22日、イギリスはベッケンハム生まれの59歳で、来年にはもう赤いチャンチャンコが必要な60歳、還暦となるアーティストで御座いまして、『ロック界の貴公子』なんていう称号も今は昔と言ったオジンでありまして、我々の世代40〜50歳代の人間には実に馴染み深いアーティストでは御座いますが、今の30代や20代の若い人達は全く知らないでしょうな。
ということで、簡単にその横顔なぞご紹介させて頂きますと、彼、ピーター・フランプトンは、プロのギタリストとしての経験を持つ父親の影響もあってか、実に音楽的には早熟な人物でありまして、8歳の時には、大好きなベンチャーズを手本にマスターした自慢のギターを携えて、ボーイスカウトのバラエティ番組に登場し、クリフ・リチャードの「ア・ガール・ライク・ユー」等々をプレイし、当時の大人達の度肝を抜いた訳で御座います。
で、1966年、16歳の頃になると、POPアイドルバンド「ザ・バード」(元々はプリーチャ―ズと言う名前で、元ストーンズのビル・ワイマンのプロデュースでデビューした。)に参加し、当時イギリスで大人気だったTVの音楽番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」に出演。たちまちその甘いルックスから女の子達の黄色い歓声を一身に浴びる存在となり、音楽雑誌などでは「1968年の顔」と持て囃されることとなる。が、当人からすればこの扱いは、非常に迷惑千万極まりないものだったようで、勢いザ・バードを脱退。そして翌年、元スモール・フェイセズのスティーヴ・マリオットと共に『ハンブル・パイ』を結成する。しかし、ここでも徐々に音楽的主導権を握り、ソウルフルな方向にバンドを誘っていったマリオットのやり方に違和感を覚え、グループを脱退し、ソロアーティストに転向して行く。1974年からは、ひとりで地道に全米各地を音楽行脚。これが実を結び、1976年には全米各地でのライブ演奏を纏め上げた作品「フランプトン・カムズ・アライヴ」が、音楽ファンから爆発的な支持を得て、誰もが驚く1000万枚販売というオベリスクを打ち立てることになる訳です。で、当然、翌77年に発表の「アイム・イン・ユー」もこれまた大ヒットし、この勢いのまま銀幕の世界にも進出。ビージーズのギブ兄弟と共に映画「サージェントペパーズ」にも出演して、その人気を不動のものにした訳です。
しかし、1980年代に入ると、明けても暮れてもフランプトンといったバブル人気も自然と沈静化。その後は高校の先輩に当たるD・ボウイのツアーギタリストなどを経て、2006年発表のインストアルバム「フィンガー・プリンツ」が2007年のグラミー賞でラリーカールトンなどの凄腕ギタリスト達のアルバムを見事に抑えて、その年のベスト・ポップ・インストゥルメンタル・アルバムに選ばれ、彼自身が望んで止まなかったギターレジェンドとしての確固たる地位を手中に収めることになり、今日においてもまだまだ現役ギタリストとして活動し続けているのです。
〜というところで、ではでは、ここでフランプトンの人気が最もピークだった頃に発表された作品を何曲かお掛けしたいと思います!まずはフランプトンと言えばトーキング・モジュレーターの名手としても名高いギタリストでありまして、その魅力も十二分に堪能できる、カムズ・アライヴに収録の、シングルとしても大ヒットを記録した「ショー・ミー・ザー・ウェイ」、そして1977年の大ヒット曲で、彼の甘い歌声が何処までも優しく心に満ちて行く珠玉のラブソング「アイム・イン・ユー」、以上の2曲をお届けしたいと思います。
それでは聴いてください。フランプトンです。どうぞ!  

続きましては、キーワードAtoZのコーナー。

このコーナーは、アルファベットを順に追いながら、たとえばその頭文字がAならAC/DCといった風に、新旧洋邦問わず、無作為にアーティストやバンドをピックアップしてご紹介させていただくコーナーで御座いますが。

さて今回は、頭文字にアルファベットのGが来るバンドということで、ポストパンクの代表格として英国のロックシーンに彗星の如く現れた、中国で起こった文化大革命の後期をリードした江青女史などで御馴染みの「四人組」から、そのグループ名を拝借したとされる『ギャング・オブ・フォー』にスポットを当ててお送りしたいと思います。
1977年、イギリスはリーズで結成されたギャング・オブ・フォーは、アンディ・ギル(G)、ジョン・キング(Vo)、デイヴ・アレン(B)、ヒューゴ・バーナム(Dr)の4人から成るバンドで、3コードの単純な構成によるアグレッシヴなパンク・サウンドがイギリスの音楽シーンを牛耳る中、彗星の如く現れては、アメリカのバンドである「BIGBLACK」の「スティーブ・アルビニ」氏(ニルヴァーナのプロデューサーとしてもお馴染み)のギターに影響を受けたと思われる、全てを破壊的に寸断するようなシャープなカッティングとうねる様なファンク・ビートで一種独特のダンスミュージックを構築しては、そこに政治的な歌詞を載せて、まさにミュータント的なサウンドを奏でるオリジナルな存在として注目を集めることになった。しかし、1stアルバム『エンターテイメント』が最高傑作と評されるように、セカンド以降はメンバーも変わり、その勢いも失速の一途を辿り、1984年には解散。その後、1990年に再結成しては、解散、再結成を繰り返し今日に至っている。
では、今日は歴史的名盤、REMやニルヴァーナ、そしてレッド・ホット・チリ・ペッパーズなど、現在のロックシーンにおいて重要な位置を占めているポストパンクの代表格的なバンド達に、大いなる影響を与えたとされる彼らギャング・オブ・フォーの衝撃の1stアルバム「エンターテイメント」から、「ダメージドグッズ」「アイ・ファウンド・ザット・エッセンス・レア」「アット・フォーム・ヒ―ズ・ア・ツーリスト」の3曲を聴いて頂きます。それではどうぞ!ギャング・オブ・フォーです。

ラジオでロック”「Radio Nowhere」
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。

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さて、最後は、この間も少しお伝えさせて頂きましたけども、今一度、改めてということでご案内したいのですが、この番組で過日、ご紹介しましたThee Out ModsさんのCD、これまでは奈良県下の店舗では、残念ながら取り扱いがなかったのですが、この度、遂に『JEUGIA(十字屋)・奈良近鉄店』でお買い求め出来るようになりました。是非、またご利用下さいね。ということで、今日はThee Out Modsの「ロクデナシ」をお掛けしてお別れしたいと思います。
また来週も時間が来ましたら、FMハイホー、FM西大和にダイヤルを合わせて頂きまして、この「ラジオでロック レディオノーウェア」を楽しんでくださいね。
それでは皆さん、また来週。お相手はDJ・PONーCHANG!でした。
バイバイ!
(5・10オンエアー分)





radionowhere at 11:53│Comments(0)TrackBack(0)ROCK 

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