第3章 毒虫 #1

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 昼食は、冷やし中華だった。いつものようにキムチを混ぜて食べたが、あまりおいしく感じなかった。いつものように「今日は学校で何をしたの?」と尋ねるママの笑顔が、やけにしらじらしく感じたからだ。今朝のことなんか忘れたように振舞うママに、巳咲の心はモヤモヤと曇るばかりだった。

 決して、委員長の詩に、心を揺さぶられた訳ではない。
「私はこんなに弟のことを思っているのよ」
 そう言わんばかりの詩、そして誇らしげなあの態度。いつもなら、「ウザイ」の一言で終わる話だ。
 でも。
「弟も妹もいらない!」
 巳咲は、その言葉の残酷さに、気づいてしまった。あんな委員長の詩ごときで。まるで当然の権利のように「いらない」と言った自分が、ショックだった。
「いらないから、殺してよ」
 そう言ったようなものなのだ。
 もし、カスミちゃんのお兄ちゃんが「妹なんかいらない」と言っていたら、もしケイトのお姉ちゃんが「弟なんかいらない」と言っていたら……そう考えると怖くなった。
 それでも、素直に受け入れられない自分がいる。いい年して恥ずかしい、という気持ちもある。でも、家族が増えることよりも、誰かの都合で自分の生活が変わってしまう、それが何だか、やりきれないのだ。

 ねぇママ、ミサキだけじゃ、不満なの?

 ……ああ、息がつまってキムチがむせる。千切りキュウリがノドをナナメに通ってく……巳咲は麦茶を飲み干した。
 早く双子の家に行きたい。早くカスミちゃんが迎えに来ないかな。バンドの話もイヤだけど、あんなの鬼ごっこと変わらない。ただの遊びで、逃げれば勝ちだ。
「ごちそうさま……」
 ため息まじりに箸を置くと、ママは冷蔵庫から梨を取り出した。
「今年もねぇ、アンタのために、おじいちゃんが送ってくれたのよ」
「……あー、そう」
 いつもなら、梨にかぶりつく様を早速おじいちゃんに写メールするところだが。
「今、ジェニー充電中だから後にしよう……」
 誰にでもなく言い訳をして、冷やし中華の空き皿にたまる梨の皮を見つめ……ああ君に食べさせたい、このみずみずしいナシを!! 巳咲の思いは『キラめく世界』にリンクして、弟だか妹が未熟児だったらどうしよう? 不安でたまらなくなってきた。
「どうしたのミサキ、お腹でも壊したの?」
「……いや、そうじゃなくて……」
 ミサキでも物思いにふけることがある、って思わないのかなぁ? 巳咲は思い切って、今朝の話の続きを聞く決心をしたが。 
「……あ、ちょっとママ!! タバコ吸っちゃだめじゃん!!」
「……え? どうしてよ」
 ……よくわかった。ママがいつも通りに振舞ったのは、巳咲への気遣いではない。今朝のことなんかキレイさっぱり忘れているのだ。その証拠に、自分が妊婦だってことすら忘れてる!! どれだけ天然なんだよ!?
「ねぇミサキ、最近ちょっと、様子が変ね」
「……そう?」
 つーかそれ、最近じゃなくて、今朝からじゃねぇの?
「えーとね、特に先週の土曜日あたりから、変かも」
 だからそれ、違うから。今朝から、アンタたちのせいで、だから。巳咲はママと話すのが、ちょっと面倒になってきた。こんな女相手じゃあ、そりゃパパも生返事したくなるよね。
「あ、わかったー!! 双子クンとケンカしたんでしょー?」
「……いや、そうじゃなくて」
 つーかケンカなら日常茶飯事ですから。巳咲は顔をしかめて、タバコの煙を大げさに手で払った。遠回しに禁煙を促したのだが、もちろんママは気づかない。
「そういえば最近、双子クンの話、しないものね。前はほら……」
 しかも人の話聞いてないし。みんなミサキのことをボケとか天然とか言うけど、ママに比べたらクールこの上ないじゃない?
 ママは八重歯でフィルターを噛みながら、「アレはかなりウケた!」と思い出し笑い。
「ほら、ハルくんが金髪にして親が呼び出されてさぁ、『ああ、お父さんも金髪なんですね』って先生が!!」
 春樹によると、「親父を見た時点で先生は諦めた」。双子のパパは金髪どころかマユの上と鼻にピアスをしているような、超パンクスなのだ。
「まさに『この親にしてこの子あり』よね」
 双子のパパは「いやー子供はすぐ親のマネして困るよね」とか言って、「夏は黒髪だと、太陽の光を集めるから頭が熱くなって日射病になりやすいんだよね」などとよくわからない理屈で先生を言い負かし、春樹の金髪を認めさせたそうだ。
「それからほら、アキオくん。あの子も将来大物になるわよ、校長に平気でダメ出しだもの!」
 それは去年の運動会でのことだった。校長の挨拶の途中で秋生がいきなり手を上げて、大声でこう言ったのだ。「校長先生、そのことわざは、間違いです!!」と。秋生は全校生徒とその保護者たちが見守る中で、ことわざの意味と正しい使い方を丁寧に説明した。校長がハゲ頭まで真っ赤になるのを見て、ママはザマーミロと思ったらしい。
「それからカスミちゃんのピアノ発表会ネタ(本来はスローな曲をメチャクチャ早弾きして、クラシック界に衝撃を与えた?)とか、ケイトくんの感想文(つまらない本だった、とだけ書いた)とか……」
 ママはだんだん不機嫌になり、タバコをギュッともみ消した。
「そうよ、最近そういう話、全然してくれないじゃない!! ダメよミサキ、あんな面白い子たちとケンカしちゃあ!!」
「……だから、べつにケンカとかじゃなくて……」
 もうイヤこの人……天然のくせしてどうしてそういうことには気づくのかな。
 言われてみれば確かにここ1週間、みんなの話をしていなかった。

 だってアイツら、バンドの話ばっかなんだもん!!

 だけどそれを言ったら、ママは絶対、一人で勝手に盛り上がる。ママは子供の頃、アイドル歌手になりたかったのだ。そういう親はたいてい子供に夢を託すもので、巳咲は小さい頃、よく誰かさんみたいなラブリー&スイートな格好をさせられた……。

「……そうだ、双子の家に行く途中にね、コワーイ犬がいるんだよ。地獄の番犬みたいに、コワーイのが!」
「まぁ、どんな犬? 土佐犬?」
「……いや、見た目はちっこくて、カワイイんだけど」
 その犬の名は、杉浦霞。上等な日本人形みたいに気品ある顔立ちに、現実離れしたラブリー&スイートな服を着て……おとなしくて愛らしい、昔のアイドルみたいな犬なんだけど、ねぇ?
「なんかねぇ、いつ噛みついてくるか、わかんない犬なんだよね」
「あらイヤだ、放し飼いなの? ちゃんとしつけてないのかしら?」
 いやいや、ある意味クサリにつながれて、しつけも厳しいようですが。
「なんかねぇ、大事にされすぎて、野良犬に憧れてる感じ?」
「……あらそう、犬でもやっぱり、ストレスたまるのかしら? かと言って自由すぎても、ねぇ……」
 ママの微かなため息に、巳咲は思わず黙りこむ。
「ウチなんか、本当に放し飼いだもの、ねぇミサキ」
 なんかヤバイぞ、この空気……話をそらすためのメタファーは、逆にヤブヘビだったらしい。犬のしつけのくだりで、ママはきっと、今朝の話を思い出した。
「あの、ね。ミサキ……」
 ためらうようなママの表情に、血の気が失せたその瞬間。
『ピン、ポ〜ン』
 絶妙なタイミングで、緊張感のないチャイムの音が。
「……あら? ミサキ、カスミちゃんが来たんじゃない?」
 ママが手を伸ばしたインターホンのモニターには、オートロックが開くのを上目遣いでジッと待つ、愛くるしい子犬のような霞の姿が。

 ……ぅ……助かった。

 本当なら(バンド)地獄の番犬にしか見えないその姿が、今の巳咲には、救いの手を差し伸べる天使に見えた……。


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ragelabel at 23:57│Comments(0)TrackBack(0)第3章 毒虫 

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