まうまう

大航海時代を振り返る・・鼠視点4

さて、前回はアテネまでいきましたかね。

続き・やっぱ長い

アテネ戦の勝利の宴はこれ以上ないほどのものであり、またアルマダ内でも充実感が満ちていた。ジェノバ戦でもアテネ戦でもそうだが、青ゾーンは面白くない!とか廃人しか大海戦は楽しめなくするつもりか!!!みたいな話はあったけど、数百人という人間が一つの国として団結し、剣となり盾となり目となり頭となるなど、訓練された軍隊のような数百人がまるで一人の人間のように一体感を持って戦えるのは大海戦でしかないだろう。「戦うだけが面白いなら模擬すれば面白いじゃん。逃げないでいいし。」とか思ってました。

別に負けたらああだこうだいうのとは話は別として、大航海というゲームが国家で団結と区切りを設けている以上は全体主義に近いことをゲーム内で行うのは日常では味わえない連帯感を生み出し、面白いとは思う。人それぞれですが^^

話は変わって、大海戦以後は問題が起こってもすぐに対処が可能であり、何事も話し合いなどで簡単に片付き、危機だと認識するレベルの問題が一切起こらず。アルマダは手持ち無沙汰になっていった・・・・そう、アルマダ内での十分であると思われるだけの港を手に入れ、安全も保証され、各組織も自分の足で歩いており、やることがなくなったのである。
もともと海賊が多かったりしたため海賊行為を制限する命令に対してはメンバーの多くが不満を持っており、なにかあると自分をはじめ穏健派が話し合いで解決をするように仕向けるためにフラストレーションをためる者が多かった。そしてアルマダが腐るまでに時間はそうかからなかった。

すぐにログイン率などが低下していき、モチベーションはあがらずの人も多く、特にNFとの抗争を話し合いで解決したために、徹底抗戦を唱える者はその不満を大きく表明した。これを収めようとするが、すでにアルマダという組織の寿命を感じた俺は対英戦争に活路を見出そうと試みる。安全で平和で儲かるというのは商人とかマッタリな人には良いかもしれないが、アルマダのような者達には苦痛でしかなかった。だが、そんな中でもアルマダの絶対の鉄の掟である。「組織の命には忠実」が働いており、不満も正論で返されるとなおさら不満はたまる、内紛の可能性もでてきたころであった。
結局のところ、平和で安全は退屈でしかない。そんなのは日常生活でよくて、ゲームに関しては闘争とスリルがあったほうがおもしろく、そのためには敵が必要である。
無論、逆の意見などアルマダ内にはさまざまな者達がいたが、大きくは三つに分かれたと思う。
1、海賊万歳、やりまくるぜ!!これは稲川の人などが代表的であろう。
2、やるならやるけど(組織の命なら)、国粋を忘れるのは・・・これはきゅんきゅん☆の人など
3、海賊反対!せっかくできた安定期をわざわざ潰す必要はない、それに国粋に反するのは断る。これは山族の人やニコさんなど

すべての解決策として、イスパニアの会議で正式に対英戦争をやれば良いじゃないか!きちんと話を通してやればいいじゃん!とかいう意見がでるが、アルマダは今まで守ってきた祖国を信じてはいなかった。「都合が悪くなれば切り捨てられるだろう」こうしたことを基本的に思いながら議論などがあった。(俺だけではないだろう)
今までアルマダがイスパニアを思って戦ってきてはいたものの、イスパニアはアルマダが邪魔になればすぐに手のひらを返す。そう根拠もなく俺は確信していた。最悪敵対してくるだろう。「勝手にやってください!」と言って「一緒にアルマダ潰そうか!」と英と手を組むとまで考えていた。そしてアテネの勝利でエンディングを迎えたような人は多そうであった。なにかおこらなければ終ると直感していた。そして俺はポルトガルやフランス系海賊などへ檄文を送り参戦を要請、Rahabアルマダ商会長であるvez.EL氏に理念放棄による商会の延命とゲーム内の活性化を提言する。そして内部での議論を得て、アルマダは忠犬より狂犬へと変貌する。だが、アルマダの強さである理念と鉄の掟がなくなった状態では長続きするものでもなかった。すぐに崩壊していった。

俺は後半はログインしてもセビリアから出ることはなかった。いつもなんだかんだの事務的なものや話し合いなどだけであり、冒険にたまにつれてってくれたアルマダのJung.C.Gさんがいればもう少し楽しめていたかもしれない。冒険好きだったけどスキルがなく、機会もない俺はたまにある誘いが楽しみで仕方なかった。
11月ごろにいったん大航海に戻ったときにすぐなにかことがあるのは己の歩んだ足跡がそうだからだろうか、商会組合を整理だけするべきと思っての帰還であったが、内情はなんだかんだの連携があり、うかつに手をだすべきではなく、かといってまとまっているとは言いがたい状況を打開しようとやっきになった。結果は中途半端に退場とあいなったわけではあるが、完成されるとまた同じことが繰り返されると思えば、不完全な形で終らない闘争を続けるしかないと判断。

最初の頃はvezさんと会わなければウエストミンスター商会へ入る気でいた。知人も唯一そこしかおらず、ラスパルマス周辺の安全を確保する軍人ということで国粋は考え直そうとか思っていなかったわけでもなかった。
組織の形としては一番上がえらそうに独裁をしいてしまうと反発はたまるのみであり、ワンマンはTOPへ苦労を圧迫する。本当の良い上下関係とは下が従うのではなく、慕い、上はあれこれ指図するのではなく、ただ最初の理念を照らし続ける。下は下同士ならば不満をぶつけ合い、良い意見としてより意見を昇華させて成長させることができる。
vezさんはあまり鉄の掟を表に出したがらずやんわりという形にしたかっただろうと思う。だけど、鉄の掟が無ければ、「海賊だ!!」「どこ?すぐに行くよ!!!」みたいな連帯感はなかったと思う。俺はvezさんの下を選んだ、俺には発想や作戦、話術などはあっても、理念を変えずもっていることはできず、vez.Elさんは一番重要である裁決を行う。裁決は肝が据わっていなければびくびくしていてはできず、アルマダが廃れるまでvezさんは一度もこのへんでうろたえたことはなかった。近くには「どぷゆ」「Yurius.Valhard」「風師」「yaritsu」「Iowa」等のNavyField軍団がおりいずれもNFでつちかった検証と実験の魂を持ち、アルマダはなにかあれば検証と実験を繰り返すことで様々情報をいち早く入手していた。

完璧に近い状態を作り上げた。だから滅んだ。

アルマダをまた作り上げる、もしくは近いものを作るのは簡単である。きちんとした理念を掲げて、それを見失わなければ良い。多くの場合はそれが困難であるのだが・・・


大航海時代を振り返る・・鼠視点3

続き・今回は長い

カリカットへ来るようにだいぢんさんに催促され、大海戦が終わったこともあり向かうことに。インドまでの道は危険が多くものすごく遠く感じたものだった。改造強襲ガレーで当時はインドに移動していたと思うとものすごく感じる。

イスパニア復興の切り札になるかどうかまだ疑問視していたが伝聞による利益を聞いてアルマダ商会一丸となっての死守ということになった。
ついてからはひたすらポルトガルの船を襲い近づくことすら危険であると認識させ、時にはお金をとって通行を許した。後々までポルトガルにイスパニアを恨む人がいるそうだが、多分、このときの徹底した海賊行為によるものだろう。当時は宣戦可能のドーナツもなく、町の周辺も戦闘可能なため一日中ずっと交代でいる海賊、それも人数が一人ではなく、必ず三人くらいはいた。

そしてレベル上げがとまりここで海事レベルがどんどん抜かれ初めてカリカット防衛からレベル上げへ移行しつつ適度に防衛という形になった。
セビリアへ持ち帰った胡椒の価格に驚き、当時はカリカット防衛こそ第一であると考え、カリブやアテネなど眼中になかった。(俺は)
また、重ガレーなどを手に入れてアテネへ小遣い稼ぎにきたときに「きゅんきゅん☆」さんがアテネの前でPKしているのに出会う。「おい、そこの海賊」と、戦闘意欲を見せつつ私掠か無差別かを問いただしたところ、アテネ防衛をする私掠海賊であると聞いて、その後アテネ前で討伐艦隊相手に封鎖されかかったきゅんの人へ加勢を申し出て、アテネを脱出しそのままアルマダへ入ることに・・・・・アテネ防衛はアルマダ内にはまったくと言っていいほど当時は話がなかった気がする。だけどきゅんさんがアテネを必死に防衛する姿を見てアルマダでもアテネ防衛のために戦う意思を持つようになる。
稲川の人なんかも実はカサブランカのときに同じ艦隊であったようであったり、最初はすっかり忘れていたりもした。

また、カリカット防衛などは「いちごいちゑ」商会さんの助勢を得ただいぢんさんが感激しており、アルマダ単独での活動に限界を感じつつ、またカリカットを活用させて国力UPを考えたものの、なにが必要かを考え、当時俺へ知恵を良く貸してくれたアルマダの真雪さんと話し合った結果、商会会合を開き有力者の力を結束することを考えた。こうして俺は商会会合を開くために必要な権限をいただき、「アルマダ対外部門担当」となった。以後は第一線の戦闘員から事務仕事が増えてくる。初期の商会会合はこじんまりとしていたがイスパニアのために!という熱意が強く、また良い交流の場でもあった。当初の計画では組織を作ったらあとはアルマダは撤退して・・・というスタンスを念頭に入れており、議長はすぐに交代して後は知らん振りのつもりであった。

また、よくイスパニアは最初は他国の海賊からも相手にされず・・・とあったが、実際にはアルマダによってかなり他国の海賊への制裁が行われており、その粘着質で無法者のような攻撃によってイスパニアへの攻撃をしないことを誓約する海賊がでてくるようになる。かのヴァーク・ルヴィの人も不幸にもアルマダ関係の人を的にかけたために逆に四六時中ずっと狙われることになり、和解金を支払いイスパニアへの攻撃をしないことを誓ってくれた。

カリブツアーなどは2chで発案を見つけ、「いちごいちゑ」の方たちと話ながら2商会の力をあわせて主催することに・・・そしてアルマダ内では何も言わずともカリブに情熱を燃やす一部メンバーが目を光らせていた。
海賊行為と海賊討伐を多くしたために恨みも多いと感じていたので、アルマダ主催イベントには邪魔が入る可能性が高い!また英はジャマイカを守るために海賊を派遣してくるかも!などと考えて現地に偵察兵を派遣したり護衛艦隊をツアーに随伴させたりもしたが、杞憂で終わることに、現地ではわずかに投資を行ってほしいとは言いつつもツアーであることを年頭に、周囲の海域にはアルマダ軍人を見張らせ邪魔なNPCを排除したりもしていた。ジャマイカにツアーが到達するとさくらの投資を行う某南瓜の人がいたりして、投資熱は過熱、さらに当時有名な富豪層へTellして参戦を要請して「一夜革命」が成功する。この間もツアーであるため、帰る人をきちんと送る船を手配したりと忙しく、ジャマイカ陥落の報はセビリアで聞くことになった。

そこから時は進み、体調を崩して戻ったらジェノバ大海戦だったりして、当日いきなり艦隊チャットを作ったりした。一日目はチュニスを本陣に海域変更ラインで待ち伏せて迎撃する戦術をとった。これは先日の大海戦でポルトガルがイングランドとの戦いで劣勢となった原因であると判断したためであった。これは最初のみ効果があるというのが判明、一日目敗退する。
その日の会議では機動防御戦術を提唱するも絶対防衛論が強く、二日目は一箇所での防衛を開始する。また青ゾーン戦術を実戦運用したアルマダ艦隊からの報告を聞いて青ゾーン戦術を試験的に導入。結果はラグがひどく完敗する。
三日目は機動防御戦術がとおり、連隊チャットが始めて試験運用される。各艦隊を各地に分散させて、不利になると艦隊を解散して他の港で再編成という、戦力分散の機動防御を行う。結果的に負けはしたものの、連隊チャット内での戦果は高く勝利への道ガ見え始める。

そしてアテネ騒動などあってアテネ大海戦へ・・・・エンディングが近くなってきていた。アテネの戦いに関してはSabraさんがまとめを作ってくれており、それを受け取っているので、UPしておくことにしますね^^
http://www.uploda.org/uporg391459.zip.html
パスはateneです。
長いね、読んだ人乙


大航海時代を振り返る・・鼠視点2

前回はちょっとなんていうか、大海戦について間違って書いてしまっていて駄目ですね。俺^^;;;;

まぁ、続きを・・・
オープンした大航海時代のサーバー選びは実際どこでもよかったのだけど、最初はエウロスにいこうと思ってた。けど某縫製職人らがNotosへ行くことを知ってNotosを選ぶことに・・・(まぁ、知り合いがいるあてはほかになく・・・)

目標はラスパルマス付近の治安を守るしがない一軍人プレイを考えてた。
最初はクローズβの経験を生かしてどんどん海事レベルをあげていき、軽ガレーに乗ったくらいに当時話題になる直前のサラ・ハーネット一味へ喧嘩を売り、一味の一人と一騎打ちをして勝利。その後意気投合して以後はサラ・ハーネット一味を守ることも・・・!またラスパルマスでは後に仲間となるRahabの「もけら」「かぱえる」両名をPKと勘違いし奇襲をかけるも引き分ける。

強襲ガレー入手後はバーバリアンガレーの存在を知って愕然としつつもアテネへ向かうとアテネの酒場で偶然Vez.El氏と出会う。これが大航海での運命を大きくわけたと思う。意気投合してその日以降はイスパニア系軍人などを中心に集めたチャットを開きながらレベルをあげたり色々していた。そして「だいぢん」さんなどを仲間に加えてストックホルムの海事クエのおいしさを知り(当時スットコといわれた)メンテ調整までこもったりしていた。ここでもregrio・alihemnさんを仲間に加えることに成功し、またこの時期は後に争うNF商会のメンバーとは親しい間柄であったが、個人的にはこの時も英国の船はいつか敵になると思い込んでいたけど、NF商会はイスパニアに亡命してくるだろうと思っていた。それほど争いとは無縁なほど仲がよかったと思う。

ほどなくしてポルトガルとのカサブランカ大海戦が始まる。この時の装備はねこかんの人に船を用意してもらい(重キャラベルの改造品)York=Anne=Mann の人に武器を売ってもらい。砲などはNF商会長に製造+輸送してもらって用意というイスパニア軍船でありながらイングランド製の装備でのぞんだ!この時イスパニアで海事レベル最高がRahabメンバーで独占されており編成した艦隊も当時にしては豪華なバーバリアンガレー級以上の編成であったため、高い戦果をあげることができた。だが結果は大敗戦であり非常に悔しくてたまらなかった。二日目は自分の艦隊がファロで敵を集客して少しでも隣の海域から大海戦海域へくる友軍の負担を減らせるように挑発しながら戦闘を行ったものの大勢は覆せず・・・!!

三日目において教会で編成を行うのを促すチャットと同時に始めての大海戦チャットを作成。戦況の情報分析を開始する。また別働の奇襲艦隊が計画される。自分の艦隊はファロで敵を挑発してできうるかぎりの敵をひきつけることに!チャットによってペア艦隊行動が行われ別働艦隊によるオポルトからの奇襲も成功し大海戦での工夫の余地が十分にあることを認識する。この大海戦で敵は腐るほどいて倒した相手のことなんかまったくもって覚えていなかったけど、一人だけ「雷鳴静寂」氏を覚えた。彼は非常に強く、だいぢんさんと組んでいればこそ倒せたけれど三日目の主力を割いてしまった艦隊では負けてしまった。この大海戦は負け戦ではあったけどもバラバラに活動していた軍人が集まり後のアルマダメンバーになった人も過去ログを見るとこの戦いで初めて会った人などが多い。

大海戦での負けにより士気は下がるもRahab(当時はイスパニア軍人チャットと呼んでいた、俺だけかもしれないけど)のメンバーは人数差などを埋める方法と富国強兵を研究していた。そして三日目の大海戦の間にインドへ移動を行っていた「だいぢん」氏よりイスパニア復興の鍵となるカリカットについての情報をもらいRahabは動き出した・・・・・海賊などを多少行っていたRahabがアルマダとして国家国粋として動き始めた戦いであった。

大航海時代を振り返る・・鼠視点1

せっかくブログができたので大航海時代の思い出でも書こうと思う。

大航海はクローズドβのときまさかの当選をしてしまったのがすべてのはじまりだった・・・・!!
当時はソロで商会には属さずに一人さすらっては同じような人と組んだりすることが多かったのを覚えている。クローズドのときから軍人系でほそぼそとラスパルマスあたりでNPC倒したり、アントワープ大海戦の敗北後はイングランド船を襲ったりしてた。クローズド後半にはその当時そこそこ名の売れた変人のいた悪役商会に入り、ねこかんの人と知り合いになる。その少し前に萌の人とも偶然知り合う。

クローズドでの一番の思い出はノトスのカサブランカの大海戦のごとくイスパニアがイングランドに蹂躙されたアントワープ大海戦!!当時はまだ大規模な統制もなく、船も最大でも重ガレーで、自分も含めてほとんどが強襲ガレーや軽ガレオンだった。イスパニアは港の前でひたすら負けつづけ、三日目になると参加する人すらほとんどいなくなる有様だった。そう、ノトスであったイスパニアのカサブランカ大敗北は俺からすれば二回目だったのだ。

ただ、このクローズドβの大海戦の三日目に人数差がでるようなゲームである大航海時代オンラインは人数差を覆すためのなにかがないといけないと痛感し、このとき初めて大海戦で2艦隊でチャットを組み、敵をおびきだして囲んで倒し、当時は一隻でも大海戦参加可能で戦力差も関係なく一勝がもらえたため、1艦隊をおびき出してその艦隊をかもりつづけるという戦術で三日目のイスパニア側の戦果10勝のうち自分の艦隊だけで7勝をあげることができた。この成功がオープン後の大海戦への考え方へ影響を与えていくことに・・・・・・当時三日目の大海戦をでることをやめた少ない知人がいった言葉「負け戦でも戦うなんて軍人なだけあるねぇ。私は海賊だから負け戦はごめんするよ」准士官と地方海賊の差、こうしたRPじみた考え方の違いがなんとも楽しめた時間だったと思う・・・続く

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