2006年02月27日

下北沢X物語(514)〜暗夜行路代沢輪行3〜

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   代沢の大欅の下で眼鏡女史は人生を語った。
「わたしが見込んだ男はみな成功しましたね。だけど女ばっかり追っかけていたような人はだめでしたよ。もちろん真面目な人だってね、女をおっかけるようなところってありますけどね、でも最後まで真面目に取り組んでいた人が成功していますね。」

 半藤さんと親しくしていてよく物をもらうらしい。ということは丘上夫人だったということであろう。丘上の夫人の人生訓を聞いたようにも思った。欲望を制御できた人間が成功して丘上に住むということなのだろうか。

「茉莉子さんね、こう勝ち気なところはありますね。やはり漱石の孫っていう血筋なんでしょうかね」
「わたしに聞くよりもそのご夫妻に会って話をすればいいのじゃない。人柄がよくてね、温厚ですよ。会えば色んなことを聞けるかもしれませんよ」
  眼鏡女史は新妻さんと言った。礼を述べて大欅のもとを離れた。代沢の樹木にはなんらかのエピソードが眠っている。加藤楸邨の欅、横光利一の朴の木、赤松、二つあれば三つある。この地区の大木にはそれぞれに物語があるはずだ。

 家に帰ってきてからネットで検索してみた。名前は半藤末利子と出ていた。その彼女は「夏目家の糠みそ」というエッセイを書いている。紀伊国屋のホームページに本の解説が載っている。これを読んで買ってみたくなった。

 著者は夏目漱石の孫。漱石の時代から受け継がれた糠床の思い出を描いた表題作ほか、日々の出来事をユーモアたっぷりに綴るエッセイ集。著者は、作家・松岡譲と夏目漱石の長女・筆子の四女として生まれる。本書は、祖父・漱石のエピソードや父母への想いを綴ったエッセイに、雑誌連載中の食にまつわるエッセイを加えて編集した一冊。著者の愛情豊かな人柄に、日常生活への鋭い観察眼とユーモア感覚とが絶妙にバランスされた、しみじみと心が和む一冊である。▼表題作「夏目家の糠みそ」は、著者が丹念に手入れを続けている糠床の話。著者の祖母(漱石の妻・鏡子)が夏目家に嫁すときに実家から貰ってきた糠床を、著者の母が夏目家から持ってでて、さらにそれを著者が受け継いだものだという。著者の筆を通して綴られる夏目家のエピソードからは、悪妻として評判が悪かった鏡子や、漱石の弟子の三角関係が文壇のスキャンダルとなった筆子の、これまで語られなかった素顔が明らかになる。いまや数少なくなった漱石に関係する生きた証言としても、価値の高い内容である。  

 文化とは特有の臭いである。池の上の片隅に夏目家の糠味噌が今も受け継がれているということが面白い。茄子や大根や胡瓜のぬか漬けなどであろう。と、すると彼女がそれらの野菜を買うのはすぐ近くの八百屋「はせ川」ではないかと思った。この隣の「魚春」も古いお店だ。九十幾つかになるお婆さんに話を聞いたことがある。近隣で祝い事があったときは築地で大鯛を仕入れて刺身のお造りを幾皿も作ったという。



    今日の帰り道、池の上を通って八百屋「はせ川」を写真に撮ろうと思った。場合によっては半藤さんの奥さんが糠味噌に漬ける野菜を買いに来ていたことを聞けるかもしれない、そんな淡い期待をも持っていた。ところが、行ってみると店は閉まっている。白い貼り紙がしてあった。

 初春の候、益々ご健勝のことお喜び申し上げます。
 さて、私事、二月末日をもちまして家事の都合で閉店致すこととなりました。思えば開店以来、長年にわたり営業致しました事は、ひとえに各位様のご厚情の賜物と感謝いたして居ります。今後とも相変わらずご指導を賜ります様お願い申し上げます。
 略儀ながら書中をもってご挨拶申し上げます。
                        長谷川青果店

  閉店の挨拶だった。この池の上を夕暮れ時によく通った。この長谷川青果店に立ち寄って話をしたことはない。が、代沢池の上の風情風趣を持った八百屋だという印象は前から持っていた。いつか立ち寄って話を聞いてみたいとは思っていた。池の上の台所文化を担ってきた店がこれで一つなくなる。惜しいことである。半藤末利子さんに直接聞くよりも面白かったろう。「ああ、半藤の奥さんですか、茄子はぬか漬け用によく買いに来られましたよ」などいう答えが返ってきたらきっと自分は微笑んでいたに違いない。(写真は去年の暮れに撮ったものだ。往事を偲ぶものとして掲げておきたい)



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