2016年06月06日
下北沢Ｘ物語(3051）〜新事実：疎開学童資料と特攻隊〜
（一）東京世田谷の七校の小学校は、戦時中浅間温泉に疎開した。昭和二十年三月に彼らの疎開先の各旅館に多数の航空兵がやってきた。沖縄に出撃していく特攻隊である。相当数の人員であった。しかし、その全貌は分かっていない。具体的な隊名が分かったのは数例である。代沢小と駒繋小と二子玉川小の学童と接したのは武剋隊だ。また東大原小は武揚隊と接している。その他、例えば山崎小の場合もその事実はあるがどこの何隊ということは全くわかっていない。今回、偶然的に一人の疎開学童の手紙の片隅にこれを明かすものが見つかった。小さな事実だが、戦争史の片鱗である。武剋隊や武揚隊は満州新京から飛来した隊である。これは誠隊である。すなわち台北に本部をおく第八航空師団に属する隊である。この誠隊は数隊が当地にいた模様である。
沖縄戦は昭和二十年三月二十六日に始まった。当地に滞在していた誠隊には九州新田原への集結が指示された。第八航空航空団の参謀が台北から移駐してきてここからの総攻撃をもくろんだ。指示を受けた誠隊は一斉に信州を飛び立ち当地へ向かった。
ところが、準備は万全ではない。もともと設備の整った各務原で特攻用の機にしたて上げる、爆装改修をここで行う予定だった。が、名古屋近辺は空襲の恐れがあって、急遽内陸部の松本飛行場にきて準備を整えることになった。
武剋隊は準備が整ったところから出発した。この前半隊は、かろうじて間に合い、沖縄中飛行場から二十七日未明出撃し、「十機よく十艦を屠る」という戦果を上げた。山崎小の学童と接した小柳旅館に滞在していた隊もやはり新田原へ集結している。
浅間温泉に飛来してきていた隊は、誠隊だった。このことは疎開学童の証言やら資料から確認できた。が、他にも大勢居たことは間違いない。誰が誰なのか分からない彼らの写真も残っている。
先だって第九回戦争経験を聴く会、語る会を開いた。そのときに代沢小の疎開学童加藤景さんが一つのエピソードを語った。「代沢浅間學園の歌」をハモニカで吹けなかったがひたむきに練習した。この課題を乗り越えることで自分を発見したと言われた。感銘ぶかい話だった。
（二）
加藤景さんは病弱だった。そのことから仲間の部屋には泊まらないで寮母さんの部屋で寝泊まりしていたときがあった。そこへ青ざめた顔をした寮母が飛び込んで来た。詰めた指を彼女に渡したらしい。推測するに出撃する前の少年兵と同衾したのではないかと思われる。特攻で飛び立っていなくなる彼は愛の証としてそれを相手に渡したらしい。彼女はおろおろするばかりであったという。
加藤さんは湯本屋旅館に滞在していた。ここにも特攻兵が滞在していた。子どもたちとやはり交流していたと。その一例として「隊員と学童間で合唱されたヒット曲」があったとのこと。それは『桃太郎踊りの歌』であったという。
彼は丹念である。疎開当時に歌った歌を思い出してその一覧表を作っている。貴重な資料だ。例えばこんな歌をリストに記録している。替え歌だ。
「特攻隊」
さーらば まつもと(松本)よー またくるまーでーはー しーばしわかーれ(暫し別れ)のなみだにむーせーぶー こーいしなつーかし(恋し懐かし) やまやまみーれーばー まーつのはーかーげー(松の葉陰)に ほくーとせーい(北斗星)
特攻隊は、いわゆる爆装改修のためやむを得ず、当地に滞在することになった。長くいる間に風景に温泉に、そして学童に愛着を残した。
さきの『桃太郎踊りの歌』である。
昔、昔、その昔
爺さんと婆さんがあったとサ
（繰り返し）ヨイヤサ、キタサ
爺さんは山へ柴刈りに
婆さんは川へ洗濯に
この歌を特攻隊と疎開学童は唱和して盛り上がったという。今回加藤景さんは、「隊員と学童間で合唱されたヒット曲」と言われた。これで思い出したのは他旅館の例である。
三月末、いよいよ出撃していくときに東大原小が宿泊している富貴之湯で武揚隊を送る壮行会が開かれた。大広間に集まって１５名が部隊に上がって歌う。やはりこの歌を歌っている。まず、「昔、昔、その昔」と隊員が大声で歌う。ここで合いの手を入れるのは学童たちだ、「ヨイヤサ、キタサ」である。学童たちは声をからして歌った。
歌による交歓である。会は一層に盛り上がった。このように一例があり、また他でも二例があるとすれば当地での彼らとのやりとりでは必ず出てきた歌ということになる。
（三）
お決まりの歌が、あっちでもこっちでも歌われていた。浅間温泉では慣習になっていた。こういう中から各旅館独自の歌が生まれた。富貴之湯で生まれた「浅間温泉望郷の歌」はその典型例である。当地を去るに当って思いを率直に述べた歌だ。武揚隊は歌った、世界平和が来たら必ずここに戻ってくると。
彼ら特攻隊は、最後に死ぬ運命にあった。その彼らは、彼ら独自の、ご当地ソング、つまりは特攻隊民謡である。これを歌ったのだが、壮行会の歌は数夜限り、すっかり消えてしまった。唯一蘇ったのは武揚隊が歌ったこの「浅間温泉望郷の歌」である。これは我等の関係者が協力して歌詞も曲も残った。
（四）
代沢小の疎開学寮は六つあった。そのうち加藤景さんは湯本屋であった。ここに滞在していたのは何隊か分からなかった。ところが数日前いただいた彼の葉書の写しに、隊名がきちんと書いてあったのである。さて、何隊だろうか。
（写真は淺間温泉、絵葉書より）
加藤景さんは病弱だった。そのことから仲間の部屋には泊まらないで寮母さんの部屋で寝泊まりしていたときがあった。そこへ青ざめた顔をした寮母が飛び込んで来た。詰めた指を彼女に渡したらしい。推測するに出撃する前の少年兵と同衾したのではないかと思われる。特攻で飛び立っていなくなる彼は愛の証としてそれを相手に渡したらしい。彼女はおろおろするばかりであったという。
加藤さんは湯本屋旅館に滞在していた。ここにも特攻兵が滞在していた。子どもたちとやはり交流していたと。その一例として「隊員と学童間で合唱されたヒット曲」があったとのこと。それは『桃太郎踊りの歌』であったという。
彼は丹念である。疎開当時に歌った歌を思い出してその一覧表を作っている。貴重な資料だ。例えばこんな歌をリストに記録している。替え歌だ。
「特攻隊」
さーらば まつもと(松本)よー またくるまーでーはー しーばしわかーれ(暫し別れ)のなみだにむーせーぶー こーいしなつーかし(恋し懐かし) やまやまみーれーばー まーつのはーかーげー(松の葉陰)に ほくーとせーい(北斗星)
特攻隊は、いわゆる爆装改修のためやむを得ず、当地に滞在することになった。長くいる間に風景に温泉に、そして学童に愛着を残した。
さきの『桃太郎踊りの歌』である。
昔、昔、その昔
爺さんと婆さんがあったとサ
（繰り返し）ヨイヤサ、キタサ
爺さんは山へ柴刈りに
婆さんは川へ洗濯に
この歌を特攻隊と疎開学童は唱和して盛り上がったという。今回加藤景さんは、「隊員と学童間で合唱されたヒット曲」と言われた。これで思い出したのは他旅館の例である。
三月末、いよいよ出撃していくときに東大原小が宿泊している富貴之湯で武揚隊を送る壮行会が開かれた。大広間に集まって１５名が部隊に上がって歌う。やはりこの歌を歌っている。まず、「昔、昔、その昔」と隊員が大声で歌う。ここで合いの手を入れるのは学童たちだ、「ヨイヤサ、キタサ」である。学童たちは声をからして歌った。
歌による交歓である。会は一層に盛り上がった。このように一例があり、また他でも二例があるとすれば当地での彼らとのやりとりでは必ず出てきた歌ということになる。
（三）
お決まりの歌が、あっちでもこっちでも歌われていた。浅間温泉では慣習になっていた。こういう中から各旅館独自の歌が生まれた。富貴之湯で生まれた「浅間温泉望郷の歌」はその典型例である。当地を去るに当って思いを率直に述べた歌だ。武揚隊は歌った、世界平和が来たら必ずここに戻ってくると。
彼ら特攻隊は、最後に死ぬ運命にあった。その彼らは、彼ら独自の、ご当地ソング、つまりは特攻隊民謡である。これを歌ったのだが、壮行会の歌は数夜限り、すっかり消えてしまった。唯一蘇ったのは武揚隊が歌ったこの「浅間温泉望郷の歌」である。これは我等の関係者が協力して歌詞も曲も残った。
（四）
代沢小の疎開学寮は六つあった。そのうち加藤景さんは湯本屋であった。ここに滞在していたのは何隊か分からなかった。ところが数日前いただいた彼の葉書の写しに、隊名がきちんと書いてあったのである。さて、何隊だろうか。
（写真は淺間温泉、絵葉書より）
