2017年07月11日

下北沢X物語(3317)―六郷高畑で狸はなぜ汽車に化けたのか―

DSCN0186[1](一)狸は汽車が大好きだ、じゃぼじゅぼと煙を上げて走ってくる汽車をみると化けたくなる。狸が汽車に化けて現れたという民譚は数多くある。日本で初めて汽車が走った区間では品川権現山の話はよく知られる。これ以外、大田区六郷高畑でもこの類例が認められた。このことから現地探訪に及んだ。

(高畑の)国鉄のところにはね、ほんとに狸がいたんですって。国鉄がまだ開通したばっかりのころね、こっちから行くんですってね、汽車が。そうすると、向こうからも来るんですって。運転手はこわくなってね、そいでね、急いで止めるんですって。そうするとパッとなくなっちゃうんですって。三台待ってて、あるとき、とても元気のいい運転手が、「えーいっ」て、ぶつかったもかまわないってね。そうしたら、それが狸だったんで。明くる日、狸が死んでたってね。【八幡塚 女 大正六年生・大正11年生】(中島)
 「大田区の文化財 第22集」 口承文芸 昔話・世間話・伝承 
著者名 大田区教育委員会編 1986年3月


 いわゆる偽汽車とされている民譚の典型例だ。大事な点を整理する。
・時期 国鉄が開通したばかりの頃 当時の鉄道を所管したのは「工部省鉄道寮」だ。
 新橋と横浜駅間の鉄道が営業運転を開始したのが明治五年(1872)十月十五日だ。
この鉄道開業に近い頃ということだ。
・場所 高畑 当時六郷村があってその一つが高畑であった。地名は残っていないが。神社や建物に名を残し ている。高畑神社、高畑小学校である。
・偽汽車
 営業運転をしていた汽車が走っていると向こうからも同じ汽車が走ってきた。単線上を走っていたことから運転手は衝突の危険を感じて汽車を止めた。同様のことが二回も三回も起きた。度々汽車が現れるので怪しいと思っていた。また再び現れた、そのときは元気のいい運転手だった。「よし」と、その汽車に突っ込んだところ、何かにぶつかった。分かってみるとその正体は狸だった。いわゆる偽汽車民端の多くがこの形式で語られる。そういう意味では典型的な例だ。
 なお、資料の大田区の口承文芸では他にも数例同じような話を載せている。


 最も興味深いのは場所である。当該場所は、東海道線六郷川橋梁の東側に位置する。多摩川左岸である。この一帯を高畑と呼んでいた。
 もっとも単純に考えればその箇所は小高くなっていて畠が多くあったということになる。果たしてそうなのか。

 日本で最初に汽車が走った区間で狸が化けて出てきたのは品川の道灌山だ。名のとおり山になっている。狸が棲息していた場としてはふさわしい。高畑の場合は多摩川の氾濫原に接しているところから住処としてどうなのか、ここに興味がある。小高い畑で一帯は雑木林だったとなると狸が住むのにはふさわしい。狸の出没についても信憑性がある。



(二)
 当該場所を調べるときに大事なのは、直行しないことだ。遠くから攻めていって自分の足で地形を確かめる。これが最も大事だ。

 昨日のことだ、下車したのは東急玉川線矢口渡駅だ。思い起こすのは坂口安吾だ。ここから遠くないところに安吾旧居があった。代沢小に彼の文学碑を建てたがここにあった門柱を活用したものだ。これを手に入れるために何度もここへは来た。もう昔の話になってしまった。

 しかし、繋がりは繋がる、駒沢線だ、もともとは桂川電力の送電線だ。終点は六郷変電所だ。歩いていくと鉄塔が見えてくる。多分安方線だ、たどっていくと六郷変電所に辿り着く。文学碑、そして高圧鉄塔線と結びつく。そういえばもう一つあった。坂口安吾の代表作は『白痴』である。この一帯のことが詳しくでてくる。やはり調べたことがある。

 昭和二十年四月十五日このあたり一帯は空襲に襲われる。主人公伊沢も連れの女と逃げ回る。「蒲田署管内の者は矢口国民学校が焼け残ったから集まれ」(『白痴』)とあったことからこの学校を訪ねたこともあった。ネットの記録は便利だ。2007年02月06日のブログにはこうあった。

  玄関に現れた「矢口小学校」の校長先生は細身の人だった。
「ええ、『矢口国民学校』はこの『矢口小学校』のことですね。空襲で焼けなかったかということですが、その通りです。焼けませんでした。だから今も昔のものがたくさん残っているのですよ。お見せしましょう」
 彼はくるりと振り向いて校舎の奥へ歩いて行く。わたしは慌てて靴を脱ぎ、その後をついて行った。連れて行かれた、と、いうよりも校長についていくと、校長室に着いた。そこに入ると、さっそく物証を見せられた。
 

(三)矢口渡から西南方向に歩いていく、土地はどこまで行ってもフラットだ。マンションが多い。大田区は工場地帯だった、その跡地が高層マンションなっている。そんなマンションの入り口で若いママさんが赤ん坊を連れて数人でおしゃべりをしている。若夫婦でも購入できる値段のマンションがあるという証拠だ。

 やがて行くうちに多摩川の土手に出た。懐かしい場所だ、かつてサイクリングに夢中になっていたときがある。そのときに何百回と訪れた場所だ。その地形が面白い。多摩川左岸は舌状台地を形成していて川崎側へ大きく食い込んでいる。土地の高みと地盤の堅さがあって対岸に攻めているのだろう。この地形、ずっと前から不思議に思っていた。

 一つの推理だが、高畑というのはやはり高い丘だったのではないか。舌状台地に当たる部分がまさに高畑なのである。狸たちが棲息するにふさわしい場であった。だから彼らは化けて出た!。
(多摩川土手から左が大田区側から川崎側に食い込んでいる舌状台地、左手が高畑地区)

○地図については、高畑小学校


rail777 at 20:00│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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