2020年08月01日

下北沢X物語(4056)―会報第169号:北沢川文化遺産保存の会―

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「北沢川文化遺産保存の会」会報 第169号    
           2020年8月1日発行(毎月1回発行)
    北沢川文化遺産保存の会  会長 長井 邦雄(信濃屋)
               事務局:珈琲店「邪宗門」(水木定休) 
       155-0033世田谷区代田1-31-1 03-3410-7858
                 会報編集・発行人   きむらけん
          東京荏原都市物語資料館:http://blog.livedoor.jp/rail777/
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1、「梅」にまつわる話 (巻頭エッセイ) 歌人 水谷 晃

「白南風は送梅の風なり。白光にして雲霧昂騰し、時によりて些か小雨を雑ゆ。鬱すれども而も既に輝き、陰湿漸くに霽れて、愈々に孟夏の青空を望む。」とは、若林にも住んでいたことのある北原白秋の歌集「白南風」の序文である。

・半夏生早や近からし桐の葉に今朝ひびく雨を二階にて聴く(「白南風」より)
白秋も梅雨の雨音に耳を傾けていたのだと思うと、今朝の雨音も違って聞こえる。隣家の屋根を打つ厚い伴奏音の中を、庭のアジサイの葉が鳴る軽やかなメロディが流れ、軒から落ちる雨だれのリズムが全体を整える、合奏曲のようでもある。

そろそろ南からの風が夏を告げるはずの時期であるが、今年の梅雨は一向に明けず、しかも雨を降らし続け、人々の日常生活を脅かすまでの長梅雨である。感染症を広げまいと在宅勤務を続けながらも、毎日の通勤という運動機会を失った私は、そんな雨の合間を縫っては、人目を避けるようにして早朝散歩を続けている。

折しも我が家で漬けた梅酒がだんだんと色づき楽しみが増している頃、梅雨に梅酒と言えば梅林ということで、早朝2時間の散歩の途中に梅丘の羽根木公園を訪ねた。梅まつりのころはちょうど新型コロナが流行り始めた時期で人影の少ない中、紅白咲き揃った花達が静かに華やかに私を迎えてくれたものだが、今日の梅林はしっとり雨に濡れて、苔むした木肌が梅本来の渋さを醸し出して良い。
・雨あがり古木の梅の苔衣ふくらみざまに耀きにけり(筆者)

 この公園は代田にあるが、ここがかつて世田谷村羽根木の飛び地だったために公園にその名を残しているという。羽根木というのは埴黄が語源で黄色い粘土の意味という説があるが、古い地図を見ると隣の松原に赤羽根の地名もあり、こちらは赤埴つまり赤色の粘土が取れたのであろうか、などと思うのも楽しい。代田に棲みついて二十八年、こんな近隣の歴史と文学を訪ねる楽しみが、北沢川文化遺産保存の会と出会ってから一層楽しくなっている。みんなで普通に集まれる日が来るのを待つばかりだ。                           (2020年7月24日)

    
2、ソシアル・ダンス  エッセイスト 葦田 華

 戦争に負けて、日本は一挙にアメリカナイズされていった。
私が幼稚園の年長さんの時だから、多分六歳だったのだろう。父方の家は長い中庭を隔てて、表(おもて)の家と裏の家と二軒あった。表の家は若夫婦の一家、裏の家は隠居所で、祖母と独身の若い者が住んでいた。当時裏の家には素晴らしい蓄音機があって、ラジオも聞けたしレコードで美しいバイオリン協奏曲も聴くことができた。 レコードもどっさりあった。子供のくせに、私は裏の家のレコードを聴くのがとても楽しみだった。裏の家では夕飯が済んで夜になると、叔父ちゃん二人、叔母ちゃん二人が互いにパートナーになって、ソシアルダンスを踊るのが常であった。

 そんなある晩、「ねえ、今夜は何の曲にする?」と、セツコおばちゃんが言うと「ジルバにすべえ」とハルタカおじちゃんが言う。
「ジルバを踊ると根だが緩むだから、ワルツがいいぞ」と、ヨシタカ叔父ちゃんが言う。
 確かに十八畳の居間は、畳がギシギシする箇所があった。
「アタシはねえ、何にしようかなあ?」とカズヨ叔母ちゃんが言った時、炬燵に入って見ていた私が、「タンゴがイイ!」と絶叫した。
 叔父ちゃん叔母ちゃん達が一斉にドッと笑い出し、「華がタンゴだってサ、アハハハ、タンゴだってよ!アハハハハ、ちびっこ華がタンゴって言ったよなあ!ワッハッハ」と、大笑いを巻き起こしてしまった。わずか六歳のゴマメが、一人前に「タンゴ!」と叫んだのだから、大の大人達がビックリするやらおかしいやら、だったに違いない。
「ほれ華、炬燵になんか入ってねえで こっちにおいで。」、とハルタカおじちゃんが誘ってくれた。セツコおばちゃんがタンゴをかけた。
♪ツッタッタッタ、タラララッタ♪、
 音楽は流れる。 華にタンゴは難しすぎた。
♪ツッタッタッタ、タラララッタ♪、
 優しいハルタカおじちゃんが、「カズヨ姉さん、ワルツにして。さあ華、おじちゃんの足の上に華の足を乗せろし。いいかあ、スロー、スロー、クイック、クイック、だぞ。」と、ワルツを教えてくれた。
 楽しい夜だった。もう二度と無い、叔父ちゃん叔母ちゃんとの五人の夜。

 叔父、叔母、四人ともすでに故人となってしまったからだ。この夜の楽しかったことを知っているのは、華ひとりだけになってしまった。
 2020年 コロナ蔓延の 4月12日  葦田 華

3、嗚呼、恐ろしや、戦後75年    きむらけん

この8月15日、戦後七五年を迎える。昭和20年に生まれた人が75歳を迎えるということになる。ああ、恐ろしや、これに自分が当てはまるからだ。言えば、戦争を知らない者がほとんどを占めることになる。自分もその一人だ。
 自分自身童話から出発しているが、75年目を迎えて気づくと、戦争をテーマとした作品を7作品も書いてきていた。自身の戦争開眼は長崎原爆資料館で展示を見たことがきっかけだった。中2にときに原爆を知って大きな衝撃を受けた。今も忘れられない。

 ところが、戦争体験の希薄化はどうにもならないものだ。玉砕の島、サイパン島、ここをさ迷い歩いた人の話を聞いたことがある。食い物は何とか手に入る。食えるものは何でも食った。ヘビやミミズやネズミ、ひたすら食い物を求めてジャングルをさ迷った。が、手に入らないのは水だ。島ゆえに潮水はどこでも手に入る。が、潮水では生きてはいけない。喉から手が出るほどに欲しいのは真水である。さまよい、さるいた挙げ句、島民から湧水のあるところをこっそりと教えてもらった。
「あんな、うまい水はなかった。喉がとろけるように思った」
 彼はジャングルに生き延びた、蛇を食い、虫を食って生き延びた。20年のクリスマスだ、彼ら敗残兵は米軍の残飯を漁った。すると本国から送られてきたプレゼントの箱がそのまま捨ててあった。甘いチョコレートをたらふく食べたという。
 生きて帰った人からは何人も話を聞いた。その中に特攻兵もいた。出撃途中に機が動かなくなって不時着したという兵士がいた。知覧から出撃した久貫兼資軍曹だ。彼の言ったことで印象深く今も記憶に残っているのは「特攻は最も安上がりな戦法だった」と。特攻に使用する機は使い古した中古機だ。彼にあてがわれたのは九七式戦闘機だ。昭和15年前後の主力戦闘機であったが性能はだいぶ落ちていた。特攻に出撃するときに機は爆装改修を行う。特攻機用に仕立て挙げるて出撃する。奉天でなだめすかしてようやっと機は動くようになった。この中古機に若者を乗せ、敵艦に命中すれば儲けものである。特攻とはもの悲しい戦法であった。

 この頃、防衛ということについて「敵基地攻撃能力」ということが話題になっている。日本が襲われる前に敵基地を攻撃して防御をする、その能力を持つべきか否かという問題である。防衛に関わったベテランたちが議論しているようだが、やっぱりこれを持つべきではないかと提言をするようだ。
報道では、自民党の女性議員グループは、北朝鮮や中国の脅威を踏まえ、専守防衛の考え方のもと、敵の基地を直接破壊できる「敵基地攻撃能力」などを保有するよう河野防衛大臣に提言したという。
戦争による女性の苦しみはいかばかりであったか。よってこの提言には疑問を持つ。戦争はいつでも意地の張り合いだ、向こうが仕掛けてきたからこちらもやり返したのだとどちらも言い張る。が、攻撃を仕掛けたら言い合いで終わるはずがない。敵意や憎しみはやられたらやり返すである。撃ったら撃ち返す。これによって戦争が始まる。そして犠牲になるのはいつも国民や市民である。女子供である。
武器を持ったら使う、欲望を持った人間の性情である、この欲望をどこまで制御できるか、疑わしい。コスタリカは軍隊をやめて教育に力を注ごうと決め、今は地球幸福度ナンバーワンになっている。軍隊を持たないことが大きなアピールとなっている国だ。
 戦争をしない。太平洋戦争を経験して我々が勉強したことは戦争が無益であることだ。とくには世界で初めて原爆を経験したことは大きい。あんなに酷いものはない。一瞬にして十数万人を焼き滅ぼしてしまう。悪魔の兵器だ。これは絶対に使ってならない。
 国連では、一切の核兵器を使わないようにしようと「核兵器禁止条約」が17年7月7日、122カ国の賛成多数で国連で採択された。核兵器の製造や保有、使用に加え、その援助や使用するとの威嚇も禁止するものだ。が、アメリカの「核の傘」に入っている日本はこの条約に背を向けている。唯一の核被爆国としておかしいと思う。
 日本国憲法は、「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と謳う。立派な憲法がある、これを楯にして「我が国は一切の核兵器を持たない、また核を威力とした防衛も一切行わない」という宣言を出す。
核を持たないことが核への抑止力になる。このことを世界に向かって宣言する。国際世論を活用しての「核不所持宣言」をしてほしいものだ。
 「敵基地攻撃能力」を持てば、緊張は一層に高まる。むしろ一切の攻撃能力を持たないと宣言して、武器なしで臨む。混迷した世の中、人の潔さは何時の時代にも通ずる。

4、プチ町歩きの案内

 コロナ感染を避けての「プチ町歩き」を実施している。小企画を立案し、臨機応変にこれに対応することにしている。先回は東京都の外出自粛要請が出てやむなく中止した。
プチ町歩きの要諦、1、短時間にする。2、ポイントを絞る。3、人数を絞る。
 *四名集まったら成立する。この企画は当面続けていきたい。以下は予定だ。

第160回 9月19日(土) 13時 小田急線・梅丘駅改札前集合
案内者 きむらけん・米澤邦頼  朝ドラ「エール」の世田谷代田を歩く 
〇コース 未公表。距離は短い。古関裕而と関わりのあった箇所を歩く。雨天実施。


第161回 10月17日(土) 13時 小田急線・世田谷代田駅改札前集合
案内者 きむらけん・米澤邦頼  世田谷代田のダイダラボッチを歩く 
コース:世田谷代田駅前広場の足跡建設予定地見学→ダイダラボッチの源流(宇田川湯)→出頭山→代田大原境の庚申塔・地蔵尊→ダイダラボッチ跡→旧守山小→駅
◎申し込み方法、参加希望、費用について 参加費は500円
感染予防のため小人数とする。それで先着順十名とする。希望者はメールで、きむらけんに申し込むこと、メールができない場合は米澤邦頼に電話のこと。
 きむらけんへ、メールはk-tetudo@m09.itscom.net  電話は03-3718-6498    
米澤邦頼へは 090−3501−7278

■ 編集後記                                  
▲夏恒例の納涼会はコロナ感染症防止のため中止とした。
▲会報はメールでも会友にも配信していますが、迷惑な場合連絡を。配信先から削除します。◎当会への連絡、問い合わせ、また会報のメール無料配信は編集、発行者のきむらけんへk-tetudo@m09.itscom.net「北沢川文化遺産保存の会」は年会費1200円、入会金なし。会員へは会報を郵送している。事務局の世田谷「邪宗門」で常時入会を受け付けている。

rail777 at 09:40│Comments(0)││学術&芸術 | 都市文化

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