Rail・Artブログ

サイトRail・Artで扱っていた列車時刻の更新情報のブログです。 サイト閉鎖に伴い更新は終了。全てのリンクは無効となっておりますので御了承下さい。 尚、テーマの前に★が表記されている物はGIF形式で、 ☆が表記されている物はテキスト形式で時刻が確認出来ます

★ 1969年4月 急行「比叡」の時刻

 本日は1969年4月の急行「比叡」の時刻です。
定期4往復に臨時が下りのみ1本。
先日の「佐渡」と同様、9月との違いは僅かで、臨時の51号の設定がある点が唯一目立つ相違点。
あとは数分違うという駅が幾つかある程度です。
臨時の51号は当ブログでも何度か触れた事のある気動車急行で、名古屋→米原は急行「大社」に併結。1等車連結で全車自由席という内容です。
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臨時の「比叡51号」を除き、全列車でビュッフェも営業中。

【 交通案内社ポケット全国時刻表1969年4月号より 】
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「比叡」「立山」「ゆのくに」「兼六」といった急行が確認出来ますが、どれも供食設備(ビュッフェ)を連結しているのが確認出来ます。

★ 1975年7月 寝台特急「ゆうづる」の時刻

 今年の1月20日に76年4月の寝台特急「ゆうづる」の時刻を扱いましたが、その中で20系で運転されている4往復の受け持ち区と編成内容がはっきりしない・・・という様な事を書きましたが、この度、”石橋そーけん”さんが答えを送って下さいました。
出典は”コロタン文庫№22 ブルートレイン全百科(オールヒャッカ) 最新版 S55年2月15日 初版第2刷 ”との事。
結論を先に書きますと、20系で運転される4本が4本共違う様です。
75年3月改正後の話ですので、取り敢えず75年7月の時刻から。
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そして肝心の編成
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配置状態から考えると納得のいく内容だと思います。
青森運転所持ちの編成は3通り・・・8号車又は12号車に違いがあります。もっともナハネフ22を最後尾とする編成は、8号車にナハネ20が入ることで変わらない日もあった様ですが・・・。

続いて1975年4月1日現在の配置状況(出典は鉄道ファン1995年6月号)
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pc20_aki_1975
牽引機は田端機関区のEF80と青森機関区のED75-1000
ef80_ta_1975

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青森運転所には1000番台(P形)の他にも一般形の配置もあった様ですが、1000番台の配置以外の資料の持ち合わせがないので、一般形は割愛。

青森機関区EL1(P)組 形式ED75P
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青森機関区のED75P形の「ゆうづる」関係の運用はA10~13の4運用だった模様。
赤線が「ゆうづる」の運用。
上り2号(5008レ)のみ平で機関車交換を行い、他は水戸で機関車交換。
出典は鉄道ファン1993年12月号。
原典はもう少し細かく列車番号の記述があるのですが、パソコンの解像度と文字サイズの関係で、余り加えると見難くなるので、一部の列車番号の記載は割愛してありますのでご了承下さい。

 本日のブログはこれにて終了。
最後になりましたが”石橋そーけん”さん、資料の御提供ありがとうございました。

★ 1969年4月 急行「佐渡51号」の時刻

 今日は1969年4月の時刻表から急行「佐渡」の時刻です。
1969年の「佐渡」は9月の時刻を紹介した事があります。
目立つ違いは、9月の臨時が電車による53号だったのに対し、4月は客車の51号が出ているという点です。
季節停車を除けば定期・季節共に停車駅に違いはありませんが、季節列車にも僅かですが時刻の違う箇所が見受けられ、9月と全く同じという訳ではないようです。
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 定期5往復、季節3往復の合計8往復という内容は9月と変わりません。
編成も変わらない筈ですが、ポケット版の為に編成表の記載はなく、確認は出来ていません。
ただ、4月の時点では等級制ですので後のグリーン車は1等、普通車は2等になります。
臨時の51号は1・2等で編成され、下りは全車自由席、上りは全車指定席。
 上り7号の沼田の停車は交通公社時刻表9月号では季節停車(11月10日まで)の注釈が見られるのですが、交通案内社69年4月号には注釈がありません。しかし、冬季の停車を除くと4月と9月の季節停車は一致しており、違うのはこれだけ・・・上り7号の沼田も季節停車である可能性があります。

★ 07年 快速「ムーンライトながら71・70号」の時刻

 今日は2007年3月の快速「ムーンライトながら71・70号」の時刻です。
2007年春のJRダイヤ改正は3月18日。
多客臨「ムーンライトながら91・92号」と異なり、この「ムーンライトながら71・70号」はダイヤ移行に伴って運転された定期列車の代わりで、ダイヤ改正前日の3月17日に設定されています。
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下りは三島から豊橋の到着まで、上りは浜松発から定期とは異なる時刻となっています。
改正後の時刻と同じなのは71号が豊橋の到着時刻から、70号が大垣→東京の全区間。
改正で下りは平塚・国府津、上りは富士・川崎・新橋が通過になります。
また上下共にの小田原からの一部自由席の扱いがなくなり、下りは豊橋から全車自由席、上りは全区間指定席になったのも、この改正からです。
尚、71号は小田原から一部自由席、名古屋から全車自由席で従来と同じですが、70号は小田原→東京の自由席扱いはなく、全区間指定での運転。

 本日の更新はこれにて終了ですが、最後に訂正を一点。
訂正は9月1日の記事”東京発の東海道本線 終電の時刻変遷 1961~2009”に関して。
68年10月改正で終電が東京→熱海から東京→小田原に短縮されたというのは間違いないのですが、東京→小田原の変更当初は平塚→小田原はノンストップという時代が存在していました。
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おそらく69年4月25日改正で平塚→小田原は全駅停車に改まったものと思われます。

★ 2006年7月 夜行快速「奥の細道号」の時刻

 今日は2006年7月の臨時快速「奥の細道号」の時刻です。
先日の「ゴロンとなのはな」もそうですが、1日限りの設定で変わった運転区間を走った臨時夜行が幾つかあります。
06年の快速「奥の細道号」も小田原→山形・・・安房鴨川~仙台ほどの意外性はありませんが、それでも十分に注目に値する運転区間と言えるでしょう。
05年7月の快速「義経」(鎌倉→平泉)と同じように鶴見から9115Mの列車番号になり、武蔵野線(武蔵野貨物線)経由で運転されているというのも注目点。
武蔵野線の西国分寺・新秋津に停車するのは同じですが、「義経」が停車していた北朝霞には停車していません。
使用車両は583系で、”ゴロンと”扱いの普通車全車指定席。
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 【 JTB時刻表2006年7月号より 】
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★ 1970年夏 快速「木曽路」の時刻

 ここのところJR時代が続いていましたので、今日は久し振りに国鉄時代から。
1970年の快速「木曽路」の時刻です。
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 70年代の時刻表では頻繁に見掛ける臨時列車で、多客期の常連と言っても良いかもしれません。
非電化時代は気動車、電化後は電車で設定されています。
手持ちの時刻表を見た限りでは、74年夏までは名古屋~木曽福島の運転ですが、75年夏では名古屋~松本の運転になっています。
もっとも80年8月の時刻表では再び名古屋~木曽福島の運転になっていますので、ずっと松本発着になったという事ではなさそうです。78年夏は名古屋~松本なのですが、いつ変わったのでしょう?
設定開始は60年代後半で、68年4月や69年4月のポケット版には2等指定席の表記も確認出来ます。
また80年8月では指定席の連結はありませんが、グリーン車自由席の表記が見られますので、時代によってはグリーン車も連結していた様です。

 本日のブログはこれにて終了。
さて、前回の2007年4月の特急「オホーツク」の時刻に誤りがありました。
既に訂正済みです。
kさん、御指摘ありがとうございました。

★ 2007年3月 特急「オホーツク81・82号」の時刻

 本日は2007年3月 特急「オホーツク81・82号」の時刻です。
「オホーツク81・82号」を名乗る列車は、80年代から90年代の多客期に出てきますが、こちらは日中運転の列車・・・一方、本日紹介する81・82号は夜行です。
2006年3月改正で夜行の9・10号は廃止されましたが、冬季のみ臨時の夜行列車が設定されるようになりました。
それが本日紹介する「オホーツク81・82号」。
しかし、活躍は続かず、2008年3月改正で廃止されていますので、臨時夜行が走ったのは2シーズンのみ。
07~08年の冬の運転に関しての資料は持ち合わせていませんが、07年3月の時刻表に記載がありましたので紹介する次第です。
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定期運転の時に停車していた、江別・美唄・砂川は通過になっていますが、日中運転の定期は全て通過する当麻も停車しています。
編成は詳しくは分かりませんが、定期運転時代と変わらないのではないでしょうか。女性専用のB寝台及び普通車指定席の設定もあった様です。
 【 JTB時刻表2007年3月号より 】
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リンク
nihonkai


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