Rail・Artブログ

サイトRail・Artで扱っていた列車時刻の更新情報のブログです。 サイト閉鎖に伴い更新は終了。全てのリンクは無効となっておりますので御了承下さい。 また、時刻再掲のリクエストには応じかねます。 尚、テーマの前に★が表記されている物はGIF形式で、 ☆が表記されている物はテキスト形式で時刻が確認出来ます

1962年6月 単独運転の準急「美幌」の時刻

 GV73Aさんが掲示板に1962年6月号掲載の北海道の臨時列車の時刻を投稿して下さいましたので、今日はその転載です。
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本日のテーマにしていますが、準急「美幌」が単独運転で掲載されています。
61年7月に準急「美幌」の設定は見られませんので、62年が設定初年なのかもしれませんが、なんとも興味深い時刻です。
函館本線内、札幌→旭川の途中停車駅は僅かに2つ。岩見沢と滝川のみ・・・特急「おおぞら」の様な停車駅の少なさ。
札幌→旭川の「美幌」の所要時間は2時間03分。1961年10月の特急「おおぞら」の同区間の所要時間は1時間57分・・・大健闘と言ってよい成績です。
これで全車普通車自由席で急行より安い準急料金で利用出来るのですから、大サービス列車だと言って良いのではないでしょうか。
さすがに石北本線内は臨時準急らしい時刻になりますが、函館本線内の俊足ぶりは特筆ものだと思います。
 頂戴した写真には準急「(下り)第1かむい」「(上り)第2かむい」の表記も見られます。
しかし、この準急「(下り)第1かむい」「(上り)第2かむい」は本来定期の筈・・・最初はなぜなのか理解出来ませんでしたが、答えは右側の注釈にあります。
62年夏臨では本来、函館~札幌を結んでいる急行「大雪」が延長運転を行っており、準急「(下り)第1かむい」「(上り)第2かむい」の時刻は、急行「大雪」が延長運転の為に使用しているので、スジを取られた格好の準急「(下り)第1かむい」「(上り)第2かむい」は臨時の時刻を与えられているという事になる模様。
尚、注釈に書かれていますが「大雪」の延長は下りは上川まで、上りは旭川発。延長区間の種別は準急です。
 時刻詳細は不明ですが、62年夏の急行「大雪」と準急「かむい」の時刻は関連性があるというのは意外でありました。



★ 1906年7月 上野~青森 801(802)レの時刻

 今月3日にGV73Aさん提供の1906年7月の東北本線福島経由で上野~青森を結ぶ207(208)レの時刻を紹介しましたが、本日は常磐線経由の801(802)レの時刻の紹介。
例によって後年とは随分と違う列車番号が付いています。上野発着で800番台の列車番号となると羽越本線が思い浮かびますが、これで常磐線経由・・・どうもしっくりきません。
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この列車も別途料金が必要な列車ではなく普通列車扱い。
しかし、夜行区間となる仙台以北は後年の優等列車並みの停車駅の少なさです。
1・2等連結・寝台・食堂車付きという編成内容といい、別途料金が必要となる列車が登場する前の花形的な列車だったと言えそうです。
勾配の少ない常磐線経由という事で所要時間も短く、福島経由の207レが20時間35分、208レが21時間40分の所要時間であったのに対し、801レは19時間15分、802レは19時間35分で結んでいます。

★ 1943年 急行601(602)レの時刻

 本日はGV73Aさん提供の1943年3月及び10月の急行601(602)レの時刻です。
1940年も頂戴しているのですが、先日書きました様にファイルが行方不明。時間の都合で1943年が先に再入力が終わりましたので、まずはこちらから。
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相当以前の話になりますが、1942年11月15日改正以降の急行601(602)レの時刻を扱った事がありましたが、運転区間は上野~大阪でした。
しかし、1943年3月では上野~金沢の設定。1943年2月1日改正(特急「鴎」が廃止された改正です)で運転区間が短縮されています。
上野~金沢の時刻は1942年11月改正後のそれと一点を除いて変わらない模様。
その一点とは下りの魚津の時刻。42年11月改正後では6:16ですが、43年3月では6:18。
しかし、この変更点も同年7月号では6:16で記載されているとの事ですから、本当に魚津の時刻だけ違っていたのかには疑問符が付きそうです。因みに43年3月と7月の違いも下り魚津の時刻のみ。
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一度は上野~金沢に短縮された急行601(602)レですが、1943年10月改正(特急「燕」が廃止された改正)で再び上野~大阪の運転となります。
しかし、時世が時世ですので所要時間は延びており、42年11月改正後の急行601レの上野→大阪の所要時間は16時間51分でしたが、43年10月では17時間41分を要しています。
尚、43年3月・10月共に2等車・2等寝台連結。
43年10月改正では生き延びた急行601(602)レでありますが、1944年4月1日改正で遂に廃止。信越・北陸本線から急行が消えています。

★ 1974年1月 急行「音戸」の時刻

 今日は1974年1月の急行「音戸」の時刻です。
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例によって・・・と、申しますか・・・74年夏の時刻と違うのは臨時の51号です。
大きく違うという事はありませんが、夏臨とは時刻の違う点は少なくありませんし、上りは停車駅も違います。
具体的には夏臨では停車している大竹・西広島は通過。一方で夏臨では通過扱いの尾道・倉敷には停車という点。
尾道0:58、倉敷2:02ですから、この両駅が夏臨で停車駅から外れたのは無理もない気がします。夏臨・冬臨共に普通車のみの全車座席指定。指定まで取って深夜の乗降を選択する利用者が、そうそう居るとも思えません。普通に考えれば違う列車を使うでしょう。
尚、夏臨では着発同時刻で記載されている下りの広島の時刻は、74年1月では6:30着6:40発と妥当に思える時刻が入っています。
交通公社時刻表74年8月号では下り51号は広島6:32着6:32発になっています。線路が混みあっていて呑気に停車していられないという事情なのかもしれませんが、特急でさえ数分停車する駅を、臨時急行が30秒程度の停車で出て行くというのは、どうにも違和感を感じます。
記載通りだとすると、1974年時点で広島の着・発が同時刻という異例の列車だという事になるのですが・・・。


★ 1996年 仙台~沼田 快速「尾瀬フラワー号」の時刻

 本日は”いまは東京都民”さん提供の1996年 仙台~沼田 快速「尾瀬フラワー号」の時刻です。
グラシアを使用して設定された異色の気動車快速で、仙台から東北本線・高崎・上越線経由で沼田まで行っています。全車グリーン車指定席。
70年代に仙台発着で「尾瀬フラワー」の設定がありましたが、この列車は仙台~会津田島で、郡山から磐越西線に入っていましたので愛称は同じですが、全く違う列車だと言えます。
6月運転分と9月運転分の情報が含まれていますので、両方に対応が可能な96年7月の時刻表を使いました。
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「尾瀬フラワー号」は6月と7・9月の運転分では沼田の発時刻が異なります。
9月の運転に関しては鉄道ダイヤ情報96年9月号記載の情報も頂戴しており、沼田発のみですが、高崎と大宮の運転停車の時刻も判明していますので記載しました。
沼田行きも運転停車を行っている筈なのですが、深夜の為か記載がない様で、そちらは謎。
尚、回送の時刻も分かりましたので転載しておきます。
9月14日
沼田6:02発-(回9749D)→水上6:18着6:39発-(回9748D)→高崎7:29着
9月15日
高崎12:40発-(回9745D)→沼田13:41着

ついでに記載した快速「尾瀬谷川号」ですが6月(設定日 6/7・21)は急行(9703M)で越後中里行き、7月は快速で越後湯沢行きで運転されます。時刻・停車駅は上野から越後中里まで急行も快速も変わりません。
6月の急行料金は何だったのか?・・・と思わざるを得ない列車です。車両が違うのでしょうか?
急行・快速共に「尾瀬谷川号」は普通車のみの一部指定席。
快速「快速谷川岳山開き号」は普通車のみの全車自由席です。

 本日のブログはこれにて終了。
最後に情報募集を1件。
1907~09(理想は1907)年の新橋~下関の急行5(6)列車の時刻が分かります方、いらっしゃいましたら、誠にお手数ではありますが、掲示板に書き込んで頂けますと幸いです。

★ 1906年7月の最急行1(2)レの時刻

 本日はGV73Aさん提供の1906年7月の最急行1(2)レの時刻です。
最急行・・・いくらなんでも、官有鉄道時代のこの種別を紹介する事になろうとはないだろうと思っていたのですが、こんな列車が出てくる昔の時刻の情報までも頂戴してしまいました。
別途、急行料金を徴収する初の列車となる最急行1(2)レの設定は1906年4月16日との事。
運転区間は新橋~神戸。
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所要時間は上下共に13時間40分・・・さすがに時代が時代だけに最速列車と言っても結構な時間が掛かっています。
ちょっと興味が湧きまして現在、我が家にある一番新しい時刻表である2018年4月で運賃のみで乗車出来る列車で、平日に新橋→神戸を御殿場線経由で行くとなると、どうなるかを調べてみた結果は以下の通り。尚、乗り継ぎは最急行1列車との比較がし易い駅を使っています。
新橋7:57-(1531E)→国府津9:06着9:10発-(2531M)→沼津10:40着10:52発-(433M)→静岡11:47着12:03発→浜松13:15着13:20発-(947M)→豊橋13:55着14:02発-(快速2531F)→大垣15:32着15:37発-(239F)→米原16:12着16:17発-(新快速3495M)→神戸18:12

ほぼ同じ位の時間に出発して最急行が米原に着く頃、現在では神戸まで行ける事が判明。
通過駅なしの列車を利用する事になる新橋→豊橋でも、現在の方が1時間弱早く着きますので、その先、快速だの新快速だの使えば差は加速度的に開くのも致し方ないところでしょう。
因みにこの最急行1(2)レの発展した列車と言えるのが、以前1912年9月の時刻を紹介した特急1(2)レ・・・新橋発は30分遅い8:30で、神戸着は21:15。
最急行1(2)レと比べると所要時間は55分縮んでいますが、先の現在の乗り継ぎ結果には、まるで歯が立たない事が分かります。まぁ、最高速度が130Km/hとか120Km/hなどという列車が混じっていますから当然と言えば当然なのですが・・・。

★ 1974年1月 急行「玄海」の時刻

 本日は訳ありで急遽、テーマを変更。間に合わせで1974年1月の急行「玄海」の時刻です。
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74年夏と殆ど同じなのですが、一部時刻が違う箇所がみられます。
74年4月25日改正で「玄海」も僅かばかり変更を受けたという事でしょう。
夏臨には臨時の51号(9207M・9208M)の設定がありますが、73~74年の年末年始の設定はなかった様です。

 本日のブログはこれで終了。
さて、実は本日のブログは上野から北陸方面の列車の時刻を扱う予定だったのですが、ファイルがどうしても見付かりません。
時刻を入れたのは間違いないのですが、どこへ行ったものやら・・・
前にも書きましたが、このブログ用の時刻ファイルのフォルダは整理が全く行き届いておらず、正にカオス状態。
おまけにフォルダが複数存在するという有様・・・いい加減、整理をしなくてはいけないのですが、結構な時間を取られるのは間違いないので、なかなか重い腰が上がりません。
年末年始にでも着手しようかとは考えているのですが・・・。
北陸のファイルは入力し直しますので、来週に延期。明日は東海道本線の時刻を扱います。
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