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続・今でもしぶとく聴いてます

25 3月

モンテヴェルディ「聖母晩課」 ユルゲンス、アーノンクール

1703z25aモンテヴェルディ 「聖母マリアの夕べの祈り」

ユルゲン・ユルゲンス 総指揮
ハンブルク・モンテヴェルディ合唱団(合唱指揮ユルゲン・ユルゲンス)
ミュンヘン・カペラ・アンティクァ(合唱指揮コンラート・ルーラント)
ニコラウス・アーノンクール 管弦楽指揮(楽器選定,用法)
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
ウィーン少年合唱団ソロイスツ

ロートラウト・ハンスマン(S)
イルムガルト・ヤコバイト(S)
ベルト・ヴァン・トホフ(T)
ナイジェル・ロジャース(T)
マックス・ヴァン・エグモント(Br)
ジャック・ヴィリセシュ(Bs)

(1966-1967年 ウィーン,カジノ・ツォゲルニッツ 録音 TELDEC)

1703z25 昨年の三月に亡くなったアーノンクールの没後1年前後に彼の録音が多数復刻されています。その中には長らく廃盤状態だったものも含まれ、このモンテヴェルディの聖母晩課もその一つです。といってもこれは総指揮はアーノンクールではなく、ユルゲン・ユルゲンスが行い、アーノンクールは器楽の方を楽器の選定から受け持ったものです。だから海外の方のジャケット表記はユルゲンスが指揮となっていてアーノンクールの名は出ていません(現代ではアーノンクールの知名度が圧倒的に高まっているので、彼の旧録音という位置付けになっているようです)。

1703z25b 細かいことはさて置き、この古くも本格的な古楽録音は今聴いても感動的で、特に典礼音楽に相応しい 息吹を感じさせます。この作品を演奏、録音する際のスタイル上の分類としては、モンテヴェルディが曲集(1610年に4声部のミサと合わせて出版した)に入れた楽曲だけでなく、詩篇歌の前後にグレゴリオ聖歌のアンティフナを加え、マニフィカトは7声部の方1曲だけを採用しています。声楽の方は少年合唱を起用していますが、ソロの名前と写真から判断して男声だけでなく女声も加っています。また、コーラス等はかなりの人数で歌っているので晩課らしいのと同時に壮麗で、1970年代までの録音の中では屈指の感銘度だと思います。レーゲンスブルク大聖堂聖歌隊らによるハンス・マルティン・シュナイトの録音の場合は金管楽器が騒々しいくらいで、今回のもののような静謐にして霊妙な感じのものはなかなか無いので貴重です。そうなると器楽の方を担当したアーノンクールの功績も大きいのだと再認識させられ、ややくすんだような色々な楽器の音色は絶妙です。

 ~ CD1
01.主よ、われを助けに来たり給え 
02.アンティフォナ:彼の左手はわが頭の下にあり 
03.詩篇109:主は言われた
04.アンティフォナ:彼の左手はわが頭の下にあり
05.コンチェルト:われは黒し
06.アンティフォナ:すでに冬は去り
07.詩篇112:しもべらよ、主を讃めたたえよ
08.アンティフォナ:すでに冬は去り
09.コンチェルト:麗わしきかな
10.アンティフォナ:わが愛する人は
11.詩篇121:われ、よろこびに満てり
12.アンティフォナ:わが愛する人は
13.コンチェルト:二人のセラピムが
14.アンティフォナ:こよなく美しき婦人よ
15.詩篇126:主が建て給わずば
16.アンティフォナ:こよなく美しき婦人よ
17.コンチェルト:天よ、ききいれ給え
 ~ CD2
01.アンティフォナ:王が食卓に居ますかぎり
02.詩篇147:エルサレムよ、讃めたたえよ
03.アンティフォナ:王が食卓に居ますかぎり
04.カピトゥルム:太初より
05.賛歌:めでたし、海の星
06.ヴェルシクルム:聖処女よ、御身を讃むるに値せしめ給え
07.「聖マリアよ、われらのために祈り給え」によるソナタ
08.アンティフォナ:聖マリアよ、われら貧しき者を助けに来たり給え
09.マニフィカト (7声部)
10.アンティフォナ:聖マリアよ、われら貧しき者を助けに来たり給え
11.聖母マリアの夕べの祈り われらに主を讃えさせ給え 

 上記のようなトラック分けでCD二枚で構成され、青字が「聖母晩課」の楽曲で紫色字がグレゴリオ聖歌です。特定の聖母の祝日(被昇天とか)を想定したわけでなく、聖母に共通するアンティフォナや朗読を持ってきているようです。最後がグレゴリオ聖歌で静かに終わるというのは印象深くて、この録音以外には例がないかもしれません。また、「めでたし海の星」の順番を変えたり独自の凝った構成です。

 この作品が出来た頃の聖務日課がどういう具合だったか分かりませんが、復活の主日や生聖霊降臨の日の夜、晩課を行ったならさぞ喜ばしいものだっただろうと想像できて、この録音はそうした想像をかきたてる魅力に満ちています。 
26 2月

シュッツ 音楽による葬送 SWV.279~281 ヴォクス・ルミニス

170226シュッツ 音楽による葬送 SWV.279~281

リオネル・ムニエ 指揮(音楽監督)
ヴォクス・ルミニス(古楽アンサンブル) 
サラ・イェッギ(S)
ズュジ・トート(S)~ソプラノ1
ヘレン・カッサーノ(S)
ケルレイネ・ファン・ネーフェル(S)~ソプラノ2
バルナバーシュ・ヘギ(A)
ヤン・クルマン(A)~アルト=カウンターテナー
フィリップ・フレーリガー(T)
水越 啓(T)~テノール1
ロバート・バックランド(T)
オリヴィエ・ベルタン(T)~テノール2
ベルトラン・デルヴォー(Bs)
リオネル・ムニエ(Bs)~バス
リカルド・ロドリゲス・ミランダ:ヴィオラ・ダ・ガンバ
鈴木優人:ポジティヴ・オルガン

170226a*併録
①主よ、今こそあなたは(シメオンの賛歌)SWV.432
②わたしは甦った者、わたしは命 SWV.464
③主よ、今こそあなたは(シメオンの賛歌/別作品)SWV.433
④これぞまことの言葉 SWV.277
ザムエル・シャイト(1587~1654)
⑤オルガン独奏のためのコラール「わたしたちはみな、神を讃えます」
  *ベルナール・フォクルールの独奏(録音:1999年)
マルティン・ルター(1483~1546)
⑥コラール「安らぎと喜びのうちに、わたしは旅立ちます」

(2010年10月 ベルギー,ボファイー 福音書記者聖ヨハネ教会 録音 Ricercar)

 最近小学校用地で騒ぎになっている学校法人、そこの運営する幼稚園は以前から有名な個性的なプログラムで教育していました。自分はプロテスタント教会付属の幼稚園だったので日曜日の午前は成人の主日礼拝が始まる前に「日曜学校」に園児全員が参加し、その代わりに月曜が休園日でした(多分そうだった) 。これも世間の基準からすればずれているわけで、そうやって幼いうちから教会生活を定着する下地を作るという意図もあったはずですが、現実には小学校に通うようになれば友達と遊んだり、少年サッカーやら野球に参加するために日曜学校とは疎遠になりました。ミッション系の小、中、高等学校でもおおむねそんな様子で、現代ではそもそも布教を主眼ともしていない場合が多いはずです。

170226c しかし卒業後、なんらかの契機で受洗に至ったりそこから叙階へ向かう人もあるわけなので、種をまくというのも重要かもしれず、その面ではあの法人が必死に小学校をつくろうとするのも一理ありそうです。ところで今週の水曜が「灰の水曜」になり、今年も四旬節が始まります。普段は俗悪な生活に染まり切っていても四旬節、その最後の週あたりは一応神妙な心情に少しはなり、そのせいかハインリヒ・シュッツやトマス・ルイス・デ・ビクトリアの作品を聴きたくなります。 

170226b 「 音楽による葬送 SWV.279~281」は、ロイス=ゲーラ伯ハインリヒ2世が生前に自身の葬儀の準備としてシュッツに作曲を依頼したもので、同じく準備された立派な棺と共に知られています。「高価な墓石を立てるより 安くても生きている方がすばらしい」という歌詞のヒット曲がありましたが、誰にも死は訪れるもので戦乱の時代なら死がそこら中に氾濫していて無視できないはずです。その棺には念入りに聖書の言葉を選んで刻ませていたということなので、現代の日本からすれば異様な環境にも思われます。

 この録音はベルギーで結成され、各国の古楽の実力者を集めたアンサンブル、ヴォクス・ルミニスによるもので、「音楽による葬送」以外にシュッツが葬儀のために準備して実際に使われたモテットとシャイトのオルガン曲、ルターのコラールを併せて録音したものです。このアンサンブルはシュッツだでなく、シャインやシャイト、バッハの作品も演奏、録音して注目されています。 この録音では声楽は12人が独唱の他に二群のコーラス(コーラス1、2)に分かれて演奏し、器楽はオルガンとガンバだけという簡素な編成で演奏しています。それでも演奏会場の音響のためかヴォリュームを感じる響きで、独特の力強さを感じさせます。それに全体的に四旬節や聖週間のための作品(エレミヤの哀歌とか)と似た印象で、作品が本来こういう感じだったのかと改めて思いました(後年のレクイエムとはちょっと違うような)。
5 2月

ブルックナーのミサ曲第3番 コルネリウス・マイスター、ORFSO

17z0205ブルックナー ミサ曲 第3番 ヘ短調 WAB.28

コルネリウス・マイスター 指揮
ウィーン放送交響楽団
ウィーン・ジンクアカデミー

ルート・ツィーザク:S
ヤニナ・ベヒレ:A
ベンジャミン・ブルンス:T
ギュンター・グロイスベック:Bs

(2015年6月23日 ウィーン,コンツェルトハウス ライヴ録音 Capriccio)

 17z0205a 2月5日は日本26聖人殉教者の祝日でした。しかしこの祝日の日にちは複雑で、月刊「聖母の騎士」2017年・2月号によると日本以外、例えばローマにある「日本の聖殉教者教会」では2月6日が祝日になっていたり、この26聖人にささげるミサは2月の第1主日に行われたりしています。もともと2月5日がキリスト教が国教化される前のローマ帝国時代の聖人、「聖アガタおとめ殉教者」の祝日だったので、それと重ならないようにずらせたということのようです。日本では逆で、殉教の当日、2月5日を26聖人の祝日として、聖アガタを翌日にずらせています。そもそも26人という多人数なので、20人の日本人(中国、韓国系を含む)の他、スペイン人4人、ポルトガル人とメキシコ人が1人ずつという構成の上、フランシスコ会とイエズス会の会員が含まれていました。そんな修道会の関係の機微はよく分かりませんが、これらが後に列福、列聖に至るまで色々影響していたようです。

17z0205b ブルックナーの宗教曲の中で早くから知られた名作、ミサ曲第3番は初期交響曲の第1、2番と同じくらいの頻度で録音されてきました。 これはコルネリスウ・マイスターとオーストリア放送交響楽団らによる最新の録音で、何故か交響曲第9番と一緒に2枚組で発売されました(未完成に終わった交響曲第9番の終楽章の代わりとしてテ・デウムを併録すならまだしも、初期のミサ曲第3番とはどういう都合か?)。実際に聴いていると、ブルックナーの宗教曲だけでなくというより交響曲の方をメインに指揮しているにしてはミサ曲らしい演奏だと思いました。ゴツゴツした感触ではなくて、穏やかな柔和な演奏で、特に最後のアニュス・デイが一番感動的でした。

 ブルックナーのミサ曲第3番も実際に典礼で使用するより演奏会用という規模ながら、各楽曲を連続演奏しても独特の日常世界から隔絶されてどこかへ連れていかれるような不思議な魅力があります。そんな作風、曲調なので同時に血の通ったというか、温もりのある風に再現、演奏するのはなかなか難しいのではと思われます。

 コルネリスウ・マイスターは1980年にドイツのハノーファーに生まれて地元とザルツブルクで指揮とピアノを学び、2005年に25歳の若さでハイデルベルクの音楽総監督に就任しました。その2010年にはウィーン放送交響楽団の首席に就任しています。まだ30代なので今後ドイツ、オーストリアから世界中でさらに有名になるのかどうか楽しみです。ウィーン放送交響楽団は1969年に設立されたオーストリア放送協会所属の「オーストリア放送交響楽団が1996年に名称を変更した団体です。過去の首席にはレイフ・セーゲルスタム(1975年 - 1982年),ローター・ツァグロセク(1982年 - 1986年),ピンカス・スタインバーグ(1989年 - 1996年) の名前があり、そういえばNHK・FMで聴いた覚えがあります。
21 1月

モーツァルトの戴冠ミサ カラヤン、ベルリンPO他/1975年

170121モーツァルト  戴冠(式)ミサ曲 K.317

ヘルベルト・フォン・カラヤン 指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン楽友協会合唱団(合唱指揮ヘルムート・フロシャウアー)

アンナ・トモワ=シントウ(S)
アグネス・バルツァ(Ms)
ヴェルナー・クレン(T)
ジョゼ・ヴァン・ダム(Bs)

ルドルフ・ショルツ(オルガン)

(1975年9月 ベルリン,イエス・キリスト教会 録音 DG)

 教皇ヨハネ・パウロ二世が来日したのは約36年前、1981年2月23~26日でした。フィリピン、グァムを訪問してからの来日で、何となく室町時代後半に宣教師が来た経路が重なり感慨深いものがありました。当時の日程を見ると教会、宗教関係者だけでなく、天皇陛下と鈴木善行首相との会見もありました。最終日にはコルベ神父ゆかりの聖母の騎士修道院も訪問し、コルベ師が帰国後も日本に残ってって働いてきたゼノ修道士(ゼノン・ジェブロフスキ Zenon Żebrowski 1891年 - 1982年4月24日)にも面会しました。もう少し遅れていればゼノさんとは会えなかったので絶妙なタイミングでした。 

 これはカラヤンが不動の地位をかためた?1970年代の半ばに録音したモーツァルトの戴冠式ミサです。カラヤンはこれの約10年後にヴァチカンで教皇ヨハネ・パウロ二世司式のミサに同曲を指揮して参加した実況録音を残しています。それは当然モーツァルトの楽曲だけでなく、ミサの固有文聖歌や祈祷、朗読等を含んでいて、戴冠式ミサの楽曲が連続演奏されるのではなかったのでカラヤンらしいかどうかなどは聴いて分かりにくいかもしれません。

 カラヤンの宗教曲、カラヤンのモーツァルトならば日本のクラシックフアンには何となく前者のうけが良くなかった気がします。吉田秀和氏らはヨーロッパでカラヤン指揮の演奏を聴いたことがあり、その演奏からは音楽の自然な呼吸が感じられるという感想を書いていました。ただ、個人的にはカラヤン指揮のモーツァルトはその感じが薄くて逆に、残響の隅々まで徹底管理するような硬く息苦しい感じが気になります。この戴冠ミサ単独の録音でもそんな感じがして、教皇司式ミサの時の方が良かった気がします。

 このミサ曲はモーツァルトがパリからザルツブルクに戻った1779年1月からミュンヘンに発つ1780年11月までの期間に作曲したもので、1779年3月23日に完成後に4月4日の復活祭に初演されました。そう言われれば復活祭、復活の主日の喜ばしい空気にあふれたミサ曲です。それから「戴冠」の由来は、ザルツブルクに建設された教会の聖母戴冠像のために作曲されたという解説があるのと、1791年にプラハで行なわれたレオポルト2世の戴冠式でサリエリが指揮して演奏してから名称が定着したという解説があります。
  
15 1月

ベートーベンのミサ・ソレムニス カラヤン、ベルリンPO/1985年

1701z15aベートーヴェン ミサ・ソレムニス ニ長調 op.123 

ヘルベルト・フォン・カラヤン 指揮
ベルリン、フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン楽友協会合唱団(合唱指揮ヘルムート・フロシャウアー)
レオン・シュピーラー(ヴァイオリン・ソロ)
デイヴィッド・ベル(オルガン)

レラ・クーベッリ(S)
トゥルデリーゼ・シュミット(A)
ヴィンスン・コウル(T)
ジョゼ・ヴァン・ダム(Bs)

(1985年9月25-29日 ベルリン,フィルハーモニー 録音 DG)

 降誕節が過ぎ、今日で正月飾りも片づけて、 今年は四旬節までだいぶ間があり、教会内ではユスト高山右近の列福が主な話題になっています。列福式は2月7日の正午から大阪城ホールで教皇代理の列聖省長官、アンジェロ・アマート枢機卿の司式で行われます。平日の昼間なので参列できませんが、盛大に行われることと思い、どんな音楽が使われるかもちょっと気になります。ベートーベンのミサ・ソレムニスは長大な作品なので実際に歌唱ミサに使われることはドイツ、オーストリアでも滅多に無いというこです(滅多に、というからには稀には使われるということか)。もし実際に典礼で使うとすれば列福、列聖にこそふさわしいかもしれません。

1701z15b このCDはカラヤン(Herbert von Karajan 1908年4月5日 - 1989年7月16日)が4度目に録音(映像記録を含めればもっと回数は多い) したもので、この曲では最後の録音だったと思います。1950年代にはフィルハーモニア管弦楽団、1970年代にはベルリンPOとそれぞれEMIレーベルへ、1960年代と今回がベルリンPOとドイツグラモフォンへ録音していました。ちょうど各年代毎にベートベンの交響曲を全曲録音したのと連動しています。カラヤンは教皇ヨハネ・パウロ2世司式のミサにモーツァルトの戴冠式ミサ曲を指揮して参加した記録があったように、オペラや管弦楽曲だけでなく宗教曲にも熱心でした。

 ただ、日本のクラヲタにはカラヤンによる宗教曲は微妙な、賛否の混じる扱いだったと思いますが、個人的にはかなり好印象です。この録音も典礼の枠組みを敢えて?はみ出そうとするかのようなミサ・ソレムニスをしっかり繋ぎ止めて、かつ端正な美しさを保っているところが魅力です。それだけでなく、全体的に柔和で強引な扱いというのが目立ちません。 ただ、Gloria のフーガ後半とかサンクトゥスの後半で加速する辺りは何となくねじ伏せるような印象で、この辺はカラヤンらしい?とも思えました。それに、この録音ではオルガンの音色がよく聴こえて感心しました。オーケストラが盛大に鳴っているところでも、雲の切れ目から陽光が差すようにけっこう鮮明に聴こえていました。オルガンだけ別に収録して後で合成とかそんなことはないと思いますが、楽譜には「4人の独唱者、管弦楽とオルガンのための」と表記されるそうなので、この録音のようにオルガンも重要だと改めて思いました。

 ところで現代のミサは司祭と信徒の隔たりが少なくなってきたというのか、あるいは人手不足か、信徒の典礼参加という観点からか、聖体拝領の時に司祭以外の聖体奉仕者が聖体をさずける場合があります。外国でミサにあずかったことはないので分かりませんが、日本では割にこの傾向は進んでいるようです。欧米人らしき信徒が聖体拝領の時にわざわざ司祭が聖体をさずける列に並び直しているのを時々見かけるので、キリスト教圏では案外保守的なのかと思って見ていました。 自分は特に見解はないものの、ある時司祭ではなくシスターが聖体を配布する列に並んで通常通り手を差し出したら、「信者の方ですか」と尋ねられたことがありました。受洗後四半世紀でそれは初めてのことで「目は口ほどに」で、内面のいやしさが出てるんだなと戒めつつ、司祭には初めての土地、遠方でもそんなことは言われたことがないのになと思っていました。
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