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続・今でもしぶとく聴いてます

16 7月

モンテヴェルディ 聖母晩課 ウィルソン、ラ・カペラ・ドゥカーレ

1807z16モンテヴェルディ 「聖母マリアの晩課」

ローランド・ウィルスン 指揮
ラ・カペラ・ドゥカーレ(古楽声楽集団)
ムジカ・フィアータ(古楽器使用)

モニカ・マウフ(S)
ドロテー・ミールズ(S)他
ハンス・イェルク・マンメル(T)他
シュテファン・シュレッケンベルガー、他(Bs)

(2010年10月22日 ケルン,聖三位一体教会 ライヴ録音 Pan Classics)

 7月16日は「カルメル山の聖母」の記念日でした。ということは世界中の修道院の中にはモンテヴェルディの「聖母晩課」を演奏したことがあったのかどうか。1610年に出版されたモンテヴェルディの曲集には同作品と六声部のミサ曲がおさめられていました。これはマントヴァの宮廷からローマ教皇庁への転職、息子の教皇庁神学校への入学を願ったモンテヴェルディが、自身の作曲技法の集大成的に作曲したものを出版したのではないかという見方もされています(歌劇「オルフェオ」のファンファーレが聖母晩課の冒頭に出て来るのは名刺代わりか)。その「聖母晩課」は日本のクラシック音楽フアンの間ではバッハのマタイ受難曲やロ短調ミサ程は有難がられていないようですが、海外では定期的に新譜が出続けていてそれらにまさるとも劣らないようです。

 これは英国出身のローランド・ウィルスンが結成した古楽アンサンブル、ムジカ・フィアータと声楽アンサンブルのラ・カペラ・ドゥカーレらを指揮した録音で、2010年に録音していたものが今年になって日本語解説付きで発売されました。ウィルスンはトランペットとツィンク(コルネット)を学んだ後ドイツへ渡り、1976年に
ムジカ・フィアータを結成しました。その後フリーダー・ベルニウスのプロジェクト、録音に参加していました。その後1992年に古楽の声楽作品にも対応できるようにラ・カペラ・ドゥカーレを結成しています。

 CDの解説によると楽隊1~4と通奏低音の五つのグループ分けて表記されてあり、1と2が声楽(
ラ・カペラ・ドゥカーレ)、3と4が器楽アンサンブルでした。こういう構成ならヴェネチア楽派のように聖堂の離れた場所に陣取った奏者が交唱するような壮麗なものになっているかと思ったら、実際に聴くとそうでもなくて、しめやかに歌われている趣なのでちょっと予想外でした(勝手に期待しただけ)。声楽の方は6名ずつの二群という構成で、そんなに大音量で朗々と響くといった風ではありません。器楽アンサンブルも一群が6名で、片方はトロンボーン等の管楽器だけという構成で、ツィンク(木管コルネット)が3人ということもあってか甲高くならず、晩課らしい落ち着きも感じられます。

 CDの構成は一枚のCDにモンテヴェルディが作曲した聖母晩課の楽曲だけを収録しています。だからグレゴリオ聖歌のアンティフォナを挿入したり、特定の聖母の祝祭日を念頭に置いて構成するということはしていません。また当然ミサ曲も収録していません。ただ、解説によると音程についての考察、移調の可能性の分析がなされています(専門的なので引用もしない)。
15 7月

ヴェルディのレクイエム パッパーノ、聖チェチーリアNO

1807z15ヴェルディ レクイエム

アントニオ・パッパーノ 指揮
ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団
ローマ聖チェチーリア国立音楽院合唱団(合唱指揮アンドレス・マスペロ)

アニヤ・ハルテロス(S)
ソニア・ガナッシ(Ms)
ロランド・ヴィラゾン(T)
レネ・パーぺ(Bs)

(2009年1月8-13日 ローマ,アウディトリウム・パルコ・デラ・ムジカ、サラ・サンタ・チェチーリア ライヴ録音 EMI)

 これは2009年にローマでライヴ録音されたパッパーノ指揮のヴェルディ、レクイエムです。パッパーノは2005年からローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団の音楽監督を務めているので録音当時は就任から四期目くらいだったはずです。聴いた印象はオーケストラ、コーラス共に素晴らしくて、「怒りの日」を含む続唱はかなり劇的なのに一糸乱れずといった整然さです。ただ、録音レベルの加減で第1曲目の冒頭部分がかなり音量を上げていなければどこで歌い出したかききとり難い状態なので、その音量のまま続唱に入ると音の大きさに驚かされます。そういう録音ですがCD2枚目、
特にリベラ・メ(Libera me)が感動的です。

 独唱者はメゾ・ソプラノのガナッシ以外はイタリア語ネイティヴではなく、ソプラノのハルテロスとバスのパーペはワーグナー作品でお馴染み、テノールのヴィラゾンはメキシコ出身らしいのでスペイン語圏です。国際化の現代を反映した独唱者陣ですが、歌唱を聴いていても発音がどうとかは気が付きません。ラテン語歌詞の教会音楽はドイツ語圏なりフランス圏でも作られ、演奏されていますがラテン語発音には特徴があるようです(日本人が話す英語に特徴があるとかと同じ)。そういえば2012年録音のバレンボイム指揮のスカラ座盤でもハルテロスとパーペが独唱者で、テノールまでドイツ語圏のヨナス・カウフマンでした。

 三大交響曲、三大オラトリオというのと同様に、三大レクイエムという分類があるようで(前二者もあまりそんな呼び方は聞かない)、ヴェルディのレクイエムはその三大レクイエムの一つでした。個人的には他の二つのレクイエム、モーツァルトとフォーレのレクイエムに比べて聴く頻度が低い、レクイエムらしくないと思っていましたが、ブログを始めてから段々好きになってきました。この曲のレコードを最初に買ったのは中学生くらいの頃で、磔刑のキリストの写真が使われたアバドのDG盤を店頭で探して(ジャケ買い衝動)見つからず、かわりに布張りの箱に入ったカラヤンのDG盤にしてそれを購入しました。

 そのカラヤンのレコードも劇的でフォーレのレクイエムの対極でしたが、無伴奏のコーラス部分が特に魅力的だったのを覚えています。その豪華な装丁のレコードもCD化後はブルックナーの「テ・デウム」とカップリングされた二枚組の廉価盤となっていました。今回のパッパーノ盤はレーベルも録音環境も違うものの、カラヤン盤程はどぎつい印象ではないと思います。
2 7月

バッハのマタイ受難曲 ガーディナー/1984年

1807z02J.S.バッハ マタイ受難曲 BWV.244

ジョン・エリオット・ガーディナー 指揮
イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
モンテヴェルディ合唱団
ロンドン・オラトリー少年合唱団(合唱指揮:パトリック・ラッシル)

福音史家:アントニー・ロルフ・ジョンソン(T)
キリスト:アンドレアス・シュミット(Br)
バーバラ・ボニー(S)
ピラトの妻:アン・モノイオス(S)
アンネ・ソフィー・フォン・オッター(A)
証人:マイケル・チャンス(CT)
証人:ハワード・クルーク(CT)
ピラト/ペテロ/第1の祭司長:オラフ・ベーア(Br)
ユダ/大祭司/第2の祭司長:コルネリウス・ハウプトマン(Bs)
下女:ジル・ロス、ルース・ホールトン(S)

(1988年4月 録音 Ar)

  先週かそれ以前に twitter の画面を見ていると何度かリツイートされたものが目にとまりました。それは、健康保険制度のおかげで個人負担の診療費が低額で済んでいること、高齢者は一割負担であるけれど当たり前のことと思っているのではないかという趣旨でした。一例として高齢の患者が処方された薬が気に入らないと便所に捨てているのを医師からたしなめられたと書いてあり、その延長で横暴な老人は「生きていることの罪悪感」を感じていないとも書いてありました。実際、故意に便所に捨てるのは論外としても処方された薬の何割かが無駄になっている、或いは本来不要なものが処方されていることはあるはずです。しかし、その問題と「生きていることの罪悪感」というのは別の問題ではないかとどうもひっかかりました。その優性保護的価値観によれば、さしずめ福音書の記事に出て来る「長年婦人病にかかって財産を使い果たした女」なんかは世の中に貢献していないから大いに罪悪感を自覚せよということになることでしょう。実際、福音書の中では彼女は群衆にまぎれてこっそりとイエズス一行に近づいて、気付かれないようにイエズスの衣に触れたわけでした。

 受難曲の中にはその箇所は出て来ないので想像するのみですが、ゴルゴダの十字架を見守る人間の中に彼女や同じような経験をした(癒されたり、言葉をかけられたり)人間が居たかもしれません。そういうことを考えるとバッハの、特にマタイ受難曲は色々と広がりを感じさせる作品だと思います。今年は四旬節の頃に受難曲を聴いていなかったので今ごろになって欠乏症的にこの作品を思い出します。

 これはガーディナーと自身のアンサンブルらによるバッハの大作の第四弾にあたる録音でした(ロ短調ミサ:1985年、ヨハネ受難曲:1986年、クリスマス・オラトリオ:1987年)。これ以降にカンタータを録音し出したのでガーディナーのバッハ演奏、録音の区切りになったものと言えそうです。かなり入念なセッション録音のようで各アリアを歌う独唱者が下記のように明記され、通奏低音の奏者名まで冊子に載っていました。

第8,48,49番:アン・モノイオス(S)
第12,13,27番:バーバラ・ボニー(S)
第5,6,30,51,52番:アンネ・ソフィー・フォン・オッター(A)
第27,39,59,60番:マイケル・チャンス(CT)
第19,20,34,35番:ハワード・クルーク(CT)
第22,23,56,57番:オラフ・ベーア(Br)
第42,64,65番:コルネリウス・ハウプトマン(Bs)

 アルヒーフ・レーベルはガーディナーをリヒターの後継者的な演奏者と位置付けていたそうで、バッハの宗教曲が立て続けに出た当時は個人的にあまり感心しませんでした。クリスマス・オラトリオはFMで12月24日に放送されたこともあり、はつらつとした演奏なので作品にふさわしいと思いましたが受難曲はどうかと微妙な印象でした。しかし今聴いていると別に違和感がなく、冒頭の合唱なんかはいかにも速いテンポとは思うものの、既にこれより軽快だったり刺激的な演奏もあったので穏健とさえ思えます。それに軽快で明晰な響きなのに、それと同時に旧いスタイルの演奏に通じるようなロマン派的なものも同居しているようでもあり、不思議な印象です。
13 6月

聖堂開基祭のミサ ミュンスターシュバルツァハ修道院聖歌隊

180613グレゴリオ聖歌~教会堂開基祭のミサ

ゴーデハルト・ヨッピヒ神父 指揮
ミュンスターシュバルツァハ修道院聖歌隊

①イントロイトゥス「ここは、なんと畏れ多い場所だろう」
②キリエ 第14番
③グローリア第14番
④グラドゥアーレ「この所をつくりたもうたのは」
⑤アレルヤ「聖なる神殿に向かって」
⑥オッフェルトリウム「わたしは正しい心をもって」
⑦サンクトゥス第14番
⑧アニュス・デイ第14番
⑨コンムニオ「わが家は祈りの家と呼ばれるべきである」

(1981年1月,6月、1982年1月 ミュンスターシュバルツァハ 録音 Archiv)

 「巡礼橋」という小さな橋、いちいち名前が付いているのも不思議なくらいの橋が宇治市内の北部の住宅地域にあります。弥陀次郎川という細い川(何年か前堤防が決壊した被害が出たので決して侮れる川じゃない)の上を通る市道の橋で、その道も含むのかどうか分かりませんが「頼政道」という古道もあり、巡礼橋もそれに関わるものなのか、あるいは西国三十三カ所の札所の寺が南方にあるのでそこへ向かう道という意味
かもしれません。それにしても巡礼と言えば告解してからの償い、免償に関わることと思っていたら段々そんな堅苦しい巡礼が減ってきたのかどうか、言葉自体もあまり目にしない気がします。

 このCDは多数あるヨッピヒ神父とミュンスターシュバルツァハ修道院聖歌隊によるグレゴリオ聖歌の録音から、「教会堂開基祭のミサ」と「聖母被昇天」の固有文聖歌を中心に集めたものです。今回は前者を聴きました(全然別の機会なので一応分けました)。「教会堂開基祭」という用語は見慣れないもので同じ聖歌の構成のレコード、CDで「献堂式」と銘打たれたものもありました。過去記事ではフランスのフォンゴンボー・ノートルダム修道院聖歌隊のCD(「グレゴリオ聖歌 その伝統の地を訪ねて」の中の一つ)を取り上げていましたが、それは「ソレーム唱法(定量リズム)」による歌唱だったのに対して今回のものはミュンスターシュバルツァハ修道院に伝わる唱法(ソレームではない計量リズム)で歌っています。

 とりあえず聴いた印象では空中に浮遊するように響くフォンゴンボー・ノートルダム修道院聖歌隊の歌に対して、もっと力強く規律的?な印象を受けます。ソレーム唱法とは違うとしても極端に別な唱法とかグレゴリオ聖歌と違う聖歌だと間違う程ではないので、ミュンスターシュバルツァハ修道院の聖歌歌唱も独特だと思います。「グレゴリオ聖歌 その伝統の地を訪ねて」に収録された歌唱法の中にはもっと歌唱、演奏効果の違いが顕著なものもありました。

 曲目の内で「固有文」は両者で同じ聖歌のようですが、ミサの通常文は今回は第14番を使っているのでその点でも印象が違います。現代の典礼では特に教区の教会ならグレゴリオ聖歌は滅多に聴く機会は無く、通常文の第14番にしろ第12番もどういう機会に充てられるのか全然分かりません。それから「教会堂開基祭」と「献堂式」はどう違うのかも同様によく分かりません。ただ、後者は新規に建設、或いは再建されてこれから聖堂としてささげるという機会のように読め、前者は新築後も周年行事的に行うことも含むように読めます。

 教会堂開基祭の固有文と通常分を組み合わせているものの、開基祭のミサそのものを再現するまでには至っていないので、どこかの聖堂で実際に開基祭ミサが行われたらどういう具合なのか今一つイメージできないのはやむを得ないところです。ちなみに新たに司祭になる叙階式の場合は「五体投地」と言うらしい、聖堂の床に体を投げだして横たわる動作をしたり、聖木曜日の「主の晩餐のミサ」なら洗足式があったりします。
31 5月

バッハのヨハネ受難曲 ヘルマン・マックス/1990年

1805z31J.S.バッハヨハネ受難曲 BWV.245

ヘルマン・マックス指揮
ライニッシェ・カントライ
ダス・クライネ・コンツェルト

福音書記者:クリストフ・プレガルディエン(T)
キリスト:ハンス=ゲオルク・ヴィンマー(Bs)
マルティナ・リンス(S)
ドロテア・レシュマン(S)
ラルフ・ポプケン(CT)
アリア:マルクス・ブルッチャー(T)
アリア:ゴットホルト・シュヴァルツ(Bs)

(1990年3月26-29日 ヴッパダール・バルメン,インマヌエル教会 録音 Capriccio)

1805z31a こちらの「続~」のブログは先月に続いて今日で終わる五月も一回だけの更新になりました。典礼暦では四旬節も復活節も終わるこの時期にバッハの受難曲のCDです。これはヘルマン・マックスが1990年に自身のアンサンブルと録音したもので、バッハの生前、1749年に演奏された記録に基づく稿を採用しています(表記によると同稿による初の録音らしい)。通常の全集稿と比べれば第2稿程の違いはありませんが、とりあえず冒頭から通奏低音でチェンバロが盛大に鳴っているのが特徴の一つです。好みとしては合唱、福音書の記者、キリストの歌うところはチェンバロは無しでオルガンのみが好ましいと思っていますが、この録音の場合はチェンバロの音があまり甲高く聴こえず心地良いとさえ思う箇所もありました。

1805z31b 特に目立つのがライニッシェ・カントライが歌う合唱部分です。アリアを歌う一部の独唱者も参加する各パート4名(バスが1名多い)全17名なので多くは無く、古楽系のアンサンブルなら普通くらいですが、コラールといいその他の合唱部分も緊密で乱れのないコーラスが圧倒的です。器楽の方はなめらかで、楽器の音色はともかくちょっと聴いただけでは古楽アンサンブルではないように錯覚しかねない演奏です。オルガンとチェンバロは一台ずつ、また、リュートは含んでいません(1749年稿は含まないらしい)。

 独唱者の中では福音書記者のプレガルディエンが素晴らしく、声質は違っても時にペーター・シュライアーのように激しく歌い、全体を通じて緊張感が保たれつつ潤いのある音楽になっています。あとはカウンター・テナーのラルフ・ポプケンが受難曲らしさを終始保っていて、女声よりも効果的だと思いました。

 ヘルマン・マックスはネット上であまり詳しい情報が見つかりませんが、テレマンのスペシャリストだという紹介があり、何種かの録音が出ています。何故テレマンなのか?とか色々疑問も残りますが、これだけの内容の割に日本では地味な扱いだったのが不思議に思いました。過去記事のマタイに続いてヨハネを聴いてみて、このスタイルなら受難曲よりもロ短調ミサやラテン語歌詞のキリエ(キリエはギリシャ語)とグロリアの方がよりぴったり来ると思いました。
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