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続・今でもしぶとく聴いてます

17 11月

フォーレのレクイエム ポップ、デイヴィス、PO/1977年

1711z17フォーレ レクィエムop.48

アンドリュー・デイヴィス 指揮
フィルハーモニア管弦楽団
アンブロジアン・シンガーズ

ルチア・ポップ(S)
ジークムント・ニムスゲルン(Bs)

(1977年7月18-20日 ロンドン,オール・セインツ教会 録音 SONY)

 先日書店で「七十人訳聖書 モーセ五書」の文庫版が並んでいました。注解が多いためか文庫にしてはかなりの厚さでした。基本的に教会で使うための仕様ではないとしても興味深いものがあり、聖地に行かないまでも当時の息吹の一端に触れられそうな気がします(日本語訳で原文の表現が現わせているのか分からないけれど)。「これほど多くの証人に雲のように囲まれているのですから- ヘブライ人への手紙12章1節(フランシスコ会訳)」という新約聖書の使徒書簡の言葉は、こんな具合に古い翻訳、写本の存在を知ると特に思い起こされて勇気付けられる気がします。

 フォーレのレクイエムと言えば有名な三曲のレクイエム(三大レクイエムという呼称は今でもあるのかどうか)の中でも特に人気が高いようで、身近なところでも宗教曲が好きでない人でもフォーレだったら聴けるという人がいました。四曲目のピエ・イエズスは独唱にボーイ・ソプラノを起用する演奏があったり、そういう方向の演奏も日本では好まれるようでした。しかしこの少し古いセッション録音のフォーレ、レクイエムはそういうタイプとは違って冒頭から「えっ?」と思うくらい骨太というか、力強い演奏なので戸惑いました。モーツァルトのレクイエムと似ているように聴こえ、情熱的で亡き人を黄泉へは連れていかせないぞという闘志のようなものさえ感じられます。

 フォーレのレクイエムには本来死者ミサの典礼文にある「怒りの日」を含む続唱はありませんが、その続唱の歌詞には「わたしを捜して疲れはて」という意味の箇所があり、キリストが地上に降りて十字架にかかってまで滅びから救おうという熱意が表現されています。だからレクイエムも単に静謐な音楽というだけではないと考えられます。そうだとすればこういうフォーレのレクイエムも十分有り得ると言えそうです。

 この録音、ソプラノ独唱は昨日が命日だったスロヴァキア出身のルチア・ポップがで、実はそれが目的でこのCDを買っていました。しかし紛らわしいことに七年後の1984年に、今度はコリン・デイヴィス指揮のシュターツカペレ・ドレスデンとライプチヒ放送合唱団の録音でも彼女が独唱していて、それと混同勘違いしていました。廉価盤なので表記が小さく箱の下にあり、解説も写真も無いので開封するまで気が付きません。どちらの録音もフォーレのレクイエムの代表的なレコード、CDと言う程の評判ではないようですがポップの独唱共々味わい深いものです。
2 11月

シャルパンティエ 死者たちのための8声部のミサ 

171102bシャルパンティエ 死者たちのための8声部のミサ H.2を中心に構成した「死者のための大典礼 」~ジョン.S.パウエルの構成による

ウィリアム・クリスティ 指揮
レザール・フロリサン 

 死者たちのための8声部のミサ H.2 キリエ 
14.主よ、憐れみたまえ
15.キリスト、憐れみたまえ
16.主よ、憐れみたまえ
 ~死者たちの祈り(怒りの日) H.12 続唱(セクエンティア)  
17.プレリュード-怒りの日
18.喇叭が轟き、不思議な音がひびきわたる
19.死せる者たちも、生を営む者たちも、続々
20.一冊の書が持って来られる
21.公正に報いを定める裁きでも
22.わたしは祈ります、哀願してひざまずきます 
 死者たちのための8声部のミサ H.2 サンクトゥス
23.聖なるかな
24.慈しみ深きイエス
25.祝福あれ
 ~死者たちに捧ぐ8声部のモテ H.311(煉獄にいる魂たちの嘆き)  
26.プレリュード-わたしを憐れんでください
27.ああ、わたしの主であらせられるかた
28.リトルネッロ-ああ!わたしはあまりにもひどく傷つけられました
29.プレリュード-わたしを憐れんでください 
 死者たちのための8声部のミサ H.2 アニュス・デイ
30.神の仔羊 

(2004年9月14-15日 パリ,シティ・ド・ラ・ミュジック 録音 ERATO/ワーナー)

171102a 11月2日は「万霊節」、「死者の日」としてキリスト教の典礼暦では「全ての死者の魂に祈りをささげる日」となっています。前日の「万聖節」、諸聖人の日とあわせて何となく日本の盆のような感じに見えますが教派や国によって位置付け、習慣は違うのでしょう。とりあえず日本にあっては全然目立たず、近年は都会を中心に諸聖人の日の前日の風習であるハロウィンが市民権を得てきたくらいです。しかし、時々この日以外でもミサの際に特定の故人をおぼえて祈るという時があり、依頼した御遺族が参列していることがあるので「死者の日」が自然とイメージでき、この「死者の日」のおかげもあって教会の中では「無縁仏」という感覚がしないようで心強い気がしています。

 これはウィリアム・クリスティとレザール・フロリザンによるマルカントワーヌ・シャルパンティエの作品集で、テ・デウムと死者のための8声部のミサを中心に死者ミサで使うであろう(可能性がある、使っても不思議じゃない)楽曲を集めて構成した「死者のための大典礼」を収録しています。歴史的にこういう楽曲の配列で演奏された記録があるわけでなく、シャルパンティエが書いた11篇のミサ曲中で死者のためのミサが3編あることからレクイエムに相当する内容を構成することを試みたという企画です。そもそも8声部のミサをはじめ「死者たちの祈り(怒りの日)」も作曲経緯が伝わっていないので、こういうかたちで演奏すると何らかのものが浮かびあがるかもという期待もあります。

 バッハやヘンデルより四十年くらい年長のシャルパンティエは、パリ近郊で生まれて若い頃はローマで絵と音楽を学び、20代後半にフランスに戻りました。どういう作風かとはなかなか言葉では言い難いものですが、「怒りの日」を聴いているとモンテヴェルディのヴェネチア時代の作品を寒色系に塗り替えて壮麗にした感じのように思えます。また、シュッツやビクトリアの葬儀に関わる作品よりも大人しい感じで独特の印象です(これがフランスバロックか)。

 死というとはるか向こうの方からやって来るものと、つい思いがちですが砂浜の波打ち際を海、波がくるぎりぎりのところに沿って歩いているようなもので、ある日、その日に波にもって行かれる、そんなもののようにも思えます。
30 10月

J.Sバッハのヨハネ受難曲 ドンブレヒト、イル・フォンダメント

1710z29aJ.S.バッハ ヨハネ受難曲 BWV.245(1739年版による)

パウル・ドンブレヒト 指揮
イル・フォンダメント

福音史家:イーアン・ハニーマン(T)
キリスト:ヴェルナー・ファン・メヘレン(Br)
グレタ・ド・レイヘール(S)
スティーヴ・ドゥガーディン(CT)
スチュアート・パターソン(T)
ディルク・シュネリングス(Bs)

(1996年4月 ベルギー,シントトライデン,ベギン会修道院教会 ライヴ録音 Passacaille)

1710z29b このヨハネ受難曲は2010年頃に日本語訳解説を付けて発売されたものですが、録音自体は1996年4月なので国内盤でも再発売だったかもしれません。総指揮のパウル・ドンブレヒトはバロック・オーボエ奏者としてブリュッヘンやレオンハルトと共演していました。イル・フォンダメントは1989年にブリュッセルで結成された古楽アンサンブルです。ドンブレヒトは創設時から音楽監督を務め、18世紀の作曲家をレパートリーの中心として近年はバッハの受難曲、ヘンデルのオラトリオにも取り組んでいます(と言われてもCDを見たことがない)。

 CDの帯かどこかに隠れた名演と書いてあったように、単に古楽器による正統的な演奏ということを前面に出すのでなく、劇的でまさに受難曲そのものといった迫真の演奏になっています。そう感じさせるのは福音書記者のハニーマンの歌唱が際立っているからで、ペーター・シュライアー(例えばヘルムート・リリングの旧録音)を少し穏健にしたような激しい表現には惹かれます。一曲目の合唱は悲痛で一気に福音書の受難記事に引き込む激しさですが、コラール等の合唱はおとなしめになっています。

 コーラスはソプラノ5人、アルト、テノール、バスは各4人の計17人、それ以外の独唱が7人という編成です(コーラスと兼ねる独唱歌手は除いて7人)。冒頭の合唱や福音書記者の朗唱時にはチェンバロの音は聴こえず、オルガンが前面に出ています。通奏低音はそのように聴こえる通りで、オルガン、チェロ、ヴィオローネとテオルボの編成です。

1710z29 なお、ヨハネ受難曲はバッハの生前に四度演奏されたのが確認されています。1724年4月7日の聖金曜日が初演、翌年1725年3月30日の聖金曜日に再演された際に改訂され、これが第2稿であり近年録音が増えています。1732年の三度目の演奏時には初演稿に戻る改訂が加えられ、1749年の聖金曜日に四度目の演奏が行われてこれが第4稿とされています。四度目の演奏の前、1739年の聖金曜日にも演奏される予定だったのが市側からの要請で中止となり、この時の演奏に向けての改訂も中断することになりました。この録音はこの1739年時の改訂を中心にしたと銘打たれています。
1 10月

歌謡ミサ:ジョスカン・デ・プレのミサ曲全集6 V.E.カペラ

1710z01ジョスカン・デ・プレ ミサ「ラミ・ボーディション」ミサ「ビスケーの娘」

ヴォーカル・アンサンブル カペラ
音楽監督:花井哲郎
superius:花井尚美、安邨尚美
contratenor:青木洋也、望月裕央
tenor:及川豊、根岸一郎
bassus:櫻井元希、花井哲郎

(2012年11月12日-16日 北海道,中札内村,北の大地美術館 録音 レグルス)

 ヴォーカル・アンサンブル カペラが2021年のジョスカン没後500年に向けて進めているジョスカン・デ・プレ(Josquin Des Prez  1450年/1455年? - 1521年8月27日)のミサ曲第6集が今年七月に発売されました。既に全曲の録音が一旦完成したという情報が前作品のリリース時にあったので、第6集が出るのを待っていましたが発売されたのを見落としていました。2021年時に第10集を発売して完結するような配分で、正直この企画で初めて耳にする曲の方が多いので完結が楽しみです。タリス・スコラーズも全集化するようですがかなり以前の録音も含まれていて、いつ完結するか等の情報は未確認です。

 今回の二曲もこのCDで題名も含めて初めての作品で、聴いてみると別の作曲家の曲だとして聴かされても多分疑問がわかないだろうと思いました。このシリーズには日本語解説(このジャンルでは特に貴重)が付いていて、それによると元来ジョスカンの作曲かどうか疑いもあったミサ曲のようです。それぞれが「友、ボーディションさん」、「ビスケーの娘」という俗謡の旋律を定旋律として作曲されています。どちらもミサ聖祭にはふさわしいとは言えない歌のメロディーを使っているというわけですが、俗謡が使われるのはデュファイとか他の作曲家のミサ曲にもあったはずです。

 ミサ「ラミ・ボーディション」の方は全曲を通じてテノール声部がその俗謡「友、ボーディションさん」のシンプルなメロディを歌うという徹底した構造になっています。二曲ともが1505年にイタリアで出版されたジョスカンのミサ曲集の第二巻に含まれ、これらが真作だとすれば若い頃の作品だろうと考えられていました。一般人はジョスカン・デ・プレといえばミサ・パンジェ・リングァがまず頭に浮かぶので、その壮麗な響きからすれば確かに簡素で、かなり印象が違います。CD付属冊子の解説はかなり詳しいので要約も容易でなく、これくらいに留めます(内容を消化するのに時間も必要)。

 録音している会場は北海道の中札内村にある「北の大地美術館」でしたが、ここで集中して録音しているので残りの第7集以降も同じのようです。毎回思うのですが、古楽の教会音楽のジャンルのCDでもカペラのような歌唱と響き方は他に思い当たらず、会場の広さや容積か天井高の具合なのか、とにかく独特の美しさだと感心します。石材に反響する硬い感じとは違い、木材に当たって反響する感触、電灯じゃなく燭台の照明のようなぬくもりを感じます。
18 9月

ベートーベン ミサ・ソレムニス ヨッフム、ACO

170918zaベートーヴェン ミサ・ソレムニス ニ長調 作品123

オイゲン・ヨッフム 指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
オランダ放送合唱団

アグネス・ギーベル:S
マルガ・ヘフゲン:A
エルンスト・ヘフリガー:T
カール・リッダーブッシュ:Bs

(1970年9月 アムステルダム,コンセルトヘボウ 録音 旧Philips)

170918zb このCDは旧フィリップスのレコードをタワー・レコードの企画によって復刻したものでパッケージにはDECCAのロゴが付いています。これ以前にCD化されたことはあったかもしれませんが、企画の対象になったからにはある程度日陰の存在の音源だったということでしょう。ヨッフムと言えばブルックナーやワーグナーといったロマン派の作品だけでなく、バッハの四大宗教曲全部を録音していることでも有名でした。このミサ・ソレムニスの独唱者の三人、ヘフリガー、ギーベル、ヘフゲンはリヒターのバッハ録音の常連でもありました。1970年頃ならまだカンタータを録音していたはずです。

 そういうレパートリーなのでミサ・ソレムニスを録音しているのは当然ですが、オーケストラがアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団というのがちょっと意外です。バイエルン・放送交響楽団をはじめ共演しているドイツのオーケストラは他にもあるのでこれはフィリップス・レーベルの意向かもしれません。

 実際に聴いていると柳腰と言う程じゃなくても全体的に柔軟で、クレンペラーのLPに代表されるこの曲らしさからは離れるとしても、逆にミサ曲らしい香気が漂うのが魅力です。ただ、録音年代がある程度古いからか、コーラスの人数が多いからか歌詞カードを見ながら聴いていてもどうも聴き取り難いと思いました。ネイティヴといっても今ではラテン語が公用語の国は無く、カトリック教会もその土地の母国語でする方が増えているので、この歌唱が歌詞の聴こえ難いものなのかどうかどこからも苦情は出ないかもしれません(元々ラテン語も国、地域によって訛りはあるので)。ヨッフムはバイエルンのバーベンハウゼンの生まれながら元々はプロテスタントだったらしく、後にカトリックに改宗したそうです。結婚が契機だったのか、信仰的にそうしたのか詳しい事情は未確認ながら、レパートリーに教会音楽の大作が多数含まれるのであるいはこだわりがあったのかもしれません。

 ベートーヴェンのミサ・ソレムニスは全曲を連続演奏してCD一枚に収まるかどうかの時間、80分前後になるので、仮にこれをミサの中で使うとすればそのミサはかなりの長時間になります。キリエだけで10分くらいかかるので大変なことになりそうですが、元々この作品は典礼音楽の枠組みを超えるような、規模だけでなく内容も何事かが含まれているような凄みがありました。そう思いつつ長年宗教音楽らしくないとして敬遠してきましたが、ここ数年ベートーベンのミサ・ソレムニスもやっぱりミサ、典礼の音楽という面もあるように思えて以前よりも作品に親近感が増しています。このCDも親しみやすいものだと思いました。
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