raimund

続・今でもしぶとく聴いてます

2010年05月

29 5月

パレストリーナ・聖母のミサ モンセラート修道院聖歌隊

パレストリーナ(ジョバンニ・ピエルルイージ・ダ・パレストリーナ) 作曲

Missa ”de beata virgine ”(祝福された聖母マリアのミサ) ~6声部

 モンセラート修道院聖歌隊(Escolania de Montserrat)  1994年5月モンセラートで録音

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 何とかの三杯汁とか、意味は違いますが居候が遠慮がちにそっとおかわりの椀を出すのは3杯目でしたでしょうか、今回で聖母マリアにちなんだ古楽が3日続くことになりました。本日のCDはバルセロナのあるカタルーニャ地方のモンセラート山、そこに986年に設立されたサンタ・マリア・モンセラート修道院(ベネディクト会)の聖歌隊による演奏です。この聖歌隊はメディア的にはウィーン等に比べ地味ですが、13世紀には既に活動している伝統ある聖歌隊です。来日して演奏したこともあり、ビクトリアやモンテヴェルディの作品をはじめ多数の録音を残しています。またアルヒーフから出ていました「グレゴリオ聖歌 その伝統の地を訪ねて」というシリーズでも取り上げられています。グレゴリオ聖歌の方は基本的にはソレーム唱法に基づいているとのことで、ローカル色を前面に出してはいないようです。修道院のあるモンセラート山の岩がむき出しの写真を見るにつけ、日本の見慣れた山とはだいぶ違う景観です。

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 パレストリーナ作曲のミサといえば「教皇マルチェルスのミサ」が特に有名ですが、実際は他にも多数ミサ曲を作曲していて、100曲近くはあると解説してあります。パレストリーナ1525‐1594年)はルネサンス期最後の大作曲家で、おおざっぱに古楽と呼ばれる分類の中では、特にこのジャンルに思い入れがなくても聴き易く美しい作風だと思います。パレストリーナの次の世代がモンテヴェルディということになり、オペラのスタイルが形作られる時代になります。よく音楽の父とか、歌曲王とか学習用の称号が用意されますが、パレストリーナも何らかの名誉ある称号を与えられてもおかしくない人です。パレストリーナは、ルネサンス音楽の末期にありながらヴェネチアの音楽界とは異なり、無伴奏の多声音楽のスタイルをほぼ貫きました。ローマ近郊で生まれ、ローマで活動したためでもあったでしょうが、保守的なスタイルとも言え、その点ではバッハにも似ています。

 パレストリーナのミサ曲ならタリススコラーズの名唱の録音や、イギリスのウェストミンスター大聖堂聖歌隊(イギリスなのでアングリカンチャーチかと思ってしまいますがれっきとしたカトリック教会)の録音もあり、また上記の「教皇マルチェルスのミサ」の回の、レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊による録音もあり、今ではかなりの数に及んでいます。今回のモンセラート修道院聖歌隊の歌は、ややくすんだような地味な歌声にきこえます。同じような環境にあるレーゲンスブルクの歌声は、曲目が違いますが、キラキラと陽の光が降り注ぐような聴いているだけで自分も光に照らされるような感覚になるもので、かなり印象が異なります。方針、歌い方等、どこをどう指導しているのかは分かりませんが、非常に興味深いものがあります。

 グレゴリオ聖歌はネウマ譜によって記録されていましたが、その記譜だけでは実際に当時にどんな風に歌われていたのか詳細は分からず、19世紀のグレゴリオ聖歌復興研究の過程でフランスのソレーム修道院(これもモンセラート修道院と同じくベネディクト会)がまとめた「ソレーム唱法」が一応公認の歌い方になっています。モンセラート修道院聖歌隊もそれを踏襲しつつ、『歌詞に重点を置いたリズム解釈がなされ、きびきびした、躍動感あふれるもの』(「グレゴリオ聖歌 その伝統の地を訪ねて」 の解説より)という特徴ある歌い方を実践しています。ほうぼうの解説ではそのように書かれているのですが、このCDではきびきびした、という性質がちょっと弱いように感じられました。

  朝の通勤時間帯は車の中でAMラジオの外国語講座も聞くことがあります。7:15からはハングル講座、以後15分刻みでフランス、イタリア、スペイン、中国と続きます。寝坊しても、スペイン語講座の始まる8時には車の中に居るため、スペイン語講座は最もよく聞いています(全く覚えられない)。上達はしなくても、スペインの生活の様子等が分かり面白い番組です。スペイン語はネイティブの女性出演者がきれいで、昔からTVの方も時々見ていました。ビクトリアの曲や今回のようなCDを聴くにつけ、スペインに長期滞在してみたいと思えてきます。

28 5月

聖母マリアの晩課 東京・マリア大聖堂でのライブ

モンテヴェルディ 聖母マリアの晩課

濱田芳通 指揮 アントネッロ、ラ・ヴォーチェ・オルフィカ

(2007年6月1日 カトリック関口教会・聖マリア大聖堂でのライブ録音)

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 昨日のマショー作曲のミサ曲も聖母マリアに奉げられた聖堂にまつわる作品でしたが、今回も演奏場所が東京、関口の聖マリア聖堂のCDです。五月の金曜はモンテヴェルディの「聖母マリアの晩課」を連続してピックアップしてきましたが、今回が最終回とします。あらためて聴いてみると本当にいい曲で、何かと様々の場面で癒しという言葉が使われる昨今ですが、この曲を聴いていると、そういう効果というのはあるものだとしみじみ思えてきます。

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 濱田芳通氏は日本を代表するリコーダー奏者で、近代日本の音楽家一族とも言える家系の出身です。既に有名ですが、アントネッロが器楽アンサンブルで、ラ・ヴォーチェ・オルフィカが声楽アンサンブルです。このCDは2007年の「目白バロック音楽祭2007」のオープニングコンサートの録音で、カトリック東京教区の司教座聖堂である関口教会の聖マリア大聖堂で行われました。この場所は、朝比奈隆のブルックナー作品の録音にもしばしば登場しています。空襲により焼失した聖堂を戦後、ケルン大司教区の援助もあおぎ建築されました。丹下健三の設計です。西欧観光で訪れる聖堂のイメージとはかなり異なります。

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 このCDの演奏は、最初にオルガン独奏(タルクイニオ・メールラ:第2旋法のトッカータ)が演奏されます。また、前回のコルボの再録音盤と同じく、詩篇歌の前にグレゴリオ聖歌のアンティフォナを歌っています。それに、濱田氏がリコーダー奏者で器楽がメインのアルバムも出していることもあり、この演奏でもアントネッロの活躍が目立ち華やかにきこえます。オルガン独奏が終わった冒頭で、晩課というより何かの祭典の始まりという雰囲気でしたが、後続の曲では一日の終わりの聖務日課の雰囲気も漂い不思議な世界にきこえました。昨日のヴォーカル・アンサンブル カペラも同じく日本の団体ですが、志向する演奏が異なり、少人数で典礼の音楽世界の再現に傾斜していました。作品の時代も作曲背景も異なりますが、このモンテヴェルディの録音は、もっと自由に現代日本の立場から表現しているように思え、面白く聴けました。ただ、とくに独唱が何となく晩課とかそういう枠を超えるようにも思えました。

 今回のラ・ヴォーチェ・オルフィカ、昨日のヴォーカル・アンサンブル カペラの双方ホームページがあり、活動等が紹介されています。 

  度々聖母の祝日という言葉を使っていますが、ちなみに現代のカトリック教会の「聖母マリアの祝日」は次の通りです。実際のところ、クリスマス級に祝われるのは8月15日・聖母の被昇天くらいです。したがって、モンテヴェルディの聖母晩課の演奏で、詩篇歌の前にグレゴリオ聖歌のアンティフォナを前置して歌う場合、聖母の被昇天を想定してこの大祝日用のアンティフォナを用いることが大半です。

1月1日:神の母聖マリア、2月2日:主の奉献(聖マリアの御きよめ)、3月25日:神のお告げ、5月31日:聖母の訪問、(聖霊降臨主日後第二主日後の土曜日):聖母のみこころ、8月15日:聖母の被昇天、8月22日:天の元后聖マリア、、9月8日:聖マリアの誕生、9月15日:悲しみの聖母、10月7日:ロザリオの聖母、11月21日:聖マリアの奉献、12月8日:無原罪の聖マリア

 古くはもう少し多く、例えば「7月16日 カルメル山の聖母」等。これが東方教会の正教会、それ以外の教会ではまた違って(暦も)きます。西方教会でもプロテスタントならかなり異なります。

27 5月

日本で録音した聖母マリアのミサ/マショー

ギョーム・ド・マショー 作曲 「聖母マリアのミサ( Missade beata virgine Maria )」

 ヴォーカル・アンサンブル カペラ ~音楽監督 花井哲郎 

 triplum: 花井尚美、本保尚子、  motetusu: 青木洋也、望月博之

  contratenor: 及川豊、根岸一郎、  tenor: 小酒井貴朗、花井哲郎

(2006年録音 東京・大久保 淀橋教会)

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 ギョーム・ド・マショーのノートル・ダム・ミサと言えば、音楽史・古楽のレコードではペロティヌスやレオニヌスの次に登場する作曲家と作品としてけっこう有名です。一人の作曲家がミサ曲を作る場合の多くは、キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス(含ベネディクトゥス)、アニュス・デイをまとめて一作品に(通作)しています。この曲はその通作ミサの最も古い曲で、1360年頃に作られたと考えられています。作曲者のマショーは北フランスのランス大聖堂の参事会員を勤めていたので、その聖堂で歌われた曲なのでしょう。ノートル・ダムとはフランス語で「我々の貴婦人」という意味で、聖母マリアのことを指し、フランスのパリ、ランス、シャルトル、アミアン等各地に聖母マリアに奉げられた「ノートル・ダム 教会、聖堂」が見られます。ノートル・ダム・ミサ曲は同様に、聖母マリアのためのミサ曲という意味になります。

 マショーは、ノートル・ダム・ミサでは通常の通作ミサの5(6)曲に加えて、閉祭唱も作曲しています。このCDの演奏では、さらにマショーの他の作品やグレゴリオ聖歌を加えて演奏し、聖母マリアの祝日に、この曲でミサがランス大聖堂で行われたらこうなる、という形式により近い演奏を試みています。

1:入祭唱「めでたし、聖なる産みの母」 ~グレゴリオ聖歌

2:キリエ ,3:グロリア

4:アレルヤ唱「栄あるおとめの御誕生」グレゴリオ聖歌

5:ダヴィデのホケトゥス マショー作曲 

6:クレド ,7:サンクトゥス ,8:アニュス・デイ ,9:閉祭唱 ノートル・ダム・ミサ

10:モテット「幸いなおとめ/汚れない御母/あなたに嘆息します」 マショー作曲

 こういう凝ったプログラムで演奏されているのは驚きで、日本国内の演奏団体がここまで研究して、演奏会をしているのには感心( 素人なので日本の古楽研究や演奏の最前線を知らないので、今頃何を言ってるというレベルなのかもしれません )させられます。この構成に、さらに朗読や交唱等を加えていっそうミサに近づけたらどうなるかとも思いました。録音は残響が快適で、こじんまりした聖堂で集まってミサをしているような雰囲気が感じられます。

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 マショーは1300年頃から1380年頃まで生きた人物で、オケゲムやデュファイが活躍した15世紀が始まる前に没した古い作曲家です。それでも、この曲は結構沢山の演奏家によって録音されてきました。昔、NHK・FMの「朝のバロック」という番組を皆川達夫(立教大教授)氏が担当していた時期があり、バロック音楽やそれ以前の曲を取り上げていました。この曲が放送されたかどうかは分かりませんが、著書には書かれてありました。イベリア半島のギターによるマリア賛歌を紹介された時は、自身で悦に入って「いいですねえ、聴かせますねえ」と感動してコメントしていました。その回をカセットに録音していたのですが、テープがくっ付きダメになり捨ててしまいました。ノーマルテープでも、クロムテープでも結局最後はダメになりました。

 聖母マリアというのは、日本人にはあまりピンと来ず、少々女々しく思えたりもしますが、日本の地蔵さんを超えるくらい浸透していそうです。ちなみに、ジョスカン(1521年没)やパレストリーナ(1594年没)のミサ曲に比べるとさすがに、洗練された美しさには乏しい曲ですが、ひた向きさが伝わる興味深い曲と感じられます。モンテヴェルディになると、ルネサンス期からバロックの時代に入るわけですが、マショーとモンテヴェルディでは同じく聖母を扱った曲でも、作曲理論は分からなくても、確かにかなり異なった響きに聴こえます。

21 5月

コルボ再録・Vespro della Beata Vergine ・モンテヴェルディ

”Vespro della Beata Vergine”  Claudio Monteverdi

モンテヴェルディ作曲 「聖母マリアの夕べの祈り」

 ミシェル・コルボ 指揮 ローザンヌ声楽、器楽アンサンブル、ソプラノ:ジェニファー=スミス、テノール:ウィンフォート=エヴァンス,ジョン=エルウィス、バリトン:フィリップ=フッテンロッパー、バス:ミシェル=ブロダール

 *マニフィカトは7声と6声の2種

 モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」の曲構成は、一回目5月7日紹介のシュナイト盤に記載の通りで、第2曲から第10曲までの偶数番曲(全5曲)が詩篇の歌で、直後の奇数曲である第3曲から第9曲がコンチェルトになっています。このコルボの2回目の録音では、詩篇歌を始める前に少年合唱によるグレゴリオ聖歌のアンティフォナを挿入しています。これが特徴的です。

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 モンテヴェルディ以外の通常の「夕べの祈り=晩課」の作品では、詩篇歌の前にその詩篇歌と同じ調性(教会旋法)のグレゴリオ聖歌のアンティフォナが指定されていました。モンテヴェルディのこの作品は、作曲者による指定も無く、詩篇歌と同じ調性のアンティフォナの組み合わせになる聖母の祝日が無いので、グレゴリオ聖歌のアンティフォナをどれにするか特定できないことになり、多くの録音では省略されて演奏されています。

 夕べの祈り=「晩課・Vepres(英語表記:Vespers)」は修道院や教会(カトリック)の聖務日課(祈祷書)の一つで、一日のうち最後である「終課・Complies(Complines)」の直前のものです。現在は第二ヴァチカン公会議後で、「教会の祈り」という名称に改められ、構成も変わりましたが、モンテヴェルディの当時は聖務日課=司祭・修道者用であり、ラテン語の祈祷書でした。式次第も定まっていて、上記のアンティフォナは日本語では交唱と訳せ、二組で交互に詩篇等を唱和するものです。晩課では、「アンティフォナ、次に詩篇、引き続きアンティフォナ」という1セットが主要な部分を占めています。このモンテヴェルディによる作品では、後のアンティフォナの代わりにコンチェルトになっていますが、これは他でも例があるということです。ようするに、カトリック聖職者の勤行・お勤めの次第に関わる事柄と言えるでしょう( ややこしい話で、鑑賞するのにはどうでもいいようにも思えてきます )。

 来月は、実父の三回忌を迎えます。お経をあげる僧侶も代替わりしましたが、先代が健在の頃、とりわけ子供の頃は和尚が読経中に笑い出さないように注意するのが一苦労でした。不謹慎な話ですが、問題なのは読経の「息継ぎ」でした。音楽でも、ブレスという記号があるように重要な要素のはずです。お経のフレーズのどの個所で息継ぎをするのかというのは、専門家にとっては重要なことなのだろうと想像されます。例えば、「オンアボギャベイロシャノウ マカボダラ~」と続く句を反復する場合、適度な文節で切れば何ともないのですが、それを息が続く限界まで唱え続けて最後は息も絶え絶えになるまで「マニハンドマジンバラ~」とやり、次に水泳の息継ぎよろしくガバッと呼吸し、息を継いだ直後と直前とではお経の調子がガラっと変わって、コミカルに聞こえてしまいました。おそらく作法にのっとって読経されてるのでしょうが、いったんおかしいと思いだすと頭を離れず大変でした。幸いにして途中で噴出して怒られる事態にはなりませんでしたが、終わって和尚が帰ってから独り布団に頭を突っ込み笑っていたこともありました。

 ミシェル・コルボは合唱、宗教音楽の大家でフォーレのレクイエムやバッハの大作を複数回録音して人気を博しています。フォーレは4度録音していずれもCD化されています。また、モンテヴェルディ演奏のパイオニア的な実績もあり、マドリガーレ集等多数の録音がありました。聖母晩課も60年代半ばに録音したものは、マタイ受難曲におけるリヒターのような位置にある規範的な演奏でした。今回の新録音は、その初回録音とは演奏スタイルを変えて、ややきびきびしながら、上記のようにグレゴリオ聖歌を挿入して本来の典礼的な形式を復元しています。その結果、華々しい祝日といった雰囲気よりも、文字通り夕べの祈り、一日の終わりの方の祈りといった、しめやかな雰囲気を作り出しています。これは大変魅力的ですが、器楽が現代古楽器アンサンブルが用いる楽器とは違うようで、やや騒々しくきこえるのが残念です。

 コルボはこのCD以後にもライブ録音等があるはずだと思いますが不詳です。

18 5月

三大オラトリオとは メンデルスゾーン/エリア シュナイト指揮

・ メンデルスゾーン オラトリオ「エリア」Op.70 ハンス=マルティン・シュナイト 指揮 シュナイト・バッハ合唱団、管弦楽団

ソプラノ:平松英子、アルト:寺谷千枝子、テノール:畑儀文。バリトン:福島明也 (2002年東京オペラシティ ライブ録音)

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   ヘンデルのオラトリオ・メサイアは、序曲の後、「なぐさめよ 我が民をなぐさめよ」のテノール独唱で始まります。ハイドンのオラトリオ・天地創造は天地が形造られる前の混沌世界を表現したオーケストラの合奏から「光あれ」と、光が生まれるところから始まります。一方、メンデルソゾーン作曲のオラトリオ「エリヤ」では、エリヤ自身が告げるまで今後数年間は雨も降らず、露さえ降りないという残酷な預言の独唱で曲が開始されます。その後に続く序曲も荘厳で、これから展開されるこの曲の世界を暗示しています。

 世界三大オラトリオという呼び名があるとは知りませんでした。ヘンデル「メサイア」、ハイドン「天地創造」に続いてメンデルスゾーン作曲のオラトリオ「エリア」がそれに該当します。ヴェルディ、フォーレ、モーツアルトの三大レクイエムがあるのだから、納得できなくもないところです。演奏時間が二時間以上に及ぶメンデルスゾーンの大作です。台本は、旧約聖書の歴史書・列王記上に登場する大預言者エリヤを扱っています。歌詞は、旧約聖書、新約聖書とそれ以外の詩から出来ています。旧約聖書は、列王記だけでなく詩篇等各書からとられています。このエリヤは、物語では最後は死なずに火の戦車かつむじ風に乗って天に昇っていきます。一昨日の日曜は、キリスト教の典礼歴では復活祭後の、「主の昇天」でしたので、それにちなんで昇天つながりでピックアップしました。メサイア、天地創造に比べマイナーな曲ですが、20年以上前サバリッシュとN響が取り上げて話題になりました。その公演にはありし日のルチア・ポップも参加し、名唱が光りました。

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 ハンス=マルティン・シュナイトは、レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊だけを声楽に起用したバッハのクリスマス・オラトリオ、モンテヴェルディの録音で有名で、また、カール・リヒターが急死した後のミュンヘンバッハ管弦楽団、合唱団等を引き継ぐ等、合唱、宗教音楽のエキスパートでした。90年代末頃からこのCDの団体を設立する等日本での活動が増えていました。近年は神奈川フィルとの共演もありました(凄いなあと思いながら、遠征して聴いたことはありません)。今年で80歳になります。実はこの作品は、2、3度聴いた程度で、このシュナイトの演奏の他はラジオかTVのサバリッシュと、CDのマリナー盤だけしか知りません。ブログで取り上げているCDは程度、熱意の差こそあれ何らかのお薦め的なものですが、今回はそういうわけで、他のCDと比べて特に凄いとかそこまでの吟味は出来ていません。ただ、聴くにつけ、充実した感動的なライブ録音だと思いました。合唱、独唱陣共に素晴らしく、それだけでも聴きものではないかと思えます。特にソプラノが抜きんでて素晴らしく思えました。

 曲は1部、2部に分かれていて、1部はエリヤがこれから来る干ばつについて預言する独唱で始まるのが印象的です。その後、エリヤのケリテ河畔、ザレプタの母子の下での雌伏・潜伏、カルメル山上での異民族のバアル神の神官との対決・勝利、降雨で終わります。2部は、王妃の弾圧からの逃亡、イスラエルの神の顕現、昇天で終わります。物語が劇的なので、音楽も聴きどころが多く、1部のカルメル山での対決や2部の昇天、(第38曲)の合唱は壮大です。

 クリスマス、受難、復活に比べ、マイナーな題材ですが、エリヤの物語は波乱に富み、物語だけでも興味深いものがあります。舞台は紀元前9世紀頃、南北に分裂したイスラエルの、北王国、アハブ王の治世。北王国はやがてアッシリヤに征服されることになりますが、この頃は国を維持するため周辺民族と同盟して、フェニキア王女イザベラを妃に迎え、それに伴い異民族の宗教であるバアル神崇拝が王国内に浸透して行きます。そこにイスラルの一神教の預言者エリアが登場してきます。

 干ばつ・飢饉の到来を告げ、イスラエルの先祖の神のみへの帰依を説き、イザベラ王女、アハブ王に忌み嫌われ命も危険になり、神の託宣に従い身を隠します。ケリテ川のほとりではカラスが食物を運んで来る、やがて神の言葉に従いザレプタへ移住し、生活に困窮する母子家庭の下に身を寄せ、尽きない粉と油という地味な奇跡に養われて命をつなぎます。そして、時がみちてイザベラ王女御用達の神官等とカルメル山上で対決して勝利します。その後に、3年間降らなかった雨が降りだします。(1部はここまで)その後も、厳しい神の言葉を伝えるエリヤは嫌われ、弾圧されますが、ついに神がエリヤに向かって現れ、やがてそのまま天へ召されるところで終わります。(2部完結)

 厳しい自然の荒野、四面楚歌、という状況下で、何ら説明のないままひたすら神の言葉だけに従って火のように進んで天に去って行くエリヤの姿は、旧約聖書の血なまぐさい世界ともあいまって日本的な感覚からはかなり違和感がありますが、メンデルスゾーンの曲によって描かれると違った風に聴こえてきます。全曲が閉じられた後の充足感、一種の清涼感さえ漂うような気がします。これは演奏後の拍手からも、察せられます。

14 5月

モンテヴェルディ:聖母マリアの夕べの祈り クイケン

・ モンテヴェルディ:『聖母マリアの夕べの祈り』全曲(マニフィカトは七声のみ) (2007年11月11-13日 ベルギー、ルーヴェン、ドミニコ修道会教会でセッション録音)

  シギスヴァルト・クイケン 指揮 ラ・プティット・バンド 以下10人の声楽家

  ゲルリンデ・ゼーマン、マリー・クイケン、アレッサンドロ・カルミニャーニ、ジャン・フランソワ・ロンバール、ファビオ・フルナリ、ジュゼッペ・マレット、フルヴィオ・ベッティーニ、マルコ・スカヴァッツァ、パオロ・コスタ、ヴァルテル・テストリン

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 モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」が出版されたのが1610年なので、今年は400年後にあたります。大坂夏の陣よりも前に出版されたわけで、今更ながら古い曲だと実感されます。シギスヴァルト・クイケンによる、合唱を10人にしぼったスタイルのこの曲のCDは、カーナビ・HDに録音して時々聴く文字通りの愛聴盤です。朝の通勤時間帯ならば10曲目、Lauda Jerusalemが終わる頃到着になり、好きな曲で終わり切りがいい演奏時間です。このCDはまだ国内盤仕様が出ていないようで、古楽のジャンルのためこの先も出ないかもしれません。輸入盤だけのCDに目を移せばモンテヴェルディも結構いろんな録音が出ています。クイケンもポール・マクリーシュも、バッハのマタイ受難曲を録音するより前にこの曲を録音して、評判になっています。この2007年録音のクイケン盤は、それまで国内盤も出ていたガーディナーの新旧、コルボの2種等とは違い、合唱を少人数にしていることもあり、器楽との音量のバランスがよく、明晰で、それでいて華やかさもあって、曲の魅力を味あうのに適していると思います。また、夕べの「祈り」というタイトルにふさわしい静かな響きでもあります。ただ、マニフィカトは7声部の1曲だけしか入っていませんので、完全な全曲盤にはなりません。

 この曲のマニフィカートは、バッハも作曲していますが新約聖書ルカによる福音書1章の、マリアが天使ガブリエルから受胎の告知を受けた後に神を賛美した詩ですが、他の曲の歌詞は、12曲目の「めでたし海の星」以外は旧約聖書から大半がとられています。したがって、何となく統一がとれていないようにも見えます。また、聖母の祝日といっても複数あり、受難曲程は核心となる事件がしぼれないといえます。そうしたところから、曲の性格を漠然と祝い事といったイメージくらいに把握してしまいます。

 イタリア、パルマの大聖堂にはコレッジョ作の天井画「聖母被昇天」があります。これまで一度だけ海外旅行をしたことがあり、飛行機嫌いのためもう結構だと思っていますが、この天井画だけは見たいと思っています。被昇天は、肉体と魂ごと天国へ携えて行かれるということで、あり得ないことの一つです。天井画を見ますと、歓声や歓迎、労いの声が聞こえてきそうな鮮やかな表現で、この世の中にこれほどの歓待があるのか?と思えてくる光景です。人にとって最も重い病は誰からも必要とされていないと思うことであると言ったのはマザー・テレサだったと思いますが、筆者は身内にハンディを抱える者が居まして、物心が付いた頃から、そういう人を取り囲む人々がどう思うか等、よくも悪くも色々見聞きしてきましたので、殊更その言葉が身にもしみてきます。被昇天が何であれ、それが神学的にどうであれ、ああいう光景は素晴らしいと思えてきます。

 モンテヴェルディ作曲の「聖母マリアの晩課」は、パルマ大聖堂の天井画の「聖母被昇天」の世界を思い起こさせる曲で、曲が聞こえてくる向こう側に、歓迎や労いの歓声が待っているような気を起させます。作曲の趣旨とは違うかもしれませんが、ついそうした思い入れで聴いてしまいます。

7 5月

五月、ヴェネチア、聖母月 モンテヴェルディ・聖母の晩課

クラウディオ=モンテヴェルディ Vespro Maria Virgine ( 聖母マリアの晩課(夕べの祈り))

 ハンス=マルティン・シュナイト指揮 レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊、ハンブルク古楽合奏団、他 (1974年7月、1975年5月 レーゲンスブルク 録音)

 バッハやヴィヴァルディよりも古い作曲であるモンテヴェルディの声楽作品で、カトリック教会の聖母マリアの祝日のための曲です。聖母の祝日で代表的なのは8月15日の被昇天があります。曲の構成が把握しにくいですが、冒頭のオペラ「オルフェオ」からとられた曲からして華やかで、喜ばしい雰囲気に包まれています。この美しい5月の時季にふさわしい曲調で、下記列挙の⑩詩篇147も印象的です。

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 モンテヴェルディ(1567-1643)は、1613年にヴェネチアの聖マルコ大聖堂の楽長に招聘され、以後亡くなるまでベネチアで過ごしました。モンテヴェルディの活動はクレモナ時代、マントヴァ時代、ヴェネチア時代に三分されますが、この曲はマントヴァ時代の末期に書かれ、ヴェネチアから出版されています。塩野七生の「海の都の物語 -ヴェネチア共和国の一千年」という小説でヴェネチアの独特の政治経済宗教の様子が描かれています。難しい話はさておき、復活祭から40日目に行われる「ヴェネチアと海との結婚」という祭りはそうした諸要素を象徴的に現わしています(残念ながら行ったことはありません、イタリアもヴェネチアも)。モンテヴェルディは最晩年に司祭になったそうですが、教皇庁の影響力を制限していたエネチアにして可能だったのかもしれません。関係はありませんが、リストも晩年に司祭になっていたはずです。

 今でも、「海よ、お前と結婚する」と市長が宣言して指輪を海に投入するという芝居がかったことをやっているそうですが、さすがイタリアと思えます。復活祭の日程は毎年移動しますが、そこから40日後の海との結婚は通常5月になります。5月は、18世紀イタリアで盛んになった民間信心「聖母月」に当たり、この月を聖母にささげて祈るという習慣が普及し、カトリック教会では定着しました。ちょうどこの期間は、復活祭と聖霊降臨祭の間の期間でもあります。五月とヴェネチアにモンテヴェルディ、聖母と材料が出揃ったところで、ようやく「聖母マリアの晩課」です。

 このアルバムには、晩課とミサ曲「イン・イッロ・テンポレ」が併せて収録され、さらに二通りに作曲されたマニフィカトが両方とも録音されています。これは作曲者自身が一つの版として出版して教皇パウロ5世に献呈された時の組み合わせそのままです。このアルバムで演奏されているのは次の通りです。

①序詞  6声部と6つの楽器 通奏低音 ~「オルフェオ」の第1曲を借用

②第1 詩編109  6声部と6つの楽器 通奏低音

③コンチェルト:(雅歌第1章4-5、第2章11-12) テノール独唱と通奏低音

④第2 詩編112  8声部

⑤コンチェルト:(雅歌第6章3-4)  ソプラノ2重唱と通奏低音

⑥第3 詩編121 6声部と通奏低音

⑦コンチェルト:(イザヤ書第6章3、ヨハネの手紙一第5章7-8) テノール3重唱と通奏低音

⑧第4 詩編126 5声部の2重合唱(→10声部)と通奏低音

⑨コンチェルト:(歌詞出典不明) エコーつきのテノール独唱から6声部と通奏低音

⑩第5 詩編147:12-20  6声部と通奏低音

⑪“聖マリアよ、われらのために祈りたまえ”によるソナタ ソプラノと8部の合奏

⑫賛歌“めでたし 海の星” 4声部(→8声部)の2重合唱と通奏低音

⑬第1マニフィカト:(ルカによる福音書第1章46ー55) 7声部と6つの楽器 通奏低音

⑭第2マニフィカト:(同上 ) 6声部と通奏低音

⑮ミサ曲「イン・イッロ・テンポレ」

 聖母マリアの晩課として演奏する場合は、通常⑫までに、⑬か⑭のどちらかを歌うということになります。⑭は、簡素な編成のマニフィカートです。

 このCDの演奏の特徴は、(1)男声のみ、(2)詩編の前にグレゴリオ聖歌のアンティフォナを歌っていない、というのが大きな特徴です。

 (1)については、少年聖歌隊を起用し、それに独唱者が加わっています。マルティン・シュナイトはこういうスタイルで、バッハのクリスマス・オラトリオの録音も残しています。それは、独唱も少年聖歌隊のメンバーから選んでいて、このモンテヴェルディの録音よりも徹底しています。

 (2)についてはカトリック教会の晩課ではアンティフォナを歌うのが通常だそうですが、作曲者のモンテヴェルディ自身が、どれを使うかの指示を全く記入していないこと、詩編に続くコンチェルトが歌詞の上でも実質的にアンティフォナの役割を果たしている等の理由で省略しています。

 古楽の分野で細かい問題がいっぱいあると思われますが、自身でおぼろげに理解できる範囲でこのCDの特徴を挙げてみました。同じころのミシェル・コルボの新盤ではアンティフォナも歌っています。また最近の演奏なら違う特徴も見られるでしょう。全体的には、少年聖歌隊の声が前面に出ていることが演奏の印象を決定付けています。多数あるこの曲の録音の中では、個人的にはクイケン、ヘレヴェッヘと並んで好きな演奏です。

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