raimund

続・今でもしぶとく聴いてます

2010年08月

27 8月

ルチア・ポップ、サヴァリッシュ 「エリア」 N響1000回定期

 延暦寺の僧が千日回峰という修行を成し遂げて話題になったことがあります。飲食や睡眠の制限もあって大変な1000日だそうです。役所に限らず人事異動というものはあるものですが、京都のある役所では非常な忍耐を要する部署があって、そこへ赴任することを千日回峰と隠語的に読んでいた時期があったそうです。一度そこへ派遣されれば3年は動かないのでそう呼ばれたのでしょう。何にしても1千本安打、1000奪三振、等1000というのは大きな節目です。 

メンデルスゾーン オラトリオ「エリア」Op.70 

ヴォルフガング・サヴァリッシュ 指揮 NHK交響楽団、国立音楽大学合唱団

ソプラノ:ルチア・ポップ、曽我栄子、五十嵐郁子

アルト:アリシア・ナフェ、荒道子

テノール:ペーター・ザイフェルト、小林一男

バリトン:ベルント・ヴァイクル

バス:高橋啓三、福島明也

(1986年10月 ライヴ録音 SONY)

 3大オラトリオの一つ、メンデルスゾーンの「エリア」は5月のハンス=マルティン・シュナイト盤 の大変素晴らしい演奏で魅力を再認識させられました。今回のCDはNHK交響楽団の定期公演・第1000回記念特別演奏会のライブ録音です。当時TVでも放送されたので、モノラルながらビデオデッキで録画しましたが、そのテープはもう無く、在りし日のルチア・ポップもバッチリ映っているので非常に残念です。サヴァリッシュは「エリア」(1968年・ライプチヒゲヴァントハウス管他)を若い頃に録音していて、それ以来の録音になるかもしれません( かもしれないというのは、ルチア・ポップが参加したサヴァリッシュの指揮のエリアが80年代にドイツのオケであった記憶があるので )。

 この曲は旧約聖書の「列王記上」から、大預言者エリアに関する記事を元に歌詞が作られています。物語自体が劇的で、ケリテ河畔、ザレプタの母子の下と隠忍の生活から、火の戦車で生きたまま天に帰るまで波乱に富んでいます。ベートーベンの歌劇「フィデリオ」の劇中、フロレスタンは真実を口にした報いと牢獄の中で歌いますが、エリアも作品前半では囚われていないものの同様の境遇です。メンデルスゾーンのオラトリオは、この「エリア」と「聖パウロ」が完成されていますが、他に未完の「キリスト」という作品があり三部作を構成したそうです。バッハのマタイ受難曲を蘇演した人だけのことはあります。

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 バイエルンの国立歌劇場監督だったサヴァリッシュの80年代後半以降の目だった録音と言えば、ベートーベン(ACO)、ブラームス(LPO)の交響曲全集、ワーグナーの指輪、マイスタージンガー、R.シュトラウスの楽劇の何曲かが思い出されますが、今回のような宗教曲は古い録音のシューベルト以外ではあまりなかったはずです。「ハートフル」というのは和製英語だそうですが、今でも日常的に通用しているのでしょうか。それが「心あたたまる」とか、ぬくもりを感じさせる感動を意味するなら、5月のシュナイト等による日本での演奏の録音が、まさしくハートフルな感動的演奏でした。それがあまり素晴らしかったので、今回のサヴァリッシュは少しかすみそうです。しかし、独唱陣にはルチア=ポップだけでなく、ヴァイクル、ザイフェルトとスター級が参加しています。

 サヴァリッシュがかすむと書いてしまいましたが、このCDの演奏も大変な熱演で、会場の緊迫感が伝わってきます。オーケストラ部分は、やや神経質さを帯びて聞こえますが、さすがにサヴァリッシュ・N響の方が精緻で丁寧です。また、ひいき目でなくてもルチア=ポップの歌声がひときわ光っています。バイロイトでハンス=ザックス等をつとめたヴァイクルは美しい歌唱ながらちょっと控え目です。ソリストも、オーケストラも今回のN響1000回定期の方が高水準のはずなので、感動の度合いも圧倒的な開きかと思えば、そうではなくそれぞれ特徴ある演奏で魅力的です。

 サヴァリッシュ、デュトワ、アシュケナージとN響も指揮者が変わるごとに違う文化圏の人で大変だろうと思えてきます。サッカー日本代表監督は後任が決まりません。日韓大会でブラジルが優勝した後にブラジル人の監督、今度はスペイン優勝でスペイン人監督というのは後腐れがなくて良いですが、なんだか一貫性が無いようで不安です。鹿島の監督は無理なのかと思いますが、興業面等いろんな要素があるのでしょう。 

22 8月

リリング旧録音 バッハ・ヨハネ受難曲 福音史家シュライアー

J.S.バッハ ヨハネ受難曲 BWV.245

ヘルムート=リリング 指揮 シュトゥットガルト・ゲヒンガー・カントライ、シュトゥットガルト・バッハ・コレギウム

テノール(福音書記者):ペーター・シュライアー

バリトン(イエス・キリスト):フィリップ・フッテンロッハー、

バリトン(アリア):ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

ソプラノ:アーリーン・オジェー、

アルト:ユリア・ハマリ

(1984年録音 SONY)

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 先日のハインリヒ=シュッツのヨハネ受難曲と同様おなじみのペーター・シュライアーが福音書記者を歌っています。しかし、歌唱ぶりがシュッツの時とは打って変わって相当感情を移入して起伏のある記者ぶりです。この録音は最初にCD化されてしばらくの頃に、中古品で見つけてよく聴いたもので、この録音ではじめてシュライアーの福音書記者に開眼したような感慨でした。それまでは極言すると彼の、キンキンと甲高くひびき歌声が曲の世界とは異質のような気がしていました。痛いのを我慢しながら脂汗を流している時に、耳元で大きな声で「既往症は?」とかしつこく聞く救急センターの係員のような印象で、静かに聞いたれよと思えてきました。しかしリリングのヨハネの演奏全体の中にあっては、むしろ好ましいと感じられました。

 これは本当に久しぶりに復刻されたヘルムート=リリングのバッハ録音集で、先月取り上げましたマタイ受難曲、今回のヨハネ受難曲、それからクリスマス・オラトリオ、ロ短調ミサ、マニフカト等を集めた廉価盤です。解説は無く、写真が1種類しか使われない徹底した作り方です。それでもかつて国内盤で出ていた時には音が割れたようなところもあったのが改善されて、とにかくもう一度聴けることは喜ばしいことです。

 このCDでは女性ソリストも充実しています。オジェー、ハマリの二人はバッハのカンタータや受難曲の常連で、ここでもアリアは素晴らしい歌でした。ペーター・シュライアーの福音書記者で特に際立つのは、第2部の群集の合唱”Nicht diesen ,sondern Barrbam”の直前、”Da schrieen sie wieder allesmt und sprachen”から”Barrabas aber war ein Mörder.”の箇所で、シュライアーがまるで怒鳴るように歌っている点です。特に”Da schrieen ”という言葉の激しさに驚かされます。リリングのマタイではシュライーを福音書記者に起用していませんが、ヨハネでは起用しました。それはリリングが両曲の違いを意識してのことかもしれませんが、それはうまくいったと思いました。

 今年発売になったイタリア人チェリストのマリオ・ブルネロの無伴奏チョロ組曲(バッハ)のCDについて、HMVのレビューに「司祭が聖書を朗読するような」というコピーがありました。京都市内のCD店でもそれを切り貼りしてありましたが、内心そんな餌には釣られませんよ、と思っていました。しかし何ヶ月後かにパクリと食らいついて買っていました。そのコピーに注目するなら、カトリック教会のミサなら福音書だけは必ず司祭が朗読しますが、プロテスタント教会の多くは信徒が朗読することが多いはずで、教派によっては主日であっても福音書が朗読されるとは限らないので、やや意味するところがぼやけます(気持ちは分かります)。

 受難曲がルター派の教会で現代どのように使われているのが分かりませんが、もし礼拝で使用するなら、このリリングのような演奏が効果的ではないかと思えます。このCDの録音の頃のリリングは、古楽器奏法等よりもテキスト・歌詞の内容を表現することを何より重視していたようですが、実際聖書を解き明かすような演奏です。コラール等もやさしく、険しさが感じられません。上記のレビューの文章をなぞるなら、現代ドイツにおける受難節の礼拝のようなヨハネ受難曲と表現できるでしょう。ともあれ、そういう演奏なので、神秘性とか古い宗教的ムードといった要素は弱くなり、それがこの演奏の人気に影響していただろうと考えられます。

20 8月

シュッツのヨハネ受難曲 ドレスデン聖十字架合唱団

 ちょうどCDが出始めて間もない頃、日本の団体でハインリヒ・シュッツの名を冠した合唱団がシュッツのヨハネ受難曲を出していました。あるのを店頭で見ながら高いので見送っていましたが、今にして思えば惜しいことをしたと思います。特に東京の団体は、シュッツの権威者でもあるエーマンの指導を受けていました。クラシックのCD自体数が少ないので、日本の演奏家でしかも古楽となれば、売り上げの面で大変だろうと思います。

ハインリヒ=シュッツ ヨハネ受難曲 SWV 481

マルティン・フレーミヒ 指揮 ドレスデン十字架合唱団

テノール(福音書記者):ペーター・シュライヤー

バス(キリスト):ペーター=フォルカー・シュプリングボルン

テノール(ピラト):ハンス=ヨアヒム・ロッチュ

テノール(ペトロ):ハンス=ユルゲン・ヴァハスムート

バリトン(役人):ゴータルト・シュティーア

ボーイソプラノ(下女):フレッド・メイワルド

(1972年 ドレスデン ルカ教会 録音 Berlin Classics)

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 シュッツのヨハネ受難曲の3回目です。シュッツ演奏の中心地ドレスデンに受け継がれる演奏の録音です。この合唱団はドレスデンの聖十字架教会の聖歌隊で、ライプチヒの聖トーマス教会と同様、教会付属の寄宿学校がありその指導を含めた音楽監督がカントルと呼ばれていました。このCDの演奏は、女声の代わりにドレスデン聖十字架合唱団員からボーイソプラノを選んで起用しています。合唱団と男声ソロ歌手による男声専科の演奏です。指揮のマルティン=フレーミヒは、1913年ドイツのアウエ生まれでドレスデンの音楽学校、ライプチヒ音楽院でオルガンと指揮法を学びました。その後ドレスデン教会の楽長、オルガニストを経てドレスデン聖十字架合唱団の指揮者に就任しています。シュッツやバッハで目立った録音を残しています。量の点ではシュッツの方が多く、シュッツの録音自体が多くないので非常に貴重な録音の数々です。ルドルフ・マウエルスベルガーのようにカントルに就任という解説がないので、聖十字架教会のカントルの経験があるのかはわかりません。

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 バッハの受難曲でもテノールが担当する「福音書記者、福音史家」が全曲を通じて活躍し、福音書記者の歌唱によって演奏の性格が大きく特徴付けられるとも言える程です。このシュッツのヨハネは受難曲は、自由詩によるアリア等がないために一層福音書記者の比重が高くなります。そこでペーター・シュライアーですが、受難曲等の他にオペラにリートにと広いレパートリーで、バッハの受難曲でも多数の録音に参加して、指揮もしています。しかし、バッハの作品の演奏ではちょっと声が甲高く、うるさいと感じることもありました。その点で、シュッツの受難曲なら雰囲気が壊れないかと懸念されました。しかし、この演奏では特にうるさ過ぎるという印象はありませんでした。カール・リヒターのバッハ演奏を映像化したものをTVで見たことがありましたが、やたらペーター・シュライアーの顔がアップになって、だんだん辟易とさせられました。別に嫌いではありませんが、彼のソロになる度に正面から鼻の穴まで見えるアップで撮影していました。その映像が、うるささの記憶を増幅させていました。

 シュッツのヨハネ受難曲は、劇的な盛り上がり、緊張感という要素は希薄で、表面上は淡々と事柄が進行経過して行き、それを福音書記者が歌っていきます。ペーター・シュライアーの場合、明瞭さというものが魅力ですが、この曲ではそれが決定的にプラスに働いているか微妙なところだと思いました。この曲の代表盤・名演ですが、福音書記者が違う歌手なら印象が全く違ってくるだろうと思いました。例えば、ヴェルナー盤のバッハ・マタイ受難曲で福音書記者を歌ったヘルムート・クレブスと交代していたらと思いました。また、この曲の1回目で取り上げたエーマン盤のヨハネス・ホーフリンも、フレーミヒの演奏との相性は疑問ですが、魅力的だと思います。

 シュッツのヨハネ受難曲のLP、CDの数はバッハのヨハネ受難曲よりはずっと少ないはずで、100年古いのでやむを得ないと思いますが、個人的には非常に魅力を感じます。バッハのヨハネ受難曲が険しく、糾弾するかのような性格さえ秘めているのに比べ、シュッツのこの作品はどこかいたわりの心で作られたような柔らかさを感じます。この曲も含めてシュッツの最晩年の作品のみをもって、彼の代表作と言うのは問題があるでしょうが、こういうジャンルに関心がある方にはお勧めの作品です。

 旧ドイツシャルプラッテンから、シュッツの3つの受難曲がいずれもドレスデン聖十字架合唱団の演奏で出ています。マタイとヨハネはフレーミヒ指揮、ルカ受難曲だけがマウエルスベルガー指揮で、本日のヨハネ受難曲と同じく男声だけの演奏のはずです。最新の古楽演奏から見れば古いスタイルになるのかもしれませんが、今回のような演奏は今後も継承されることを期待します。

15 8月

ヴァチカン・カラヤン・戴冠式ミサ VPOライブ録音

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静岡で全長が18mのガンダムが製作されたようで、すっかり定着した人気ぶりがうかがえます。シリーズの作品で「宇宙に暮らす数十億の人口を地球上の政府が管理しているの事の方がおかしい」とか言うセリフがありました。その指摘は、世界に十数億人の信徒数を抱えるカトリック教会の総本山たるヴァチカンにも該当する問題かもしれません。今日のCDはヴァチカンの聖ペトロ大聖堂における前教皇司式ミサのライブ録音です。私、筆者の年代は宇宙戦艦ヤマトの世代になりますが、それでも少しくらいはガンダムネタも分かります。先年フランスの国民的有名人のアベ・ピエール(本名はアンリ・アントワーヌ・グルエ)という司祭が亡くなりました。ホームレスの支援等社会的活動の方面に熱心で幅広い尊敬を集めていたそうで、生前彼はヴァチカンの美術品は全部売り払えば良いとか過激な発言でも知られていました。ヴァチカンもカラヤンも何かと批判を受ける立場でした。

モーツアルト ミサ曲ハ長調 K.317 「戴冠式」

ヘルベルト・フォン・カラヤン 指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ソプラノ:キャスリーン・バトル

アルト:トゥルデリーゼ・シュミット

テノール:エスタ・ヴィンベルイ

バス:フェルッチョ・フルラネット

オルガン:ルドルフ・ショルツ

ウィーン楽友協会合唱団(合唱指揮:ヘルムート・フロシャワー)、システィナ礼拝堂合唱団(指揮:ドメニコ・バルトルッチ)、教皇庁立教会音楽院聖歌隊(指揮:ボニファチョ・G・バロッフィオ)

(1985年6月29日 ローマ・聖ペトロ大聖堂で録音 DG)

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 1989年に世を去ったカラヤンの77歳の時の録音です。これは演奏会というより、ミサの音楽をカラヤンが戴冠式ミサを演奏して担当参加したというものです。ビデオかLDでも出ていた音源で、かなり有名なものです。ミサと言ってもモーツアルト時代のミサとはかなり違っています。第二ヴァチカン公会議後のミサで、目立ったところでは司式者たる司祭が参列者の方を向いて対面している点です。それ以前では、参列した会衆と同じ方向、祭壇の方を向いています。1985年はヨーロッパで国際音楽年になっていたようです。それにしても何故カラヤンなのかと思います。ザルツブルク生まれのカラヤンなら誕生後ほとんど自動的にカトリック教会で幼児洗礼なので、信者ということになるとは思いますが。解説によると、カラヤン本人のたっての希望で、生涯に一度はヴァチカンで奉仕したいと願っていたそうです。もっと古い年代、1950年代、ヨッフム指揮のモーツアルトのレクイエムによる葬儀ミサの録音があったはずです。部分的にFMの番組で紹介された記憶がありますが、その時代なら現代とは違ったミサの式文のはずです。それは映像はなかったと思いますが、ちょっと興味がわきます。 このCDに収録されたミサの次第は以下の通りで、一部省略されています。6月29日の、聖ペトロ、聖パウロの祝日のためのミサです。このCDでの言語をアレルヤ、アーメンと人名以外を日本語にすれば、現代日本国内で行われる歌唱ミサとほぼ同じになります。

14 8月

聖コルベの夕べは聖母晩課 モンセラート修道院聖歌隊他

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 盆が終わる前後頃、ちょうど今頃に、さんざん収穫した茄子の枝や葉を沢山刈り込んで坊主に近い状態にすると、後からまた葉が茂り、小さいながら茄子が実りました。それが美味い秋茄子なのかどうか知りませんが、「秋茄子は嫁に食わすな」という言葉がありました。それを現代、2世帯で同居している家で口にすると回復し難いくらい人間関係が悪化するかもしれません。そこを、「美味しい秋茄子はお母様(義母様)にまず召し上がっていただきましょう」とすると、何となくほほえましく聞こえます。「遠慮のかたまり」という言葉も何となく実感がわかなくなってきた気がします。秋茄子の方はともかく、遠慮のかたまりくらいは通じる言葉であった方が良いと思います。本日はまた下記の曲です。

モンテヴェルディ  「聖母マリアの夕べの祈り」

イレネウ・セガーラ神父 指揮 モンセラート修道院聖歌隊

プロ・カンティオーネ・アンティクヮ

コレギウム・アウレウム合奏団

(1976年 モンセラート 録音 deutsche harmonia mundi Sony・BMG)

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    モンテヴェルディ作曲の「聖母晩課」を取り上げるのは今回で6回目になりました。バッハ以前のジャンルですが、結構沢山の録音があり妙に感心させられます。このCDは、1976年録音で、スペインの古い修道院聖歌隊とイギリスの古楽声楽アンサンブル、ドイツの古楽器楽アンサンブルの共演です。今となっては古いタイプの演奏になるかもしれませんが、以前パレストリーナのミサ曲の回でも取り上げましたモンセラート修道院聖歌隊が参加しているのが興味深いところです。演奏全体の印象としては、テンポがゆったりした部分、急に速くなる部分が現れたりで何となくギクシャクした不自然さを感じてしまいます。前回のガッリード盤や5月のクイケン盤のような溌剌とした演奏ではありません。聴きどころは、聖歌隊と声楽アンサンブルの歌だと思います。なお、プロ・カンティオーネ・アンティクワは、3月に取り上げましたスペイン・ルネサンス期の作曲家ビクトリアの「聖週間のレスポンソリウム集」では単独で演奏していました。

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 上の写真はアウシュビッツ収監時のものと思われますが、澄んだ笑顔が印象的なコルベ師です。1941年の今日8月14日に、アウシュヴィッツ収容所内の餓死室で2週間を生き延びた後に薬殺された命日です。戦後列福、列聖(教皇ヨハネ・パウロ2世)されたので、聖コルベの祝日でもあります。司祭殉教者となっていますが、直接的には布教のために命を落としたのではなく、また実際多くの人の命を助けたわけでもなく、異例とも言える列聖です。そうした教会組織の事情はさておき、餓死刑に選ばれた人間の身代わりを申し出て死ぬということは、心穏やかに見聞きすることはできません。正直誰もがそんな風になりたくは無いと思うからだと考えられます。露骨に自分だけ助かりたい、とは思わなくても、突きつめて行くと自分は助かりたいと心のどこかにそういう気持ちが残るものだと思います。その事に気付かなくても、晴れやかな気分では正視できないのではないかと思います。「それで世界が救えるのか?世界が変えられるのか?」と冷笑されれば、確かにその通りで、身代わりになってもやっと1人を助けられただけでした。また、そもそも収容所内なら、その場を身代わりで助けても後にやっぱり殺される可能性も高いわけです。  (写真は餓死刑の行われた場所)

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 「釣りきち三平」の主人公、三平三平(みひら さんぺい)は寝ても覚めても魚釣りのことばかり考えている程の釣り好きという設定で、「釣りきち」と名付けられています。マキシミリアノ・マリア・コルベ神父は、ポーランドの修道会から日本(長崎)へ布教に来ていましたが、元来寝ても覚めてもマリア様という程のマリア崇敬に熱心な人でした。それで、同僚の進歩的な司祭からはちょっと困惑されることもあった程でした。そのコルベ師が日本へ行こうと思った動機の一つが、第一次大戦後に荒廃した故国ポーランドで子供たちを一番助けてくれたのが日本の赤十字だったからだと述懐しています。当時の日本の国力や国際進出度からして、赤十字がすごい奮励努力ぶりだったことが推測されます。コルベ師が収容所で身代わりになったのは、ポーランド人将校で、直接的には日本と関係があるとは言えませんが、日本の赤十字の仕事ぶりから端を発して、玉突き的に日本ともつながっているので、どうしてもこの出来事を無視できない気持ちになります。  (写真は助けられ、戦後も生き続けられた将校)

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 寝ても覚めてもマリア様だった聖コルベの祝日には、聖母にちなんだ曲こそふさわしいと単純に考えました。モンテヴェルディの聖母晩課はちょっと賑やか過ぎるかもしれませんが、モンセラート修道院聖歌隊が加わったこの演奏くらいでちょうど良いかもしれません。少年も加わる聖歌隊なので、プロの合唱団とは違った趣があります。また、プロ・カンティオーネ・アンティクアも男声だけの古カ楽専門声楽アンサンブルなので、作曲当時の演奏スタイル、環境に忠実な方式です。その点では、この曲の初回で取り上げたハンス=マルティン・シュナイトとレーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊他と同じです。それでも、この曲については批評家が推薦したこともあってかシュナイト盤の方が有名でした。たしかタワーレコードの企画で国内盤で復刻 していたはずです。シュナイト盤の方が、マニフィカートが2種類とミサ曲も収録されていて網羅的でした。しかし、今回のモンセラート修道院の方は祝祭的な空気は薄いものの、晩課、夕べの祈りという要素は濃い独特の味わいです。ついでに明日は、「聖母の被昇天」というキリスト教(東方正教、カトリック)の古い大祝日で、クリスマス級の祝日です。 (写真は日本時代のコルベ師の部屋)

 この曲も6回分がたまりました。ベスト4とか五指に入る録音を選べるタイミングですが、これも非常に難しく、それぞれ固有の魅力があります。また、バッハの4大宗教曲と比べて国内盤化率は低いはずなので、知らない演奏が多くあるはずです。加えて、例えばマタイ受難曲のリヒターのように、長期間に渡ってモンテヴェルディの聖母晩課といえばこのレコードという程評価が定着したものはなかったのではないかと思われます。ガーディナーの新盤はそれに近いかもしれませんが、80年代の録音なので期間はマタイ・リヒター程長くはありません。それに曲の性質、タイトル、演奏機会が不ぞろいに思え、ちょっと謎めいています。

13 8月

アバドのスターバト・マーテル旧盤

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 今日は13日でかつ金曜日に当たります。13日はともかく、金曜日は古くはキリスト教圏では肉食は控えるとか男女の交わりも控えるというならわしがあったようです。十字架の受難を覚えて、という意味合いだと思います。13日のオカルト的な見方はいつごろから生まれたのかと思います。駐車場等で1番から順番に駐車位置番号をふっていても、4番、9番が欠けている場合が未だに見られます。時間貸しなら料金を精算する際に何番の位置に止めたか確認しなければならず、そんな時に欠番があるのは煩わしく感じます。不吉、忌まれる番号というのは日本だけに限ったことではありません。かなり昔、「侍ジャイアンツ」というアニメがあり、アメリカ先住民のメジャーリーガーが背番号を13にして、主人公のジャイアンツの選手が4を背番号にしていました。前者の場合、キリスト教とは限らないので番号に対して不快感は無いかもしれないのにと、当時思いながら見ていました。

ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルコレージ(1710~1736) 「スターバト・マーテル」

クラウディオ=アバド 指揮 ロンドン交響楽団

オルガン:レスリー・ピアソン

ソプラノ:マーガレット・マーシャル

アルト:ルチア・ヴァレンティーニ・テッラーニ

(1983年11月、12月 ロンドンで録音 DG)

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 これはクラウディオ・アバドのロンドン交響楽団時代の名盤の一つで、楽団員から少人数のメンバーを選んで演奏録音しています。ペルコレージ生誕300年の今年に間に合うようにアバドは最近この曲と併せてペルコレージの作品を録音しています。ペルコレージの一生はバッハが活動した時期と完全に重なり、含まれています。

 「スターバト・マーテル」の詩は、イエス・キリストの架けられた十字架の傍らの聖母マリアの悲しみを歌った詩として有名で、ペルコレージ以外にも多くの作曲家が曲を付けています。古くはジョスカン・デ・プレ、パレストリーナ、イタリアではヴィヴァルディ、スカルラッティ、ロッシーニ、ヴェルディ(聖歌四篇の中)、イタリア以外ではハイドン、シューベルト等が作曲しています。13世紀頃に作られたであろうとされていて、18世紀頃から「聖母マリアの7つの悲しみの祝日」の続誦に用いられています。ちなみに「7つの悲しみ」とは、「1.シメオンの預言、2.エジプトへの避難、3.イエスの行方不明、4.十字架の道にて御子との再会、5.十字架上の御死去、6.十字架より降ろされるイエス、7.イエスの埋葬」で、9月15日がその祝日です。今では単に「悲しみの聖母」と呼ばれることの方が多いようです。詩全体は、3行で1節の詩が20節集まってできています。

STABAT MATER  Sequentia ( セクエンツィア:聖母マリアの7つの悲しみの祝日の続誦)

第1曲:二重唱(ソプラノ、アルト)~詩の1節

  第1節 ~ 悲しみに沈める聖母は涙にむせびて 御子の懸り給える 十字架のもとにたたずみ給えり

第2曲:ソプラノ独唱~詩の2節

  第2節 ~ 嘆き憂い悲しめるその御魂は 鋭き刃もて 貫かれ給えり

第3曲:二重唱(ソプラノ、アルト)~詩の3節

  第3節 ~ 天主の御独り子の 尊き御母は いかばかりか憂い悲しみ給いしぞ

第4曲:アルト独唱~詩の4節

  第4節 ~ 尊き御子の苦しみを見給える 悲しみ深き御母は 悲しみに沈み給えり

第5曲:二重唱(ソプラノ、アルト)~詩の5-7節

  第5節 ~ キリストの御母の かく悩み給えるを見て たれが涙を注がざる者あらん

  第6節 ~ キリストの御母の 御子と共にかく苦しみ給うを見て たれか悲しまざる者あらん

  第7節 ~ 聖母は イエズスが人々の罪のため 責められ むち打たるるを見給えり

第6曲:ソプラノ独唱~詩の8節

  第8節 ~ 聖母はまた最愛の御子が 御死苦のうちに棄てられ 息絶え給うを眺め給えり

第7曲:アルト独唱~詩の9節

  第9節 ~ 慈しみの泉なる御母よ われをして御悲しみのほどを感ぜしめ 共に涙を流さしめ給え

第8曲:二重唱(ソプラノ、アルト)~詩の10節

  第10節 ~ わが心をして 天主たるキリストを愛する火に燃えしめ 一にその御心に適わしめ給え

第9曲:二重唱(ソプラノ、アルト)~詩の11-15節

  第11節 ~ ああ聖母よ 十字架にくぎ付けにせられ給える御子の傷を わが心に深く印し給え

  第12節 ~ わがためにかく傷つけられ 苦しみ給いたる御子の苦痛を われに分かち給え

  第13節 ~ 命のあらん限り 御身と共に熱き涙を流し はりつけられられ給いしイエズスと苦しみを共にするを得しめ給え

  第14節 ~ われ十字架の側に 御身と立ちて 相共に嘆かんことを望む 

  第15節 ~ 童貞のうちいとも勝れたる童貞 願わくはわれを排け給わずして 共に嘆くを得しめ給え   

第10曲:アルト独唱~詩の16-17節

  第16節 ~ われにキリストの死を負わしめ その御苦難を共にせしめ その御傷を深くしのばし給え

  第17節 ~ 御子の御傷をもってわれを傷つけ その十字架と御血をもって われを酔わしめ給え

第11曲:二重唱(ソプラノ、アルト)~詩の18-19節 *19節目の歌詞が元詩とは異なる

  第18節 ~ 聖なる童貞女よ われの地獄の火に焼かれざらんため 審判の日にわれを守り給え

  第19節 ~ ああキリストよ われこの世を去らんとき 御母によりて勝利の報いを得しめ給え

第12曲:二重唱(ソプラノ、アルト)~詩の20節

  第20節 ~ 肉身は死して朽つるとも 霊魂には 天国の栄福をこうむらしめ給え アーメン

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 元詩の日本語訳(CD解説掲載・古い公教会祈祷文)を上記の通り曲毎に載せています。 歌詞が扱う内容は限定されていて、あまり変化に富んでいないと言うこともできます。これに曲を付ける場合は下手をすれば、陰気で退屈するようなものになりかねません。ペルコレージのスターバト・マーテルは、全曲が女性のソロかデュエットで、宗教曲に付き物の合唱曲がありません。したがって、壮大さ、劇的な起伏、あるいは神秘的な演奏効果が乏しい曲になります。しかし、最初から最後まで清らかな美しさで一貫しています。わずかな期間だけ咲く花か、朝露のような美しさがこの曲の魅力だと思います。作曲者のペルコーレジが26歳で亡くなっていて、この曲がその直前の作品であるから余計にそう思えるのかもしれません。このCDのソリスト2名は素晴らしく、アバドが選んだだけのことはあります。

 明日14日は、聖マキシミリアノ・マリア・コルベ(本名ライムンド・コルベ)の命日、祝日です。1971年列福、1982年に列聖され、肉体労働者、ジャーナリスト、囚人、薬物中毒者の守護聖人です。彼は、第二次大戦中にアウシュヴィッツの収容所内に収監されているとき、獄内で脱走者が出たことにより無作為に餓死室送りにされる一人と、自ら申し出て交替して餓死室へ行きました。餓死室で2週間生き延びた後に薬殺されました。生前は日本にも布教に来ていました。長崎市の本河内に修道院を設立しました。現在はコルベ記念館があり、今日の1、2枚目の写真は記念館にあった物です。彼は特に平和運動等をしていたわけではなく、聖母マリアへの信心、崇敬の念が強い一司祭でした。ということで、聖母マリアにちなんだ曲を取り上げることにしました。

12 8月

コルボ3回目のフォーレ・レクイエム(1893年版準拠)

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 今回は、ミシェル=コルボの十八番のレパートリーとも言えるフォーレのレクイエム、3回目の録音です。2回目の録音から13年後の演奏になります。前2回のフルオーケストラ版による録音とは違って、室内オケで演奏する版です。先日取り上げました、埋もれた廉価盤・2回目の録音でもコルボの手兵であるローザンヌ声楽・器楽アンサンブルは素晴らしかったですが、今回も同様にか、あるいは更にと言って良いほど美しい演奏でした。東京でのライブ録音ですが、この演奏会に行くことが出来た方々はちょっとうらやましいと思います。日本ツアーの一環なので、他の地方都市でも演奏会があったはずなので、惜しい事をしたと今頃になって思えてきます。

フォーレ  レクイエム(1893年版)

ミシェル・コルボ 指揮 ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル

ソプラノ:シルヴィー・ヴェルメイユ

バリトン:マルコス・フィンク 

(2005年2月14日 東京オペラシティ・コンサートホール・タケミツメモリアル ライブ録音 Avex Classics )

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病気療養後の日本ツアー 
~~ ミシェル=コルボ(
1934年2月14日生まれ)は、2003年の日本ツアーから帰国してすぐの春に癌のため療養に入り、翌2004年11月にスイス復帰公演を行うまで演奏活動は休んでいました。この間オペも受けたようです。そして、2005年に再度日本ツアーを行いました。これはその内の一回で、コルボの誕生日に東京オペラシティで行われた公演です。プログラムは、ヘンデル:詩篇109「主は言われた」HWV232、ヴィヴァルディ:「グローリア」ニ長調Rv.589とフォーレのレクイエム(1893年・室内オーケストラ版)でした。レクイエムの演奏が終了した後に、ローザンヌ声楽・器楽アンサンブルの楽団員とソリストが指導者たるコルボの71歳の誕生日を祝って「ハッピー・バースデー」を合唱し始め、やがて客席の聴衆も唱和するというハプニングがありました(私筆者は会場に居たわけでもなく、CDにも収録されていない)。演奏自体が極めつけ素晴らしかったので、客席も自然と歌に加わったのでしょう。

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ボーイ・ソプラノではないけれど
 
~~ コルボが一回目にこの曲を録音した時は女声ではなくボーイ・ソプラノ(アラン・クレマン)を起用して、とりわけ「ピエ・イエズス」が印象的で大成功でした。今回は女声のソプラノ・シルヴィー=ヴァルメイユを起用しています。CD添付の解説によると、この日本ツアーにはソプラノは谷村由美子(N&L・ブーランジェ国際コンクール優勝)も参加していましたが、フォーレのレクイエムは彼女ではなく、清廉かつ素朴な声の質を重視して(ボーイ・ソプラノと通じる)ヴェルメイユを起用したそうです。実際聴いていると本当に清澄で素晴らしい歌声でした。コルボはローザンヌ声楽アンサンブルのメンバーを選ぶときには声の質に注意すると述べています。さながらヴァイオリニストが自分の使う楽器を選ぶように、自分の思い描く歌唱・合唱が実現できるようにメンバーを厳選しているということです。一回目録音の時の聖歌隊よりさらに整っている声楽アンサンブルの秘密はそんなところにもありました。

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コルボのインタヴューから 
~~ 病気療養から復帰した2004年秋のスイス、フリブールでの「ミシェル・コルボ音楽祭」ではバッハのマタイ受難曲を指揮していますが、その日の朝にインタビューに応じています。「物理的な事も忘れ、自分自身の存在も忘れ、そこに唯、喜びだけが残る。音楽は、自分を解放するものなのです。」という言葉は印象的で、コルボの演奏の魅力の核心に触れるような言葉だと思いました。また、「私の音楽の根底には、カトリックの精神があり、グレゴリオ聖歌をルーツとするカトリックの教会音楽の伝統があります。」というのも彼のレパートリーや活動ぶりから肯かされます。これは単に現在そういう心境にあるというよりは、音楽家の途を歩むきっかけになった叔父が、町の聖歌隊の指導をしていたことにまで遡る、根源的なものです。コルボが生まれたのはスイスのフリブール州・グリュイエール村(穴あきチーズで有名)で、その近郊の町ビュルの聖歌隊を指導していたのが叔父のアンドレ・コルボでした。

憧れの叔父、アンドレ=コルボ ~~ 憧れと言ってもミシェル・コルボ自身のように世界中に名を知られた音楽家でもなく、地元の聖歌隊を指導する教員でした。叔父アンドレは、自分の聖歌隊で、フォーレのレクイエムを演奏するのが宿願でしたが、小さな町なのでなかなか一定に水準の団員が集まらず(子供が多い)演奏が出来ないでいました。やがて、やっとフォーレを演奏できそうなメンバーが集まってきた頃に他界してしまったと、コルボは自身の一回目のフォーレ・レクイエムの録音にまつわるインタヴューで語っていました。

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 ここまでで気が付く人も居るかと思いますが(というより既に発売されたレコード等の解説に掲載された話だそうなので、私筆者が知らなかっただけかもしれません)、コルボのベルン交響楽団等と演奏した1回目のフォーレ・レクイエムは、合唱を、手兵であるローザンヌ声楽アンサンブルではなくて、サン・ピエール・オ・リアン・ド・ビュル聖歌隊が担当しています。即ち、亡き叔父が指導してきた小さな町ビュルの聖歌隊でした。叔父が生前に果たせなかった、自身の聖歌隊でフォーレのレクイエムを演奏するという宿願を、替わって果たしたということです。ミシェル=コルボにとって叔父アンドレの存在がいかに大きく深いものだったが分かる話です。何度かその曲を録音して名声を得て、その後に叔父ゆかりの聖歌隊で録音というのなら、驚くこともありませんが、これから音楽として一層の飛躍がかかる一回目の録音に、それをするところに彼の人間性の一端がうかがえます。もっとも、フォーレの録音より前に1960年代にはモンテヴェルディの録音をこなしたりしていて、全く無名の状態で今後の成功を賭しての録音というものでもなかったとは思いますが。

 コルボが何故これまで4回もフォーレのレクイエムを録音したのかちょっと不思議で、レコード会社の思惑等が優先したのかとも思いました。しかし、叔父にまつわる幼少の頃からのフォーレ・レクイエムとのつながりを知ると、その演奏の素晴らしさともあいまって、謎が解けた気がしました。一人の演奏家と一つの作品の結びつきがこれ程深い例も珍しいのではないかと思いました。それと同時に、あの名高い1回目の録音の人気の高さもだででは無かったと思えました。

 なお、このCDはフォーレのレクイエム1曲だけしか収録していないのに廉価盤ではなくちょっと高目の価格ですが、日本語の解説もあり、良しとするところです。  

10 8月

若きフィッシャー・ディースカウ マタイ/レーマン・1949年

J.S.バッハ マタイ受難曲 BWV.244

フリッツ=レーマン 指揮 ベルリン放送交響楽団、ベルリン聖ヘドヴィヒ大聖堂合唱団、ベルリン放送合唱団

*パッケージには「Knabenchor der St.-Hedwings-Kathedrale Berlin」と表記。

*フリッツ=レーマン(1904年~1956年)、マタイ受難曲を演奏中に急逝する。

テノール(福音書記者):ヘルムート・クレプス

バリトン(イエス・キリスト):ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ

ソプラノ:エルフリード・トロッシェル

アルト:ディアンナ・エストラーティ

バス:フリードリヒ・ヘルテル

(1949年4月9,10日 ライヴ、モノラル録音 Documents )

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 昭和24年と古い録音で、著作権切れのためだと思いますが、ネット上でこの音源を無料ダウンロードをしているところがありました。今回のCDはDocuments レーベルから3年程前に出ています。古い割に声楽を聴く分には十分良好な音です。オーケストラ、チェンバロの音はさすがに良くなく、これは仕方がないところです。古いライブ録音のマタイと言えばメンゲルベルクが有名ですが、完全版という点と、ソロ歌手の点だけでもこちらの方が注目ではないかと思います。フリッツ=レーマンは後にマタイ受難曲を演奏している時に倒れて急死したそうですが、レコード録音等がこれから活発化するという時だったので、今ではかなり埋もれています。ロッテ・レーマンの実弟で、バロック等のレパートリーを扱うアルヒーフ・レーベルに録音が残っています。健在であれば、バッハについてももっと録音が残っていたと推測され、このCDを聴く限り非常に残念です。

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 マタイによる福音書は4つある福音書の一番目に位置していますが、必ずしも一番古い福音書ではありません。冒頭はマリヤとヨセフの系図が延々と続き、仮に読もうと思ったとしても最初の1、2行で嫌になります。~『 アブラハムの子であるダビドの子、イエズス・キリストの系図。アブラハムはイサクを生み、イサクはヤコブを生み、ヤコブはユダとその兄弟たちを生み、ユダはタマルによってペレズとゼラを生み、ペレズはヘズロンを生み、ヘズロンはラムを生み、ラムはアミナダブを生み、アミナダブはナアションを生み、ナアションはサルマを生み、サルマはラハブによってボアズを生み、ボアズはルトによってオベドを生み、オベドはエッセを生み、エッセはダビド王を生んだ。ダビドはウリアの妻によってソロモンを生み、
ソロモンはロボアムを生み、レボアムはアビヤを生み ・・・continued・・・ 』

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 系図の中で、母が遊女であったり、暮らし向きが良くないが姑に仕える未亡人の場合は名前が載っているのに、ソロモン王の母ヴァテシュヴァは元々はダビデ王の部下ウリヤの妻(ウリヤは計略的に戦士死させられた)だったので不倫関係になり、「ウリヤの妻」とだけ書き、名前は表記されていません。厳しいと思う反面、周知なので今更とも思えます。それにしても、今となってはこんな固有名詞は研究者でもなければあまり意味はなく、何人かが関係のない名前にすり替わっていても気がつかないでしょう。アブラハム、イサク、ヤコブ、ユダ、タマル、パレス、エスロン、アラム、カチャカポコナ、ナアソン、サルモン、ラハブ、ボアズ、ルツ、オベデ、エッサイ、ダビデ、ソロモン、ナシニーニ、アビヤ、アサ、ナオターシャ、ヨラム、ウジヤ、ヨタム、ファルケ、ヒゼキヤ、マナセ、アモン、ヨシヤ、エコニヤ、サラテル、ゾロバベル、カトナーリャ、エリヤキム、アゾル、サドク、アキム、エリウデ、ベリンスキー、マタン、ヤコブ、マリヤ。

 マタイ受難曲とは関係ないテキストの系図の話で字数を費やしてしまいました。系図とこじつけるなら、全然知らなかったフリッツ・レーマンという指揮者が往年の名歌手ロッテ・レーマンの実弟だと分かればちょっと期待と安心が湧いてきます。このCDの中では、まずテノール・福音書記者のヘルムート・クレプスが素晴らしく、ヴェルナー盤・マタイでも福音書記者を歌っていて、その約10年前に当たります。次にこの当時23歳のデートリッヒ=フィッシャー・ディースカウがイエス・キリスト役を歌っているのが聴きものです。後年同じ役を歌って録音しますが、ここでは若々しく力がみなぎる様な歌声が聴けます。最後の晩餐の場面の歌も光ります。第1部の終わり近く、ソプラノとアルトの二重唱と合唱による”So ist  mein Jesus nun gefangen”以降が特に印象的で、底響きのするような力強い演奏です。1部終曲も少年合唱が前面に出て、非常に感動的です。福音書記者の歌の時はチェンバロは加わらずオルガンだけで、アリアの時にチェンバロが入るのも好感です(ヴェルナー等50年代の演奏はこのパターンが多いようです)。また、群集の合唱が速いテンポにしてアクセントをつけているのも効果的です。

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 演奏全体は、この時代の演奏を反映したテンポで、当然のことながら現代聴かれるようなキビキビしたメリハリのあるものとはかなり異なります。CDの解説書には、”Anyone who has completely forgotten Christianity will truly find it like gospel here.~ FRIEDRICH  NIETZSCHE  ABOUT  THE  STMATTHEW PASSION"と1頁をかけてドイツ語と英語で書かれてあります。レーマンがバッハのマタイ受難曲をどのように考えていたのかは分かりませんが、まったくそうした言葉がふさわしいような演奏です。この演奏は年代は異なりますが、先月のヘルムート=リリングのマタイ旧録音を思い出させます。少年合唱を起用していますが、アリアには女声歌手を使っているので、男声だけの演奏に固執した方式ではありません。マタイでアルトやソプラノのアリアを少年合唱団員のメンバーが担当するのはちょっと無理かもしれません。初期のマタイ受難曲の全曲録音はフリッツ=ヴェルナー盤、カール=リヒター盤が1950年代末のステレオ録音で、それより古い録音は確かカットがあったりで全曲は入っていなかったはずです。あるいは、このレーマン盤は史上初のマタイ全曲録音かもしれません。初では無くても、ヴェルナー、リヒター以前の全曲録音として価値があります。なお、古いマタイの録音で有名なメンゲルベルクは、ナチスに協力したために祖国オランダを追われ、戦後演奏活動を禁じられていて、解禁されるまでに1951年に亡くなってしまいました。

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 今晩いつもと違い電車で帰宅する時に文庫本を読んでいました。前にも読んだ小説でしたが、登場人物である画廊のオーナーの女性が「誰も本気で感動を求めていないのが問題」と語るところが新鮮でした(新鮮というからには完全に忘れていたということに)。飽食の時代というのと同じく、絵画や音楽芝居等あらゆる物があふれる現代にあっては「感動」というのを口にするのもちょっと気恥ずかしいものです。この録音の1949年といえば、まだ大戦の傷跡が生々しかったと思います。日本ではすいとん、さつま芋の葉だけが入った汁等に群がった時代から脱しようとしていた頃でしょうか。物理的には復興が進められようとも、心の内の傷は容易に消え去るものではありません。このライブ録音の熱気、集中力は、多くの聴衆、演奏者が本気で感動を求めて集まって来ていることによるのかもしれません。

 日曜の夜BS放送で、ドイツのオーバーアマガウで10年毎に住民が参加して400年間上演されてきた「キリスト受難劇」の、2010年上演の様子を取材した番組がありました。戦前はヒトラーも観劇して挨拶したそうですが、そのせいもあってか今回もアメリカのユダヤ人団体が台本の修正要求をしていました。前回上演の時もTV番組がありましたが、それから10年経ったことに妙な感慨を覚えました。90歳の老人が最多出演で表彰されていました。現代演奏されるマタイ受難曲は、このCDのようなタイプのものは稀だと思いますが、聴く側の求めるものが変わっていきていることも反映しているのだと思います。1949年録音のこのCDが、闇市のすいとん等と同じ類のものだとは当然思いませんが、良くも悪くも趣味が肥えてきているのだと思います。以前、マタイ受難曲で、五指とかベスト4に入る(個人的に)録音を挙げてみましたが、今回の録音や、先月のリリング旧盤はベスト8には入って、4傑入りをうかがう部類になります。

8 8月

グレゴリオ聖歌日本代表 カペラ・グレゴリアーナ

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 クラシック音楽をCD、レコード等で楽しんでいる人に共通するレパートリーというのがあるとすれば、ベートーベン、モーツアルト、ハイドン、ショパン、シューベルト、シューマン、ヴェルディ、プッチーニ、バッハとか、音楽室に肖像が掲げられる作曲家の何人かだろうと推測されます。近年はいきなりマーラーからとか、ブルックナーばっかりとかパターンも多様化して、演奏者側もスパー・スターよりもスペシャリスト的なものが増えています。そんな中でグレゴリオ聖歌は一時期癒しブームで脚光を浴びましたが、案外音源自体は新しい物は出ていません。古楽と呼ばれるルネサンス期から初期のバロックくらいの時代のレパートリー中心からもちょっと外れています。単純に芸術表現の作品という範疇からはちょっと境界すれすれの音楽なので、やむを得ないところです。日本の「聖グレゴリオの家」という宗教音楽研究を専門とする所から、90年代以降にグレゴリオ聖歌のCDが何種か継続して出ていて、孤軍奮闘しています。

グレゴリオ聖歌‐‐二つのミサ

ゴデハルト=ヨッピヒ 指揮 カペラ・グレゴリアーナ ファヴォリート

待降節第一主日

入祭唱・「主よ、私の魂はあなたを仰ぎ望みます」

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キリエ・XVII

昇階唱・「あなたに望みをおく者はだれも」

アレルヤ唱・「アレルヤ、主よ、慈しみを私たちに示し」

奉納唱・「主よ、私の魂はあなたを仰ぎ望みます」

サンクトゥス・XVII

アニュス・デイ・XVII

拝領唱・「主は良いものをお与えになり」

年間第九主日

入祭唱・「主よ、私を顧み、憐れんでください」

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キリエ・X

グロリア・X

昇階唱・「あなたの重荷を主にゆだねよ」

アレルヤ唱・「アレルヤ、正しく裁く神」

奉納唱・「主よ、御名を知る人はあなたに依り頼む」

サンクトゥス・X

アニュス・デイ・X

拝領唱・「あなたを呼び求めます」

(2009年1月 ドイツ・ザンクト・オッティリエン大修道院 録音 COO-Records)

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 先月までのサッカーワールドカップでは、日本代表は直前までの国際試合の結果とは打って変わって健闘し、ベスト16に進出しました。世界に通用する、世界レベルという言葉はまぶしく、サッカーの世界ではどれくらいそれを実現できたかと思います。今日のカペラ・グレゴリアーナ ファヴォリートは、日本の「聖グレゴリオの家 宗教音楽研究所(宗教法人)」の聖歌隊である「カペラ・グレゴリアーナ」の中から、プロの演奏家であるメンバー中心に結成されています。聖グレゴリオの家の精鋭というところです。男声だけでなく、女声も加わっているので、修道院の聖歌隊とは異なります。指揮をしているヨッピヒ神父は、アルヒーフレーベルから出ていたグレゴリオ聖歌のLP等でもお馴染みの専門家です。日本のフォンテックから出ている5種類のグレゴリオ聖歌CDの内、「主の主の受難」、「主の復活」、「死者のための典礼」でも指揮、指導を担当しています。そのCDは今回と違い、聖グレゴリオの家聖歌隊全体で演奏しています。今回のCDは、グレゴリオ聖歌界のドイツ代表監督級が日本代表の監督に就任して歌っているといった図です。

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 グレゴリオ聖歌と言えば8世紀末頃生まれたローマ・カトリック教会の聖歌ですが、ずっと隆盛を極めたまま伝承され続けた訳ではなく、長らく衰退していました。また、そもそもどういう風に歌われていたのかも定かではありません。18世紀、19世紀頃は西欧ではほとんどグレゴリオ聖歌の灯が消えたような状態だったと解説には書かれています。そこで、19世紀にフランスのベネディクト会ソレム修道院(復興された)の研究努力により、一定の歌唱法が復元確立されました。もっとも、他にもある程度違う歌唱法があるようです。その修道院の名を冠してソレーム唱法と呼ばれる歌い方がグレゴリオ聖歌の代表のような形になっています。かつてLPレコードの時代に、ソレーム修道院の聖歌隊の演奏でグレゴリオ聖歌大全集という数十枚組のものが出ていたことがありました。(ブリリアントあたりから格安で復刻してくれないかとひそかに期待しています。)

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 現代日本のカトリック教会では、グレゴリオ聖歌が通常のミサの中で歌われる機会は滅多にありません。クリスマス、復活祭、聖母被昇天等の大祝日に、カテドラル級の大きな教会では「天使ミサ」くらいが歌われる程度ではないかと思われます。天使ミサは、18種類あるグレゴリオ聖歌のミサ固定文(キリエ、グロリア、サンクトゥス、アニュス・デイ)の中では最も新しい曲です。歌われると言っても聖歌隊が歌うのが中心で、昭和40年代以前からの信徒でもない限り、歌詞を覚えていない方が多いでしょう。皆川氏や、クラシック音楽に関する著書がある方は、グレゴリオ聖歌を聴くためにミサに行ったという経験を書かれていましたが、それらは第二ヴァチカン公会議以前のミサの時代の話でしょう。これは日本に限ったことではなく、ヨーロッパ各国でも母国語による典礼が基本とされるので、新しく作曲されているはずです。日本では、大半が高田三郎作曲による「典礼聖歌」が通常使われています。

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 最初の話で「世界レベル」について、例えばバッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハ教会カンタータ演奏・録音はもう15年以上続いています。また、ジョスカン・デ・プレのミサ曲や、マショーのノートル・ダム・ミサで取り上げたヴォーカル・アンサンブル カペラも地味な分野ながら抜きん出た活動ぶりです。それらと比べて、この聖グレゴリオの家の演奏はどうなのだろうかと思います。グレゴリオ聖歌は、通常は結局非日常的なもので、私筆者は珍しさからかぶれているという面も大きく、決定的に素晴らしいのかまでは分かりません。しかし、このCDでは歌詞・対訳を見ながら聴いているとしみじみと言葉の内容が入って来る演奏で、感動的だと思いました。この点は、例えばタリス・スコラーズ等がポリフォニーのミサ曲の演奏時に先唱的にグレゴリオ聖歌を歌う場合等と比べると、かなり印象が違います。

7 8月

コルボ2回目のフォーレ・レクイエム(第3稿)

ガブリエル=フォーレ レクイエム

ミシェル・コルボ指揮、ローザンヌ・器楽、声楽アンサンブル

ソプラノ:マガリ・ダミ

バリトン:ペーター・ハーベイ

(1992年2月12-14日 ローザンヌ 録音Emi Virgin De Virgin )

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 フォーレのレクイエム

第1曲: 入祭唱とキリエ・Introït et Kyrie

第2曲: 奉納唱・Offertoire

第3曲: 聖なるかな・Sanctus

第4曲: 慈愛深いイエスよ・Pie Jesu

第5曲: 神の小羊・Agnus Dei

第6曲: 私を解き放ってください・Libera Me

第7曲: 楽園へ・In Paradisum

 フォーレのレクイエムは、作曲者により1888年に、パリのマドレーヌ教会で初演された時は現在の第1、3‐5、7曲目だけが小編成のオーケストラで演奏されました。2、6曲目はバリトンのソロが入る曲なので、それが含まれない状態なら、違った印象だろうと思います。全7曲の初演はその5年後に、やはり作曲者の指揮で、初演時と同じ場所で行われました。ただ、この時点では第2曲目には合唱部分が入っていませんでした。1900年のパリ万博で、管楽器が追加されフルオーケストラで、第2曲目の合唱部分が追加されて演奏されました(1900年稿)。このCDは、そのフルオーケストラ版(1900年稿)で演奏しています。

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 ミシュランのレストラン、ホテルガイドというものが毎年発表され、昨年は関西版が出て話題になりました。さすが、小さな店をよく見ているという声がある一方で、癒着、出来レース等いろんな評判も漏れ聞こえます。これに限らず、役所の表彰等何事も裏事情のようなものがあるもので、程々に注視するくらいがちょうど良いのではないかと思います。もっとも店や料理人側はそうも言っていられないところでしょう。ミシュランと言えばあのチョビ髭の方も併せて思い出しますが、昨年だったかに大阪フィルのコンサートに招かれたかで聴きに行き、その後コンサートの記事を書いたところ、ブラームスの2番とブルックナーの2番を書き間違えたという話を読んだことがあります。詳細や、そもそも真偽すら分かりませんが、評判といのもなかなかうるさいものだと思いました。(ブラームスの2番と3番を間違えたというのならまだしも、ブルックナーと間違えるのは、作曲者の名前を初めて聞いて間違えて覚えたというのならともかく、ブラームスの交響曲が鳴っているのにそれをブルックナーと思ったというのなら、ちょっと・・・)

~~~~ コルボのフォーレ・レクイエム録音

1972年5月(ERATO・ワーナージャパン)・ベルンSO他

1992年2月(Virgin)・ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル

2005年2月東京ライブ(AVEX)・ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル 初期稿

2006年?(Mirare)ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィア 初期稿

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 ミシェル=コルボのフォーレ・レクイエムといえば、1972年録音のベルン交響楽団、サン・ピエール・オ・リアン・ド・ビュル聖歌隊とのボーイソプラノを起用したLPが評判でした。クリュイタンス盤と並んで名盤という評価が定着していました。コルボはその後もフォーレのレクイエムを録音していて、今回は全4回(確認できるだけで)のうち2回目(多分)に当たります。新しい2種の録音は初期稿による演奏で、評判は良いようですが、未だに最初の録音の名声が優っているような状況です。そんな中で、今回の2回目の録音は、完全に他の録音の陰に隠れた状態で、店頭で手にするまではコルボが1992年に再録音していたこともしりませんでした。この演奏は、最初は別のレーベルから出ていたかもしれませんが、手元のCDはモーツアルトのレクイエムと併せて2枚組の廉価盤になっています。しかし聴いてみますと有名な1回目の録音に優るとも劣らない素晴らしさでした。どこかで話題になっていたのかもしれませんが、批評や名曲名盤の類では取り上げられてなかったのではないかと思います。

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 今回のコルボ2度目のフォーレ・レクイエムは、ほとんど傷のない完璧なまでに美しい合唱で、この曲の静謐な世界が感動的に演奏されています。その面では一回目の録音よりも優れているかもしれません。ベルンSO、聖歌隊、ボーイソプラノによる最初の録音は、それでも独特の情緒で、レクイエムという決して喜ばしくはない音楽でありながらどこか安らぎを感じさせるこの曲の性格を増幅しているような魅力があります。昨日8月6日の投稿の末尾で、ピアノ独奏によるフォーレのレクイエムを掲載しましたが、本当に悲しい告別には説教だの、歌だの式文はただ騒々しいと感じるだけではないかと思え、そういう場合に無言歌・フォーレのレクイエムはうってつけだろうと思います。しかし、今回の2度目の録音のフォーレ・レクイエムのように、徹底的に磨き抜かれて抑制された美しい声楽なら、やっぱり歌があった方が素晴らしいと思えてきます。コルボによる4度のフォーレ・レクイエムの録音を、ミシュランガイドばりに星の個数、有無で格差をつけるのは非常に難しいとろころです。

 このブログで、しばしば一つの曲で複数のCD、一人の演奏家で複数の機会の録音が登場していますが、そういうCDを用意できる曲ばかりではありません。例えば、ベートーベンの大作、ミサ・ソレムニスではクレンペラーの演奏は何種かありますが、それ以外は現在は手持ちにありません。また3大レクイエムの一つ、モーツアルトのレクイエムもワルター・ニューヨークフィル以外では、他の曲と併せて収録されたCDがあるだけです。そういうわけで、フォーレのレクイエムやモンテヴェルディの聖母晩課、バッハのマタイ、ヨハネ受難曲等は特別な曲の部類です。

(2枚目の写真:長崎市、浦上駅前に居た猫)

 なお、上記のちょび髭の方の名誉ために付記しておきますと、今から12年程前東京に滞在する機会が何度かあり飯田橋を定宿にしていました。その時、氏のガイド本掲載の新橋駅ビルにある鮨屋、新橋の鶴八に入り、コハダとかハマグリ等の美味しさに最初に目を開かれた思いがしました。着流しのような格好のおっかなそうな店主でしたが、懐に余裕があればもっと食べたかったところです。

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