raimund

続・今でもしぶとく聴いてます

2011年03月

31 3月

ブルックナー ヴィントハークのミサ フリーベルガー他

110331_2*ブルックナー ~ 宗教声楽作品、オルガン曲

ミサ曲 ハ長調 ヴィントハークのミサ

指揮:ルペルト・ゴットフリート・フリーベルガー

オルガン~(2-10,19,25,26,28)

器楽:カントーリア・プラゲンシス(11,19,21-24,28)

合唱:ヴォーカルアンサンブル・スティッツムジーク・シュレーグル(12~16)


オルガン:ゲオルク・グルーバー(24

トロンボーン:ミヒャエル・シェンク、ハラルド・ブッヒャー、ハンネス・フッスベーガー(1,18)

ホルン:アンドレアス・ストッフナー、クリスチャン・ペティンガー(2-7)

アルト:バルバラ・シュライナー(2-7,9,26)

テノール:クリスティアン・ハーフェル(24)


(2005年10月16日,2006年5月1日,2007年5月1日,2004年9月24日ザンクト・フローリアン録音 FABIAN RECORDS)


 3月が終わりになるというのに、それだけ時間が流れたという実感が無い奇妙な感覚です。新聞の後ろの紙面の下に桜の開花情報が載り出しました。去年のブログ記事を見ても、その頃何をしていたかとか全然思い出せません。かろうじて桜の木が写った写真だけは覚えていました。もう少し日記的な体裁を整えようかと思いました。それにしても、宇治でも毎年恒例だった宇治川・中州、「塔ノ島」で開催される桜祭りも早々と中止が決まりました。自粛の連鎖が始まっています。近所では夏の「花火大会はどうするか」という話題さえ上がっていました。先日のサッカーのチャリティマッチのように、やってくれるとそれだけで嬉しいというものもあるとは思います。


収録曲一覧は以下~

110331f 1:エクアーレ1番・ハ短調(吹奏楽曲)1847年

2-7:ヴィントハーク・ミサ 1842年頃

8:後奏曲ニ短調(オルガン曲)1846年頃

9:幼子イエズス様ヘ長調(アルト、オルガン ブルックナーの作品か疑しい)1845年頃

10:アンダンテ  ニ短調(オルガン曲)1846年頃

11:コラール「あの最後の夜に」ヘ短調(合唱、オルガン)1848年

12-17:クローンシュトルフ・ミサ ニ短調(断片、グロリアが無し)1844年

18:エクアーレ2番・ハ短調(吹奏楽曲)1847年

19:タントゥム・エルゴ ハ長調(4つのタントゥム・エルゴの1曲・第1稿1846年,第2稿1888年)

110331d 20:前奏曲とフーガ・ハ短調(オルガン曲)1847年

21:昇階唱「この場所は神が創られた」1869年

22:正しい者の口は知恵を語り・1879年

23:パンジェ・リングァ(1869年)

24:アヴェ・マリア ヘ長調(1861年)

25:マリアよ、あなたはことごとく美しく・1878年

26:ハルモニウムのための前奏曲(オルガン曲)1884年

27:アヴェ・マリア ヘ長調(1882年)

28:キリストは従順であられた(1884年)

29:イシュルでの即興演奏のスケッチ(オルガン)1890年

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 このアルバムはブルックナーの初期の作品を中心に、あまり録音では見かけないものが集められ
ています。演奏の方は3月に入って
バッハのマタイ受難曲ロ短調ミサ曲シュッツのヨハネ受難曲を取り上げた、ルペルト・ゴットフリート・フリーベルガーの指揮、オルガンが中心になっています。レーベルもバッハ作品と同じで、オーストリアにあるプレモント会シュレーグル修道院の音楽活動部門である“シュレーグルムジーク”傘下、“ FABIAN RECORDS ”です。ブルックナーがはじめての交響曲、通称00番ヘ短調(WAB99)を作曲したのが1863年、39歳の時であり、通常交響曲全集に入れられるのは第1番(第1稿・リンツ稿は1866年) からなので、ブルックナーの作曲家としてのキャリア最初期の作品が多数含まれているのは興味深いと言えます。

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 特に嬉しい発見だったのは1842年頃作曲の“ Windhaager  Messe ヴィントハーク・ミサ曲ハ長調 です。ブルックナー(1824-1896年)が小学校の助教師として赴任していたヴィントハークで作曲したもので、アルト独唱と2本のホルン、オルガンという簡素な編成の曲です。この時ブルックナーは18歳で、リンツ大聖堂のオルガニスト等になるよりもっと前の最初期の作品です。ヴィントハークは、ボヘミアとの国境に近い当時人口200人程の小さな村で、勤務は多岐に渡り、苦労の多い生活だったと伝えられています。ブルックナーは13歳になる年に父を亡くして、聖フローリアン修道院の合唱団員として寄宿生活をするようになります。その後小学校教員養成課程を修めて、1841年の秋から上記のようにヴィントハークへ着任しています。

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 ヴィントハーク・ミサは、演奏時間が8分弱の小品ながら本当に魅力的な響きです。特にこのCDで歌っているアルトのバルバラ・シュライナーの声もあいまって、ロウソクの明かりが質素にともったような、何とも言えないぬくもりを感じさせます。福音書に書かれていある聖母の姿と重なるとさえ思えてきます。何故アルト独唱だけでミサ曲を書いたのか詳しい説明はありませんが、とにかく魅力的です。他の同時期の作品にも言えることですが、こういう作風から後年の壮大な交響曲が生まれるとは想像し難いものがあります。

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 ヴィントハークの次の任地である、リンツ近郊のクローンストルフの小学校で作曲したらしい、断片として残る“ Kronstorfer Messe クローンストルフ・ミサ”も魅力的です。その他に、“ Aequale エクアーレ ”という見慣れない名前・形式の楽曲が2曲入っています。これは作曲者の生地のあるオーバーエスターライヒ地方固有のもので、葬式や故人を記念する行事で演奏される音楽と解説されています。トロンボーン重奏のための小品を指し、全ての声部を同じ(equal)楽器で演奏されるのでこう呼ばれました。「 作曲家◎人と作品シリーズ ブルックナー 根岸一美 」の中でも書かれていますが、後のブルックナーの交響曲の中で登場する金管楽器のコラールの萌芽と考えればなるほどと思えます。


 このアルバムの中ではブルックナーの後年の作品にあたるモテットの2曲「マリアよ、あなたはことごとく美しく・1878年、正しい者の口は知恵を語り・1879年」は、交響曲第5番を完成させる前後の時期の作品です。それでも、最初期の宗教音楽作品に共通する清澄さを持っています。なお最後に入っているオルガン即興のスケッチは、途中でブルックナーの第7交響曲第2楽章の主題が登場して最後はハイドン作曲のオーストリア国歌の旋律が高らかに歌い上げられます。

30 3月

フリーベルガー指揮 シュッツのヨハネ受難曲

ハインリヒ=シュッツ 作曲

ヨハネ受難曲SWV.481

ルペルト・ゴットフリート・フリーベルガー 指揮

 コレギウム・ムジクム・プラジェンセ

(1989年 録音Christophorus )

 昨日のお昼前に、格上の同業者からお昼の招待(というほどのものではない)があって、ごちそうになりました。何のついでもないのに向こうから足を運んでくるという、こういう時は何か付帯条件があるもので、協力スタッフになって関東方面へ行ってくれというものかもしれないと思いました。結果、そうしたものではありませんでしたが、いろいろ困難な状況が出てきています。連鎖でもせめて桶屋が儲かるとか何か嬉しいことがあれば良いのですが。

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同時収録曲~

『カンツィオーネス・サクレ』より受難のモテット(8曲)
 O bone, o dulcis SWV 53
 Et ne despicias SWV 54
 Deus misereatur nostri SWV 55
 Quid commisisti SWV 56
 Egu sum SWV 57
 Ego enim SWV 58
 Quo nate dei SWV 59
 Calicem salutaris SWV 60

 これはマタイ受難曲ロ短調ミサ等突如バッハの宗教音楽のライブ録音が出てきたフリーベルガーのちょっと古い録音です。最近知ったバッハの録音で名前を再確認するまで完全に忘れていました。フリーベルガーは、オーストリアにあるプレモント会シュレーグル修道院の音楽監督のような地位にあると解説されてあります。シュレーグルはブルックナー縁のリンツ近郊の田舎町のようです。

  収録されているのは、J.Sバッハの100年前に生まれたハインリヒ・シュッツの作品で、最晩年のヨハネ受難曲と、初期の作品であるカンティオネス・サクレから受難にまつわるラテン語のモテット8曲です。カンティオネス・サクレはシュッツのヴェネチア留学の成果を反映する最初期の作品で録音は少ないはずです。ヨハネ受難曲は自分自身かなり好きな作品で、ジャンルを超えて愛聴しているものです。昨年取り上げたエーマン盤で90年代にはじめて聴いて以来生涯手放せない曲くらいに思っています。

 ブルックナーのテ・デウム(管弦楽伴奏版)が、ウィーンでハンス・リヒター指揮により初演されたのは1886年1月10日でした。この日のプログラムは、シューベルトの「ミリアムの勝利の歌」、ハインリヒ・シュッツの「我らの愛する救い主にして祝福の与え手なるイエス・キリストの七つの言葉」に続いてブルックナーのテ・デウムでした。この初演は大成功で、一部のブルックナー支持者だけでなく全聴衆から支持され、作曲者の名前が連呼されたと新聞は伝えています。ただ、ハンスリックはシュッツとは対照的に暴力的と評して、消極的な評価でした。ふと気が付いたのですが、かつて「ハンス・リック」と表記したことがあったように思いますが定かではありません。もしそう書いてあれば気づかれるとは思います。間違いです。

 シューベルト、シュッツ、ブルックナーの作品が同じ機会に演奏されるということは、何となく聴いている私のような層には意外な組み合わせにうつりました。このCDのフリーベルガーもごく自然にシュッツを録音したのだろうと推測されます。シュッツ演奏の権威者であったマルティン・フレーミヒは、バッハの音楽は母国語のドイツ語でなくても、例えば日本語等でも十分演奏できるけれどシュッツはドイツ語でなければだめだと述べています。今回は同じドイツ語圏ですがオーストリアを拠点とする演奏者によるものです。

 演奏の方は非常になだらかで、劇的なとは遠い独特の表現です。受難曲なおで福音書の記事の中には群衆等の叫びの合唱があって、そういう個所はテンポを速めて烈しく歌うっている演奏もありますが、このフリーベルガー盤はそうではありません。美しさを損なわないように一貫したテンポで演奏され、一種のミサのような雰囲気です。福音書記事の中で悪役的な登場人物への敵愾心というものはおよそ感じられません。どことなく古いエーマンの演奏に似ています。こうした特徴は先日のバッハのマタイ受難曲やロ短調ミサと共通しています。

 昨夜は無線LANのトラブルで投稿をしていませんでした。夏場は全国的に計画停電をする恐れもあるので、バッテリー駆動時間の長いノートパソコンに慣れておかなければと思い、持ち歩いているB5サイズのノートパソコンでネットに接続したところ、ブログの記事を入力して保存する段階で保存できず接続が切れてしまいました。どうも保存が上手くいかないようで、同じことをもう一回入力する根気も無くそこで止めておきました。去年の今頃、ブログを始めてしばらくそういうことがあって、その時はノートパソコンに代わってデスクトップに無線LANアダプターを付けて接続が安定しました。そのことをすっかり忘れていました。

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26 3月

フリーベルガー バッハのロ短調ミサ 2009年・シュレーグル

1103222c J.S.バッハ ミサ ロ短調 BWV232

ルペルト・ゴットフリート・フリーベルガー 指揮

アルス・アンティクァ・アウストリア

バッハ=ヴォーカルアンサンブル・シュレーグル 

ソプラノ:エマ・カークビー、マリア・エアラッハー

アルト(男声):マルクス・フォルスター

テノール:ダニエル・ヨハンセン

バス:アンドレアス・レベダ

(2009年5月31日 シュレーグル参事会聖堂 ライヴ録音FABIAN RECORDS )

  今日、3月26日は昼前から強い風に加えて雪が降ってきました。朝、西方の山を見ると頂上の方が冠雪しているだけでなく白く煙っていました。そういえばそろそろ桜の季節だったはずですが、桜前線どころではなくベクレルやシーベルトの方が気がかりです。

 このCDは、先日のマタイ受難曲(2005年録音と同じく、オーストリアのリンツ近郊、シュレーグルにあるプレモントレ会シュレーグル修道院のオルガニスト等をつとめるフリーベルガー指揮のロ短調ミサ曲です。修道会の音楽部門のレーベルだそうで、新譜なのか今頃になって日本にまで流通するようになったのかよく分かりません。

 フリーベルガーはちょうどリンツのブルックナーのような地位かもしれません。器楽アンサンブルの「アルス・アンティクァ・アウストリア」は単独でも録音があるようで、ある程度知られていたのかもしれません。このシリーズはクリスマス・オラトリオ(2003年録音)、マタイ受難曲(2005年録音)、ヨハネ受難曲(2007年録音)と順番に録音されていて、2005年のマタイからソプラノのエマ=カークビーが参加しています。日本語の広告・紹介コメントには「エマ・カークビー参加」とわざわざ注記してあるのは、他に国際的な知名度が高いアーティストが見当たらないからでしょう。

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 このアルバムは、最初にバッハのオルガン曲・ BWV.651 コラール” Komm, heiliger Geist, Herr Gott 「来たれ聖霊よ、主なる神よ」”によるファンタジアと、そのコラールの合唱で始まり、その後に続けてロ短調ミサが連続演奏されています。このコラールの歌詞は、グレゴリオ聖歌の“Veni Sancte Spiritus”、いわゆる「聖霊の続唱」を、マルティン・ルターがドイツ語に訳したものです。このグレゴリオ聖歌は聖霊降臨の大祝日(クリスマス、イースターと並ぶ3大祝日)のための聖歌です。ルターが訳したコラールの方は、バッハの聖霊降臨の教会カンタータ・BWV 59 ” Wer mich liebet, der wird mein Wort halten (人もしわれを愛せば、わが言を守らん)”の中で使われています。わざわざこれを選んで演奏しているのは、この演奏が行われた2009年5月31日が、丁度聖霊降臨・ペンテコステの日だったからだと考えられます。バッハのロ短調ミサがメインのプログラムなので、同じバッハの作品で統一したのでしょう(コラールは、厳密にはバッハの作曲ではない)。

 フリーベルガーの指揮は、今回のロ短調ミサ曲でも素朴であたたかみのある演奏( なんとなく都合のいい表現に見えますが、そうした言葉が全然似合わない演奏があるのも事実なのでご容赦を )ですが、同じバッハでも前回のマタイ受難曲より印象が弱く、特にグロリアでの金管楽器の苦しそうな音色がなんとなく危うくきこえました。元来がそういう音なのか、どうも高音が苦しそうで外れかかっているように聞こえます。ライブ録音と表記があり、客席の咳等も入っているので正真正銘一発録りのライブ録音かもしれません。そういう点はあっても、クレド以降は溌剌として歌詞内容がよく表現された演奏だと思えます。ブリュッヘンの旧録音を少しスマートに、明朗にしたような印象でした。今回も独唱で「男声アルト」を起用していて、OVPP(一声部一人)や完全に男声だけというスタイルをとっていないのに、その点にはこだわっています。

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  バッハの音楽が好きな人はワーグナーについてどういうイメージを持たれているのか分かりませんが、後者は第一次大戦後、ヒトラーが政治的に利用したこともあっって、有る程度悪玉的な感情を持たれていると想像できます。このブログではバッハの宗教音楽を度々、半ば機械的に取り上げていますが、ブログを始めるもっと前はCDを新規に購入するならワーグナー作品だけでいい、くらいに思っていて、それくらい好きでした(好き、とよく理解している、は異なるけれど)。その前は、リリングの指揮のカンタータ等でバッハの方にかぶれていました。理論的には誤っていると思いますが、実はワーグナーとバッハは時代も生活環境も異なるものの、音響的に何か近いものがあると、生理的に感じていました。でも、今回のような、オーストリアの田舎町(地方が充実しているので日本とは感覚が違うかも)の素朴なバッハ演奏を聴くと、バッハとワーグナーにはやっぱり隔たりがありそうに思えてきます。

 独唱やコーラスも、器楽アンサンブルももっと上手く、刺激的なバッハ演奏はあると思いますが、このシリーズは演奏する側も聴く方も「自分たちのバッハ」を持っていて、ゆったりと楽しんでいるような独特の魅力が感じられます。

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25 3月

ビクトリア ミサ Alma Redemptoris Mater ヌーン他

トマス・ルイス・デ・ビクトリア ” Tomas Luis de Victoria  ”(1548-1611) 

ミサ曲「アルマ・レデンプトリス・マーテル

 曲目一覧は後記

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マイケル=ヌーン
指揮

~ アンサンブル・プルス・ウルトラ

ソプラノ:グレース・デイヴィドソン、ナタリー・クリフトン=グリフィス
メゾソプラノ:クレア・ウィルキンソン
男声アルト:マーク・チェンバーズ、デイヴィッド・マーティン
テノール:トム・フィリップス、アシュリー・ターネル
バス:ジミー・ホリデイ、ステュアート・ヤング

オルガン:アンドレス=セア

(2008年10月27日-11月1日 レルマ(スペイン)聖ペトロ教会  録音 ユニバーサル・ARCHIV)

110325a   このアルバムの特徴は、多声・ポリフォニーのモテットやミサ曲が声楽アンサンブルだけではなく、オルガンも加わって演奏していることです。そのため独特の華やかな響きになっています。ルネサンス期のミサやモテットはほとんど無伴奏で演奏、録音されているので珍しいスタイルです。オルガンは控え目で、合唱の一声部のようになっています。特にミサ曲「アルマ・レデンプトリス・マーテル」は、慰めに充ちた美しい曲で、演奏のせいかビクトリアの作品としては明快な響きに聴こえます。「 中世ルネサンスの音楽 皆川達夫・著(講談社学術文庫) 」の中に、短いながらビクトリアについて次のように書かれていました。「とくにレクイエムや聖週間聖務曲集でビクトリアが『受難』や『死』を歌うとき、狂気にも近い感情の高揚をみせる。おそらくそれはバロックというより、マニエリスムと呼ばれるべき芸術であろうが、スペインならでは生まれえぬ音楽であり」。「狂気にも近い」という感覚がどうもよく分かりませんが、このアルバムの中では特にマニフカートは情熱的な作品だと思いました。

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   声楽とオルガンによるミサと言えば、2本のホルンとオルガン、アルト独唱という珍しい編成のブルックナーの「ヴィントハークのミサ」があり、時代は隔たりがあるものの、その簡素な響きとどこか通じるところがあります。演奏・録音しているのはスペイン北部のレルマという小さな町の古い教会です。マイケル・ヌーンのこのビクトリアのシリーズはイギリス国内で録音されてきましたが、今回はビクトリアの生地スペインに来ています。レルマは大聖堂で有名なブルゴスの南方にある古い街だそうです。CDの解説文には色々書いてあるかもしれません。作曲者ビクトリアが生まれたのはスペイン中西部のアビラで、ブルゴスやレルマとは少し離れています。レルマで録音されたのには、ビクトリアと何かゆかりがあるからかどうかは分かりません。没後400年の今年に、ビクトリアについて何らかの出版物が出ることを期待します。

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 このミサ曲のタイトル名になっている「 Alma redemptoris Mater アルマ・レデンプトリス・マーテル(救い主のうるわしき母) 」とは、グレゴリオ聖歌の聖務日課で一日の最後にあたる「終課」で歌われる、4曲ある聖母マリアのアンティフォナの一つです。他の3つは、サルヴェ・レジーナ(幸いなるかな女王) ” Salve regina ”」アヴェ・レジーナ・チェロールム(めでたし天の女王) " Ave regina coelorum "」 レジーナ・チェリ(天の女王)” Regina coeli ” 」です。これらはいずれも有名で親しまれている曲なので、第2ヴァチカン公会議以後に作られた日本語の歌詞に作曲された典礼聖歌集の中にもあります。ラテン語の聖歌の方も現代日本でも歌われることがある程です。

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 ということで、このアルバムは、聖母マリアにまつわるモテット、マニッフィカート、ミサ曲を集めています。スペイン・ルネサンス期最大の作曲家、ビクトリアの没後400年に合わせて進められている、マイケル=ヌーンと彼の主宰するアンサンブル・プルス・ウルトラによるビクトリア全集録音の第5集にあたります。第10集で今年中に完結する予定のようですが、日本で入手できるかどうか。3月25日は典礼暦では「神のお告げ」の祝日です。新約聖書の受胎告知の記念で、東方教会や西方教会では主にカトリック教会等で祝われてきました。それにちなんで、聖母マリアの曲を集めたこのアルバムを取り上げました。重苦しい毎日の静かな慰めになる曲と思え、通勤途中で度々聴いていました。

CD収録曲一覧

1.Magnificat primi モテット

2.Alma redemptoris モテット

3-8:上記のミサ「アルマ・レデントプトリス・マーテル」

9.Ut queant laxis ~ オルガン曲

10.magunificat quarti toni(Antifona:sancta Maria sucure):マニフィカト第4旋法

  ~(グレゴリオ聖歌のアンティフォナ「聖なるマリアよ、助けに来てください”Sancta Maria, succure”・アントニオ・デ・カベソン(1510-1566)作曲のオルガン・ヴァースを伴う)

11.Vadam et circuibo (arr.Bovicelli,1594)

12.Pange lingua glorisi 'more hispano'

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23 3月

グレゴリオ聖歌「晩課、終課、ミサ聖祭通常聖歌集」

グレゴリオ聖歌の「晩課、終課、ミサ聖祭通常聖歌集」

ヨセフ・ガジャール 指揮

 サン・ピエール・ド・ソレム修道院聖歌隊

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(1958年発売 ACCORD)

Sunday Vespers  ~ (日曜の晩課)

Sunday Complines  ~ (日曜の終課)

Kyriale ~ (ミサ聖祭通常聖歌集)

 Mass.8 ” De angelis ”

 Mass.15

 Mass.16

 このアルバムは、フランスのACCORDから復刻発売されているグレゴリオ聖歌集(ほとんど全集的らしい)の一枚で、ローマ数字で15と表記されています。演奏はこのところ続けて紹介したCDと同じく、サン・ピエール・ド・ソレム修道院聖歌隊です。「グレゴリオ聖歌の全ての音符は、どれも同一の長さで歌われるべき」とする定量リズムの立場であるソレム唱法にしたがっています。曲は第2ヴァチカン公会議以前の、司祭や修道者のための「聖務日課」、日曜日のものの中から一日の最後の「終課」と、その前の「晩課」、18種類あるミサ通常文から8番、15番、16番が収録されています。つまり特別な祝祭日ではない、日常の祈りやミサの聖歌を集めているということです。

 Vespers・晩課と言えば、ブログでも何度か取り上げたモンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」が有名です。当然このグレゴリオ聖歌の「日曜日の晩課」と同じ歌詞も含まれています。モンテヴェルディの何度目かの回で、晩課を一日の最後の祈りと書いていましたが、それは間違いで、正しくは最後の前で、「終課」が一日の最後でした。

 次のミサ通常文もそうかもしれませんが、この晩課と終課として収録されているものの中にはほとんど朗読のようなもの(特に終課)もあって、音楽的、芸術的には平凡と思われるものも多くあります。個人的には非常に魅力的だと思っていますが、西洋人が日本の法事の読経をきくのに似ているかもしれません。

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3種のミサ通常文の中では、Mass.8 ” De angelis ”が特に有名で、「天使ミサ」と呼ばれ現代の日本のカトリック教会でも歌われることがあります。これはグレゴリオ聖歌の中ではかなり新しい曲で、15世紀頃作られたそうです。クラシック系統のLPやCDではこの曲が録音されているのはほとんど無かったはずです。ということは、やはり芸術的価値という観点ではさして重要ではないという判断なのでしょう。日本のフォンテックから、聖グレゴリオの家聖歌隊のカセットがあったようです。後はカトリックの修道会、サンパウロか女子パウロ会が出しているCDの中に含まれているくらいでした(この系統の音源は音質の面で期待できないものもある)。

 この曲には個人的に、忘れ難い思いでのようなものがあります。何年か前の聖木曜日か、復活徹夜祭(と言っても宵の口から始めて9時過ぎには終わる)で聖歌隊が天使ミサを歌っていて、新年度から遠方へ赴任するブラザー(修道者)が、入堂したり潅水するすために移動する司教と視線を交わしてかすかに笑みを浮かべていた姿が目に焼き付いています。別に何でもない光景なのですが、司教叙階前から知っているであろう長年勤めたブラザーをねぎらうような、何とも柔和な表情と、それを受けるブラザーの控え目な笑顔が印象的でした。このブラザーは個人的に顔見知りで、その人の居る所へ顔を出してちょっと話すだけで、何となく疲れが取れるような感じだったので密かな楽しみでした。例えはよくありませんが、赤ちょうちんののれんをくぐってちょっと立ち寄るような感覚でした。それもできなくなる寂しさもありました。他にも旅行者か、日本に長期滞在している外国人が大きな声でこの天使ミサを歌っているのも目に入りました。普段はほとんど日本語だけのミサなので、久々に母国の友人に再会したような喜びようでした。要するに、海外でも天使ミサは親しまれていることが分かるということです。

 そんなことがあって、今頃の季節になると天使ミサの旋律が妙に聴きたくなります。今回のCDのような切り口で聖務日課と併せて収められていると、聖歌が日常の営みと祈りを縫い合わせているような姿が浮かび上がってきます。それにしても、ACCORDのこのシリーズはかなり網羅的でつくづく感心させられます。これらの音源がかつて日本版のLP20枚で出ていたというのも驚かされます。これらの中で一番古い録音はちょうど第二ヴァチカン公会議(1962年~1965年)直前期なので、典礼が大きく変わる前に録音で記録しておくという意図でこの企画が進んだのだろうと推測できます。

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21 3月

ソレム派と違うグレゴリオ聖歌 ヨッピヒ師 枝の主日の聖歌

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グレゴリオ聖歌 -その伝統の地を訪ねて-

3. ミュンスターシュヴァルツァハ修道院聖歌隊

  ゴーデハルト=ヨッピヒ神父 指揮

  枝の主日のための聖歌集

(1976年1月 録音 ARCHIV)

 現代では音楽を記録するには録音という手段があり、楽譜に記録もできますが、中世やそれより前なら勝手が違うのは明らかです。今日のグレゴリオ聖歌のアルバムは、そうした音楽の記録伝承の問題に係るアルバムです。

 これは1972年~1977にかけて録音され、アルヒーフからLPレコード6枚出ていた企画「グレゴリオ聖歌 -その伝統の地を訪ねて-」を、1995年にCD4枚組で復刻したもの、その2枚目のCDです。このシリーズは、ヨーロッパ各地の教会や修道院のうち、独自の伝統に支えられた典礼と聖歌を伝えている所を6カ所選んで録音したものです。厳密にはグレゴリオ聖歌そのものとは異なる聖歌も含まれています。下記の6カ所の聖歌隊は見ての通り、1と5がスペイン、2がスイス、3がドイツ、4がフランスで、6はイタリアです。5は古いスペインのモザラベ聖歌、6はアンブロジオ聖歌を伝えています。他の4つがグレゴリオ聖歌で、その内4だけがソレム唱法で歌っています。他の3つの聖歌隊はソレム唱法ではない独自の伝統にのっとって歌っています。

1.モンセラート修道院聖歌隊

2.マリア・アインジーデルン修道院コーラル・スコラ

3.ミュンスター・シュヴァルツァハ修道院聖歌隊

4.フォンゴンボー・ノートルダム修道院聖歌隊

5.サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院聖歌隊

6.ミラノ大聖堂聖歌隊

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 このドイツにあるミュンスター・シュヴァルツァハ修道院聖歌隊は16名で構成されていて、指揮するヨッピヒ神父は日本でもグレゴリオ聖歌の指導をしています。昨年紹介の聖グレゴリオの家聖歌隊の精鋭である「カペラ・グレゴリアーナ ファヴォリート」のCDでも指揮をしています。ヨッピヒ神父は1932年生まれで、ブレスラウ(オットー=クレンペラーの生地、現在はポーランド領)音楽学校で勉強をはじめて、1956-1962年にローマの聖アンセルモ神学校で学び神学博士号を取得しています。その前の、1952年に修道会のベネディクト会に入会しています。その後、1968-1974年にはローマ教皇庁音楽学校で勉強し、1974年からはミュンヘンの音楽学校でグレゴリオ聖歌と記号学を教えています。

 CD付属の解説によると、「ソレーム派の等価リズムではなく、計量リズムの立場をとっている(ヨッピヒ師)ため、ソレーム風の流れるようなロマンティックな音楽とは異なり、ひとつひとつの音を強調するような、力強さのある演奏となっている」、ということです。CDになる前は、このシリーズの1、2、4しか聴いたことが無くCD化されてはじめて聴けました。ヨッピヒ師は上記のようにグレゴリオ聖歌の専門家なので、他にも録音がありました。

110321c_2   ソレーム派・等価リズムとは専門的なことで分かり難いことですが、「 中世・ルネサンスの音楽 (皆川達夫 著)講談社学術文庫 」の中に解説がありました。グレゴリオ聖歌の旋律は、ネウマという譜法で記譜されていて、音高や音程を厳密に規定できないが一度記憶した旋律を思い出す手段としては、有効な方法とされています。ネウマは改良されて譜線つきネウマになり、旋律の音高、音程は明らかになってもリズムは不明確でした。「グレゴリオ聖歌が昔、本来どのようなリズムで歌われていたか」が論争の的で、ソレム派・等価リズムの立場と、このCDのヨッピヒ師等計量リズムの立場の違いはその点についてです。
 ソレム派・ソレム唱法とは、「グレゴリオ聖歌の全ての音符は、どれも同一の長さで歌われるべきで、しかもその音が二つないし三つのグループを形づくり、揚音(アルシス)と抑音(テーシス)の関係で流動してゆく」と説明されています。
 一方計量リズムの立場は、「中世の頃のグレゴリオ聖歌は、今日の音楽と同じように、ひとつひとつの音に長短の区別があって、一種の計量リズムで歌われていた」という立場です。これはこのCDの演奏の立場です。同じ曲を違う唱法で歌っている録音で聴いてみると違いが具体的にイメージできるでしょう。

 このCDでは復活の主日・イースターの一週間前の「枝の主日」で歌われる聖歌、「枝の祝別式の聖歌」と枝の主日のミサの固有文が収められています。前者はアンティフォナが7曲、イムヌス1曲、レスポンソリウムが1曲です。後者は、入祭唱、昇階唱、詠唱、奉献唱、拝領唱の5曲です。枝の主日(又は受難の主日とも呼ぶ)には今でも会衆が棕櫚の枝をかざして司祭の入堂を迎え、この日持ち帰った棕櫚を翌年の四旬節前に集めて、「灰の水曜日」で使う灰を作ります。 

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18 3月

バッハのヨハネ受難曲 アーノンクール旧盤

J.S.バッハ ヨハネ受難曲 BWV.245

ニコラウス=アーノンクール 指揮

ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスコルス・ヴィエネンシスウィーン少年合唱団

テノール(福音書記者):クルト・エクウィルツ

バス(キリスト):マックス・ファン・エグモント

(ソプラノ、アルト独唱):ウィーン少年合唱団員、他

(1965年 録音 Warner)

 バッハのヨハネ受難曲は、冒頭合唱の悲痛な叫び、” Herr !”が切実に迫ってきます。特に今はまさにその叫びに自然と心が合わさります。近年録音も出たヨハネ受難曲の第2稿なら、その曲ではなくマタイ受難曲第1部の最終曲が冒頭の曲にあてられています。このCDは昭和40年と古い録音で、有名なリヒター盤と同じ頃のものです。この演奏は合唱、独唱とも男声だけ、古楽器アンサンブルによる、という徹底した方針です。声楽はウィー少年合唱団、その出身者で構成されるコルス・ヴィエネンシスが担当し、ウィーンPO出身のアーノンクールが指揮するウィーン・コンツェントゥス・ムジクスが器楽を受け持ち、ウィーンのバッハということになります。今からこの録音と、リヒター盤を眺めて見ると色々と対照的な演奏だったのが分かります。特に日本での人気は、マタイだけでなくヨハネも圧倒的にリヒターの方が高かったと思います。

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 今あらためて聴いてみると、古楽器、男声だけという手法を前面に推し出すだけという演奏では無く、とても真摯で心に響く演奏だと思います。福音書記者の歌唱等はリヒーター盤の峻厳な世界とは違うものの、血の通った音楽で過去のものと切り捨てるには惜しいと心底思えます。ちなみに福音書記者のクルト・エクウィルツは同じくアーノンクールのマタイ受難曲旧盤でも福音書記者を歌っています。ヨハネ受難曲は、マタイのようにキリストのセリフに該当する独唱箇所で独特の装飾音が付かないことや、アリア等福音書の記事やコラール以外の自由詩楽曲が少ないという特徴があります。その点で、少年合唱団を独唱(女声の代わりに)にも起用するスタイルは、独特の柔らかい雰囲気が効果的だと思いますが、反面何となく緩い空気になり、好みが分かれるかもしれません。

 70年代は当然、80年代もLPレコードはあまり買えなかったのでアーノンクールもFMで稀に聴くだけで、あまり印象に残っていませんでした。むしろ、ライプチヒやドレスデンの団体が演奏するバッハの方に、先入観も手伝ってか関心がいっていました。それが今頃になって、新鮮に聴こえています。このヨハネ受難曲は、昨年とりあげた結婚式のBWV197マタイ受難曲旧録音と大体同時期(BWV197は1969年、マタイは1970年)の録音です。余談ながら、ウィーン少年合唱団は日本のTV・CMにも登場することからあまり宗教音楽を演奏するというイメージがなく、レーゲンスブルクやドレスデン等の方がふさわしいと勝手に思っていましたが、それも誤りだったと思います。

113018a_2   四旬節に入り、受難曲のシーズンです。今年はバッハのヨハネ受難曲の新譜が続くようです。今ではこのアーノンクールのような演奏も特に刺激的ではなく、当たり前のようになっています。 バッハの宗教音楽を少年合唱団を用いて男声だけで演奏するという方法は、「 クレンペラー 指揮者の本懐 シュテファン・シュトンポア編 野口 剛夫 訳 (春秋社)」にも紹介されていて、クレンペラー自身もそのやり方でカンタータをウィーンで演奏したことがあるようです。ちなみにアーノンクールの他には、90年代後半以降神奈川フィル等で活動したハンス=マルティン・シュナイトもクリスマスオラトリオやヨハネ受難曲もこうした方法で演奏して録音を残していました。このシュナイトのヨハネは最近までLPがあることも知りませんでした。CD化されたことがあるかは不詳です。というくらいの認知度、伝播度だということは、そのヨハネ受難曲の評判はいまひとつだったのだろうと推測できます。ヨハネ受難曲の世界には、不似合いという評価だったのかもしれません。そうすると、このアーノンクール旧盤は貴重な録音です。

 それにしても、ウィーン少年合唱団、コルス・ヴィエネンシスによる最終曲の手前、” Ruht wohl, ihr heiligen Gebeine, ~” と最終曲” Ach Herr lass dein lieb Engelein~”は本当に慰めに充ちています。

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17 3月

グレゴリオ聖歌・聖ヨゼフの祝日のミサから

 「 春になれば しがこもとけて  どじょっこだの ふなっこだの~」という童謡は春のおとずれの実感がこもっています。この歌は東北地方のわらべ歌だそうで、釣りきち三平の三平は、この歌は鮒の産卵時期、浅瀬や支流に乗り込んでくる「のっこみ」を歌ったのだと解釈していました。今晩は京都市も雪が風に舞っていました。

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グレゴリオ聖歌~

聖ヨセフ(3月19日)

洗礼者ヨハネの誕生(6月24日)

聖ペトロ(6月29日)

ヨセフ・ガジャール 指揮

サン・ピエール・ド・ソレム修道院聖歌隊

(1962,1963年 発売 ACCORD)

 これは先日の” Mass of the Common of Our Lady ”と同じくサン・ピエール・ド・ソレム修道院聖歌隊の古い録音のCDです。3月19日は近頃特に地味な扱いの聖ヨゼフの祝日です。手持ちのCDをよく見てみるとちゃんと聖ヨゼフの祝日の聖歌が収録されていて、つくづくこのシリーズには感心させられます。「 de Solesmes Abbaye 」の12(CDの表記はローマ数字)で、28曲あり1-9曲が聖ヨゼフ、10-18曲が洗礼者ヨハネ、19-28曲が聖ペトロという配分です。

110317a1:入祭唱・棕櫚のごとく正しき人

2:Kyrie・12

3:Gloria.・12

4:昇階唱・主は先立ちたもう

5:詠唱・幸いなるかな

6:奉献唱・真理は光

7:Sanctus・12

8:Agunus・12

9:拝領唱・ダビデの子ヨセフ

 詳細は上記の通りで、通常文(12番)が入っています。固有文各曲の日本語題名は概ねこうだろうという推測です。12番は他の演奏者(フォンゴンボー・ノートルダム修道院聖歌隊)のLPで、悩みが多かった80年代によく聴いていました。それもソレーム唱法による歌唱で、「グレゴリオ聖歌 その伝統の地を訪ねて(アルヒーフ)」として国内盤CDでも復刻されています。

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 先日、文庫本化された「 中世・ルネサンスの音楽 (皆川達夫 著)講談社学術文庫 」を読んでいると、歴史的学問的にソレーム唱法が正統とは言い切れないという記述が見つかりました。それでも、聴いていて安らぎを感じる歌だと思えます。この本は1977年発刊(講談社新書)なので30年以上前の著作です。皆川氏はNHK・FMの早朝で解説を担当されていました。この本の冒頭に、番組へ寄せられたリスナーからのお便りが紹介されていて、典型的なクラシック音楽のフアンで無い若い人や、ハンセン病の療養中の方等裾野の広いリスナーがあったことがうかがわれました。早朝という放送時間帯も原因の一つだと考えられますが、バッハやヴィヴァルディ等バロックよりも古い時代の音楽(と言っても幅広い)が新鮮に聴こえていたのだと、若い頃の自分の感想を思い出しながら、改めて実感させられました。

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10 3月

デュリュフレ グレゴリオ聖歌による4つのモテット他

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モーリス=デュリュフレ

グレゴリオ聖歌による4つのモテット Op.10

ビル・アイヴス 指揮

オックスフォード・マグダレン・カレッジ合唱団

イングリッシュ・シンフォニア(レクイエムのみ)

オルガン:マルティン・フォード、他

(2007年録音 Harmonia Mundi  )

110310h_2同時収録・宗教曲

レクイエム Op.9(小管弦楽とオルガン版)

ミサ曲『クム・ユビロ』Op.11

同時収録・オルガン曲

顕現節の入祭唱への前奏曲 Op.13

アンリ・ラボーの主題によるフーガ

ジャン・ギャロンを讃えて

瞑想曲 

* このように、声楽・宗教音楽だけでなく、オルガン曲も入っています。デュリュフレの出版されている作品は多くはないので、これだけでも貴重な録音です。

 昨夜のニュース番組の特集で、東京大空襲を経験したインタビュー映像が、記念館の建設が中座しているので、お蔵入りになったままだということを知りました。去年の今頃も東京大空襲、大阪大空襲云々とブログで書いていましたが、母の一家が大阪市港区で空襲によって焼け出された経験があるので子供のころから空襲の話はよく聞かされました。また今年も3月の空襲の月が近付いたと思っていると、日本軍の重慶爆撃を生き延びた老人が新聞で紹介されていました。大阪の場合は一夜で死者が15,000人という被害を聞くにつけ、せめてもう少し早く終戦を迎えられなかったのかと思えてなりません。

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 デュリュフレのレクイエムの録音も知らない間にかなり増えています。定番的な評価を獲得しているのはどれかは把握していません。フォーレならコルボやクリュイタンス等いろいろと名盤が生まれています。

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 これはデュリュフレのレクイエムがメインのCD(のはず)ですが、聴いてみると「グレゴリオ聖歌による4つのモテット」の方が今回の、演奏者にふさわしく素晴らしいと思えました。レクイエムはフルオーケストラ版で演奏されると顕著なように、かなり起伏のある曲で、少年合唱を主体とした今回の編成では少々苦しそうです。四つのモテットはグレゴリオ聖歌の中で広く親しまれている歌4曲の旋律に基づいて作られていて、冒頭は聖歌の旋律で始まるのが特徴です。デュリュフレのレクイエムもそういう作り方になっています。

 そういうわけで、「グレゴリオ聖歌による四つのモテット」の各曲の標題です。

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Ubi caritas ” ~ ウビ・カリタス(左記のラテン語表題は、続いて” et amor, Deus ibi est .”となり、「慈しみと愛のあるところ、神はそこにおられる」という意味。)

Tota pulchra es ” ~マリアはすべてが美しい方

Tu es Petrus ” ~汝はペテロ

Tantum ergo ” ~タントゥム エルゴ(かくも尊き秘跡を)

 四つのモテットは、上記の4つの曲で題名はいずれもラテン語でグレゴリオ聖歌と同じです。ウビ・カリタスとタントゥム・エルゴはメロディも含めてかなり有名で、特に前者は聖木曜日のミサで歌われて有名です。歌詞と邦訳は下記の通りです。歌詞よりもこの曲のメロディーが何とも言えない平和的で、のどかな美しさです。ただ現実の世界は、神云々はさて置くとしても、また別物で、歌のようには行きません。

Ubi caritas et amor(Vera ), Deus ibi est.
慈しみと愛のあるところ、神はそこにおられる。
Congregavit nos in unum Christi amor.
わたしたちはひとつに集まる、キリストの愛のもとに。
Exsultemus et in ipso jucundemur.
歓び踊れ、この喜悦によって。 
Timeamus et amemus Deum vivum.
畏れつつ熱愛せよ、生きておられる神を。
Et ex  corde diligamus nos  sincero.
そしてわたしたちも心から清く愛し合おう。
Ubi caritas et amor, Deus ibi est.
慈しみと愛のあるところ、神はそこにおられる。
Amen.

 昨夜のニュース番組で、東京大空襲の生存者の一人(画家)が描いた「もっと生きたかった」という子供の絵には胸を突かれました。日本だけでなく世界中でいたる所でそう思いつつ命を全うできなかった子供がいた、居ることでしょう。例年3月~6月は何となく心身ともに調子が良くない のですが、「もっと生きたかった」という言葉で目を覚まされる思いがします。

8 3月

ブルックナー ミサ曲第2番 レーグナー ベルリン放送SO

110308  本日のCD、ブルックナーのミサ曲第2番とは全然関係ありませんが、第144回芥川賞に西川賢太氏の「苦役列車」が選ばれて、作者の経歴等とともに話題になりました。同時に受賞した朝吹氏とはルックス共々非常に対照的でした。先月、その受賞作品の単行本を昼食時に読んでいました。女性には嫌われそうな作品だと、余計なお世話ですが、冒頭からそう思えました。ただ、ぐっと手首をつかんで、有無を言わさずにはしご酒に連れまわされるような力強さが迫ってきて印象的でした。単行本は表題作と「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」の2作品が収められています。人間はブランドとかそうした物に弱いもので、芥川賞というものが無ければ文学雑誌を毎月読むような人以外、この作品を読むことは無かったのではと思います。私の兄(異母兄)は所謂知的障がい者で、義務教育は校区の特別学級に通い、高校は養護学校高等部に行っていました。この作品「苦役列車」の貫多のように、中学を卒業してアパートを転々としながらでも一人で生きて行くというのは非常に困難なので、微妙な感覚で読みながら、紙一重のような親近感も感じてきました。

ブルックナー ミサ曲 第2番 ホ短調(第2稿・1882年版)

ハインツ・レーグナー 指揮 ベルリン放送交響楽団・合唱団

(1988年2,6月 録音 Berlin Classics )

 先日ハインツ=レーグナーの録音がまとめて発売される広告があり、手元にはそれらの曲目は中途半端な形で持っているので、値段を見てしまったことをしたと思いました。旧東ドイツ時代に、ベルリン放送交響楽団とのコンビでいろいろ録音が出ていましたが、ブルックナーの4番以降の交響曲、ミサ曲2曲、テデウムは何度も廉価盤で再発売されていました。レーグナーは先日のギーレンより2歳若いのに既に故人です。

 レーグナーのブルックナーは、壮大とか深遠、宇宙云々という時々ブルックナー作品に付いてまわる修飾の言葉とは縁遠い、淡泊な演奏にきこえました。ミサ曲の場合はちょっと合わなさそうに思えますが、聴いてみると活き活きとした演奏で魅力的です。管楽オーケストラが前面に出ていない部分でも、合唱の美しさが際立っています。ブルックナーの宗教音楽独特の神秘的な空気も十分出ています。

  ブルックナーのミサ曲第2番は、こういうジャンルには珍しく独唱パートが無く、管楽合奏と混声合唱から構成されています。カトリック教会の「無原罪の御宿り」を記念する、新しいリンツの大聖堂の、先端部分(アプス)に設けられる奉納礼拝堂の献堂式のためにルーディキール司教から委嘱されました。御宿り云々はこのさい置くとして、大聖堂そのものが工事中であると予測されるため屋外での演奏を前提にしてそのような編成になったということです。

 この曲は1866年11月に完成して1869年9月29に献堂式のミサで初演されています。その時の状態が第1稿です。ブルックナーの宗教音楽は他の大作曲家の多くの場合とは違って、実際にミサの中で使われているのが特徴です。交響曲であれ程改訂、異稿がついて回ったので声楽作品でも改訂があってもおかしくありません。その後、1882年に改訂されて1885年に初演されています。改訂されたのは主にクレドのところのようです(聖母マリアにまつわる委嘱のため)。この曲を聴いていると、第1番よりも前に作曲されたミサ曲の姿がおぼろげながら見えてきます。

 この曲はブルックナーの作品の中でも特に清らかさを感じさせますが、作曲者もそういう精神が盈満して澄み切っているのかと言えば、伝記等を見るとそうでもありません。生身の人間なので当たり前のことですが、オーバーアマガウで10年毎に行われてきた「受難劇」を観た時は、出演者の17歳の女性に一目惚れしたりとか、ちょうどこの曲を作曲している頃に弟子の十代の女性に求婚したり等、危うさ(結婚というだけ真面目だとは言える)も見られます。

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