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続・今でもしぶとく聴いてます

2015年03月

30 3月

シュッツのマタイ受難曲 シュトゥットガルト歌劇場合唱団

1503zハインリヒ・シュッツ マタイ受難曲 SWV.479

ディーター・クルツ 指揮
シュトゥットガルト国立歌劇場合唱団

(録音データ皆無 BELLA MUSICA)

 昨日が受難の主日なので今年も聖週間に入りました。枝の主日にもらった棕櫚の葉は一年後の灰の水曜前に返して、灰にして額に塗られることになりますが、去年の葉はどうなったか分からなくなりました。それはともかく、この一年はすさまじく長かったような気がするものの、ただ歳を重ねただけのようなむなしさも重なります。このシュッツのマタイ受難曲のCDは録音年月日とかが全然記載されておらず、それどころか演奏団体の名称も間違っている可能性があります。シュッツが晩年に作曲したドイツ語による三つの受難曲、ルカ、ヨハネ、マタイはどれも好きなので、あまり録音数が多くないのでとりあえず見つけたら購入しています。

 この録音は特に受難曲とかシュッツに特化した風でもなく、近年の小編成アンサンブルによるスタイルとも違いますが却って力強く受難の記事がきこえてくるようです。歌劇場のコーラスがシュッツの受難曲をわざわざ録音するというのは考えにくいので、掛け持ちしている団員による合唱団くらいの位置付けの団体によるのではないかと思われます。エーマン指揮のシュッツのヨハネ受難曲の録音を思い起こすとこのCDは平凡にも思えますが、ま正直に取り組んでいるようでこれも好感がわきます。

 昔TVで放映された「天才バカボン」の哀愁を帯びたエンディングに「41歳の春だから~」という歌詞が出てきました。もう既にその年齢を過ぎてしまったのでなんか複雑な心境です。それくらいの年齢になるとまわりで自殺した人もチラホラあります。映画で多額の負債を負ったさだまさしは毎日死にたいと思っていたそうですが、死にたいと思うことと実際に死のうとすることは大きな差があると言っていました。越えられない淵があるくらいだとすれば、当人が決行する前に察することはできないのかとか、後になると色々思われます。たまたまビクトリアのCDパッケージに、福音書の場面の一つ、ユダが首を吊っている透かし彫りのような作品の写真があって、それを見ているとついそんなことを思いました。その作品、ユダの下には袋からこぼれた銀貨が描かれ、横には磔刑のキリストが描かれています。
18 3月

ブルックナーのモテット集 エジンバラ・セント・メアリー大聖堂

150318zaブルックナー:モテット集


ダンカン・ファーガソン 指揮
エジンバラ・セント・メアリー大聖堂聖歌隊

RSAMDブラス


おおマリア、御身は何と美しく
エクアーレ第1番
「2つの死者のための歌」より 第1番
アヴェ・マリア
乙女らは王の御前に導かれ
キリストはおのれを低くして
見よ、大司祭
エサイの杖は芽を出し
この場所は神が作り給う
パンジェ・リングァ
すでに明るく星は昇り
エクアーレ第2番
リベラ・メ ヘ短調
「2つの死者のための歌」より 第2番
王の旗は翻る
正しい者の口は知恵を語り
私は僕ダヴィデを選び 
 
(2010年5月31日-6月4日 スコットランド,エジンバラ・セント・メアリー大聖堂 録音 Delphian

150318zb 昨日の3月17日はアイルランドの守護聖人「聖パトリック司教」の祝日、セント・パトリック・デイと「日本の信徒発見の聖母」という祝日でした。三月も半分が過ぎてお彼岸の入りが近づく頃にこの日があるので毎度のことながら春らしい気分になります。といっても特に何をするわけでなし(早起きしてミサにあずかるとかは至難のわざ)。せめて気分だけでもと、それらしいものに触れるつもりでブルックナーのモテット集を車の中で聴きました。ブルックナーの声楽作品ならテ・デウムやミサ曲第3番、詩篇150篇といったオーケストラを伴う作品の演奏、録音頻度が高いようですが初期の作品、もっと簡素な編成のモテットやミサ曲の中に魅力的なものがあります。

150318z このアルバムは合唱団とオルガン、金管アンサンブルによる演奏であり、ことのほか静かな空気をたたえています。スコットランドのエジンバラにある「セント・メアリー大聖堂聖歌隊」というのがどういう団体なのか分かりませんが、CD付属冊子の写真で見る祭壇からしてローマ・カトリックのようです。聖歌隊のメンバーは男声だけでなく女声も含まれているところを見れば他の教派の可能性も考えられるものの、日本のように信徒数が極めて少ない地域では少年だけでなく女子児童も侍者をしているので、それだけではなんとも言えません。エディンバラはローマ帝国時代のハドリアヌスの長城より北側だった(??)ので、カトリックよりもスコットランド国教会とか長老派の方を連想します。

 指揮をしているダンカン・ファーガソンは2007年からセント・メアリー教会のオルガニスト、音楽監督を務め(就任当時26歳だったとか)ています。「2つの死者のための歌」というのはこのアルバムで初めて見るタイトルです。混声四部合唱の変ホ長調、ヘ長調の二曲は1852年に作曲されました。ブルックナーが18歳の時に作曲したヴィントハーク・ミサの十年後の作品です。

13 3月

モーツァルトのレクイエム ビラー、ライプチヒ聖トーマス教会合唱団

150313Zbモーツァルト レクイエム K.626(バイヤー版)


ゲオルク・クリストフ・ビラー 指揮
ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団


ユッター・ベーネルト(S)
スザンヌ・クルムビーゲル(A)
マルティン・ペツォールト(T)
ゴットホルト・シュヴァルツ(Bs)

(2006年1月21日 ライプチヒ・トーマス教会 ライヴ録音 RONDENAU)

 
東日本大震災から四年が経ちました。仮設住宅、廃炉、中間貯蔵施設、除染、汚染水等々まだまだ時間がかかります。それに思い出したように昭和19年10月に沈んだ戦艦武蔵の船体が見つかり、大戦末期のことにも色々注目が集まり先日は中央線の普通列車が機銃掃射を受けて60名以上が亡くなった事件をTV番組で取り上げていました。その銃撃惨禍は昭和20年8月のことだったので武蔵が沈められた10月頃に遅まきながら降伏していたら、その被害も原爆も大空襲も沖縄戦も免れていたと、今から考えれば残念の極みです。武蔵の艦長が書き残した「被害担任艦」という文字は、その後の出来事を考えると残酷な響きを帯びてきます(被害担任県、都市)。

150313Za 今年度下半期の「TVでドイツ語」は再放送番組で、その中で Thomanerchor(トーマス教会合唱団)の普段の生活を紹介していました。創立800年記念の年に収録したようで、学園での文化祭のような催しをやっていました。合唱団員は寄宿舎で共同生活をしていますが、昼食前に全員で歌ったり生活の隅々にまでコーラスが浸透しているといった暮らしぶりです。団員以外の生徒も別の合唱団を編成していて、他にジャズのバンドもありました。800年前といえばルター派が分離するよりずっと古く、アウグスチノ会トーマス修道院にまで起源はさかのぼります。当時はラテン語の聖歌がレパートリーの大半だったことでしょう。そういえばバッハの評伝にはカントル時代にはラテン語の授業に難点があるとか書いてあり、ドイツ語による礼拝を行っていてもラテン語の勉強はあったようです。

150313Zc 1992年からカントルをつとめるビラーはバッハの主な作品を録音していますが、同じレーベルでモーツァルトのレクイエムのライヴ録音もありました。写真を見る限りはそこそこの人数で演奏しているように見えますが、聴いてみるとコーラスもオーケストラも小編成に聴こえます。それだけに少年合唱の特徴が強調されて、レクイエム-死者ミサの音楽ではないような印象です。バッハの受難曲やカンタータを演奏している時はもう少しシリアスに聴こえたのでこのレクイエムは対照的でした。月並みながら天上の音楽といった感があります。クリップスの古い録音とどことなく似た雰囲気です。このCDは聖トーマス教会合唱団は男声限定でもソリストは女声も起用しています。

 同じように古い録音ではワルター、ニューヨークPOのモノラル録音がありました。その荒々しい演奏とは全く正反対ながら今回の聖トーマス教会合唱団の録音は魅力的で、ミサの形式を再現した形態の演奏ではないのに典礼の呼吸のようなものが漂っています。こういうのは珍しい感慨で、同じ団体でバッハのカンタータを演奏したものを聴いてもそこまでは感じられなかったので、このレクイエムは何か特別な演奏会だったのかと思います。

2 3月

バッハのヨハネ受難曲 ノイマン、ケルン室内合唱団

150302zbJ.S.バッハ ヨハネ受難曲BWV.245(1725年・第2稿)


ペーター・ノイマン 指揮
ケルン室内合唱団
コレギウム・カルトゥジアヌム


福音書記者:マルクス・ブルシャー(T)
キリスト:トーマス・ラスケ(Br)
ルース・ホルトン(S)
ボグナ・バートス(A)
ペトロ,ピラト:トム・ソル(Bs)


(1999年10月11-16日 ザイン,クロスター教会 録音 MDG)

150302za バッハのヨハネ受難曲はバッハがライプチヒに赴任した翌年、カントル就任後最初の聖週間のために作った受難曲でした。今年は5月にコルボが来日して指揮する予定なので聴いてみたいところですが、東京だけの公演なので無理かもしれません。冒頭の「ヘル(主よ)!」という悲痛な合唱が印象的ですが、それとは違う合唱(マタイ受難曲の第1部の最終曲、「人よ、汝の大いなる罪を悲しめ」)で開始する第2稿の録音も増えつつあります。このCDは同じく1725年・第2稿で演奏したヘレヴェッヘの再録音より少し前に録音されたいましたが、長らく存在自体を知りませんでした。ノイマンの名前もピリオド・オケによるモーツアルトのミサ曲全集で見たくらいで、経歴とか詳しい情報はは知りませんでした。

 しかし第2稿だからとか、古楽器的な関心からでなくても率直に感動的な演奏だと思いました。ノイマンのモーツァルトも同様の傾向で、レクイエムを聴いた時はピリオド楽器的なくせというか、あくがあまり感じられず、慣れ親しんだ通常のオーケストラによる演奏の延長上にあるような印象でした。こういう感じは褒めたことになるかどうか何とも言えませんが、宗教曲が好きな層に訴えかけるものがある録音だと思います。

 この録音でケルン室内合唱団は、ソプラノとアルトが各5名、テノールとバスが各4名の18名という編成で、その内でテノール1名がソロも歌うようです。コレギウム・アルトゥジアヌムはヴァイオリン(1,2合せて)が8名、ヴィオラとチェロが各2名、ヴィオラ・ダ・ガンバとヴィオローネが各1名、フルートとオーボエが各2名、バソンが1名という編成で、チェンバロとオルガンの各1名と指揮を合わせると22名です。

 ところでヨハネ受難曲の受難の記事に、イエズスが釘付けされた十字架の下に聖母マリアらが居るという場面がありました。七言にもある「あなたの子です」、「あなたの母です」(ヨハネによる福音書19章26-27節)というのは聖母マリアと使徒のヨハネに対して言われた言葉ですが、ヨハネはゲッセマネの園では師を捨てて逃げ出していました。よく考えればそれが何故刑場にまで出てきたのか、一体どこへ逃げたのか不思議です。これについて、今から三十年くらい前に広島の長束にあるイエズス会・黙想の家におられたヨゼフ・メスネル神父(オーストリア人)は、訪れた高校生に向かって話をしたときに「聖書には書いていないけれど、ヨハネはきっと聖母マリアのところに逃げたのです」と言われたという話が月刊カトリック生活の連載記事(2015年3月号)に載っていました。福音書に出ている十字架の下に居る場面を思うとなるほどと思える話です。それと同時に受難曲の中には過酷な出来事が単色で描かれているだけでなく、様々な色が織り込まれているのだと改めて思いました。聖母マリアはスターバト・マーテルやVesperaeだけでなく、受難曲に於いてもやはり重要な存在でした。

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