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続・今でもしぶとく聴いてます

タリス・スコラーズ

26 9月

ジョスカン・デ・プレ “ Missa de beata virgine ” タリス・スコラーズ

1509z26ジョスカン・デ・プレ(1450/55?-1521) “ Missa de beata virgine ( ミサ・デ・ベアータ・ヴィルジネ )

ピーター・フィリップス 指揮
タリス・スコラーズ 

ソプラノ:ジャネット・コックウェル、エイミー・ハワース
アルト:キャロライン・トレヴァー、パトリック・クライグ
テノール:マーク・ドーベル、ジョージ・ポーリー
        クリストファー・ワトソン
バス:ドナルド・グレイグ、ロバート・マクドナルド


(2010年頃 オックスフォード,マートンカレッジ・チャペル 録音 Gimell)

 先日のヴォーカル・アンサッブル カペラの新譜と同じ曲目をタリス・スコラーズが歌ったCDが少し前に出ていました。こちらの方もジョスカン・デ・プレのミサ曲を全曲録音する計画のようです。アンサンブル名にいただいているトーマス・タリスやウィリアム・バードだけでなく、ビクトリアやパレストリーナ、ジョスカンらの作品もレパートリーにしているタリス・スコラーズはこの分野では不動の地位を確立しています。タリス・スコラーズを初めて聴いたのはCDプレーヤーを購入して間もない1989年か90年くらいでしたが、アンサンブルが設立されたのはもっと古くて1973年だったとプロフィールに載っています。

 このCDは詳しい録音年月日の表記がありませんが発売日から推測すると2010年くらいになります。混声アンサンブルであること、最高音部を女声が受け持つ点は日本のカペラと同じですが女声の人数、総人数が少し違います。それに録音会場、音響の環境も違っています。今回のタリス・スコラーズの方は大学の聖堂となっていますが、どれくらいの広さ、天井の高さなのかわかりません。このアンサンブルが来日した時はオーケストラの公演で使う大ホールで歌うことが多く(地方都市ではそういう場合が多い、京都もそうだった)、その場合は音量の点で少々不満が出ると思います。その点はCDなら問題は無いとしても、贅沢ながらちょっと普通過ぎる音に聴こえます。聴いているとかえってヴォーカル・アンサンブル カペラのCDの録音の独特さが際立ってよみがえります。

 “ Missa de beata virgine ( ミサ・デ・ベアータ・ヴィルジネ ) はジョスカンが元々一つの通作ミサ曲として作ったものではないという説もあり、別々のミサの断章を作曲者以外の人間が組み合わせたと考えられています(そうではないという見解もある)。最も古いとされる1507年頃の写本にはグロリアとクレドしか載っていないことや、他の写本にも一部しか載っていないことが根拠とされています。本当にそうだとすればバッハもロ短調ミサ以上に便宜的ですが、この形態で一つのミサ曲となってから人気が高まり、多くの写本で見られるようになっています。ただ、CDを聴いているだけではそうした経緯、成立についての異説があることなどは想像できません。

13 2月

ビクトリア・エレミアの哀歌 タリス・スコラーズ

ビクトリア  聖週間の聖務日課集からエレミアの哀歌
ファン・グティエレス・デ・パディーリャ(c.1590-1664)
「聖木曜日のための哀歌」


ピーター・フィリップス 指揮
タリス・スコラーズ

(2010年? オックスフォード大学マートンカレッジ・チャペル録音 Gimell)

150213za 胡美芳という日本生まれの中国人歌手が途中から福音歌手(ゴスペルシンガーというには歌のジャンルが少し違う)に転向して、主に日本語の讃美歌や新作の聖歌のような歌を歌っていました。そのアルバムのカセット・テープを母が昔持っていて、先日それのケースだけが出て来て中身は無くなっていました。その筋というか、一定の教派の層の琴線に触れそうなナンバー(「キリストにお会いしてから」etc)が並んでいましたが最近は動向を聞かないと思い、ちょっとググってみたら既に帰天されていました。これを機会に過去のアルバムはCD化されていないか探そうと思いました。そんな昨今、カレンダーを見ると来週が灰の水曜であり、もう四旬節がやってきます。

 正直言えば四旬節期間中でも特に生活が改まるわけではなく、大斎を守ったりはなかなかできません。それ以上に告解、ゆるしの秘跡が未だに苦手でどうにも抵抗を感じます。生まれたばかりの幼子のような心とは程遠いのでいかんともしがたいものです。だからせめて耳から入る音だけでも四旬節らしいものを毎年思って、今時分からシュッツやビクトリアなどの作品をよく聴いています。

 このCDはタリス・スコラーズがビクトリアのメモリアル年に合わせて録音したエレミアの哀歌集で、録音年月日の記載が無く、製造、発売年から2010年かその直前に録音されたものと推定しています。同じくビクトリアの「聖週間のための聖務日課集」からレスポンソリウム集、死者のための聖務日課集の三枚を紙箱にまとめたセットに入っています。同世代のスペインの作曲家らしいファン・グティエレス・デ・パディーリャの作品を一曲、末尾に収録しています。

 タリス・スコラーズはこのCDではソプラノ、アルト、テノール、バスの各4名ずつで、各楽曲の声部によって演奏人数を変えているようです。その点は前回この作品のCDで取り上げたスペインのアンサンブル、ムジカ・フィクタと同じですが彼らと違ってオルガンは加えていません。そのせいもあって、さんざん評されているように完璧に緊密で整ったアンサンブルで磨き抜かれた鏡のような響きです。漠然とした感想ですが、ビクトリアの場合はあまりに整い過ぎているというか、他の作曲家の作品を演奏する場合と同じで面白くないような気がします。この作品の場合は、これが聖週間のための作品だとか知らずに聴いたすればそうした背景には気が付ない場合もあるだろうと思います。

150213zb聖なる過越しの三日間の朝課
第一詩編
第二詩編
第三詩編
主の祈り、沈黙
第一読書
エレミアの哀歌と応唱
第二読書
エレミアの哀歌と応唱
第三読書
エレミアの哀歌と応唱

~聖木曜日
①Incipit Lamentatio Jeremiae Prophetae.ALEOH.Quomodo sedet sola civitas.(4声)
 預言者エレミアは哀歌を歌いはじめる:なにゆえ、この都は独りですわっているのか(1章1-5)
②VAU.Et egressus est a filia Sion omnis decor eius(4声)
 栄光はことごとくおとめシオンを去り(1章6-9)
③JOD. Manum suam misit hostis ad omnia desiderabilia eius.(5声)
 宝物のすべてに敵は手を伸ばした(1章10-14)
~聖金曜日
①De Lamentatio Jeremiae Prophetae.HETH.Cogitavit Dominus dissipare murum filiae Sion.(4声)
 預言者エレミアの哀歌:主はおとめシオンの城壁を滅ぼそうと定め(2章8-11)
②LAMED.Matribus suis dixerunt.(4声)
 幼子は母に言う(2章12-15)
③ALEPH.Ego vir videns paupertatem meam in viriga indignationis eius.(5声)
 わたしは主の怒りの杖に打たれて苦しみを知った者(3章1-9)
~聖土曜日
①De Lamentatio Jeremiae Prophetae.HETH.Misericordiae Domini quia non sumus consumpti.(4声)
 預言者エレミアの哀歌:主の慈しみは決して絶えない(3章22-30)
②ALEPH.Quomodo obscuratum est aurum,mutatus est color optimus?4声)
 なにゆえ、黄金は光を失い、純金はさげすまれているのか(4章1-6)
③Incipit Oratio Jeremiae Prophetae.Recordare,Dimine,quid acciderit nobis.(6声)
 主よ、わたしたちにふりかかったことに心を留め(5章1-11 )


 タリス・スコラーズのCDについて、どの作曲家を取り上げていても、日本語で書かれたものは大抵は褒められていて批判的な文章を読んだ記憶はありません。我々一般人の目にふれるものがそんな調子なだけで、専門家、演奏家の間ではそうでもないのかもしれませんがCD付属冊子にもニューヨーク・タイムズ紙に賞賛の記事が載ったと紹介されているようでした。しかし、なんだかんだと言ってもやっぱり凄い美しさだと思います。

19 4月

トマス・タリスの「エレミアの哀歌」 タリス・スコラーズ

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トマス・タリス(1505-1585年)
“ Lamentations of Jeremiah(エレミアの哀歌) ”

ピーター・フィリップス 指揮 タリス・スコラーズ 
デボラ・ロバーツ
サリイ・ドゥンクレー
キャロライン・トレバー
ロバート・ハレ・ジョーンズ
ナイジェル・ショート
エイドリアン・ヒル
リチャード・エドガー・ウィルソン
チャールズ・ダニエルズ
ドナルド・グリーグ
フランシス・スティーレ

(1992年 ノーフォーク,聖ピーター&聖ポール教会 録音 Gimell)

 先日御室の仁和寺に立ち寄った時、境内(拝観料が要るエリアの手前)に露店が多数出ていました。りんご飴とかたこ焼きの露店ではなく地場の菓子、漬物店や陶磁器の出店ばかりでした(そういえば今年は桜の下に緋毛氈を敷いた席が無かった)。何年か前に来た時清水焼の茶碗を売っていて、5000円は高いと思って見送ったことがありました。ただ茶碗自体は素晴らしく、むしろ安いのだろうとは思いましたが使う場面が無いのでよけいに高いと思いました。今年はもっと安い器が並んでいたので何点か買いました(足しても5000円を下回る)。ひょうたんが六つ描いた図柄の湯呑があって、「六瓢≒ムビョウ=無病」となり縁起が良いそうです。そういう語呂合わせの縁起物はこの歳になって初めて見ました。

 ところで福音書の中で、イエズスが神殿のまわりの両替商や供え物・生贄の鳩を商う商人を追っ払う「宮清め」という場面が出てきます。単に出店を全部締め出したという話ではなく複雑な背景がありますが、先日境内の露店の前に居る時ふとその宮清めの場面を思い出し、ここにコワイ人が乱入して「おどれら、ここを強盗の巣にしやがって」と商品をひっくり返して暴れれば大変な騒ぎになるなとしみじみ思いました。マタイ福音書では21章12節であり、受難曲の歌詞に使われる箇所の少し前ですが、エルサレム入城後なので聖週間の出来事ということになります。

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 トマス・タリスはウィリアム・バードの師匠筋にあたり、バードより四十歳近く年長であり、弟子と共にイングランド王室礼拝堂のオルガニストを務めました。ヘンリー八世による1534年の首長令によりイングランド国教会が発足し、エドワード六世時代の1549年に英語による一般祈祷書が制定され、典礼も独自のものに移行しました。だからこの時代の作曲家はラテン語歌詞と英語歌詞の両方の教会音楽を作っていることが多いというわけです。もっともイングランド国教会成立以前にも、ソールズベリー式典礼というローマ典礼とは異なるイングランドのローカル版の典礼があったので(具体的にどういうものか未確認)、英語の聖歌のようなものは歌われていたと想像できます。なお、二つ目の写真は、Cadinal William Warham の肖像画です(最後のカンタベリー大司教と表記、カトリック時代最後のという意味か)。

 タリス・スコラーズのアンサンブル名は読んでの通り作曲家のタリスからとられています。だからこのCDをはじめとしてタリス作品のCDは、自らの録音を手掛けるGimell レーベルの名刺のようなものとされています。そう思って聴くからか、タリス・スコラーズが録音した他のどの作曲家のCDよりも抜きんでてしっくり来る美しさだと思います。エレミアの哀歌はスペインの作曲家、ビクトリアも作曲していますが、タリス・スコラーズの録音ではこちらのタリスの方がより素晴らしいと思いました。混声ではなく男声のみで、もっと少人数で、あるいは逆に多人数でとか、そうした注文はこの録音に関しては無用のようです(そういうスタイルで演奏しても魅力的だとは思うが)。

①預言者エレミアの哀歌 第1部
②預言者エレミアの哀歌 第2部

 CDのトラック分けは上記のようにエレミヤの哀歌を二つに区分しているだけです(トラック③以降は別の楽曲)。タリスの「エレミアの哀歌」は旧約聖書の哀歌第1章1-5節に作曲していて、これは例えばビクトリアの同曲の「聖木曜日の哀歌」に相当します(正確にはそれより少し歌詞が多いようである)。同じく哀歌をテキストに使いながらタリスの方は淡々として、小川の流れを眺めているような清涼感が特徴的です。

 冒頭の瓢箪六つの図柄の湯呑は、宇治の「炭山(すみやま)」で焼いているものでした。炭山は、鼻・禅智内供の池ノ尾よりだいぶ手前の山間部にある清水焼の工芸村です。具体的にどういうものを焼いているのか全然知りませんでしたが、偶然にも手に取ることができました。

20 6月

モラレス“ Missa Si Bona Suscepimus ” タリス・スコラーズ

クリストバル・デ・モラレス(1500年頃-1533年)

 モラレスはスペイン・ルネサンス期の作曲家で、ビクトリアのやく50年前にセビリヤに生まれています。当時はカスティーリャ王国とアラゴン王国の時代で、セビーリャはイザベル女王のカスティーリャの領土でした。イザベル女王とアラゴンのフェルナンド王は結婚し、孫のカルロス1世の時に統一スペイン王国となる時代です。1549(以後よく広まるキリスト教)年にザビエルが日本にやって来るので、日本は室町時代の後半にあたります。モラレスはビクトリアと同様に一時期ローマで活動して、やがてスペインに帰国しています。ローマでは教皇パウルス3世の下で教皇庁聖歌隊のバリトン歌手になり、ミサ曲等を作曲しています。

 このCDは、あまり有名な作品ではないようですが、タリス・スコラーズのアルバムとしては屈指の素晴らしさではないかと思え、先日の日本公演でのビクトリア作品の演奏と近いものを感じます。タリス・スコラーズの1987年録音「ビクトリア 死者のための聖務日課集」よりもずっと力強く、熱情を感じさせます。CDには詳しい解説の日本語訳が付いているのでよく分かります。マイナーな作品には特に有難いものです。ただ正確な録音日時が記されていません。ルネサンス期の通作ミサ曲としては長い方だろうと思いますが、特にクレドが長く、聴きごたえがあります。

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このCDには以下の3人の作曲家による3つの作品が入っています。1曲目はモラレスの同名ミサ曲の元になったモテットで、作曲者のヴェルドロ(1480、85~1530、32年頃)はフィレンツェ、ローマで活躍したイタリアの作曲家です。このモテット「われらは幸いを受けたるゆえ」は、ヴェルドロ晩年の傑作で、旧約聖書・ヨブ記1、2章の言葉に基づく曲です。モラレスのミサ曲「われらは幸いを受けたるゆえ」は、ヴェルドロのモテットのパロディー・ミサで、その旋律を元にしています。それだけでなく、このミサ曲を含む曲集を出版した時には、キリエの冒頭のKという文字を装飾文字にして、ヨブの姿が描かれています。さらに念のいったことには、絵柄のヨブは、「主は与えたまい、主は奪い去りたまいぬDominus dedit , Dominus abstulit ”」というヨブ記の有名な言葉を記しています。

フィリップ・ヴェルドゥロ
①モテット(5声部):“ Missa Si Bona Suscepimus (われらは幸いを受けたるゆえ)”

クリストバル・デ・モラレス
②-⑥ミサ曲(6声部):“ Missa Si Bona Suscepimus

トマ・クレキヨン
⑦モテット(8声部):“ Andreas Christi famulus(キリストのしもべアンドレア)”

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 3曲目の、12使徒のひとりアンドレアをうたったモテット「キリストの僕アンドレア」は、当初モラレスの作品だと考えられていました。1997年のタリス・スコラーズの来日公演でも、これをモラレスの作品として歌っていました。クレキヨン(1505、15~1557年)は、フランドル生まれで、カルロス1世(皇帝カール5世)の宮廷礼拝堂の音楽家として活躍しています。このモテットはユトレヒトで1546年に開催された「金羊毛騎士団」の集会のために書かれたもので、仏王フランソワ1世、イングランド王ヘンリ8世も参加していたと考えられます。この時の金羊毛騎士団長は皇帝カール5世(ブルコーニュ公でもあった)であり、その宮廷礼拝堂の音楽家だったクレキヨンが作曲したとするのが自然であるというのが定説になっているそうです。

(2000年頃 イングランド、ノーフォーク 聖ペテロ、聖パウロ教会 録音 Gimell)

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 スペインのルネサンス期最大の作曲家として、トマス・ルイス・デ・ビクトリアが一番有名ですが、その20年前に生まれたフランシスコ・ゲレーロと約50年前に生まれたモラレスもビクトリアに匹敵する教会音楽家とされています。これらの作曲家が活躍する時代は、ルターやカルヴァン、ツヴィングリらによる西方教会の分裂が確立して行き(それだけでなく、領邦国家を巻き込んだ戦争、虐殺にも発展する)、カトリック教会でもいわゆる対抗改革の時代に入っていきます。モラレスがローマに居た頃の教皇はパウルス3世で、イエズス会を認可した教皇としても名を残しています。CDの解説文には世界史の大きな出来事がてんこ盛りで、ミケランジェロがシスティナ礼拝堂のフレスコ画「最後の審判」等を手掛けた頃、この聖堂でモラレスが歌っていたことになります。それでCDのパッケージにミケランジェリの絵が使われているようです。

 ところで、旧約聖書のヨブ記は、教訓的な物語の書で有名な巻です。財産、健康、家族に恵まれた敬虔な人「ヨブ」が居て、有る時神が悪魔にそのヨブを自慢します。悪魔は、ヨブが恵まれた境遇に居るから信心深いのであって、財産や家族を失ったり健康が損なわれればたちどころに神を呪うはずだと挑発します。神は受けてたち、ヨブその人の命だけは取らないことを条件に、悪魔にヨブをせめることを許します。やがてヨブは財産も家族も野盗等により失い、自身も腫瘍等の病気におそわれます。最終的には神から祝福と恵みを戻されるという話ですが、ヨブは最後に自分の生まれたことを呪いはじめます。このヨブ記が、このミサ曲を作ったモラレスに強い影響を与えたのか、カトリック教会の危機にあってヨブ記が注目されたのかは分かりませんが、あまり嬉しくない物語をミサ曲に関連付けるのは珍しいので興味深いことです。

 10代の頃、分かろうが難しかろうが何度か新旧約聖書を通読したことがあって、その中でもこのヨブ記は後味が悪い巻でした。ヨブの頭越しに神と悪魔が取引をするのに憤りを感じたことを覚えています。そういう物語の趣向、体裁なのですが、ヨブ本人が悪魔の挑戦を受けて立つなら納得ずくで仕方ないとしても、当人の感知しないところでのやりとりの不愉快さは格別でした。それにヨブに仕える使用人や家族の命が簡単にとられるのにも、まるでヨブの持ち物のような扱いで(極道映画の組長でも「組員の命も自分の命も目方は同じだ」と命の平等を説く)、腹立たしいものがありました。しかし世の中えてしてそういう理不尽なものなので、あながち荒唐無稽とは言えません。

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12 6月

ビクトリア・死者のための聖務日課 タリス・スコラーズ

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トマス・ルイス・デ・ビクトリア
(1548-1611)

死者のための聖務日課
①:レクツィオ「我が心は生活に疲れたり
②~⑧:レクィエム
⑨:モテトゥス「わがハープは悲しみの音に変わり
⑩:レスポンソリウム「主よ、われを解き放ちたまえ

アロンソ・ロボ(1555-1617)
⑪:モテトゥス「わがハープは悲しみの音に変わり

ピーター・フィリップス 指揮 タリス・スコラーズ 

(1987年 ロンドン、セント・ジョンズ教会 録音 Gimell)

 本日6月12日午後2時から、京都コンサートホールでタリス・スコラーズの日本公演がありました(昨日の土曜日は兵庫県立文化芸術センターでも公演がありました)。プログラムには、両日ともに今年没後400年をむかえるトマス・ルイス・デ・ビクトリアのレクイエムが含まれていました。昨日は当然行っていませんが今日の客席は約7割の入りながら、なんか熱心そうな人が多く、会場も静かでした。タリス・スコラーズの日本ツアーのプログラムはA、B2種あり京都公演はスペインの作曲家だけでした。Bはバード、タリス、シェッパードというイングランドの作曲家とビクトリアでした。

Aプロ~前半:ビクトリア-(モテット・五旬祭の日が来りし時、聖金曜日のためのエレミアの哀歌),セバスティアン・デ・ビバンコ(1551-1622)-(モテット・茨の中の百合のごとし、第8旋法のマニフィカト)

   ~後半:ビクトリア-死者のための聖務日課集

   ~アンコール:アロンソ・ロボのモテット「わがハープは悲しみの音に変わり」

 今日は聖霊降臨の大祝日なので、1曲目のモテットはそれに合わせての選曲です。ビバンコというビクトリアと同年代のスペインで活躍した作曲家は、名も作品も初めて耳にしました(ひょっとすれば聞いていたかもしれませんが全く記憶にありません)。それでもマニフィカトは華やかで素晴らしい作品で、これが無ければちょっと重苦しい雰囲気で染め上げられた公演になっていました。この演奏会の白眉かと思いましたが、後半のレクイエムが予想以上に熱演で心に迫るものがありました。

 ビクトリアの、死者のための聖務日課集に含まれる「6声部のレクイエム」は、①入祭、②キリエ、③グラドゥアーレ(昇階唱)、④オフェルトリウム(奉献唱)、⑤サンクトゥス・ベネディクトゥス、⑥アニュス・デイ、⑦コムニオ(拝領唱)の7曲から構成されます。怒りの日で有名なセクエンツィア・続唱はありません。その代わりかどうか分かりませんが聖務日課集に収められて、CDでも公演でも続けて歌われる、レスポンソリウム「主よ、我を解き放ち給え」の歌詞が実質的に続唱の怒りの日と同じ内容になっています。

 アンコールもあったので、結局最初に挙げたCDに入っている曲は今日の公演で全部歌われたことになりました。24年前の録音時とは、監督・指揮のピーター=フィリップス氏の他はバス歌手のドナルド・グレイグ氏だけが同じでした。今日の公演では男声5人、女声5人という編成(アルトが男女1人ずつ)でした。CDの方は12人の名が表記されてあります(ソプラノ・女性4人、アルト・男女1人ずつ、バス・2人までは同じ。テノールだけが倍の4人)。

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 先にビクトリアのレクイエムが予想以上に熱演と書きましたが、それはCDの演奏がちょっと物足らないと思っていたからです。評判通り緊密な美しい歌唱ながら、あまり神秘的とか情熱的というビクトリアらしさとして挙げられる形容とは遠いと感じて記憶していました。ところが今日の公演ではCDよりも2名少ないにもかかわらず、大ホールいっぱいに響きわたる歌声に圧倒され、③グラドゥアーレ、④オフェルトリウムとレスポンソリウムが特に濃厚で激しい表現でした。時節柄聴く側としては、突然の自然災害のために進むべき人生航路を残して世を去った多くの方々を、できるなら呼び戻そうとでもするような叫びに受け止めました。ルネサンス期の多声音楽は、聴いていて直接的に喜怒哀楽の情感を直撃して涙をさそうという音楽とは言えませんが、表現も突き詰めればこうした感情の高揚を誘うものだと実感させられました。終演後の念入りな拍手が素晴らしさを物語っていました。

 終演後、三階席の方を見て挨拶をしていたところからその席にも客が居たはずで、大聖堂に響くポリフォニーという音響(実際にそんな風に聴こえるのかどうか)を考慮したのか、そうだとすればマニアックなフアンはさすがだと思います。最前列の席や1階の両端が空いていたのも、少人数の無伴奏声楽を考慮した座席選びなのだと思いました(そういう私は前の方の端に居ました)。

 昼の2時という公演時間は、昼前まで寝ていたとしても大丈夫なのでありがたい設定です。京都コンサートホールでもそうですが、ホールに併設されたレストランは大抵がフレンチとか洋食系になっています。なかには蕎麦、うどんとかあっさりした和食系があってもいいのにといつも思います。客の年齢層からすれば決して需要は低くないはずです。それと金額面でも軽くないので、千円でお釣りが来るのを(せこい)期待します。ホールの近くにマクドナルドがあるのですが今日は満員でした。

 それにしてもCDだけでなく公演のチラシにも、エル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬」が頻繁に使われています。

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1 6月

国教禁忌者のミサ バード:3声部のミサ タリス・スコラーズ

ウィリアム=バード 作曲 3声部のミサ

 ピーター=フィリップス 指揮 タリス・スコラーズ 

(併録曲:5声部のミサ、4声部のミサ、モテット「アヴェ・ヴェルム・コルプス」)

1984年、オックスフォード、マートン・カレッジ・チャペルでの録音)

 バード(1540頃~1623年)はルネサンス期に活躍したイングランドの作曲家で、パレストリーナ、ビクトリア等の大家と活動時期が重なります。同じイングランドではトーマス=タリスの約35後輩にあたり、リュート奏者でもあったジョン=ダウランドの20年くらい先輩になります。ダウランドの作品は1Q84の作中に登場していましたが、ヤナーチェック程は注目されていません。とにかく1685年生まれの大バッハよりも前の時代の音楽です。

  このCDは20年くらい前に聴いた時には退屈に思え、長らく聴かなくなりましたが3年程前から急に好きになり、今ではカーナビのHDに入れて時々聴いいています。年月を経てから常備品のような愛聴盤になっています。1枚のCDにミサ曲が3曲入っていますが、一番シンプルな3声のミサが特に魅力的です。この曲が作られた頃は既に英国国教会が発足しており、やがてその国教を禁忌することへの取り締りが厳しくなっていきました。イングランドではローマカトリックが非合法ということになり、バードはカトリックのまま通していたのでこのミサ曲も隠れて行う地下ミサのために作曲されたであろうと言われています。ミサ曲の中にあるクレドの歌詞に、”Et unam, sanctam, catholicam et apostolicam ecclesiam ”という語句があります。現代語邦訳では、「わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます」となりますが、特に3声部のミサ曲では、その中の ”catholicam ”の語がひときわ高らかに歌い上げられているのが印象に残り、何か渇きのようなものが感じられます。

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 このタリス・スコラーズは女声も加わった声楽アンサンブルですが、バードの3声部のミサはヒリヤード・アンサンブルによる録音も有名で、こちらは男声だけの演奏です。当時の教会音楽は男声だけの演奏が通常だったということなので、後者も説得力があります。現在は廃盤中なのが残念です。最近はECMにバッハのモテットの録音もありヒリヤードアンサンブルも健在なので、再発売か再録音を期待したいところです。この手のCDは、出た時に入手しておかなければ、再発売があってもサイクルが長かったりでなかなか大変です。タリス・スコラーズの方も昨年の今頃来日して、滋賀県でも公演がありました(残念ながら聴けませんでした)。

 バードの3声部のミサを聴いた感想に「水晶のような」という形容がしてあるのを読んだことがありますが、なるほどと思えました。このタリス・スコラーズによる3声部のミサは、各声部2人ずつで、カウンターテナー、テナー、バスで構成され、この曲だけは男声のみによる演奏です。他の2曲のミサと、モテットはソプラノが2人加わっています。ただ、ヒリヤード・アンサンブルは各声部一人ずつだったはずで、より明晰に聴こえるのではないかと思えます。

 クラシック音楽の作品でミサ曲というくくりで作曲されたものも、必ずしも現実のカトリック教会のミサで使うために適した物とはかぎりません。また、コンサートではキリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイと順次連続演奏されます。しかし、ミサにおいてはそうではなく、キリエの前に司祭、侍者等の入堂、祈祷や告白が入り、グロリアが続き、以後朗読や交唱、福音書朗読が入ります。説教の後、クレド以下がアニュス・デイの後に聖体拝領になります。バードの3声部のミサはそのように実際にミサに用いるにもふさわしいのではないかと思えます。

 先月来バルトークのカルテットを順次取り上げていましたが、その過程でかつて他人に貸して返って来ないCDが何点かあるのを思い出しました。ごく些細なことですが、その何点かの中にイギリスの合唱団によるバードのミサ曲集もあったようで、多分キングス・カレッジ合唱団だったと思います。当人は音信不通で、失礼ながら当初名前を思い出せず苦心していました。おそらくもう返って来ないだろうとは思います。今まで、クラシックのフアンはまわりにはほとんどいなかったので、滅多にCDを貸すということはありませんでした。例外的の中の一つ、中学生の頃、頼まれてベートーベンの序曲集(バーンスタイン・VPO)のカセットを貸したことがあったのですが、借りた友人は全然感心せず、全くつまらんという反応でした。次も中学の頃、チャイコフスキーの悲愴とピアノ協奏曲第1番のカセット(レンタル・レコードをダビンング)を貸しましたが、現代で言うところの「キモイ」音楽、という反応でした。

 あるいはクラシックに関心を持つかもしれなかった少年を離反させたかもしれないのは責任は大きいものです。それに比べ、成人後に貸したバルトークもバードも返却されないということは、気に入っているのだと解釈でき、こちらは逆に喜ばしいことと言えるかもしれません。

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