raimund

続・今でもしぶとく聴いてます

ヴェルディ

15 7月

ヴェルディのレクイエム パッパーノ、聖チェチーリアNO

1807z15ヴェルディ レクイエム

アントニオ・パッパーノ 指揮
ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団
ローマ聖チェチーリア国立音楽院合唱団(合唱指揮アンドレス・マスペロ)

アニヤ・ハルテロス(S)
ソニア・ガナッシ(Ms)
ロランド・ヴィラゾン(T)
レネ・パーぺ(Bs)

(2009年1月8-13日 ローマ,アウディトリウム・パルコ・デラ・ムジカ、サラ・サンタ・チェチーリア ライヴ録音 EMI)

 これは2009年にローマでライヴ録音されたパッパーノ指揮のヴェルディ、レクイエムです。パッパーノは2005年からローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団の音楽監督を務めているので録音当時は就任から四期目くらいだったはずです。聴いた印象はオーケストラ、コーラス共に素晴らしくて、「怒りの日」を含む続唱はかなり劇的なのに一糸乱れずといった整然さです。ただ、録音レベルの加減で第1曲目の冒頭部分がかなり音量を上げていなければどこで歌い出したかききとり難い状態なので、その音量のまま続唱に入ると音の大きさに驚かされます。そういう録音ですがCD2枚目、
特にリベラ・メ(Libera me)が感動的です。

 独唱者はメゾ・ソプラノのガナッシ以外はイタリア語ネイティヴではなく、ソプラノのハルテロスとバスのパーペはワーグナー作品でお馴染み、テノールのヴィラゾンはメキシコ出身らしいのでスペイン語圏です。国際化の現代を反映した独唱者陣ですが、歌唱を聴いていても発音がどうとかは気が付きません。ラテン語歌詞の教会音楽はドイツ語圏なりフランス圏でも作られ、演奏されていますがラテン語発音には特徴があるようです(日本人が話す英語に特徴があるとかと同じ)。そういえば2012年録音のバレンボイム指揮のスカラ座盤でもハルテロスとパーペが独唱者で、テノールまでドイツ語圏のヨナス・カウフマンでした。

 三大交響曲、三大オラトリオというのと同様に、三大レクイエムという分類があるようで(前二者もあまりそんな呼び方は聞かない)、ヴェルディのレクイエムはその三大レクイエムの一つでした。個人的には他の二つのレクイエム、モーツァルトとフォーレのレクイエムに比べて聴く頻度が低い、レクイエムらしくないと思っていましたが、ブログを始めてから段々好きになってきました。この曲のレコードを最初に買ったのは中学生くらいの頃で、磔刑のキリストの写真が使われたアバドのDG盤を店頭で探して(ジャケ買い衝動)見つからず、かわりに布張りの箱に入ったカラヤンのDG盤にしてそれを購入しました。

 そのカラヤンのレコードも劇的でフォーレのレクイエムの対極でしたが、無伴奏のコーラス部分が特に魅力的だったのを覚えています。その豪華な装丁のレコードもCD化後はブルックナーの「テ・デウム」とカップリングされた二枚組の廉価盤となっていました。今回のパッパーノ盤はレーベルも録音環境も違うものの、カラヤン盤程はどぎつい印象ではないと思います。
13 7月

ヴェルディのレクイエム ムーティ、フィルハーモニアO、スコット他

160713ヴェルディ レクィエム

リッカルド・ムーティ 指揮
フィルハーモニア管弦楽団
アンブロジアン・シンガーズ

レナータ・スコット(S)
アグネス・バルツァ(Ms)
ヴェリアーノ・ルケッティ(T)
エフゲニー・ネステレンコ(Bs)

(1979年6月 ロンドン,キングズウェイ・ホール 録音 EMI)

 月刊 「カトリック生活」の八月号に「エディット・ピアフの信仰 前編」という記事が載っていて、彼女が急逝した際に当時のパリ大司教が葬儀ミサを行うことを許可しなかったと書いてあり、それにもかかわらず墓地で行われた彼女の葬儀には数万のフアンが集まったそうです。そういえば先月、シャルル・アズナブールの最後の来日公演がありましたが、彼はピアフの葬儀のことを「戦後パリの交通が完全に止まったのはピアフの葬儀の時だけ」と言っているようです(wikiにも引用されている)。具体的にどんな葬儀だったのか知りませんが、万を超える人が集まったという点でヴェルディのレクイエムをちょっと連想します。葬儀のことはさておき、彼女の生前の信仰、舞台に上がる前によく見かけた祈り、それがひどくご利益的・具体的だったというのが面白いと思いました。

 恋人(妻帯者)がもう少し自分のところへ長く留まってくれるように、とかうまく歌えるようにとか、およそミサの中で公の祈りとして唱和できそうもないものばかりで、そこが正直というか本当にねだるような姿なので、逆にとりつくろったり言い訳がましい祈りが恥ずかしく思えてきます。「心の貧しいものは幸い」というのにどこか通じるように思えます。だからと言って公の場での祈りがそんなタイプばっかりになってもちょっとと思いますが。それでも彼女は信心深い人、告解をしばしば行ったのじゃないかと思われて(本当はどうだったか知らないけれど)、自分よりは身近に神様を意識していたのではないかと思いました。

160713a このヴェルディのレクイエムはムーティの初回録音であり、同じくらいの時期のヴェルディのオペラの録音と同じようなメンバーですが、バルツァだけが珍しいかもしれません(何となくカラヤン御用達というイメージがある)。改めて聴くと後の二種類(スカラ座、シカゴ交響楽団)よりも率直に感動的で、特に静かな部分が魅力的です。続唱の「怒りの日」などはたたみかけるように速く、アクセルを踏み続けるようでこわいくらいです。それにコーラスが格別に美しく、第1曲目やサンクトゥス、アニュス・デイは圧倒的で、こういう作品を専門に歌っている団体かと思うほどです。アンブロジアン・シンガーズはこの録音の時にはまだ設立から30年も経っておらず、1951年に音楽研究者のデニス・スティーヴンスと声楽家のジョン・マッカーシーによって創設されたコーラスです。もとは小規模で中世・ルネサンス期の作品を主なレパートリーとしていたのがオーケストラと共演したり、BBC放送へ出演する内に規模を拡大していきました。特に名前を意識したことがないコーラスでしたが、他にも有名な録音に参加しているはずです。
7 7月

ヴェルディのレクイエム バレンボイム、ミラノ・スカラ座・2012年

1607z06aヴェルディ レクィエム

ダニエル・バレンボイム 指揮
ミラノ・スカラ座管弦楽団
ミラノ・スカラ座合唱団

アニヤ・ハルテロス:S
エリーナ・ガランチャ:MS
ヨナス・カウフマン:T
ルネ・パーペ:BR

(2012年8月27,28日 ミラノ,スカラ座 ライヴ録音 Decca)

 昔から虫の知らせとか言いますが、反面でそういう感覚が何も働かない場合もあると思います。ある人が亡くなったと後から聞かされて大いに動揺してショックを受けたとしても、それを知るまでは全く何も感じないということはあり得るはずです。一年に何度も会わないのならなおさらそんなものかもしれません。しかし、事実関係、既に亡くなっているということについては変わらないのに、それを知るか否かで大違いです。当たり前のようで、何を分り切ったことをと思いながら、実はこの上も無いエゴイズムではないのかとも思います。時々ミサの中で遺族の要望によって故人をおぼえて、式文の中でその人の霊名を読み上げる場合があり、何となく至極当然のことに思っていますが、参列する者の中には故人と面識が無いどころかその時初めて名前を耳にするということもあるはずです。既に安息の中(あるいは煉獄??)にある魂はそうしたミサを感知できるのかどうか、行って戻って証言した者はないので願望を込めて想像するのみです。

1607z06b 静的なフォーレのレクイエムを続けた後にヴェルディのレクイエムを聴くとやっぱり音量で圧倒されます。ただ、ヴェルディの方もほとんど合唱だけの部分もあって、そういう箇所はもっと古い時代の作品かと錯覚しそうになります。このCDはミラノ・スカラ座のオーケストラとコーラスによるものですが独唱がエリーナ・ガランチャ以外の三人はワーグナー作品のキャストかと間違うほどのメンバーです。もっともソプラノのハルテロスとテノールのカウフマンのコンビはヴェルディ作品でも共演しているので別に例外というものではありません。 万事国際化の現代でも何となくこの曲のソロは、特にテノールはイタリア語ネイティヴの歌手の方が良いような気がします。

 ヴェルディのレクイエムの場合は単なる個人の葬儀という意味に留まらず、祖国全土の統一が急がれ、文化的、国語的に貢献した文豪アレッサンドロ・マンゾーニの死も作品成立の契機になっていたので社会的な広がりもある作品です。そう考えれば教会堂ではなくてスカラ座のような劇場で演奏しているのも作品にふさわしいと言えるはずです。そんな風に気持ちを切り替えて、ベートーベンのミサ・ソレムニスと似たノリと思っていると、やっぱりミサの祈りのような部分も現れて、特に曲の最後の部分は続唱・怒りの日の激しさがうそのように静かに終わります。

 新しい録音のためかその怒りの日の部分でも絶叫のようにならずに、節度があって静かな部分との調和がとれているように聴こえます。何となく粘り付くようで重たい演奏ながら、祈りの音楽らしさも強く感じられる演奏になっています。バレンボイムも今年74歳になるので 虫の知らせを感じるとかそんなことは無いとしても、指揮をする姿からしてあくが抜けてきた感じがします。
18 5月

ヴェルディのレクイエム ムーティ、シカゴSO他・2009年

160518ヴェルディ  レクィエム

リッカルド・ムーティ 指揮
シカゴ交響楽団
シカゴ交響合唱団(デュエイン・ウルフ合唱指揮)

バルバラ・フリットリ:S
オリガ・ボロディナ:MS
マリオ・ゼッフィリ:T
イリダール・アブドラザーコフ:BS

(2009年1月15-17日 シカゴ,オーケストラ・ホール 録音 Cso Resound)

 これはリッカルド・ムーティ(Riccardo Muti  1941年7月28日 ナポリ - )指揮による三度目のヴェルディのレクイエムです。これの前は1987年にムーティがスカラ座の音楽監督に就任した最初のシーズンの末にライヴ録音されたもので、初回は1979年にフィルハーモニア管弦楽団らとロンドンでセッション録音されました。今回のものはムーティがミラノ・スカラ座の監督を退いてから、シカゴ交響楽団の音楽監督に就任する直前期に客演した際の録音です。

 独唱陣はいずれもオペラ公演でムーティと共演した歌手で、特にソプラノは2001年にスカラ座で上演されたムーティ指揮の「オテロ」でデズデモナを歌って注目されました(映像ソフトもある)。そういう共演者は二度目のスカラ座盤と同じ傾向なのに今回の方は幾分重厚で、厳粛になりオペラの音楽とは一線を画する印象です。この年にムーティ68歳にるのでさすがに壮年期の怒涛のような演奏とは違ってくるのか、年齢からいよいよ人間の寿命とかそうしたことをあらためて意識するのか、ともかくレクイエムとしてはより感動的になっています。

 ムーティは既に自伝的な著書を出していて、その中でカトリック教会の典礼音楽についても言及しています。伝統的なラテン語歌詞の聖歌を大切にすることを推奨し、何でも現代の国語で歌いさえすればよいわけじゃないとしています。これは意外な一面で、ムーティが宗教曲にそうした熱心さを持っていたとは全然知りませんでした(前教皇と写っている写真も載っていた)。ムーティのそういう考えは彼の少年期の経験によるところが大きいようで、音楽の教育だけでなくラテン語も厳しく?教えられたと振り返っています。ということは当然教会の御ミサで侍者を務めたことが想像されます。

 ところで一時期に「何故人間は人を殺してはいけないのか」明確に理由付けられるかということが話題になったことがありました。それを説明できなくても、そこそこの凶悪犯罪の発生率に抑えられていれば社会的には充分かもしれません。しかしやはり気になるものです。今年はコルベ神父(マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者)がアウシュヴィッツ強制収容所で身代わりの死を遂げてから75年目にあたります(ちょうどムーティが生まれた年、誕生日の18日後)。
2 2月

ヴェルディ レクイエム オーマンディ、フィラデルフィアO他

1602z02ヴェルディ レクイエム

ユージン・オーマンディ 指揮
フィラデルフィア管弦楽団
ウェストミンスター合唱団

ルシーネ・アマラ(S)
モーリン・フォレスター(Ms)
リチャード・タッカー(T)
ジョージ・ロンドン(Bs)

(1964年5月14-15日 ニューヨーク,マンハッタンセンター 録音 SONY)

 そろそろブログを開始してから六年が経過しようとしています。ネットの普及によってある演奏家のこういうレパートリーの録音はあるか?といった疑問はかなり解決できるようになり、それだけでなく中古や輸入盤も含めて現物も手に入り易くなりました。そもそもブログをやってみようと思った理由の一つは、LPレコードの時代からなかなか入手できなかった「アトス山の復活祭」やフリッツ・ヴェルナーのバッハ録音をネットの情報を通じて見つけることができたので自分も同様に、誰かの情報源になればということでした。そのほか、ある作品の有名な録音に同じ演奏者の旧録音や再録音があったことが分かったり、有名になったものより案外そっちの方が魅力的なこともあり、ささやかながらそれなりに面白みもあり、幾ばくかの憂さ晴らしにもなりました。

1602x02a ここ最近ヴェルディのレクイエムが急に全面的に好きになり、従来は内容以上に肥大化した作品という面もあると勝手に思っていましたが、それは誤解だと実感しています(続唱は実際に大きな音であるが)。同時にフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を長くつとめたオーマンディ(Eugene Ormandy 1899年11月18日 - 1985年3月12日)は、長らく特に関心はありませんでしたが安価で復刻されたものを聴いている内に、現役当時から時代の先端か、何歩か先んじていたくらいの演奏だったかもしれないと思えて親近感が湧いてきました。オーマンディの次のフィラデルフィア管弦楽団の監督になるムーティが、イタリアでオーマンディに率いられて来た同オーケストラの公演を師匠にあたるヴィットーリオ・グイと一緒に聴いた際に、グイはベートーベンの交響曲をオリジナルよりも大編成で演奏していることについて軽侮するような口ぶりだったの対して、ムーティはそういう編成であっても演奏自体は素晴らしかったと後に言っています。というからにはひたすら壮大な響きを追及したものではなかったのだろうと想像できます。

 このヴェルディのレクイエムも絶叫調ではなく、終始コントロールされて慎重なテンポで演奏しています。有名な「怒りの日」を含む長大で劇的な「続唱」の各部分も隅々までよく聴こえて、月並みな言い方ながら古いフレスコ画を洗浄して夜が明けたように鮮明になった感じです。ちなみにこれは十五年くらい前にSACDのシングルレイヤー(2chのみ)で発売された国内盤ですが、ティンパニの音が古い録音とは思えないくらい生々しくなっています。国内盤で出たことを思えばオーマンディのこの録音は結構有名だったのかもしれません。

 フィラデルフィア管弦楽団はストコフスキー時代から「フィラデルフィア・サウンド」と呼ばれ、派手さ、豪華さを強調されたのでオーマンディの代になっても宗教曲はあまり向かないという先入観を持ってしまいます。レコードが高価な時代にはその作品の売れ筋的なものが一つ、二つあれば販売上は十分だったとも考えられ、だとすればそういうイメージが定着しても特に問題は無いかもしれません。この録音も日本の国内盤として発売されたと思いますが、1980年頃には全然存在を知りませんでした。しかし、オーマンディは1960年代には昨年CD化されたベートーベンやブルックナーの他にヘンデルのメサイア、バッハのロ短調ミサやブラームスのドイツレクイエム等も録音していました。
6 1月

ヴェルディのレクイエム ジュリーニ、フィルハーモニアO,CHO

1601z06ヴェルディ レクィエム

カルロ・マリア・ジュリーニ 指揮
フィルハーモニア管弦楽団
フィルハーモニア合唱団
(ヴィルヘルム・ピッツ指揮)

エリーザベト・シュヴァルツコップ(S)
クリスタ・ルートヴィヒ(Ms)
ニコライ・ゲッダ(T)
ニコライ・ギャウロフ(Bs)

(1963年9月16-21,23-27日,1964年4月7日 録音 EMI)

  To live in hearts we leave behind, Is not to die 、あとに残る者の心の中に生きることができれば死はない。これは十九世紀のスコットランド生まれの詩人、トーマス・キャンベルの詩集 Hallowed Ground の中にある詩の一節だそうで、鈴木貫太郎内閣の海軍次官に就任する直前頃に井上成美がメモ用紙に手書きして持ち歩いていたそうでした。これがどういう詩で、どういう詩人なのか知りませんが、この短い節はヴェルディのレクイエムそのものというか、作曲の経緯にも結びつきそうで、不意にヴェルディのレクイエムの中のサンクトゥスを思い出しました。その海軍ネタがけっこう有名な話だったのか、詩人の名前で検索するといろいろなサイトが出てきます。

 ちょっとしたきっかけでヴェルディのレクイエムがそれまでより急に親近感が持てるようになり、車内でジュリーニの古い録音を聴いていると、これが格調高くて引き締まった素晴らしい演奏なので、三大レクイエムの中でヴェルディが一番好きになりました。マーラーの「千人の交響曲」よりも凝縮して、レクイエムというよりも交響曲に近い感じです。ジュリーニが晩年に再録音したものと大分違う印象で、今聴いているとこの旧録音の方が魅力的だと思いました。

 この時期のフィルハーモニア管弦楽団なのでプロデューサーは当然レッグ、合唱指揮はピッツで、独唱者はシュヴァルツコップ、ルートヴィヒにゲッタとEMIのレコードでお馴染みの顔ぶれがそろっています。このメンバーは特にイタリア・オペラ、ヴェルディ向きとも言えませんが、コーラス共々にかなり素晴らしい歌唱です。バスのギャウロフは後にカラヤンやアバドの録音にも出演していて、それより十年以上若いので注目です。

 ヴェルディのレクイエムは、第1曲:入祭唱とキリエ、第2曲:続唱(怒りの日)、第3曲:奉納唱、第4曲 :サンクトゥス、第5曲:アニュス・デイ、第6曲:拝領唱、第7曲:リベラ・メと大きく分けて七曲から構成されますが、続唱の演奏時間が全体の四割以上を占めます。続唱はさらに9曲、①Dies irae(怒りの日)、②Tuba mirum(妙なるラッパの音は)、 ③Liber scriptus(記された書が)、④Quid sum miser(あわれな我は)、⑤Rex tremendae(恐ろしい御稜威の王よ)、⑥Recordare(思い起こして下さい)、⑦Ingermisco tanquam reus(我は嘆き)、⑧Confutatis maledictis(審判を受けた呪われし者)、⑨Lacrimosa(涙の日)に区分され、劇的起伏に富んでいます。

 レクイエム、死者のためのミサの続唱は現在の典礼では廃止されていますが、グレゴリオ聖歌にも当然含まれていて、歌詞はヴェルディのレクイエムと同じです。しかしヴェルディのように区分はされていないので、ヴェルディ独自の区切りと作曲は興味深いものがあります。ちなみに、フォーレのレクイエムでも有名な Pie Jesu は続唱の最後の部分にある歌詞でした。
15 1月

ヴェルディのレクイエム コルボ、リスボン・グルベンキアン合唱団

150113ヴェルディ レクィエム


ミシェル・コルボ 指揮
リスボン・グルベンキアン管弦楽団
リスボン・グルベンキアン合唱団


アンジェラ・マリア・ブラーシ(S)
ウルスラ・クンツ(Ms)
レイナルド・マシアス(T)
デイヴィッド・ヴィットマン・ジェニングス(Bs)


(1994年6月4‐6日 リスボン ライヴ録音 Emi Virgin)

 もうすぐ阪神淡路大震災から二十年を迎えます。直接には被害を受けませんでしたが二十年前のことはある程度覚えています。朝方急に目が覚めてしばらした時に大きな揺れが来て、タワーレコード製の木製ラックのCDがかなり落下しました。ちょうど一番忙しい時期だったので早く職場へ着きたいと焦っていたのは今でも体の感覚ごと覚えています。その後の余震も大きいものがあり、京阪の中書島駅構内の電燈がゆらゆらと振り子のように揺れていました。その時点ではまだ事態の深刻さを今一つ呑み込めていませんでした。二十年と言えば昭和40年に原爆投下の日のことを振り返るのと同じ時間の隔たりなるわけです。それほど時間が経ったという実感はあまりなく、その半分くらいのような気がします。

 このミシェル・コルボ指揮、グルベンキアン合唱団らによるヴェルディのレクイエムは先日のプッチーニと同じ二枚組の廉価盤に収録されています。コルボ唯一の同曲録音なのかどうか分かりませんが他にはあったという記憶はありません。ヴェルディのレクイエムだけは新譜当時輸入盤で聴いた覚えがあり、震災のしばらく後でしたが特にそれと関連する事柄はありません(嫌なことはすぐ忘れているだけかもしれない)。前回にコルボはグルベンキアン管弦楽団の監督でも何でもなかったと書きましたが、CD付属の解説をよく見ると合唱団の方は1969年から首席指揮者に就いていたと書いてありました。ローザンヌと兼任だったわけですが、リスボンとローザンヌの行き来はやっぱり飛行機だったのでしょうか(両都市間は1500キロ以上の距離らしい)。

 「これ程透明感のある、音楽的に美しいヴェルディも珍しいのではないか」と銘打たれていますがこれは全くその通りだと思いました。ヴェルディのレクイエムはフォーレとかデュリュフレのレクイエムとは少し違って、何となく「癒し」を求める気分では最後まで聴き通せないような、一曲全部を聴くには丹田に力を込めて身構えなければならないという気分でした。コルボの録音は終始威圧的ではなく、徹頭徹尾レクイエム、死者ミサの音楽という印象です。テンポも速目なのでピリオド楽器によるバロック作品を聴くのに通じるものがありました。ただ、マイクの加減、録音レベルのせいで音量を上げなければ少々聴き辛いのが残念です(昔聴いた時はそんなことはなかったような気がする)。

 自分が聴いたコルボの録音を思い浮かべていると大半はローザンヌ声楽アンサンブルで例外的にサン・ピエール・オ・リアン・ド・ビュル聖歌隊(フォーレのレクイエム)があったくらいです。グルベンキアン合唱団との共演は、過去記事では
メンデルスゾーンの「パウロ」くらいでした。だからコルボの指揮した合唱と言えばどうもローザンヌの方の響きが念頭にあり、よく言われる透明感ある合唱という妙もそちらの方がより顕著だと思いました。

21 1月

アバドの三回目録音 ヴェルディのレクイエム

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ヴェルディ レクィエム

クラウディオ・アバド 指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

スウェーデン放送合唱団
エリック・エリクソン室内合唱団
オルフェオン・ドノスティアーラ合唱団

アンジェラ・ゲオルギュー(S)
ダニエラ・バルチェッローナ(A)
ロベルト・アラーニャ(T)
ジュリアン・コンスタンティノフ(B)

(2001年1月25,27日 ベルリン,フィルハーモニー ライヴ録音 EMI)

 このCDはヴェルディの没後百年にあたる2001年、ヴェルディの命日を含んでベルリンで行われた公演のライヴ録音でした。そんな記念の演奏会だったからか三つの合唱団が共演する盛大なヴェルディ・レクイエムになりました。全く同一の音源なのか未確認ですが、DVDでも発売されました(ゲオルギューを観ることができる)。アバドにとっては最初のスカラ座(1980年)、二度目のウィーンフィル(1991年)に続いて同曲三度目の録音となりました。どれが一番だとかなかなか分かりませんが、この録音では上記のような事情、編成なので合唱に注目です。

 先日ネルロ・サンティとN響らによる演奏会形式の「シモン・ボッカネグラ」をTVで放送していました。昨年11月の定期公演だったのでサンティは健在なのが分かり、安堵しながらも同時にサンティより年下のアバドのやつれた顔を思い出していました。それが昨日のネット上で訃報が流れていて、とうとう来たかと思いました。今朝の朝刊にも写真入りで載っていました。アバドの近年の演奏で関心を持ったのは、急病で倒れて復帰してから2001年にローマでライヴ録音したベートーベンの交響曲(第1-8番)で、どこがどうなのか分からないものの前年までにセッション録音した同じベートーベンとは違って内心「おっ」と感心していました。

 振り返ってみると自分が自発的にLPレコードを買い始めた頃、クラウディオ・アバドには結構お世話になっていました。モーツァルトの第40番・ジュピター交響曲、ピアノ協奏曲第20、21番、マーラーの復活交響曲等はこれらの曲の初回購入盤でした。そんな中でヴェルディのメッサ・ダ・レクイエムは磔刑のキリストが光の中に浮かび上がっているジャケットを目当てに、アバド、スカラ座管弦楽団らのレコードを是非購入したいと思いました。しかし地元宇治の新星堂も三条河原町のJEUJIYA三条店にも在庫が無くてあきらめました。それで代わりにカラヤン、ベルリンフィルの旧録音を買って帰りました(これはこれで見事だった)。三十数年も前に極東の無名の少年のレコード購入で、クラウディオ・アバドの代役は帝王カラヤンが務めたということを当人は知るはずありません。 

 神よ、あなたはすべてを見、知っておられます。彼が人のために流した汗のひとしずくも、あなたはお見逃しになりません。かれがひとのために運んだ足の歩みを、あなたはすべて数えておられます。-略。

 以下、レクイエム第六曲目“ Lux aeterna ” 、原文のみ。

Lux aeterna luceat eis, Domine,
cum sanctis tuis in aeternum,
quia pius es.
Requiem aeternam dona eis, Domine:
et lux perpetua luceat eis.
Cum sanctis tuis in aeternum,
quia pius es,
lux perpetua luceat eis, Domine.
Requiem aeternam.

5 8月

ヴェルディ レクイエム アバド二度目録音 1991年VPO

120805b ヴェルディ レクィエム

クラウディオ・アバド 指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
(ノルベルト・バラチュ:合唱指揮)

シェリル・ステューダー(ソプラノ)
マルヤナ・リポヴシェク(メゾ・ソプラノ)
ホセ・カレーラス(テノール)
ルッジェーロ・ライモンディ(バス)

(1991年10月、11月 ウィーン、ムジークフェラインザール 録音 DG)

 昨日は午後から墓地の清掃に行きました。当初午前中に行くつもりが、暑かったので後まわしにして、先に買い物へ行きました。スーパーから帰ってくると、庭先でキリギリスが鳴いていました。宇治川の堤防沿いの草むらとかにいっぱい鳴いているキリギリスが庭で鳴くというのは過去記憶にないことです。ふと思い起こせば、亡父がクツワムシ(ガチャガチャとけたたましく鳴く虫)とキリギリスが大好きで、キリギリスの方をよく虫籠に入れて飼っていました。それを思い出すと、鳴き声を通じて何となく故人がものを言っているような(「行くと決めたらとっとと墓掃除に行かんかい」)気がして墓地へ急いだしだいです。先月は掃除をとばしてしまったわりには雑草は伸びておらず、たいして手間はかからずに終わりました。不思議なことに、墓地から戻るともうキリギリスの声は聞こえず、今日も気配さえ無くて結局鳴いていたのはその時だけでした。

120805a  このヴェルディのレクイエムのCDは、アバドの三度の録音の内二回目のもので、ウィーン国立歌劇場の任期最後の年にセッション録音したものです。一回目は1979年のミラノ・スカラ座とのセッション録音、三回目は2001年のベルリンPOとのライヴ録音でした。このCDは廉価盤シリーズで復刻されたもので、それに対して他の二種はまだレギュラー盤扱いだったはずです。特に、古い初回録音は余程定評があったのだと思います。

 この録音もはっきりと聴き劣りがするものではなく、オーケストラも合唱も抑制が効きよくコントロールされた美しさです。長い続唱、怒りの日の部分でティンパニを連打して咆哮する箇所でも、音質の良さもあいまって極めて上品に響きます。ソプラノのステューダーは当時引っ張りだこで色々な録音に起用されただけのことはある美声です(個人的にはスーザン・ダンの方が)。また、女声と合唱だけの短い曲の「アニュス・デイ」も素晴らしく、この演奏の美しさを象徴しています。

 歌劇場のオケとコーラスで演奏しているのに、全体的にしっとりとした雰囲気です。ヴェルディのレクイエムでは特に派手で起伏のある「続唱」は、現行の典礼(ローマカトリック)では、いたずらに恐怖を煽るためか廃止されているということです。しかしこの演奏なら恐怖という程ではないだろうと思います。レクイエムの続唱の中で、敢えてこわいと思えそうなのは「怒りの日」よりもむしろ「 “  Tuba mirum ” (奇しきラッパの響き) 」だと思います。日本語訳の歌詞を抜粋すれば下記のようになります。

書物がさし出されるであろう。
全てが書き記されたこの世を裁く書物が。
そして審判者が裁きの座に着く時、
隠されていたことが全て明らかにされ

120805  ところで、古い地獄絵を絵本にしたものが売れているようです。元は、千葉県安房郡三芳村延命寺所蔵の絵だそうで、なんでも、女性漫画家が自分の子供にそれを見せたところ効果てき面だったのがきっかけで、「しつけ」に有効として目下増刷中とのことです。確かに自分の子供のころを振り返っても、小学生くらいまではそうした地獄の図には恐怖を感じた覚えがあります。しかし、「この世に地獄があればこそ、あの世にも地獄が続く」という「あなたの知らない世界」のナレーションの通り、思春期を過ぎておっさんに近づくにつれ、目の前の事柄でせいいっぱいになり、血の池だの、針山だのはあまり実感を持てなくなります。

 アバドが三度も録音している作品は、マーラーの交響曲第2番等他にもありますが、ヴェルディのレクイエムに対して余程思い入れがあるのでしょう。このCDでは同じヴェルディの「聖歌四篇」がカップリングされていますが、それが唯一の録音です。アバドと言えば、妻以外の女性との間に娘が居ます。そのことをあげつらう気はありませんが、日本の地獄観によると妾をもった者は双頭の大蛇に舐められ、責められるというのがあったはずです。

14 8月

ヴェルディの聖歌四篇 ジュリーニ BPO他 1990年

110814 ヴェルディ 聖歌四篇

カルロ・マリア・ジュリーニ 指揮

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
エルンスト・ゼンフ合唱団

ソプラノ:シャロン・スウィート

(1990年9月7,8日ライブ録音 SONY)

Ave  Maria(アヴェ・マリア):4重唱又は4部合唱

Stabat  Mater(悲しみの聖母):オーケストラ伴奏付

Laudi  alla  Verjine  Maria(おとめマリアへの賛歌):女性4部合唱

Te  Deum(テ・デウム):オーケストラ伴奏付

 盆の墓参は通常13日の朝に行くものだそうですが、昨日は起きるのが遅く用事を片づけた頃はカンカン照りの猛暑だったので今朝に延期しました。草は少し前にむしって掃除してあったので、掃除に時間はかからない予定でした。9時前に墓所へ着くと、「本山の者」と自称する修行僧がお経をあげて供養いたしましょうかと回って来ました。これは十数年来はじめてのことで、一瞬騙りかと思いましたが人相が堅気そうだったので頼もうとしました。ところが財布を車の中に置いて来ていたので、お布施を渡すのにはまた坂を下りて戻って登らなければならなかったので、結局辞退しました。ちょっと赤っ恥な結末になりました。しかし、墓所は塔頭の権限、管轄で別に合同供養しているのに、本山から来てももめないのかと内心思いました。

  聖歌四篇はヴェルディの晩年の作品で、1888年から1897年にかけて作曲された上の4曲から成ります。最初におとめマリアへの賛歌」が1888年に、続いて1889年に「アヴェ・マリア1895-1896年に「テ・デウム1897年に「悲しみの聖母(スターバト・マーテル)」が作曲されました。「おとめマリアへの賛歌」だけはダンテの神曲・天堂篇第33曲から採られたイタリア語の歌詞で、他の3曲はカトリック教会のラテン語典礼文に作曲されています。元々は別々に作曲された作品ですが、ボーイトと出版社のリコルディの勧めで「聖歌四篇」というタイトルで統一して同時に演奏する作品とになりました。

 作品の性格と歌詞の内容からして、ジュリーニの晩年の演奏にふさわしいと推測され、実際聴いてみるとまさにその通りで、とても慰められます。元々オーケストラ伴奏付として作られたテ・デウム、スターバト・マーテルは、レクイエム程は動的でないものの歌詞に併せた起伏を持っています。一方、アヴェ・マリアとおとめマリアへの賛歌は、モーツアルトのアヴェ・ヴェルム・コルプスやブルックナーのモテットに通じる瞑想的な音楽です。特に「アヴェ・マリア」は、当時ミラノの「ガゼッタ・ムジカーレ」誌に投稿された「謎の音階」を定旋律にして作られています。謎の音階については、この作品についての後日の投稿機会にゆずりたいと思います。聖歌四篇は十代とか若い頃はあまり良いとは思いませんでしたが、近年急速に親しみを感じるようになった作品です。

 1941年8月14日はマキシミリアノ・マリア・コルベ神父が、アウシュビッツの収容所で、餓死室へ移送されることになったポーランド兵の身代わりになって亡くなった日です。身代わりになった人は戦後も生き続けることができました。戦後コルベ師が列福、列聖されたので8月14日は聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者の祝日となっています。この日だけは(クリスマスも早朝に行っていましたがすっかり寝坊が定着しました)早朝のミサに行くようにしています。今日はその後で上記のようにお寺の墓参でした。

 コルベ師は子供の頃から聖母マリアへの信仰に熱心だったので、今日の聖歌四篇、とりわけアヴェ・マリアは生涯肌身離せない祈りだったはずです。全然関係ありませんが、「宇宙戦艦ヤマト」というアニメ作品の中で、地球人類を絶滅させようとする異星人の母星ガミラスへ攻め込んで、その都市を壊滅させる場面が出てきます。地球側の人物がその惨状を見て「もう神様の顔が見えない」と泣きます(やっておいてそれを言うのか、と思いましたが)。アウシュビッツの収容所等一連の政策も、「神様の顔が見えない」ようなむごたらしさです。そうした時代にあって、命と引き換えにしてでも虐殺から他人を守ろうとした人の記録が残っていることに、わずかに救いを感じます。

 なお、このCDはヴィヴァルディの「クレド RV.591」がカップリングされています。続けて聴くと、2人の作曲者の生きた時代の隔たり程は作品の違いを感じさせないのは不思議です。もっとも、ヴィヴァルディの方は演奏法に問題があると言えるかもしれません。ジュリーニは1960年代にヴェルディのレクイエムを録音した時に、聖歌四篇も録音(フィルハーモニア管、1962年・EMI)しています。この作品も、例えば先日記事投稿したラウダンテス・コンソートやヘレヴェッヘのようなスタイルで演奏しても素晴らしいだろうと思えます。

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