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拾・今でもしぶとく聴いてます

3 12月

BWV.140 目覚めよと呼ぶ声 クイケン/2011年

19s1127J.S.バッハ  BWV.140 “ Wachet auf, ruft uns die Stimme(目覚めよと呼ぶ物見の声) ”

シギスヴァルト・クイケン 指揮
ラ・プティット・バンド

ソ・イェリ(S)
ペトラ・ノスカイオヴァ(A)
クリストフ・ゲンツ(T)
ヤン・ファン・デア・グラッベン(Bs)

(2011年12月5-6日 ベルギー,シント=トロイデン録音 Accent)

 三分割目のこちらのブログは長らく更新していませんでした。すすめていたコープマンのバッハ・カンタータ全集を再開させようと思いつつ一年以上が過ぎたのは、一つにはコメントする材料なり知識、経験的な蓄積が無いということがあり、要するにネタ切れ・息切れということでした。それがNHK・FMの番組「古楽の楽しみ」の中でこの曲、この録音が放送されて、バッハのカンタータにまた少し目覚めました。BWV.140はバッハのカンタータ中で屈指の知名度で、1981年頃出版の「名曲名盤500(レコ芸編・合本)」に掲載された教会カンター二曲の内にも入っていました(もう一つも有名なBWV.147)。

BWV.140
第1曲:Wachet auf,ruft uns due Stimme (四重唱/合唱)
第2曲レティタティーフ:Er kommt, er kommt (T)
第3曲アリア:Wenn kommst du, mein Heil (S,Bs)
第4曲コラール:Zion hort die Wachter singen (T)
第5曲レティタティーフ:So geh herein zu mir (Bs)
第6曲アリア:Mein Freund ist mein (S,Bs)
第7曲コラール:Gloria sei dir gesungen (四重唱/合唱)

 典礼暦の方は一年が終わり、待降節に入ってしまいましたがこのカンタータは、三位一体後第27主日の礼拝用に作曲されました。その主日は典礼暦の終わり頃なので大体11月頃にあたります。人気の理由の一つはコラール合唱にあるのじゃないかと思われ、目覚めよ(Wachet auf
)という歌詞にふさわしい旋律が印象的です。同じく目覚めよ(Wachet auf *語尾は違ったかもしれない)で始まる合唱にワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第三幕の最終で民衆がザックスを称えて歌うコーラスがあります。その合唱曲とは違うもののBWV140のコラールも圧力というのか、身に迫る威力というのか独特なものが感じられて、個人的にはあまり好きではありませんでした。よく分かりませんが初期カンタータの合唱は多人数で歌っていてもそういう圧迫が少なくて、より内省的な印象受けると思っていました(根拠は無いけれど)。

  クイケンのカンタータ選集は、少人数の編成で特に声楽は1声部1人(OVPP)で演奏しています。だから古いカールリヒターの選集や代々の聖トーマス教会聖歌隊らの演奏とは対極的と言えるスタイルです。とことん絞った編成というわけですが、これで聴くBWV140のコラールは清々しくて上記のような圧迫感は無いように思えます。妙なものでBWV67とか63の合唱部分はもっと大編成の方が魅力的だと思ってしまいます(勝手なもの)。このOVPPはジョシュア・リフキンが提唱、実践し出したものですが、バッハのライプチヒ時代にこういう編成で同時期のカンタータを演奏したことはあるのだろうかと思います。試演としてやったとしても主日の礼拝では聖歌隊が居るのでまずないのではと想像できます。

 第7曲のコラール合唱の歌詞はひたすら神をたたえ、天上の光景を描いているので、ルター派の暦では使わない「王であるキリスト」にもふさわしい内容です(黙示録とか詩篇の最後の方とか)。このカンタータが初演されたのは1731年の11月25日なので典礼暦の最後の主日くらいにあたったはずです。
3 5月

死人の中から甦りしイエス・キリストを覚えよ ラミン、ライプチヒ聖トーマス教会/1954年

1905s03bJ.S.バッハ カンタータ BWV.67 「 Halt im Gedächtnis Jesum Christ(死人の中から甦りしイエス・キリストを覚えよ)」

ギュンター・ラミン 指揮
ライプチヒ聖トーマス教会聖歌隊
ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

聖歌隊員
ゲルトルド・ワグナー(A)
ゲルト・ルッツェ(T)
ヨハンエス・エッテル(Bs)

(1954年 ライプチヒ,聖トーマス教会 録音 ETERNA)

1905s03a これはJ.S.バッハが生前にカントルを務めたライプチヒの聖トーマス教会聖歌隊による、1950年代の録音を集めたCD集に含まれる一曲です。元は当然LPとして発売されていました。先日そのLPの現物をまとめて目にしてBWV.67やBWV.106も含まれているのに気が付き、改めてこのCD集のことを思い出しました(LPは中古でもそこそこ高価なので見るだけにしておきました)。指揮はトーマスカントルのギュンター・ラミン(Günther Ramin 1898年10月15日 - 1956年2月27日)で、彼が亡くなるまでの数年間の演奏をおさめた貴重な録音です。ラミンの前任者であるカール・シュトラウベ(Montgomery Rufus Karl Siegfried Straube, 1873年1月6日  - 1950年4月27日 )くらいまでが録音が残っているようで、いずれにしてもベルリンの壁が作られるより前の時代、古い時代のトーマス教会聖歌隊の演奏ということになります。

 この演奏、第一曲目の合唱を始めて聴いた時はあまりにゆっくりとしているので驚きました。現代の普通に聴くことが出来る古楽アンサンブルらによる演奏に慣れていると大いに戸惑うところです。フリッツ・ヴェルナーの同曲もゆっくりとしていますが、最初の合唱曲はそれ以上の遅さだと感じられます。もっとも第二曲目以降はそれほど違和感を覚えませんが、これが伝統的なバッハのカンタータ演奏なのかと改めて感心しました。独唱者も聖歌隊のメンバーが歌っているので男声だけによる演奏です。

 色々な楽曲を最初に耳にする機会がレコードだったりラジオだったりすることが多い我々極東の庶民層は、バッハの教会音楽の演奏と言えばカール・リヒターとミュンヘン・バッハ合唱団らのレコードが有名でした。そのリヒターはドレスデンの聖十字架教会聖歌隊のメンバーからライプチヒ音楽院に移ってシュトラウベ、ラミンのもとで研鑽を積みました。ただ、その後西側へ活動の場を移したのでトーマスカントルにもならなかったので何となく伝統的なスタイルとは別系統の演奏のように思いがちです。今回改めてこの古いカンタータ録音を聴いているとやはりリそう思うのも一理あり、ステレオ録音のリヒターとは音質に差があるとしても独特の演奏だと実感します。

 最近オランダのナールデンで毎年行われるバッハのマタイ受難曲の少々古い(と言ってもステレオ録音)レコードを聴いて感銘を受けましたが、そこにも教会附属の聖歌隊(少年合唱)が参加しているので、寄宿生の学校を伴うかどうかの差はあっても少年合唱という伝統は脈々と続いていると感心しました。
13 4月

BWV.54 復活祭前第3主日「罪に手むかうべし」 ルッツ

1904s10バッハ BWV.54 “ Widerstehe doch der Sunde ( 罪に手むかうべし) ” 

ルドルフ・ルッツ 指揮、オルガン
バッハ財団管弦楽団

マルクス・フォルスター:CT

(2008年3月14日 トロ-ゲン・シュパイヒャー福音教会 録音J.S.Bach Stiftung)

 三分割目のブログ「拾~」の方はかなり久しぶりの更新になります。典礼暦の四旬節(灰の日曜日から復活の主日前まで)は「悔い改め」とい位置付けの期間でもあり、クリスマス前の待降節同様に典礼で鳴り物、音曲禁止となる主日もあり、バッハの教会カンタータ作品もかなり数が限られています。BWV.54はバッハがライプチヒに赴任する前のワイマール時代に作曲、初演されました。初演されたのが1714年、復活祭前第3主日とされ、異説もあるようですがその通りだとすれば四旬節期間中のカンタータということになります(主日の名称は教派、時代によって違うこともある)。

BWV.54 “ Widerstehe doch der Sunde ”  
⑧アリア:Widerstehe doch der Sunde (CT)
  「いざ、罪に抗すべし」
⑨レシタティーヴォ:Die Art verruchter Sunden (CT)
  「邪悪の罪の性は」
⑩アリア:Wer Sunde tut, der ist vom Teufel (CT)
  「罪を犯せるものは、悪魔より出ず」
*コラール:jesum nur will ich liebhaben
  Martin Jan(1620-1682)のコラール、
この録音で付加、連続演奏されている

 
BWV.54は三つの楽曲しか伝えられていないので、これらは全曲の一部のみで失われた部分もあるという見解もあり、たしかにコラール楽曲も含まれていないのでそうかもしれません。このアルバムでは末尾にマルティン・ヤンのコラールを付加して演奏しています。このコラールの作詞者であるヤンはBWV.147で使用される有名なコラール「主よ、人の望みの喜びよ」の作詞者でもありました。このコラールを加える復元版があるのかどうかは分かりませんが、聴いているとしっくりくる気がします。

 バッハのカンタータ全集も何種類も完結しましたが、ルドルフ・ルッツとバッハ財団によるプロジェクト(カンタータだけでなくバッハの全声楽作品を録音するらしい)が現在進行中で、演奏会を収録した映像ソフトがヨーロッパでかなり発売されています。日本では再生できない規格のようで、国内に出回るのはCDのみです(DVDを扱っているショップの広告も見かけたが、国内の機器で再生は保証できないと注記があった)。

 この録音では付け加えたコラール楽曲も含めて全曲をカウンターテナーの独唱で演奏しています。コープマンの全集も同じでしたがヘルムート・リリングの全集ではアルトのユリア・ハマリが独唱していました。ルッツのカンタータ演奏はどういうものを志向しているのか分かりませんが、この曲は教会カンタータらしからぬ?艶っぽさにあふれていて、ワイマール時代のカンタータらしくない美しさのようにも思えました。コープマンの録音はこんな感じだったかどうか、とにかく独自路線のようです。
5 11月

BWV.6 “ Bleib bei uns~(我らのもとに留まれ) ” アーノンクール

1811s05J.S.バッハ BWV.6 “ Bleib bei uns, denn es will Abend werden(我らのもとに留まれ、はや夕べとなれば)”

ニコラウス・アーノンクール指揮
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
ウィーン少年合唱団
コルス・ヴィエネンシス

ウィーン少年合唱団員:S
ポール・エスウッド:CT
クルト・エクヴィルツ:T
マックス・ファン・エグモント:Bs

(1971年1月 ウィーン 録音Teldec)

 11月に入ってもう待降節が近づいてきました(今年は12月2日から)。子どもの頃のクリスマスと言えば幼稚園の時に降誕劇に参加した(聖ヨセフの役)ことくらいで、うちは家長がキリスト教嫌いの禁教下だったのでプレゼントだのツリーなんかは一切ありませんでした。それでも教会付属(プロテスタント・会衆派)の幼稚園だったのは当時幼稚園不足で入れるところが限られていて、選り好みできなかったからでした。会衆派の教理というか神学、運営は何でもあり的で、行き過ぎるとキリスト教の原型さえ逸しかねない自由さに見えますが、自分が行ってた幼稚園は降誕劇なんかをやって普通だったのは今からすれば不思議です。

 復活節のカンタータの代表作、BWV.6を今頃扱うのは季節、暦から外れますがアーノンクールの比較的初期の録音を探すとバッハのカンタータに行き当たりました。レオンハルトと二人が指揮をして、古楽器アンサンブルと少年合唱団を起用した男声のみの演奏によってカンタータ全曲録音を完成させるという画期的な企画でした。演奏者の一覧を見て分かるように、ソプラノ独唱にウィーン少年合唱団員のボーイ・ソプラノ、アルトのパートにカウンター・テナーの男声を起用しています。ボーイ・ソプラノは最近の録音でもそう多くは無いので当時のレコードとしては珍しい編成だったはずです(日本でも聴けるレコードとしては)。

 改めてこれを聴いてみると使っている古楽器の音色があまり綺麗ではなくて、それと少年合唱の響きが対照的なのが妙な魅力になっています。ただ、BWV.6やBWV.67、BWV.103あたりの復活節らしい清々しくも神秘的な雰囲気を期待するとちょっとはずれるかもしれません。もっともそれは個人的な趣味であり、古楽器アンサンブルの演奏なら多かれ少なかれそういう傾向になってきます。1971年と言えばまだリヒターとミュンヘン・バッハ合唱団、管弦楽団が健在でカンタータ録音も続いていた時期なので、この時点で既にこういう演奏がレコード化されていたわけで、振り返ると感慨深いものがあります。自分がバッハの受難曲やカンタータの古楽器系の演奏に馴染むようになったのは1990年代に入ってからなので猶更そう思います。

 この全集はCD化されてもそこそこ高価だったので長らく購入を見送っていましたが、何年か前に中古店の店頭でたまたま見かけて安かったの購入して、ごく一部を聴いただけでした。BWVの番号順に60枚のCDに収録され、レオンハルトが指揮する曲はレオンハルト合奏団、ケンブリッジ・キングスカレッジ合唱団、ハノーファー合唱団、テルツ少年合唱団が参加しています。アーノンクールが指揮した曲の方にもテルツ少年合唱団が参加しているものもありますが、コーラスはこちらの方がより統一されているようです。
10 9月

BWV.649「我らと共に留まり給え」 アラン初回

18s080910J.S.バッハ シュープラー・コラール集(Schüblerschen Choräle für Orgel, BWV645-650)から「われらとともに留まりたまえ(Bleib bei uns)」BWV.649 変ロ長調

マリー・クレール・アラン:オルガン
*オルガン:マルクーセン&ソン(1952年)

(1959年11月2-4日 デンマーク,バーデ,聖ヤコブ教会 録音 Erato)

 今年は地震、台風、豪雨が連続して、雨の降り方がいよいよ昭和の時代に慣れたタイプと違うのが定着してきました。関西でも尼崎市をはじめ停電が続くところがまだありました。それに直下型の地震、大阪北部地震が完了したのかどうかどうも不気味です。さて、三分割目のブログはコープマンとリリングのカンタータ全集を全部取り上げるつもりで途中で止まっています。後者は一度は全部聴いていますがコープマンの方は世俗カンタータ、ラテン語のキリエ、グロリア等も含んでいるのでまだ多数残っています。とりあえずコープマンの教会カンタータだけでも全部扱いたいと思います。

 先月のBWV.645に続いてバッハのシュプラー・コラール集からBWV.649「われらとともに留まりたまえ」をマリー・クレール・アランの初回全集録音から聴きました。この曲も出だし部分から聴き覚えがあり、オルガン独奏以外の演奏で聴き覚えがありました。解説によるとこの曲集の中で原曲からの変更点が一番多い(原曲のリフレインも消されていると)とされ、コラール旋律以外の部分の方が目立つくらいです。

 この曲は復活祭第2日用の同名カンタータBWV.6、第3曲のアリアを編曲したものです。カンタータの方は第1曲目の合唱曲の印象が強くて、このオルガン曲でコラール旋律を聴いてもBWV.6がすぐには思い浮かべられません。用いられているコラールはラテン語聖歌をフィリップ・メランヒトンがドイツ語に訳したもので、四声部のコラール集(J.P.キルンベルガー、C.P.Eバッハ共編)のBWV.253にも入っています。一節が四行のコラールで、オルガンに編曲した今回の作品の方が力強さが感じられます。

 ところでこのコラールやカンタータのBWV.6と同じ福音書の場面、情景を題材にした賛美歌、聖歌に「日暮れて四方は暗く
」という日本語名で知られたものがありました。紛らわしくてそれがバッハ、BWV.6に因むものだと思っていましたがそうではありませんでした。聖公会起源の歌、ヘンリー・フランシス・ライト作詞、ウィリアム・ヘンリー・モンク作曲でした
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