raimund

拾・今でもしぶとく聴いてます

1 5月

BWV.6 “ Bleib bei uns~(我らのもとに留まれ) ” ガーディナー/Ar盤

170501aJ.S.バッハ BWV.6 “ Bleib bei uns, denn es will Abend werden(我らのもとに留まれ、はや夕べとなれば)”

ジョン・エリオット・ガーディナー
イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
モンテヴェルディ合唱団
 ~ ソリスト
ミヒャエル・ニーゼマン:オーボエ・ダ・カッチャ
ディヴィッド・ワトキン:ヴァイオリン

ベルナルダ・フィンク(A)
スティーヴ・ダヴィスリム(T)
ジュリアン・クラークソン(Bs)

(1999年4月7,8日 ロンドン,St.John`s 録音 Ar)

 三分割目のこっちのブログは特に更新頻度が上がりませんが、バッハのカンタータの音楽は時々不意に思い出します。カンタータ以外ではシューベルトの歌曲もブログのレパートリーにしていますが同様になかなか手がつけられないままです。

 今年の復活祭、復活の主日は4月16日だったので6月4日の聖霊降臨までは復活節です。先日の日曜日、復活節第3主日の朗読配分(カトリック教会/A年)がエウンマウスの弟子たちへの出現の箇所なので、ちょうどバッハのカンタータBWV.6 の冒頭合唱の歌詞が含まれます。「我らのもとに留まれ、はや夕べとなれば」というのは弟子たちがなおも先へ進もうとする復活の主にたいしてかけた言葉です(ルカ福音書24章29節)。この時点では呼びかけている相手が主キリストだとは理解していないわけですが、直前には「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち」と言われているにもかかわらずまだ分からない様子は何度読んでももどかしいものがあります。

170501b カンタータ BWV.6 は感銘深い作品が並ぶ「復活祭後」の作品群の中で、個人的に特に親近というか愛着を感じていましたが、それは上記の福音書記事の場面によるところが大きいと改めて思いました。自分にとってはBWV.67と双璧のカンタータであり、冒頭の合唱曲は何度、どういう演奏で聴いても感動的です。どんな演奏でもと言いながら、ガーディナー指揮の場合は神秘的な印象が薄くて、コープマンの演奏とはまた違ったタイプの抑制的、ストイックな響きだと思っていました。

 この録音はガーディナーが独自のレーベルSDGへ連続録音する前に、アルヒーフ・レーベルでカンタータ全集に取り組んでいた時期のものです。アルヒーフはカール・リヒターの指揮で完結できなかったカンタータ全集を、新たにガーディナーによって作ろうとしたそうですが、これが開始された時はあまりバッハの宗教曲に適性がある気がしなくて関心が薄かったことを覚えています。それから20年近く経った今聴いていると、根本的に印象は違ってこないものの、地道な営みから受ける感銘というのか、自身が主体的に参列してはじめて得られる感慨に似たものをおぼろげながら感じられ、魅力を再発見した気分でした。それにしても写真のガーディナーが若々しい姿なのに驚かされます。 
6 3月

BWV.80 「われらの神は堅き砦」 コープマン

sJ.Sバッハ BWV.80 “ Ein feste Burg ist unser Gott(われらの神は堅き砦)”

トン・コープマン 指揮
アムステルダム・バロック管弦楽団
アムステルダム・バロック合唱団

サンドリーヌ・ピオー(S)
ナタリー・シュトゥッツマン(A)
ジェイムス・ギルクリスト(T)
クラウス・メルテンス(Bs)

(録音データ無 CHALLENGE CLASSICS)

 今年は「灰の水曜」が3月1日だったのでこの月がまるごと四旬節に入ることになります。この機会に停滞している三分割目のブログ、バッハのカンタータの方を進めようかと一瞬思いました。しかし現存するバッハのカンタータの中で四旬節の主日用の作品はほとんどありません。待降節と同様にこの期間中は礼拝に鳴り物入りの音楽を使わないことになっていたので必然的にそうなりました。カトリック教会でもグロリアとアレルヤを歌わないので西方教会共通の空気のようです。 

 コープマンのカンタータ全集を作曲年代順に下って聴いてきたところ、だいぶ間があいたので調子が狂い、一旦最後の方の曲からBWV.80を聴きました。これはワイマール時代の1715年3月24日の復活節前第4日曜日用のカンタータ(BWV.80a “ Alles, was von Gott geboren ”) を改作したもので、1727年から1731年の10月31日(宗教改革記念日)に初演されました。だからルター作の同名コラール「われらが神は堅き砦」が使われているので有名です。

 このコラールの旋律は日本語歌詞が付いた賛美歌も有名で、個人的に好きな合唱曲だったので若い頃にこのカンタータのレコードを探したことがありました。賛美歌でありながらワーグナー作品の合唱曲か軍歌のような威力、高揚感があると言えば怒られるかもしれませんが、大編成のコーラスで歌うとそういう迫力があります。母が日本基督教団の信者だったので賛美歌集が家にあり、カセットもあったので幼い頃にも聴いた覚えがありました。日本語に直訳すれば語順が逆で「堅き砦は我らの神」じゃないかと思いますが、順番が変わると微妙にニュアンスが違ってくる気がします(気のせいか)。

 最初に買えたのがリフキンのカンタータ集だったので、一声部一人という最小編成の演奏にすっかり肩透かしをくったのを覚えています。コープマンの全集録音はそこまでの少人数ではないものの、リフキンの編成、演奏の効果と通じるところがあり(そんな気がする) 、これを聴いていたずらに気分が高揚したりするのを抑えるような、ストイックというのか簡潔な響きに感心します(他の曲でも同じことを書いているけれど、こういう曲ではいっそうそれを感じる)。直接関係ありませんが、旧約聖書の列王記上だったか、エリヤが敵から逃れている場面で岩を砕くような風、地震や炎が起こったけれどそれらには神はおられず、やがて小さな声が聞こえ、それが神の言葉だったというところがありました。表層的な感情が高ぶる時はその場面のことを思い出します。と言いつつも教会音楽の中では神秘的で壮大なものも魅力があることに違いはありませんが。
24 12月

BWV.63他 バッハ、ライプチヒ赴任初年のクリスマス ジョン・バット

16s1224J.S.バッハ BWV.63 “ Christen, atzet diesen Tag ( キリスト者よ、この日を銘記せよ )”
~ライプツィヒにおけるJ.S.バッハ最初のクリスマスの晩課の再現~

ジョン・バット 指揮
ダニーデン・コンソート

ジュリア・ドイル(S)
ジョアン・ラン(S)
クレア・ウィルキンソン(Ms)
ニコラス・マルロイ(T)
マシュー・ブルック(Bs)

① 8声のモテット「今日キリストはお生まれになった」(ジョヴァンニ・ガブリエリ)
② コラール前奏曲「神よ、汝の慈悲により」BWV.600
③-⑨ カンタータ第63番「キリスト教徒らよ、この日を彫り刻め」 BWV.63
⑩ オルガン前奏曲「高き御空よりわれは来たれり」 BWV.606
コラール「高き天より」~新ライプツィヒ讃美歌集、ゴットフリート・ヴォペーリウス1682年出版」より
⑫ コラール前奏曲「わが魂は主をあがめ」 BWV.733
⑬-㉘ J.S.バッハ:マニフィカト 変ホ長調 BWV.243a
㉙ コラール前奏曲「ベツレヘムに生まれし御子」BWV.603
コラール「ベツレヘムに生まれし御子」~新ライプツィヒ讃美歌集、ゴットフリート・ヴォペーリウス1682年出版より

(2014年7月27-31日 エジンバラ,グレイフライアーズ教会 録音 LINN)

 これは1723年12月25日にライプチヒの聖ニコライ教会で行われた晩課の音楽を再現したものと称して、バッハのカンタータ第63番 「キリスト教徒らよ、この日を彫り刻め」(降誕節第1日用)とマニフィカートを中心に構成したものです。ジョン・バットとダニーデン・コンソートはバッハのヨハネ受難曲でもこうした構成の再現、録音で注目されました。しかし、今回はカンタータは全楽曲を連続演奏していて、楽曲間に祈祷や朗読、説教(ヨハネ受難曲の時は説教部分をダウンロードするようになっていた)が入ったりしないので、典礼そのものを再現するところまではいっていないようです。それに晩課という日本語はローマ・カトリックの聖務日課の一つに充てられた言葉であり、聖務日課は元来修道者や司祭らが行うものとされていたので、万人司祭を掲げるプロテスタント・ルター派には同じものは無いはずです。推測すると、クリスマス当日の夕方の礼拝という意味の集まりで使われた音楽といったところではないかと思います。実際、収録されたコラール2曲はカンタータの合唱曲とは違って大幅に増員したコーラスで演奏しています。これは会衆が唱和しているという状態を念頭に置いてのことだと思われます。

16s1224a 全楽曲の中ではその二つのコラールが一番感銘深くて、ルター派の音楽の中で特に素晴らしくて余をもって換え得ないものだと思いました。一つ目のコラール「高き天より」 のメロディはけっこう有名なはずで、日本語の賛美歌にもなっているはずです(日本語名が思い出せない)。この録音ではクリスマス当日だけあってオルガン伴奏が派手で装飾的な音を添えています。ルター派の教会でこういうオルガン演奏があったかどうか微妙で、何となく英王室の結婚式を彷彿とさせる華やかさです(当時のカルヴァン派ならこういうオルガン奏楽はもってのほかか?)。それはともかく、オルガン独走による前奏曲が音質の良好さもあって魅力的でした。コラール前奏曲がこんな風に使われていたのかと感慨深いものがあります。

 カンタータの演奏は小編成で、冒頭の華やかな合唱曲が独唱者によって(1声部1人か) 歌われると厳粛な音楽に聴こえて、このカンタータを別の側面からみる心地です。コラールを演奏している時の多人数で歌っていないところがこだわりなのだと思います。聖トーマス教会合唱団の演奏を念頭に置いているとちょっととまどいます。

 第1曲目にジョヴァンニ・ガブリエリのモテットが来るのは意外ですが、後にラテン語歌詞のマニフィカトが演奏されるので対になっているようです。マニフィカトは1723年に完成させたBWV.243aの方をもってきています。バッハがライプチヒのカントルに就任した年、最初に迎えるクリスマスの音楽ということを意識させる感慨深い内容でした。ただ、典礼の姿は何となくおぼろげでなかなかイメージし難いものがあります。
5 12月

BWV.131「深き淵より」 リオネル・ムニエ、ヴォクス・ルミニス

1612s05J.S.バッハ BWV.131 “ Aus der Tiefen rufe ich, Herr, zu dir (深き淵より、主よ、あなたを呼びます)”

リオネル・ムニエ 指揮(リコーダーとバス)
ヴォクス・ルミニス(古楽器使用)
ヤス・モイシオ(ob)
ルドルフ・レーリンツ(スライドトランペット)
バルト・ヤーコプス(org)

ズュシ・トート(S)
クリステン・ヴィトマー(S)
ダニエル・エルヘルスマ(C-T)
バルナバーシュ・ヘギ(C-T)
レイナウト・ファン・メヘレン(T)
フィリップ・フレーリガー(T)
セバスティアン・メイルス(Bs)
リオネル・ムニエ(Bs)

(2016年4月13-15日,7月22-24日 録音 Alpha)

1612s05a 現存するバッハの教会カンタータの楽譜の中で一番古いとされてきたBWV.131 “ Aus der Tiefen rufe ich, Herr, zu dir (深き淵より、主よ、われは汝を呼ぶ) は作曲者が22歳頃の作品にあたります。このアルバムはこの曲と同じくらいの年代に作られたカンタータ四曲を集めて、バッハより古い世代のドイツの作曲家、ブクステフーデ、シュッツらや伝統的なコラール等の影響下、発展の上にバッハのカンタータがあることを意識したものです。演奏しているのはベルギーの古楽アンサンブル、「アンサンブル・ヴォクス・ルミニクス」で、この団体は古楽の中心地の一つナミュールでピアニストのフランシス・フレミング、バス=バリトンのリオネル・ムニエのもとで2004年に結成されました。

1612s05b メンバーはベルギーやオランダのみでなくイギリス、ドイツ、日本からソリスト級の歌手が参加しています。基本は8人(ヴォーカル・アンサンブルが基本メンバーらしい)ですが演奏する作品によっては器楽を加えているようです。これ以外ではハインリヒ・シュッツの「音楽による葬送」やシャイトの作品集、オルランド・デ・ラッススの作品集等があります。バッハより古い時代の作品、ドイツ語圏以外の作品も演奏しているのが特徴で、聴いていると聖トーマス教会合唱団らの演奏とは違った響きで、バッハより古い時代の作品と間違えそうな独特の演奏です。詳しい作曲・演奏目的、動機等は不確かながら、歌詞の内容から「悔い改め」がテーマになっているこの曲があまり重苦しくならないのが新鮮な魅力です。

 S.クイケンらによるOVPP・小編成で演奏したバッハのカンタータのシリーズがありましたが、どこがどうとは言えないもののそれとも違った風情です(クイケンの方は元々は器楽アンサンブルが基本)。収録されている四曲はBWV.106 “ Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit ( 神の時こそ最善の時 )BWV.150 “ Nach dir, Herr, verlanget mich (主よ、われは汝を求む) とこのBWV.131BWV.12 “ Weinen, Klagen, Sorgen, Zagen ( 泣き、嘆き、悲しみ、おののき )  です。中でもBWV.106とBWV.131が、哀悼、改悛の重さ、暗さが緩和された清新な魅力が際立ちます。

  このBWV.131はバッハのカンタータの中で三曲なり四曲好きなものを挙げるとすれば欠かせない作品で、これが入っていたからこのCDをわざわざ買おうと思ったわけです。 しかし、全集ではない選集のような企画にはもれていることもあって、カール・リヒターはこの曲を録音してませんでした(少なくともアルヒーフには)。
3 10月

復活祭後第3主日「我ら多くの患難を経て御国に」 コープマン

1511s03J.S.バッハ BWV.146 “ Wir müssen durch viel Trübsal(われら多くの患難を経て)”

トン・コープマン 指揮
アムステルダム・バロック管弦楽団
アムステルダム・バロック合唱団
シビラ・ルーベンス:S
ボグナ・バルトシュ:A
ジェイムス・ギルクリスト:T
クラウス・メルテンス:Bs

(2001年3月6-16日,11月26日-12月3日、2002年2月26日-3月7日 アムステルダム,フランス改革派教会 録音 CHALLENGE CLASSICS

 バッハのカンタータを聴いているとドイツ語のネイティヴだったらもっと直接的に感銘を受けるのだろうと思い、歌詞を日本語に訳して音楽と合うように、また聖書からの引用歌詞の場合は慣れ親しんだ日本語訳を使うようにすればそこそこドイツのルター派教会の礼拝でカンタータを聴く環境に近づくのじゃないかと想像します。だいぶ前に東京の飯田橋に20日くらい滞在した際、日曜日に日本のルーテル教会へ行ったことがありました。しかしどんな感じだったか全然覚えておらず、あるいは主日礼拝が終わった後に着いたのかもしれません。とにかくコラール、キリエやグロリアも聴くことなく引き上げました。今日の昼にコンビニのレジ前に並んでいる時、肉まん、あんまんが準備万端に並んでいるのが目に入り、そういえば神楽坂の角に大きな肉まんを売っている店があったのを思い出し、飯田橋界隈のことをついでに思い出しました。なお、日本語歌詞のカンタータを継続して演奏している団体があるようで、いつだったかネット上で案内を見たことがありました。

 このカンタータの第一曲目、シンフォニアは、冒頭からどこかで聴いたことがあると、たいていのクラシック音楽のフアンは気が付くかと思いますが、それはバッハがヴァイオリン協奏曲を改作してチェンバロ協奏曲として知られている作品を(チェンバロ協奏曲 ニ短調 BWV.1052 の第1楽章)転用しているからです。このカンタータではチェンバロのパートはオルガンが受け持ち、7分以上も続くのでのでオルガン協奏曲のようにきこえます。さらに二曲目の合唱曲にも同協奏曲の第2楽章が使われています(二曲目の方はすぐに気が付かなかった)。

 このカンタータは復活祭後第3日曜日のための曲ですが初演記録が残っておらず、1726年5月12日が初演ではないかと推測されているようです。全曲の演奏時間が40分程度に及ぶ大作で、復活の主日用でもないのに盛大な作品になっています。三曲目までで約20分以上かかり、第七曲目がかなり違った雰囲気であり、パッチワーク的に既存作品からの転用で構成されたような印象を受けます。また、最終のコラールの直前にレティタティーフがくることが多いこともあって、何となく異例の作品か、欠損があるのか?とも思える内容です。

BWV.146 “ Wir müssen durch viel Trübsal ”
①シンフォニア(管弦楽)
②合唱曲:Wir mussen durch viel Trubsal (Cho)
③アリア:Ich will nach dem Himmel zu (A)
④レティタティーフ:Ach! wer doch schon im Himmel war (S)
⑤アリア:Ich sae meine Zahren (S)
⑥レティタティーフ:Ich bin bereit (T)
⑦二重唱:Wie will ich mich freuen (Tr,Bs)
⑧コラール:Freu dich sehr, o meine Seele (Cho)

 
最後のコラール合唱は、「ひとみな死すべし(Alle Menschen müssenn sterben)」というコラールの旋律に基づく四部合唱です。どうもこの旋律もききおぼえがあるので日本語の賛美歌として普及しているのかもしれません。コラールの歌詞等については同カンタータをリリング盤でふれる際に載せることにしてここでは省きます(作者不詳だったり)。
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