raimund

新・今でもしぶとく聴いてます

16 12月

ワーグナー「神々の黄昏」グッドオール、、E,N,OPERA

171216aワーグナー 楽劇・ニーベルングの指環「神々の黄昏」*英語歌唱

レジナルド・グッドール 指揮
イングリッシュ・ナショナル・オペラ管弦楽団
イングリッシュ・ナショナル・オペラ合唱団

ジークフリート:アルバート・レメディオス
ブリュンヒルデ:リタ・ハンター
アルベリッヒ:デレク・ハモンド・ストラウド
ハーゲン:アーゲ・ホーグランド
グートルーネ:マーガレット・カーフェイ
グンター:ノーマン・ウェルズビー
ヴァルトラウテ:キャセリーン・プリング
ヴォークリンデ:ヴァレリー・マスターソン
ウェルグンテ:シェラー・スクアイアス
フロースヒルデ:ヘレン・アットフィールド
第1のノルン:アンヌ・コリンズ
第2のノルン:ギリアン・ナイト
第3のノルン:アンヌ・エヴァンス

(1977年12月6,13,27日  ロンドン・コロシアム ライヴ録音 CHANDOS/EMI

171216 NHK・FMで放送している2017年バイロイト音楽祭も残り二回になりました。これまで録音しながら断片的に聴いているとトリスタンのティーレマンが一番印象に残る指揮でした。前日放送のマイスタージンガーがすごく軽快、軽量で演劇的に聴こえたので、トリスタンは逆に濃密でワーグナーの楽劇世界そのものといった音楽、演奏で圧倒されました(まだ全部は聴いていないけれど)。来年は新演出のローエングリンをティーレマンが指揮する予定なので、バイロイト音楽祭の演目10作品を全部指揮する史上初の指揮者になると放送の解説で予告していました。

171216b さてこちらはグッドオール指揮、イングリッシュ・ナショナルオペラの英語歌唱による指環から最終の「神々の黄昏」です。四部作の中ではこれが一番の感銘度かなと思えて、特にジークフリートの葬送が終わってからのラストのところが澄み切った、というのも場違いかもしれませんが、その言葉をすぐに思い付くくらいの感銘が迫ってきます。焼け跡に発芽したばかりの新芽を見るような心地です。それにプロローグの三人のノルンの場面もオーケストラが美しくて惹きつけられ、隅々まで光が当たる素晴らしい上演だっただろうと思いました。ただ、「ジークフリートのラインの旅」は別のオケだったらもと凄かったかなと、クレンペラーと似たテンポ(クレンペラーのはEMIのオーケストラ作品集の演奏)だと思いながら聴いていました。

 歌手の方はブリュンヒルデのリタ・ハンターが前作に続いて一番目立っていました。他のキャストも聞き覚えの無い名前が並んでいるのに皆見事に聴こえます。グッドオールがコヴェントガーデンでショルティの下、不遇な環境にあってほとんど唯一の仕事がマンツーマンの歌唱指導だったそうで、その場所は劇場最上階、天井桟敷の階から51段も階段で上がる小さな粗末な部屋でした。そこで指導を受ける歌手たちは「ヴァルハラ」と呼び始めたとか(ワーグナー馬鹿と陰口をきかれたグッドオールにして皮肉なこと)。リタ・ハンターはショルティ指揮の1963年のコヴェントガーデンでの「神々の黄昏」ではノルンを歌っていたのでグッドオールの指導を受け始めていたことでしょう。もっとも後にグッドオール指揮の指環に出演するようになった際はその個人歌唱指導ではハンターはグッドールとぶつかり、性格的に合わなかったとハンター本人を含めて言っていました。

 ところでコヴェントガーデンでのグッドオールの仕事がそんな風に限定されるきっかけになったのは、1964年のショルティ指揮「ラインの黄金」のリハーサルでの出来事が直接の原因だったようです。音響を確かめるためにショルティが客席後方へ居る間、副指揮者のグッドオールが代わって指揮する際にショルティがとっていたテンポじゃなく自分のテンポでゆっくり演奏しました。ショルティは当然もっとはやく演奏しろと怒鳴ったところテンポが変わらなかったので、ショルティは走ってきてグッドオールの後ろに立って指揮し出しました(音響確認はどうした?)。グッドオールはそのテンポが限度でショルティのように速いテンポでは指揮できなかっただけだそうでうすが、指揮者と副指揮者でテンポが大きく変われば歌手がタイミングをつかめないと演出のホッターからも苦情が出ていたのでグッドオールは旗色が悪く、降格(職場はひと際高い場所になったが)もやむなしというところでした。
15 12月

ベートーヴェン交響曲第5番 ド・ビリー、ウィーンRSO

171215aベートーヴェン 交響曲 第5番 ハ短調 Op.67

ベルトラン・ド・ビリー 指揮
ウィーン放送交響楽団

(2007年8月 ウィーン,ORFオーストリア放送ラディオクルトゥアハウス 録音 Oehms)

005171215 一般的に言えることなのかどうか、人間はある程度の年齢になると保守的、反動的、あるいはその地域に共通の精神風土に同化?する傾向がある、概ねそういう意味のことを何度か聞いたことがありました。最近あるところで自分の住んでる場所に一番近い神社には行ったことがない、なぜかわからないけど行く気がしないけど代わりにどこそこの神社には毎年行くとか、最近亡くなった人が近くに居て守ってくれているとか言うのを聞きましたが、この人は15年くらい前には人間は死ねば灰が残るだけで無だとか言ってたので、いつの間に宗旨替えしたんかいのうと不思議に思いつつ黙って聞いていました。特に神道とか仏教と厳格に意識してのことでなく、大雑把に日本教とでもひとくくりにできる心情のようなものと思えて、神社云々はともかく故人が見守ってくれるということは、生前の人間関係やきずなの強さから来るので素晴らしいことかなと思います。神社で思い出したのが、右京区の桂川左岸にある「梅宮大社」という神社の境内が個人的になぜか愛着がわいていました。最近は猫の名所にもなっているらしく、岩合さんのロケ地にもなっていました。

 ベートーヴェンの交響曲第5番に「運命」というタイトルが付くのは世界的には日本や東アジアの一部くらいらしいと聞いても、一度「うんめい」と刷り込み刻み込まれるとそのイメージから抜け出せない気がします。それと年末に聴く第九は最新の校訂版がどうであれ、時代考証的にどうであろうと盛大に重厚にやるタイプの演奏は絶滅しないでほしいと思います。ベルトラン・ド・ビリーとウィーン放送交響楽団(Radio-Symphonieorchester Wien)のベートーヴェンはそういうスタイルでもありませんが、ピリオド・オケでも室内オケでもないのである程度はひと昔くらい前のことを思い出させてくれるかなと思ったらなんとも言えない内容でした。 
 
 しかし第4楽章はかなり気に入り、個人的にその楽章は勝ち馬に乗りまくってとどめを刺すような執拗さを思わせて好きじゃないと思っていたので、こういう演奏(どう言えば良いのか)はバランス的に素晴らしいと思いました。ただ、さっきの盛大、重厚という点では逆を行っているので好感の原因に矛盾が出ています。演奏時間、トラックタイムは下記のようになり、ド・ビリーが合計時間が一番長いという結果になっています。聴いている印象は軽快なので主題リピートを省いていないからだろうと思います。

ベルトラン・ド・ビリー/2007年
①06分58②08分36③07分37④10分13 計33分24
ティーレマン・VPO/2010年
①07分30②10分46③05分35④07分24 計31分15
アントニーニ・バーゼルCO/2008年
①06分46②08分21③04分26④10分42 計30分15

 それに各楽章の演奏時間を見てもティーレマンとは何となく対照的な感じです。ウィーン放送交響楽団というのは新設のオケかと思ったら、オーストリア放送交響楽団が1996年に名称変更になった団体でウィーンを拠点に活動しています。2010年までベルトラン・ド・ビリーが首席を務めていました。ベートーヴェンの交響曲はこれまで第2、3、5-8番の六曲がリリース済ですが既にオケの首席ではなく、ド・ビリーがウィーン・シュターツ・オーパと決裂して指揮しない(総監督が変わらない限り)と宣言しているので今後全集化があるのか分かりません。
14 12月

ブルックナー交響曲第9番 ムーティ、シカゴSO/2016年

171214ブルックナー 交響曲 第9番 ニ短調  WAB109

リッカルド・ムーティ 指揮
シカゴ交響楽団

(2016年6月 シカゴ,オーケストラ・ホール 録音 Cso Resound)

 今日12月14日の朝は京都市内で初冠雪となりました。外環を北上中に醍醐の山並みがほんとうに薄っすらと白くなっているのが見え、山科の三条通手前まで来るとさらに山の白い色が濃くなりました。ちょうどFMのクラシックカフェでははかったようにシューベルトの「冬の旅(ボストリッジ、アンスネス)」が流れていました。先月末から大石神社の「義士祭」ののぼりが立ち、それを見ながら今日は討入の日かと思っていました。二十年近く前に東京に滞在した際は泉岳寺へ行ってみたところ、結構若い人が墓所に来ているのに感心しました。12月14日が記念日の聖人に「十字架の聖ヨハネ」という16世紀にカルメル会修道院の刷新に導き跣足カルメル会が生まれる契機となった人物が居ました。「カルメル山登攀」、「暗夜」等の著作があり、日本語にも訳されていますが特に前者は何のことかちょっと読んだくらいでは全然分かりません。

 さて、このブルックナー第9番、実際に聴いてみるととにかく素晴らしくて何度も繰り返して聴きたくなりました。先日の交響曲第2番よりも一層感銘深く、ムーティのもっと若い頃の演奏から予想する鋭角的で強引なところがかげをひそめ、山の頂から穏やかな風が吹いてくるような自然さに驚かされます。どの楽章も見事ですが特に終楽章がなかなか並ぶものが無いくらいだと思いました。この際トラックタイムはどうでもいいかと思えてきました(邪魔くさいから省いたのじゃない)。

 先日の交響曲第2番は同じ2016年の8月の演奏だったので、ムーティは誕生日を挟んで続けざまにブルックナーを演奏していたことになり、オーケストラや音楽祭側の意向もあるとしても晩年に差し掛かってブルックナーに傾倒しているようで、ブルヲタとしては好ましく、期待したいところです。最近ヤノフスキのブルックナーが気に入っているとろでしたが、ムーティは対照的なスタイルのようです。

 リッカルド・ムーティも既に75歳を超えました。このブルックナーの交響曲第9番はムーティが75歳になる直前、シーズンの締めくくりの公演の際に録音されたものでプログラムは同じくブルックナーのテ・デウムが続いて演奏されました。シカゴ交響楽団の創立125周年のシーズンだったそうで、その祝祭的なところからテ・デウムを演奏したというニュアンスが強くて特に未完の第4楽章の代わりに充てるという考えでもなさそうです。リッカルドはドイツ語圏でリヒャルト(実際の発音はちょっと違う)、英語でリチャード、フランス語ならリシャールになるらしく、西ヨーロッパなら読み方は違ってもほぼ同じ文字で通るのかと、最近駅なんかで増えたハングルと現代中国の漢字併記を見ながらしみじみ思いました。

 
12 12月

R.シュトラウス アルプス交響曲 ヴァイグレ、フランクフルト歌劇場O

171212aリヒャルト・シュトラウス アルプス交響曲

セバスティアン・ヴァイグレ 指揮
フランクフルト歌劇場管弦楽団(Frankfurter Opern- und Museumsorchester

(2015年11月1,2日 フランクフルト,アルテ・オーパー 録音 Oehms)

171212b 昨日の月曜からNHK・FMで年末恒例のバイロイト音楽祭放送が始まっています。何年か前にはネットラジオチューナー経由、PCのらじる経由で録音しましたが、今年はTVアンテナをFMチューナーに接続して二昔くらい前のやり方で録音することにしました。早速第一弾のニュルンベルクのマイスタージンガーを最後まで録音したところで、最初アンプを通して今流れている音を聴こうとして再生音源をレコーダーに合わせたら何も音が出ずあせりました。それでケーブルのつなぎ方が inとout を逆にしたかと思って繋ぎ変えたら今度はレコーダーに音声信号が届かなくなり、もう一度元に戻してヘッドホンをレコーダーにつないで聴くと最初のケーブル接続で間違っていないのが分かりました(長らくさわってなかったから基本的なことも忘れて困る)。結局放送開始直後の解説部分が一部とんだ他は全部録音できました。

 ヴァイグレ(Sebastian Weigle 1961年,ベルリン - )も2007年にバイロイト音楽祭で指揮をしていて(マイスタージンガー)、バルセロナのリセウ劇場、フランクフルト歌劇場と音楽監督を務めてきました。ティーレマン程輝かしくないかもしれませんが、歌劇場でキャリアを積んで来た19世紀生まれの巨匠と同様の経歴というわけです。今回の Frankfurter Opern- und Museumsorchester はフランクフルト歌劇場専属のオーケストラで、かつてはリヒャルト・シュトラウスが自作の交響詩(ツァラトストラ、英雄の生涯)を指揮して初演したという作曲者ゆかりのオーケストラ・歌劇場でした。歴代の音楽監督にはギーレンやドホナーニ、ショルティの名前が並び、レコードは少なかったものの歴史ある団体です。

 このCDはヴァイグレによるシュトラウス管弦楽作品集の第四弾にあたります。アルプス交響曲や「死と変容」は個人的にシュトラウスのオーケストラ曲の中では好きな方であり、ヴァイグレがオペラの全曲盤や映像ソフトやで知った名前なので関心が湧きました。過去にはカラヤンをはじめ、有名なレコード、CDが並んでいるのでこれが突出しているとかは言い難いところですが、音質共々かなり気に入りました。先月のケント・ナガノとエーデボリ交響楽団(聴いたのは「死と変容」だった)よりも好印象です。

 アルプス交響曲の初演は今回のオケではなく、シュターツカペレ・ドレスデンで作曲者の指揮により1915年10月28日にベルリンで行われています。この作品もウィンドマシーンやカウベル、サンダーマシーン等の効果音系楽器が使われ、時には派手でドタバタ感にちょっとがっかりしますが、この録音はそういうマイナスの印象は薄いと思いました。ヴァイグレは何度も来日しているのでその内関西でも聴けるかなと思っています。古典派の作品を振ればどなんな感じか、フィデリオとかが気になります。
11 12月

ジークフリート グッドオール、E,N,OPERA

171211aワーグナー 楽劇・ニーベルングの指環「ジークフリート」

レジナルド・グッド(オ)ール 指揮
イングリッシュ・ナショナル・オペラ管弦楽団

ジークフリート:アルバート・レメディオス
ブリュンヒルデ:リタ・ハンター
さすらい人:ノーマン・ベイリー
ミーメ:グレゴリー・デンプシー
アルベリッヒ:デレク・ハモンド・ストラウド
ファフナー:クリフォード・グラント
エルダ:アンヌ・コリンズ
森の小鳥:モーリン・ロンドン

(1973年8月2,8,21日 ロンドン・コロシアム ライヴ録音 CHANDOS/EMI)

171211c 先日奈良市へ行く用があり、手違いで予定より一時間以上早くJR奈良駅に着いたので路線バスの市内循環に乗って市街地を一回りしました。二周くらいしようと思ったら大仏殿のところで中国語を話す旅行者が大挙して乗って来たので一回りで降りました。夏休みのプールか初詣並みの混み具合に驚かされ、鹿せんべいだけでもそこそこ儲かりそうで結構なことだと思いました。ついでに鹿も増えすぎてついに間引きをするそうで、春日大社の使いなのにいいのかと思う反面、よほど増えて困った末のことだろうと思いました。

171211 グッドオールとイングリッシュ・ナショナル・オペラの指環は英語歌唱なので最初にCD化(EMI)された時はそこそこの値段だったこともあって見送っていました(ドイツ語歌唱の作品のみ聴いた)。それが今頃になって聴いてみると少なくともグッドオール指揮のオーケストラは本当に魅力的で、アマチュア指揮者だとか下手だからゆっくりしか指揮できないとか言われていたとしても、ことワーグナー作品に関しては捨てがたい魅力があります。今回のジークフリートも冒頭の複数の動機が出てくる序奏が薄暗い森の奥に居るような雰囲気になり、ミーメやアルベリヒ、さすらい人らの思惑が重なるストーリーを反映したドス黒さも想像させられます。予想に反して?前回のワルキューレよりも引き締まった印象です。

171211b ブリュンヒルデのリタ・ハンターとジークフリートのアルバート・レメディオスは大健闘で、セッション録音と違って特に後者は出番が多いのに最後にブリュンヒルデ(ブリュンヒルデは第三幕になってようやく出番、休養十分)との二重唱を歌うというタフな役なのに歌い切っています。ブリュンヒルデの方も柔道選手のような風貌とは裏腹に立派な歌声で、それを受けて終演後はフライング気味に拍手がわき起こるという客席の反応です。彼女はグッドオールとの指環の途中にニューヨークからもオファーが来るようになり、着実にキャリアをアップしていったそうですがそれもうなずける内容です。

 「ワーグナーは最後の古典派であり、どんな小さな音符でも聴きとれねばならず、もし明確に響かないならそれはテンポが速すぎるからだ」、というのがグッドオールのワーグナー演奏の方針なので実際にどの作品も基本的にゆったりとしたテンポになっています。グッドオールの伝記によると、その遅いテンポにはもう一つ理由があるそうで、グッドオールはオペラを指揮する時は総譜を見ながら指揮するのに、譜読みが苦手で時間がかかるから必然的にテンポが遅くなってしまうという嘘のような話がありました。話半分に聞いてもショルティとは大違いということでした。
10 12月

ジークフリート ヴィントガッセン、ニルソン、ショルティ

171210aワーグナー 楽劇・ニーベルングの指環「ジークフリート」

ゲオルグ・ショルティ 指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ジークフリート:ヴォルフガング・ヴィントガッセン
ブリュンヒルデ:ビルギット・ニルソン
さすらい人:ハンス・ホッター
ミーメ:ゲルハルト・シュトルツェ
アルベリッヒ:グスタフ・ナイトリンガー
ファフナー:クルト・ベーメ
エルダ:マルガ・ヘフゲン
森の小鳥:ジョーン・サザーランド

(1962年5月,10月 ウィーン・ゾフィエンザール 録音 DECCA)

171210b 年末恒例のNHK・FMのバイロイト音楽祭、今年は明日の夜7時から始まります。12日以降は夜9時からなのでタイマー無しで録音が可能です。今年はTVにつないでいる地上波デジタルのアンテナをFM/AMチューナーに接続の上、アンプを介してTASACAMのデジタルレコーダーでSDカードかCFカードに録音するべくスタンバイしています。チューナーの音を確認していると光ファイバー(テレビに付属するサービスでFMも聴ける)経由程ではないものの、雑音も少なめでましな方でした。今年の演目はマイスタージンガー、トリスタン、指環とパルジファルで、70歳を超えるヤノフスキの指環をとりあえず録音しておきたいと思いました。

171210 ワーグナーにどっぷり浸かって迎えた先月、11月にド・ビリー、グッドオールの指環と並行して聴いてDECCA-ショルティ、ウィーン・フィルらの指環から今回はジークフリートです。実はこのブルーレイ・オーディオは大分前に聴き終わっていたところ、アッシジ・ショックの影響で後回しにしていました。ショルティはコヴェントガーデンの音楽監督に就任してロンドンで指環を振るまではジークフリートを指揮したことはなく、ウィーン・フィルの方も戦後はまだ全曲演奏はしていなかったそうなので、この企画がこれ程成功したのはタイミングと、よく言われるプロデューサーらDECCAによるところが大きいというのも間違いじゃないだろうと思います。とりあえずブルーレイ・オーディ化されたものを聴いていると、これらが五十年以上も前の音源だとは思えない鮮烈さです。

 ジークフリートは1958年に録音された「ラインの黄金」の後しばらく中断され、その間にショルティがコヴェントガーデンに来ることが決まり、録音再開第一弾として録音されました。歌手の中では既に言い尽くされたことながら、ヴィントガッセンとニルソンは改めて凄いと思いました。同時にバイロイトをはじめ劇場公演のライヴ音源とは違うセッション録音の魅力というのもあると再認識しました。ただ、この録音に限らず効果音は必要無いと思いますが、指環全曲盤のレコードを制作するにあたって売れないのじゃないかと言う危惧の理由として、舞台の映像が無ければ分からない、退屈するだろうということへの対処らしく、あるいは当初はこれも販売に貢献したのかもしれません。

 ショルティの指揮はクナやグッドオールとは対照的ですが、「ライの黄金」の時よりは違和感は少なくて、独特のスタイルとして確立されつつあるところだと思いました。グッドーオールの伝記の中でデッカが指環全曲盤をセッション録音する際に、例えばクナッパーツブッシュのような19世紀生まれの劇場たたき上げの人物なら、完璧を期して何度も部分的に録り直したりする作業を理解しないということも大きかったとしています。また、ショルティはグッドオールのことを自分の好きなレパートリーしか指揮できないアマチュアとしか見ておらず、それはコヴェントガーデンのオーケストラ団員のグッドオール評(尊敬度)と似ていたようです。そもそも棒の振り方が分かりにくく、見えにくいので「もっと上げろよ」と怒鳴られることもあったとか。
7 12月

ブルックナー交響曲第2番1877年稿ノヴァーク版 ムーティ、ウィーンPO

171207bブルックナー 交響曲 第2番 ハ短調(1877年稿・ノヴァーク版)

リッカルド・ムーティ 指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(2016年8月15日 ザルツブルク,祝祭大劇場 ライヴ録音 DG)

171207a 一気に寒さが本格的になってきました。今朝は7時半頃に車内の外気温計が氷点下を表示し、フロントガラスに霜と氷が混じったような厚い層がはりついて苦労しました。それでもハンドルまで冷え切ったという程でもなく、まだまだこれより上の寒さがひかえています。ナビのSDカードの「アッシジのフランチェスコ」を再生するのをやめて(ようやく解き放たれた)FMをつけたところ、ハフナー交響曲が流れていました。最後まで聴くとリッカルド・ムーティ指揮だったので、最近国内盤でムーティとウィーンPOのブルックナー交響曲第2番が出ていたことを思い出しました(購入したけど未聴だった)。ムーティのブルックナーも交響曲第2番のCDも珍しく、この曲は個人的に特に好きなのでどんな演奏であろうと、音質がどうであろうと楽しみにしていました。

 もちろんどの稿・版(1872年稿、初演1873年稿、1877年稿の各版)であろうが好きなことに変わりはありませんが、オーソドックスな1877年稿のノヴァーク版でした。ムーティのブルックナーと言えば1980年代にベルリンPOとセッション録音した交響曲第4、6番の他は最近のシカゴSOとの第9番くらいなので、ムーティとしては珍しいレパートリーということになります。

ムーティ・VPO/2016年
①19分39②15分09③06分57④20分56 計62分41
インバル・東京都SO/2011年
①19分56②14分45③07分26④17分36 計59分43
ズヴェーデン・オランダRPO/2007年
①17分51②20分04③06分10④17分53 計61分58
D.R.デイヴィス/2005年
①17分41②15分54③07分51④17分13 計58分39
バレンボイム・BPO/1997年
①19分07②16分34③07分31④19分12 計62分24
カラヤン・BPO/1980,1981年
①18分16②17分34③06分12④18分06 計60分08
ヨッフム・ドレスデン管/1980年
①18分03②14分57③06分54④12分46 計52分40
ジュリーニ・VSO/1974年
①19分54②16分15③07分11④15分12 計58分33
ヨッフム・バイエルンRSO/1966年
①17分57②14分05③06分37④13分17 計51分55

 実際に聴いてみると後期作品のようにズッシリとくる演奏で、最近のブルックナー・初期作品の演奏の傾向とは一線を画するような印象でした。同じ稿・版の録音のトラックタイムを並べると上記のようになり、ヨッフム新旧が特に省略があるからだと思われます(どこかに省略について言及してあった覚えがある)。最近では初期稿を選ぶか、1877年稿でも新しい校訂版(キャラガン等)を使っているのでこの稿・版を使った新譜が減ってきています。四つの楽章の中では前半の二つの楽章、特に第2楽章(アンダンテ)が素晴らしく魅力的です。そのかわりに第3楽章のスケルツォがちょっと鈍重、あるいは強すぎるような感じです。この感触は第7、8番あたりと同等に扱うようで全く堂々としています。第4楽章は弦が優美でこれも後期作品を聴く心地で圧倒されます。なお、演奏前と終了後の拍手は別トラックに収録されていて、特に終演後の拍手は盛大です。

 付属冊子の解説によるとムーティは交響曲第2番を高く評価し、最もイタリア的であるとしています。それに後期作品へと向かうための試作という性格ではなく、ブルックナーの創作の旅にとって重要な鍵となる作品だとしています。こういう作品観を持っているなら交響曲第1番や第3番、番号付きのミサ曲なんかも十分認識していそうなので、全曲録音の可能性も少しはあるかなと思いました。そもそもブルックナー指揮者として知られるG.ヴァントはケルンRSOとの全集録音以外では交響曲第2番を指揮したことがないそうなので、ムーティのブルックナー系統もなかなかのものと言えそうです。
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