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新・今でもしぶとく聴いてます

14 7月

シベリウス交響曲第5番 ベルグルンド、ボーンマスSO/1976年

180714シベリウス 交響曲 第5番 変ホ長調 op.82

パーヴォ・ベルグルンド 指揮
ボーンマス交響楽団

(1976年6月14日 サウサンプトン,ギルドホール 録音 EMI)

 また体温以上の気温、猛暑日がやってきました。墓地を管理する寺院から旧盆というのか盂蘭盆会の案内が来てましたが、のこのこ出て行くとこっちの初盆になりかねない暑さなので、冬眠中の亀のように動かないようにしていました(それでも暑い)。猛暑日級の暑さが続くとショスタコーヴィチの音楽、それも旧ソ連時代に録音されたものが妙に聴きたくなりますが、先日の夜にロジェストヴェンスキーとソビエト文化省SO(この名称がまた暑苦しい)の交響曲第12番を聴いていたらぐったりして寝てしまったのでそっちはまたの機会にします。それでシベリウスの交響曲第5番です。

ベルグルンド・ボーンマス/1976年
①13分24②09分06③09分25 計31分55
ベルグルンド・ヘルシンキPO/1986年
①13分40②08分00③08分43 計30分23
ベルグルンド・ECO/1996年
①12分36②08分42③09分10 計30分36
ヴァンスカ・ラハティSO/1995,97年
①13分23②08分45③09分05 計31分13
ヴァンスカ・ミネソタO/2011年
①13分13②08分35③08分54 計30分42

 ベルグルンドは三種のシベリウス交響曲全集録音を完結させていることで有名でした。後になるほど響きが薄く、より緻密になっていますが、改めて初回の録音を聴くと情緒的に訴えるところがより大きい気がします(「ああ、北欧の作曲の響きだな」、的な)。交響曲第5番の終楽章のコーダ部分は休符を挟んで和音を奏でるので、その休符の止まり具合が結構気になります。この録音では完全に止まったような印象でなくて、終盤にかけての高揚がそのままで全曲を閉じています。個人的には三度目、ECOとのものが一番好きですが、久しぶりに聴くとこっちの方も魅力的です。

 フィンランド出身で複数回シベリウス全集を録音しているヴァンスカとあわせてトラックタイムを並べると上記のようになりました。あまり違わないようですが一応今回のベルグルンド、ボーンマスSOが一番長い演奏時間になりました。五種の録音のオーケストラはフィンランドが二種、英国、米国が一種ずつ、ヨーロッパ室内管弦楽団もロンドンを本拠としていますが少し事情が違います。ベルグルンドは演奏技術の高さを求めてECOとの録音を望んだということですが、それなら二回目の際に他の有名オケと競演という選択もあったのではと思いました。

 シベリウス作品は作曲者と同郷のフィンランドか北欧のオケ、指揮者の演奏に注目が集まる傾向は今でもあると思われ、フィンランドの風土、自然に通じている、近い環境にあるというのが根拠ですが、それに対してパーヴォ・ベルグルンドは否定的な見解を示していました。そうは言っても単なる石ころでもあなたの故郷の石だと言われると、ついつい特別なものだと思うのが人情なので、海外公演の際には興行上有利だとは思います。
12 7月

クレンペラー、シドニーSO マーラーの復活交響曲/1950年

180712マーラー 交響曲 第2番 ハ短調「復活」

オットー=クレンペラー 指揮
シドニー交響楽団
ハールストーン合唱協会

ヴァルダ・バグノール(S)
フローレンス・テイラー(A)

(1950年9月 録音 VENIAS

 クレンペラーの命日も過ぎ、梅雨も明けました。この辺りで一区切り、クレンペラーが二度目のオーストラリア演奏旅行(この回は三カ月もかけたらしい)で客演したシドニー交響楽団とのマーラーの交響曲第2番「復活」です。これはシドニー公演の写真が「クレンペラーとの対話」に載っていたこともあり、EMIへレコーディングする以前の演奏として有名でした。しかし存在は分かっていてもCDは見たこともなく、個人的に幻の音源でした。72枚組のVENIAS のクレンペラーBOXに含まれていたのでようやく入手することができました。
写真は1950年の10月あと注記があるのでこの音源の演奏とは違うのだと思います。写真の方は会場が野外なので戦勝国なのに、戦後五年経ってるのに野外で?と一瞬思いましたが、あるいは音楽祭だったのかもしれません。なお、歌詞は英語で歌っています。

~ クレンペラーのマーラー第2番
シドニーSO/1950年ライヴ
①16分53②09分22③10分25④3分55⑤28分08計68分43
ACO/1951年ライヴ
①17分44②09分27③10分32④4分05⑤29分58計71分46
VSO/1951年ライヴ
①19分01②10分14③11分09④3分56⑤30分49計75分09
PO/1961-62年EMI
①19分13②10分40③11分50④4分06⑤34分39計80分28
VPO/1963年ライヴ
①19分24②10分27③11分24④4分01⑤32分42計77分58
PO/1963年ライヴ
①20分22②10分29③11分29④4分23⑤33分15計79分58
バイエルン/1965年ライヴ
①20分24②10分43③12分00④4分07⑤32分26計79分40

 さて、シドニー交響楽団との復活交響曲はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団へ客演したものよりもさらに演奏時間が短くなっています。ただ、音質が悪い上に途中で回転が狂ったのか心霊現象のような音声になる箇所もあり、演奏時間は正確ではありません。それでも終演後の拍手等は除かれていました。そういう状態の音源のためか、より有名なACOとのライヴ盤のような鋭く、乾いたような演奏でもなく、いま一つよく分からないといったところです。また、ウィーン交響楽団のライヴ盤の紹介に「怒髪天をつく」とか評されていたと思いますが、演奏時期が近いこのシドニー盤からそういう演奏を感じるには想像力が要るものだと思いました。

 クレンペラーは1947年にハンガリーのブダペスト国立歌劇場の監督に就任しましたが、政府の干渉に我慢ならず1950年7月には辞任してしまいます。三シーズンだけの歌劇場の監督だったけですがこれがクレンペラーにとっての歌劇場のポストの最後の機会となりました。このマーラー第2番はブダペスト辞任から二カ月くらいしか経っていない時期にあたり、新しいポストや客演を得るにはタイミングが悪かったことだろうと思います。オーストラリア演奏旅行は好評だったそうですが、もしそこでポストを得ていたらティントナーのような存在になってEMIとの契約には至らなかった可能性もありました。

 なお、クレンペラー指揮のマーラー第2番は上記の他にVSOとのセッション録音(VOX社)と1971年のニュー・フィルハーモニアとのライヴ録音があり、後者は聴いたことはないものの、さらに長い演奏時間として有名です。1950年ならバイロイト音楽祭はまだ再開されておらず、ヨーロッパ復帰を願うクレンペラーは、新バイロイト様式の先駆とされるクロル・オペラのワーグナー指揮していたので翌年の音楽祭に期待が持てるところでしたが、1951年10月にはモントリオールの空港で転倒、骨折して入院し、退院後には共産圏・ハンガリーにポストを得ていたことが災いしてパスポート更新が拒否されて渡欧できなくなりました。ベルリンを追われて以降はクレンペラーにとってはまるで出エジプト後に四十年も荒野をさまようような苦難の時期と言えるでしょう。
10 7月

ハイドン交響曲第98番 セル、CLO/1969年

180710ハイドン 交響曲 第98番 変ロ長調 Hob.I-98

ジョージ・セル 指揮
クリーヴランド管弦楽団

(1969年10月10日 録音 Sony Classical)

 大雨の後、被害状況が段々と明らかになって驚いているところです。近畿でも梅雨明けになって、特に今日は朝から異様な暑さで、くま蝉の鳴き声で暑さの体感が倍になる気分です。それに気になるのは地震で震度1、2くらいの余震も起こり、どうもまだ終わった感じがせず不気味です。こんな不穏で陰鬱な毎日にハイドンの音楽が時々脳内でよみがえり、これは何らかの欠乏症なのか、先日のクレンペラーのEMI盤で聴いた交響曲第98番をセル、クリーヴランド管弦楽団で聴きました。カルシウムが不足するとイライラが増すとかビタミンのどれかが不足すれば唇があれるとか、そういう自覚症状は無いものの、ハイドン作品を聴くと強く刺激される何らかの要素が枯渇しているのかとか思っていました。

 セルのハイドンはザロモンセットの12曲全部は録音していないようですが、1969年には三曲を集中して録音しています。第98番は一日で完了しているのですごい集中力です。終楽章のチェンバロはどんな音かと思ったらオルゴールのような装飾的な音色に聴こえ、モダンチェンバロでもないようで、これはセルの指示、選択なのか珍しい音でした。

セル・CLO/1969年
①8分41②6分11③5分56④6分13 計27分01
ヨッフム・LPO/1972年DG
①7分35②6分24③5分50④7分41 計27分30
クレンペラー・PO/1960年EMI
①6分29②7分52③6分01④6分51 計27分13

 改めて何度か聴いてみると意外に?、案外?、地味な印象なのでちょっと驚きました。セルとクリーヴランドOのモーツァルト、ベートーヴェンは結構好きで、古典派の作品を自分の演奏様式に当てはめて構成し直すとでも言える独特の整然とした美しさに圧倒される感じでした。ハイドンの場合、この第98番が特別なのか、何となく作曲家に遠慮したような微妙な感じが逆に印象に残りました。セルのハイドンは新譜で出た際にはどんな評判だったのかと思いました。「名曲名盤500(レコ芸編)」の最新版でハイドンの交響曲の頁をながめるとセルの名前は全く載っておらず、これは再発売のタイミングの影響もあるとしてもちょっと寂しいところです。それにザロモン・セットの中で第93番、第95から第99番、第102番はリストにもれているのでこの曲は詮索しようがありません(かつてはもっと多数の曲が載っていたかどうか??)。

交響曲第98番 変ロ長調 Hob.I:98
第1楽章 Adagio - Allegro
第2楽章 Adagio
第3楽章 Menuetto:Allegro
第4楽章 Finale:Presto

 CD三種のラックタイムを比べると合計演奏時間ではたいした差は出ていませんが各楽章では色々違っています。クレンペラーの傾向からアダージョの第2楽章が速目になるはずが、この三種では一番長くなり、後続のメヌエットやプレスト楽章もあまり差が出ていません。これは主題リピート有無の如何が影響しているのか、ハイドン作品が特別なのか。
8 7月

クレンペラー、ニューPO バッハ管弦楽組曲

180708J.S.バッハ 管弦楽組曲 第1-4番 BWV.1066-1069

オットー・クレンペラー 指揮
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

*第1番1969年9月19日、10月6日,17,18日
 第2、3番1969年9月17日、10月17日 
 第4番1969年9月18,19日
(1969年9-10月 Abbey Road No.1 Studio 録音 EMI)

 クレンペラーのライヴ音源からある機会のコンサート一回分のプログラムが分かることがあり、例えばベルリン・フィルへ客演した際にバッハの管弦楽組曲第3番、モーツァルト交響曲第29番、ベートーヴェンの田園交響曲を指揮した回がありました。現代ではバッハの組曲が通常のオーケストラの公演で演奏される機会はかなり減っているのではないかと思います。それだけでなくモーツァルトやベートーヴェンもピリオド楽器のオケと競合するレパートリーになっています。クレンペラーはそのベルリン・フィル以外でもバッハの組曲をコンサートのプログラムに入れいていることが複数見られました。組曲第2、第3はライヴ盤CDになっているものがありました。

 自分がクレンペラー指揮のバッハ・管弦楽組曲を最初に聴いたのはベルリンRSOとの第3番のLPでした。ヴァルヒャのオルガン独奏とカップリングで一枚のLPになった国内盤でしたが、壮大で深淵な世界に通じているようで単なる舞曲の組み合わせどころじゃないと感心しました。1964年のベルリン・フィルへの客演時のものも同様ですが、より柔和で田園交響曲と溶け合いそうな内容になっていました。今回のものもそれと似た内容だと思いました。今回聴いたのはリマスターされたSACD・国内盤です。

 このEMI盤の管弦楽組曲(全曲)はニュー・フィルハーモニア管弦楽団と録音したクレンペラー最晩年のもので、最後の演奏会からほぼ二年遡っただけの時点でした。映像ソフト「 OTTO KLEMPERER'S LONG JOURNEY TROUGH HIS TIMES 」の中で、フィルハーモニアのチェロ奏者の女性がクレンペラーのリハーサルについて、細かい指示のかわりにメンバーが注意深く互いの音を聴き合うようにしていて、それがオーケストラの良い伝統になったと言っていました。ニュー・フィルハーモニア時代の末期にはハイドンやモーツァルトのセレナーデを何曲か録音しているので、まさにそうした姿勢が活きる楽曲なので興味深い話です(クレンペラーの音楽的遺言)。

 ちなみに同じくEMIへ1954年にも管弦楽組曲を録音していているので作品に対する思い入れの程が察せられます。なお、「クレンペラーとの対話(P.ヘイワーズ編)」の中でフルトヴェングラーについてヘイワーズが言及するくだりがあり、そこで彼がバッハの組曲ロ短調(第2番のこと)を指揮した際に第1楽章(長い序曲のことか)のコーダを省略していて、それを聴いたヒンデミット(とクレンペラー)は「フルトヴェングラーはバッハを全く理解していない」と断じたとなっています。クレンペラーの見解ではそのコーダ部分は楽章全体の見事な総括だとしています。

 その辺りのところはクレンペラーの作曲家(自称)としての自負のあらわれかもしれませんが、この録音のような規模の編成、モダン楽器で演奏することは当時なら別に普通かもしれませんが、例えばベームやクナはこの曲をセッション録音してなかったかもしれません。「名曲名盤500(レコ芸編)」の最新版で「バッハの管弦楽組曲」を見るとカール・リヒターとミュンヘン・バッハ管弦楽団(1961年/Ar)がブランデンブルク協奏曲と共に断トツで第1位でした。古楽器全盛・当然の現代にあってバッハの管弦楽曲は別格ということなのか、これは意外な結果(別に注目しているわけじゃないけど)です。それだったらクレンペラーのこの録音も大っぴらに聴いても、少なくとも素人レベルでは問題ないでしょう。
6 7月

クレンペラー、ウィーン・フィルのマーラー第2番/1963年

180626マーラー 交響曲 第2番 ハ短調「復活」

オットー=クレンペラー 指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン楽友協会合唱団

ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(S)
ヒルデガルト・レッスル=マイダン(A)

(1963年6月13日 録音 VENIAS)

180706 さて今年もクレンペラ―の命日がやってきました。千利休の「利休忌」や司馬遼太郎の「菜の花忌」、大宰治の「桜桃忌」という呼び方があるならクレンペラーも何かないかと思ったりしますが毎年適当な候補が思い浮かばないままで終わります(ベルリン時代の「ティアガルテンの火山」にちなんで「火山忌」とか、戦後のレコードからの影響が大半な我々にはどうもピンと来ない)。ところでクレンペラーの夫人は十年以上先になくなっていました。クレンペラーは結婚前にカトリックの洗礼を受け、夫人はそれにあわせてプロテスタントから改宗していました(夫人もユダヤ系だった)。その後1960年代半ばにクレンペラーはユダヤ教に再び戻り、そのためユダヤ人の墓地へ葬られたそうですがそうすると夫人とは墓は別だったのかと、ふと思いました。

 クレンペラーは恩人であるマーラーの交響曲の内で演奏しない曲が結構あり、そのため違う機会の演奏を組み合わせても
全曲録音のレコードは出来ませんでした。その代わりに交響曲第4番、第2番は何度も演奏したので放送用音源、コンサートのライヴ等が複数残っています。ちなみにクレンペラーがマーラーの交響曲の中で一番優れているとしたのは第9番でした。イスラエル・フィルへ客演した際には自ら第9番を演奏することを申し出たくらいですが、録音の方はセッション録音の他にはウィーン・フィルとのライヴ盤があるくらいだったと思います。それに対して第2番「復活」は下記の七種の他、1970年にニュー・フィルハーモニア管弦楽団を指揮したものがあって、合計八種類と一番多く録音が残っています(ちなみに第4番は六種)。

~ クレンペラーのマーラー第2番
VPO/1963年ライヴ
①19分24②10分27③11分24④4分01⑤32分42計77分58
PO/1963年ライヴ
①20分22②10分29③11分29④4分23⑤33分15計79分58
バイエルン/1965年ライヴ
①20分24②10分43③12分00④4分07⑤32分26計79分40
PO/1961-62年EMI
①19分13②10分40③11分50④4分06⑤34分39計80分28
VSO/1951年ライヴ
①19分01②10分14③11分09④3分56⑤30分49計75分09
ACO/1951年ライヴ
①17分44②09分27③10分32④4分05⑤29分58計71分46
シドニーSO/1950年ライヴ
①16分53②09分22③10分25④3分55⑤28分08計68分43

 このCDもVENIASのクレンペラーBOX72枚組に含まれているものですが、どういう素性の音源、何か特別の機会なのか情報が無くて分かりません。6月13日なのでウィーン芸術週間だろうと思います。ただウィーン・フィルへの客演なのに特に話題になった記憶が無いのでその点も不思議です。実際に聴いてみて音質が悪くて、特に第1楽章が1950年代のものと大差無いくらいなので、あまり話題にならなかったのもそのためかと思いました。ソプラノ独唱がロストロポーヴィチ夫人なのも面白い取り合わせです。演奏は同じ1963年のフィルハーモニア管弦楽団のライヴに近い印象ですが、同時に第1楽章が1951年のACOやVSOの演奏に似た強い推進力も感じさせます。反対に第2楽章は優美でこの楽章はいかにもウィーン・フィルといった印象です。

 「上品な言葉が苦手ですみません」。これはゲーテの「ファウスト」の中でメフィストフェレスが言う言葉で、クレンペラーがデュルベルクへの手紙で引用していました(ベルリン時代にフィデリオのセットについて説明する部分)。これについて、映像ソフト「 OTTO KLEMPERER'S LONG JOURNEY TROUGH HIS TIMES 」の中で、
「上品な言葉が苦手ですみません」はクレンペラーの芸術をよく表した言葉であり、クレンペラーのマーラー演奏に最も顕著にあらわれていると指摘しています。復活交響曲だけでなく第9番や大地の歌、第7番等を思い出すとなるほどと思います。
5 7月

クレンペラー、フィルハーモニアO ハイドン交響曲第98番

180705bハイドン 交響曲 第98番 変ロ長調 Hob.I:98

オットー=クレンペラー 指揮
フィルハーモニア管弦楽団

(1960年1月19-21日 ロンドン,Abbey Road No.1 Studio 録音 EMI)

180705a クレンペラーがEMIへ残したハイドンの交響曲の中、過去記事で扱わず残っていたのが第98番でした。「 OTTO KLEMPERER'S LONG JOURNEY TROUGH HIS TIMES 」の中で最晩年のセッション録音、ハイドンの交響曲第92番「オックスフォード」を収録している場面が出てきて、そこで流れるハイドンの音楽特別に素晴らしくて、改めてハイドンとクレンペラーの指揮するハイドンの魅力を再確認させられます。そんなこともあって命日前夜の今回はこの曲を聴きました。ザロモンセット12曲の中にあって有名な作品ながら、クレンペラーの録音は目下のところEMI盤の一種類だけです。ちなみに交響曲第101番は最も多くて6種類くらいはあるはずです(この時計交響曲以外はライヴ音源が無かったかもしれない)。

交響曲第98番 変ロ長調 Hob.I:98
第1楽章 Adagio - Allegro
第2楽章 Adagio
第3楽章 Menuetto:Allegro
第4楽章 Finale:Presto

 交響曲第98番は1791年から1792年の冬にロンドンを訪れた際に作曲した六つの交響曲の最後にあたる作品です。これらザロモンセットの第一期の中で最高峰であるとか、直前にモーツァルトの死に接したためモーツァルト作品の要素を取り入れているとか言われます。そう言われると第1楽章の序奏から主題が登場する辺りはモーツァルトのプラハ交響曲とかを思い出します。また、第2楽章の変奏にはイングランド国歌の旋律を主題として使っています。これらの情報はライナーノーツに載っていることですが、そもそもどんな曲だったかは実際に聴くまでは思い出せません(第98番自体が過去記事で一度も扱っていない)。

 1960年のクレンペラーと言えば5月下旬から6月にかけてフィルハーモニア管弦楽団を引き連れて、ウィーン芸術週間でベートーヴェンの交響曲を全曲演奏するためにウィーンへ遠征しています。その一連の公演は大成功に終わり、録音もされています。このハイドンはウィーンへ行く数カ月前に1月に録音していますが、大火傷も癒えて療養から一年程経って健康も回復してきた頃でした。演奏自体も同時期の他の録音同様に、ニュー・フィルハーモニア時代(1964年途中から)よりも大火傷(1958年10月)以前の方の活力ある演奏の要素を強く感じます。ただ、テンポはそれよりも遅めになっています(この曲は録音が一種しかないからデータで比べられないけれど)。

 交響曲第98番の特徴の一つに、終楽章のコーダ付近でフォルテ・ピアノ(或いはチェンバロ)のソロが加わります。この録音ではモダン・チェンバロらしき音色が控え目に流れています。このあたりは近年のピリオド楽器系の演奏だったらよりはっきりとしてアクセントになるかなと思いますが、そうなると演奏も最初から変わってくるので、現代ではこの録音のような演奏を生で公演会場で聴く機会は滅多にないのでしょう。
4 7月

クレンペラー・ラストコンサートのリハーサル

180704bOTTO KLEMPERER'S LONG JOURNEY TROUGH HIS TIMES

オットー=クレンペラー 指揮
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団


1971年9月26日 ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
ベートーヴェン 「シュテファン王」序曲 Op.117
ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 Op.58
ブラームス 交響曲 第3番 ヘ長調 Op.90

 
さて今年もオットー=クレンペラー(Otto Klemperer 1885年5月14日,ブレスラウ - 1973年7月6日,チューリヒ)
の命日がやってきます。いつ頃だったかベートーヴェンのメモリアル年のあるコンサートの際、クレンペラーがその記念年についてコメントを求められると、ベートーヴェンが演奏され過ぎているから逆に演奏しないことでその値打ちが再認識される、くらいの意味の答えをしていました。ここ二回更新を休んだ言い訳でもありませんが、クレンペラーが言いそうな言葉だと思います(命日が近いこの時期に休んでいたのはサッカーの試合を録画したものを整理していたから)。

 「 OTTO KLEMPERER'S LONG JOURNEY TROUGH HIS TIMES(オットー=クレンペラー ロング・ジャーニー~彼の生きた時代)」というDVD二枚組の映像ソフトの二枚目には結果的にクレンペラーが指揮した最後のコンサートになった、1971年9月26日のニュー・フィルハーモニア管弦楽団の公演のリハーサル風景が収録されています。プログラムは上記の三曲で、既にCDでも発売されていました。この映像ソフトにも三曲のCDが付属していますが映像の方はリハーサルとブラームスの交響曲第3番、第1楽章だけでした。

 リハーサルは意外な程に具体的で淡々と進められ、エピソード王、変人と言われるようなその片鱗はうかがえません。これから演奏する作品に没頭、潜心していて他のことは眼中にないといった様子のようで、あるいはその熱中があらゆるトラブル、エピソードの原因だったかとも思いました。それにフルート、クラリネットに対する指示が結構細かくて、聴力が低下しているのに繊細な指摘です。それに終楽章の最後、チェロのパートがトレモロで終わるところをレガートを書き加え、その書き込みをした楽譜がオケに残っているというのも興味深いところです。レヴァインの最初のレコーディングはオリジナルそのものだったはずなので比べると違ってきこえるものなのかどうかと思いました(チェロ奏者がその部分だけを一人で弾くと違いが分かった)。

180704a それにしてもリハーサルの中できこえるブラームス第3(の断片)が真摯で美しくて、あらためてこの作品が特別なもののように思えてきました。リハーサル映像の合間にアシュケナージのインタビューが入っていて、クレンペラーとブラームスのピアノ協奏曲第2番を共演した時のことを話していました。クレンペラーが彼の演奏を気に入っていたこと、リハーサルで低い声でブラボーを言われたことなどを喜んでいました。あと、アシュケナージがロンドンへ来た際にはソ連では手に入らないレコードを沢山買い、クレンペラーのEMI盤も映り、ハイドンやマーラーの交響曲のLPが判別できました。指揮者としの活動が多くなっていくアシュケナージがクレンペラーにそんな風に影響を受けていたのには驚きました(アシュケナージが最近シベリウスを指揮する映像も一瞬はさみこまれていた)。
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