J.S.バッハ コラール前奏曲「“ Orgel-Büchlein ” オルガン小曲集」 BWV599~644

ベルナール=フォクルール~オルガン

スイス・ムーリ、クロスター教会のトーマス・ショット社のオルガン

(1985年 録音 Ricercar  )

 これはベルナール=フォクルールによるバッハのオルガン曲集(全集)の中の8枚目です。ヨーロッパ各地の古いオルガンを弾き分けて演奏録音したものです。このCDではスイスのチューリヒ西方、ムーリ(ムリ、と伸ばさないのかどうか?)にあるベネディクト会修道院の教会にあるオルガンを使っています。

110801a  BWV.599からBWV.644までの46曲からなる「オルゲル・ビュッヒライン」は、待降誕節から年間の教会暦ごとに使うコラール前奏曲を集めた曲集です。教会カンタータや4声部のコラールも教会暦に従って作曲されていますが、これは日曜日の礼拝での福音書をはじめ聖書の朗読箇所が指定されているので、歌う楽曲の歌詞もそれに従うことになるからです。この曲集はコラール合唱の直前に演奏されたのか、あるいは礼拝が始まる前に演奏されたのか、その日に歌うコラールの旋律を用いて作られた短い作品を集めています。元々はこの曲集に164曲用の稿本を準備していたので、46曲で終わったということは未完に終わったということになります。

110801b  この曲集を手掛ける少し前、1711年~1712年にかけてバッハの弟子だったツィーグラーは、バッハから「讃美歌を譜面どおりに演奏するだけではなく、歌詞の情念に即して演奏するようにもせよ」と教えられたと伝えています。実際このオルガン小曲集に収められたコラール前奏曲は、多くがコラール旋律をソプラノ声部に置いてほとんど歌われるままの素朴な形にしています。それに対して、中、低声部はそれぞれ単一の塑像的モチーフによって、歌詞の内容表現に寄与しています。~(「バッハ=魂のエヴァンゲリスト 磯山雅・講談社学術文庫」より )このように、オルガン小曲集においてバッハはコラールの歌詞内容を音楽に反映させたいという考えを強めていたされています。

 そういう作品の意図からして、これにふさわしいオルガン演奏はどんなものだろうかと思いますが、他の自由楽曲と比べて表現の幅が広くはないはずです。そもそもドイツ語でコラール(会衆が(も)歌う讃美歌)を歌うという環境に無いので、これぞコラール前奏曲の極みという弾き方は分かりません。でもこのフォルクールの録音は使うオルガンの音色ともあいまってかなり魅力的です。

 ドイツのルター派教会の礼拝がどんな次第だったかは記録が残っています。まず、オルガン前奏に続いて、入祭唱的なモテット(多声部)、キリエ、グロリア。その後詩篇、使徒書簡の朗読に続いて福音書朗読で、ここで教会カンタータが演奏されます。この後に礼拝の中心である説教(約1時間とか)になります。説教後には、2部制のカンタータなら後半が、又は別のカンタータが演奏され、聖餐にうつります。この一連の間に祈祷(主の祈りも)、コラール合唱等が挿入されます。当時の礼拝がこういう流れだとすれば、バッハのオルガン小曲集の意図も納得させられ、さぞ会衆の礼拝への集中に寄与しただろうと想像できます。

110801  余談ながら、礼拝の説教が1時間というのはかなり忍耐が要ると、個人的には思えます。大体が20分も続けば「長いなあ」と感じるのではないかと思います。墓地のある寺で毎年彼岸や盆に合同の法要があって、かつてはお勤め・焼香の後に住職の話がありました。これが結構長くて、法要の疲れを倍加させました。父が存命の頃、一緒に行ったことがあって、父もかなりイラついているのが分かりました。自分も一方的に長話をするくせに、他人がすると我慢がならないらしく、ジャイアニズムそのものでした。今までの最長記録は食事を挟んで約11時間という記録があり、呆れながら聞いていたことを思い出します。聞き続けて2時間くらい経過するといい加減腹が立ってきますが、当人は聴力を失って人工内耳でわずかに聴き取っている状態なので、話を止めさせると存在を否定されたかのような屈辱を受けるらしく、自主的に話を止めるのを待つしかありませんでした。

 人間、多く長く話したからそれに比例して沢山物事が伝わるとは限らず、演奏時間1、2分のコラール前奏曲のなんと清々しく響くことか。

blogram投票ボタン