2006年07月24日

赤いハート型のゼリーの話

全ての武器を昨日は、ばあちゃんの一周忌で、久々にツアーという形ではなく実家に帰りました。tomo-kunは前日に戻っていたらしくて、朝方まで友達と呑んでいたらしく、異常に上機嫌でした。

ひさしぶりにユックリと親父や親戚の皆さんと話をしました。
あれからもう一年経つんだなぁ。

ブログという形で日記を書き始めて、そろそろ一年が経ちます。
少し気になって、ばあちゃんが死んだ時の日記を読んでみようと思ったら、まだブログを始める前のWEB日記で、書いてありました。
ちょうど去年の夏のツアー中の出来事でした。

忘れかけてた想いが、そこには書かれていました。
ばあちゃんが思い出させてくれたんだなぁ。
ありがとね。


2005年8月18日の日記

終戦記念日になった直後、15日の0時15分、妹から電話がありました。
おばあちゃんがさっき息を引き取ったよ。
という電話でした。

14日の朝、ばあちゃんはいつものように普通に起きました。この日はお盆ということもあり、ばあちゃんの娘達(つまり俺のおばさん達)が遊びに来ていました。娘のほかにも久しぶりに会った友人などが来ていて、ばあちゃんはいつになく、たくさん笑い、たくさん話をしました。父親はいつものように、自宅の前にある陶器を焼く釜で、自分の作品や弟子達の作品を焼いていました。(俺の父は陶芸家です。ちなみに母は保育園の給食の先生です。あ、俺の家は叔父が園長をやっていて保育園と大きく関わっているんです。)母親は夕方には戻ってくるからね、お昼ごはん作っておいたから食べてね、と、ばあちゃんに言って自宅から30分ほど離れた自分の実家にお墓参りに行きました。

保育園ではこの日、ボランティアのみなさんがバザーを開いていました。ばあちゃんは娘達と友人に、見に行っておいで、と勧めました。娘達と友人は、ではちょっと見てくるよ、と、家の前にある保育園に見に行きました。ばあちゃんはお昼ご飯でも食べようと台所に行きました。ばあちゃんは甘くて冷たいものが好きです。いつもアイスを食べていました。この日はとても暑くエアコンがない台所で、ばあちゃんは何かないかな?と冷蔵庫を覗きました。冷蔵庫にはシャーベットにした一口サイズのゼリーがありました。ばあちゃんはゼリーが食べたくなりました。二つ取り出して、椅子に座りました。一口、口に入れました。冷たくておいしくて、すぐにもう一つのゼリーのふたを開けようとしました。飲み込んだ一個目のゼリーが喉の奥で止まりました。飲み込むにも吐き出すにも出来ない位置でした。呼吸が出来なくなり、ばあちゃんは二つ目のゼリーを持ったまま気を失いました。椅子に座ったままの状態で動けなくなりました。扇風機の音とセミの鳴き声だけが、台所に響いていました。

おばあちゃん、そんなとこで寝ちゃだめだよ。帰ってきた娘達がばあちゃんに言いました。ばあちゃんは起きませんでした。娘達はばあちゃんが息をしていない事に気づきました。娘達は慌てました。父が駆けつけました。裏に住んでいるばあちゃんの弟さんも駆けつけました。救急車が来ました。母が、母の実家に着いたとき電話でその事を聞きました。母はまさかと思い、すぐに引き返しました。
父達が病室に入ると、ばあちゃんの隣には、赤いハート型のゼリーが置いてありました。脳が死んでしまった状態ですと、医者は言いました。心臓はかすかに動いていました。母は妹に電話をしました。妹は俺と弟に電話をしました。妹はショックで何をしていいかわからないと俺に言いました。弟は、こういう時はどうするんだ?と俺に尋ねました。とにかく落ち着くまで連絡を待とうと俺は言いました。兄弟3人は東京の空を見て祈りました。

0時15分、妹から電話がありました。14日の23時59分にばあちゃんは85歳で天国へ行きました。

帰る予定のなかった今年のお盆に、兄弟3人で実家に戻りました。3人は久しぶりに揃いました。3人とも何故か安らかな気持ちでした。久しぶりに3人で酒を飲みました。テレビのクイズ番組に競って答えたりしました。14歳と13歳と9歳の顔で遊びました。

ばあちゃんの顔は笑っているように見えました。ばあちゃんの顔に触りました。大人になって初めてばあちゃんの顔に触りました。

お通やでは、ばあちゃんの話を親戚中が俺に話してくれました。俺は酒を飲みました。たくさん飲みました。父と、ばあちゃんの姉さん(92歳です)は、ばあちゃんの前に布団を敷いて寝ました。夜が更けて皆が寝静まった後、俺は、父とばあちゃんの姉さんの間に横になりました。

ばあちゃんが天国に行った日の前日の13日、父と母とばあちゃんで先祖を迎える、迎え火をしました。
ばあちゃんは一年7ヶ月前に天国に行ったじいちゃんを迎えました。じいちゃんはばあちゃんに会いに来ました。じいちゃんはばあちゃんに、寂しい思いをさせてごめんな、と、言いました。ばあちゃんはじいちゃんに、じいさんに会いたいよ、と言いました。じいちゃんはばあちゃんに、子供達も孫達も、もう大丈夫だよな、と言いました。ばあちゃんはじいちゃんに笑い返しました。

ばあちゃんは、いつもニコニコしていました。いつも俺の味方をしてくれました。いつも俺の心配をしていました。ときどき俺のことを、トモちゃん、と間違えたりして、なんだ大ちゃんかい、みんな大きくなっちゃってわかんないよ、と、笑っていました。俺が東京から実家に戻って来ると、嬉しそうな顔をしました。いつまでいるんだ、と必ず聞きました。俺が東京に戻る時は、いつも少し寂しそうな顔をしました。
さよなら、ばあちゃん。ありがとね。なにも出来なくてごめんな。じいちゃんと仲良くな。じいちゃん、ばあちゃんをよろしくたのむぜ。寂しい思いをさせちゃだめだよ。

俺達は東京に戻ってきました。俺と弟は今夜、宇都宮でライブをします。じいちゃんとばあちゃんが初めて一緒に見に来るから、しっかりやらないとね。きっと、いいライブにするよ。





今年も、夏が始まります。
毎年やってくるけど、いつだって最初で最後の一回きりの夏です。
いい夏にしようと思います。

rainman_daisuke at 15:12│Comments(3)TrackBack(0)daisukeの今日の出来事 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by たま   2006年07月24日 20:42
5 私は外孫なのですがばあちゃんとじいちゃんがずっと面倒を見てくれていました
生活の知恵や自然との遊び方、田畑の仕事、昔の話、草花の事、今も取れない訛りも全部2人が教えてくれました
数年前から病気を患ったせいか会う度に小さくなっていくような気がします
いつも優し…くはなかったけど愛おしい2人です
連休が取れたら好物のマンゴーを買って会いに行こうと思います
daisukeさん、ありがとうございます
2. Posted by kazuking   2006年07月25日 02:44
題名見てすぐにこの日記を思い出したよ。
もう1年経つんだね。

俺たちはまたひとつ年をとった

大切な人、大切な思い出、大切なもの
大事にしていても
いつかは俺たちのほうが、この世の中から消えてしまう

その時が来ても、みんなの中に大切なものとして、あったらいいね
3. Posted by rainman_daisuke   2006年07月25日 15:04
たまさん。
ひさしぶりですねー。
会いに行ってあげてください。きっと喜ぶと思いますよ。
こちらこそありがとです。

kazuking。
うん。ひとつまた歳をとっちゃいました。
これからも、泣いたり笑ったりしながら、やっていきます。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔