ハイエク、「政府で仕事をした経済学者は堕落する」
高橋伸彰|2018年9月10日7:00AM 週刊金曜日
新自由主義の元祖と言われるハイエクは、自ら積極的に新自由主義者を名乗り、そう呼ばれることに誇りさえ抱いていた。それは古い自由主義者のままでは、新しい変化に臆病な保守主義者と混同される危険があったからだ(『自由の条件3』)。実際、ハイエクは予想できない新しい変化を規制や保護で抑えるよりも、市場の調整に任せるほうが望ましいと主張した。

社会経済学者の松原隆一郎氏(「ケインズとハイエクを分かつもの」大航海 No.61,2006)によれば、ハイエクは「政府vs.市場」といった二者択一の構図で自らの経済理論を展開したのではない。政府の規制や計画の影響を受けずに、個人が自らの目的に近づくためには、どのような秩序にしたがって行動すれば、社会に広く分散している知識や情報を効率よく利用できるかをひたすら問うたのである。
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ハイエクは、政府よりも市場のほうが経済的に効率的だから「民間にできることは民間に任せれば良い」とは言わなかった。何が効率的で、何が最適かについて政府はもちろん、だれも知らないから、それを見つけるために自生的なルールに基づく非人格的なメカニズム(市場)が必要だと説いたのである。

ハイエクの唱えた新自由主義と、市場原理主義者の「新自由主義」(ハイエクと区別するため「」を付す、以下同じ)との間には大きな違いがある。経済地理学者のデヴィッド・ハーヴェイ(『新自由主義』)によれば、大企業や富裕者などがより多くの利益や所得を得られるように、地球規模で市場的自由の普及・拡大を図ってきたのが「新自由主義」の正体である。

そのために、自然環境や教育・医療、社会保障といった分野にも、民営化や規制緩和によって市場を創出し、可能な限り自由放任にすることを政府に求めた。「新自由主義」にはオリジナルな経済思想など何一つなく、「マネタリズム、合理的期待形成論、公共選択理論、そしてサプライサイド理論」など、自らの主張に都合の良い経済理論を整合性も体系性もないまま場当たり的に動員したに過ぎないとハーヴェィはいう。

時の政権とは一線を画した理論経済学者の宇沢弘文は、政府の審議会に参加し自らの意見が実際の政策に反映されるか否かで、研究の成果を評価しようとする経済学者を「表面的なプラグマティズム(実用主義)」に支配されていると批判したが、ハイエクも「政府で仕事をした経済学者はみんな、政府で仕事をする結果として堕落する。なぜなら経済学者ではなく、政治家になってしまうからだ」(『ハイエク、ハイエクを語る』)と述べた。

小泉純一郎元首相に登用され「小泉改革」の司令塔を務めた竹中平蔵氏は、かつて政治学者の山口二郎氏との討論(『中央公論』2008年11月号掲載)で、新自由主義者かと問われ「私のどこが新自由主義者なのか」と強く反論したが、ハイエクからみれば竹中氏は新自由主義者でもなければ経済学者でもなく、政治家に他ならない。政策を売り歩く経済学者は跡を絶たないが、それが堕落の始まりであることを見落としてはならないのである。

(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。2018年8月3日号)

※書名『自由の条件3』の「3」はローマ数字。ローマ数字は機種依存文字なので洋数字で表記しました。
(記事引用)

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「欲望の資本主義2019~偽りの個人主義を越えて~」
1月3日(木) 午後9時00分BS1スペシャル 
ネット界の四天王」と呼ばれるGAFAを巡る議論が熱い。強大な力に国家の枠組み前提の市場経済が揺れている。仮想通貨をめぐる議論も沸騰、バーチャル経済時代の資本主義はどこへ行く?2017年富を生むルールの変化を捉え2018年社会構造に地殻変動が起きている現実に迫ってきた番組は次のステージへ。テクノロジーが社会を変える今、格差、分断を越え自由への道は?切迫感ある今問う、自由の形と資本主義の行く末は?
(記事引用)



「ムーアの法則」はもはや限界! 「組合せ最適化問題」を解決する新アーキテクチャーを開発
FUJITSU JOURNAL 2017年2月15日
今後、コンピュータが社会を改善するために必要なことは?
コンピュータの性能は日々進化し続け、世の中を大きく変えてきました。これからもコンピュータで実現したい夢は沢山あります。例えば社会問題の解決などです。災害復旧の手順を決める場合や、投資ポートフォリオの最適化、経済政策の決定など、世の中には限られた人や時間などの制約のもとでは意思決定が難しいケースがあります。これらの難しい意思決定に、コンピュータの力を借りることはできないでしょうか?

コンピュータが次に何をするべきかを自身で判断するためには、様々な要因の組合せを考慮して評価を行い、最適なものを選択する必要があります。これらは「組合せ最適化問題」と呼ばれています。「組合せ最適化問題」は、考慮すべき要因の数が増えると組合せの数が爆発的に増えるため、実用的な時間内で解くためには、コンピュータの大幅な性能向上が必要となります。ところが、過去50年にわたってコンピュータの性能向上を支えていたムーアの法則(注1)にあるような性能向上は限界に近づいていると言われており、半導体のスケーリングによる性能のかさ上げは、もはや期待できません。

今後、コンピュータが社会と生活を改善していくには、これまでとは異なる様々な手を打つ必要があります。その中の一つとして期待されているのが、量子コンピュータ(注2)など全く新しい原理のデバイスの登場です。

従来コンピュータの限界

しかし、現行の量子コンピュータは、この「組合せ最適化問題」を高速に解くことができますが、近接した素子同士でしか接続できないという制限があり、現時点では多様な問題を扱うことができません。一方、従来のプロセッサは、ソフトウェア処理により扱える問題の自由度は高い反面、高速に解く事ができません。このため、実社会で求められる多様な「組合せ」を最適かつ高速に解くために、新しい計算機アーキテクチャーの実現が課題となっていました。

(注1)「半導体集積回路のトランジスタ数は2年ごとに2倍になる」という法則。大規模集積回路の製造・生産における一つの指標とされている。インテル創業者の一人であるゴードン・ムーア氏が1965年に出した論文の中で初めて提唱。
(注2)量子現象を利用するコンピューティング技術の総称。組合せ最適化問題向けに、量子アニーリングと呼ばれる方式のものが開発されている。

最適な組合せを探す新しい計算機アーキテクチャーを開発
このたび、富士通研究所とカナダのトロント大学は、実社会における様々な課題解決のため、膨大な組合せの中から最適な組合せを探す新しい計算機アーキテクチャーを共同で開発しました。このアーキテクチャーでは、現実の問題への適用性を高めるため、CMOSデジタル技術を用い、自由に問題を扱うことができます。開発した技術の特長は以下の二つです。

一つ目は、「非ノイマン型(注3)処理でデータ移動を極小化する技術」です。ノイマン型(プログラム実行型)とは異なる非ノイマン型処理を使い、最適化問題の評価値が小さくなる方向に最適化の変数(ビット)の組を更新します。演算を行うためにまずメモリから問題をロードし、次に最適化の演算を必要なだけ行って、最後に結果を読み出します。演算を行っている間はメモリへの読み書きが発生しないため、その分の時間やエネルギーの損失が極小になります。また、基本回路間のデータ移動を抑えることにより、上位層へのデータ移動が殆どなくなります。

非ノイマン演算でデータ移動を極小化する技術

二つ目は、「基本最適化回路内の高速化技術」です。基本最適化回路では、確率論の手法を用いて、ある状態からより最適な状態への探索を繰り返し行います。複数ある次の候補に対するそれぞれの評価結果の値を一括して並列計算することにより、次の状態を見つけ出す確率を向上させます。探索の途中で膠着状態になった場合には、脱出確率を高めるための評価値に一定値を繰り返し加えることで、次の状態に移行しやすくします。これにより、高速に最適な解を求めることができます。

基本最適化回路の高速化技術

(注3)「ノイマン型」は、プログラムをデータとして記憶装置に格納し、これを順番に読み込んで逐次実行する計算方式で、現在の殆どのコンピュータが採用している。近年、コンピュータの性能の飛躍的な向上により、メモリから命令を読み出す速度が遅いという弱点が目立つようになり、別の基本設計を利用する「非ノイマン型」が検討されるようになった。脳神経回路をモデルとしたニューロコンピュータ、量子力学の素粒子の振る舞いを応用した量子コンピュータ、DNAを計算素子に利用するDNAコンピュータなどが非ノイマン型にあたる。

従来のソフトウェア処理と比較し、約1万倍の速度で動作
今回、1024ビットで表される組合せを扱うことができる基本最適化回路をFPGA(注4)に実装して評価を行ったところ、従来プロセッサで動作するソフトウェア処理に比べて約1万倍の速度で動作することを確認しました。

最適化演算を行う演算回路を複数用いて並列動作させることにより、現行の量子コンピュータより多様な問題が扱うことができ、扱える問題の規模や処理速度が向上できます。例えば、数千箇所ある物流拠点を最適化したり、限られた予算で複数のプロジェクトの利益を最適化する投資ポートフォリオを策定するなど、現在の汎用プロセッサでは手に負えない計算量の多い組合せ最適化問題を高速に解くことができるようになり、最適な意思決定を迅速に行うといった領域にICTの適用領域が広がることが期待できます。

富士通研究所では今後、開発したアーキテクチャーの改良を進め、2018年度までに、実社会の問題が適用できる規模である10万ビットから100万ビットの計算システムを試作し、実用化に向けて実証を進めていく予定です。

(注4)Field Programmable Gate Array。製造後に購入者や設計者が構成を設定できる集積回路。

(記事引用)



ジャパン・ブランドの「Last Straw」
Last Straw(最後のわら)という比喩もたしかに、云われてみればそうだと納得するものの、ことはただ中であり結果に至っていないというのがミソだ。

また早川忠孝氏のブログ記事では「ゴーン氏やケリー氏の弁護人は中途半端にマスコミの前に顔を出すことは得策ではないと考えられているようで、今のところ反論らしい反論は聞こえてこないし、勾留理由開示請求はもとより、勾留決定に対する何らかの裁判上の手続きをしたという形跡もない。ゴーン氏らの弁護人は、公判が始まるまで手の内は一切見せない、という極めてオーソドックスな弁護方針でおられるのだろう。本人そっちのけで、無関係な人たちが周りでワイワイ騒ぎ立ててもご本人には何のプラスもない。」
2018年12月13日 記事〆

とあるように外野席で侃侃諤諤はじめたところで何の意味もない、という指摘はごもっともだ。

私個人としても同感で、超シークレットはすべて検察が握っており、その「打出の小槌」を振ってなにを散すかは、特捜検察の基準に沿って、それによって社会に投影される色素も変化する。したがってその振り方を一つ間違えると権力執行者であっても多大な負を背負うことになる。またメディア報道もそれに一蓮托生の狢として余計な情報は伏せているようにも思われる。

ネット上のゴーン氏関連記事も極端に減っており、また堂々巡りの同じ記事ばかりで誤魔化している。わたしもこの事件に関してこれ以上の詮索はやってもムダだし、当事者二人逮捕実刑?が来年確定され、それで決済してすべて終わり、というシナリオが読めているので、終章が見えている、そんなドキュメントミステリー小説は読んでも面白くない、とこの10日以来、関係記事を閉じたが。

ただあるとすれば「武井 涼子」氏が懸念している事件によって日本ブランドの全体を著しく毀損してしまうような言動は避けるべきだと拡声することには賛同する。そのことは上記、罪の罪状を選定する検察側だって同じことで「固定スケール」のメモリが純日本仕様だったと仮定して、1寸と3.3センチ1モンメと3.75グラムの差異をフランスにどう説明するか、という課題がある。

ついさきほども云ったように社会はすでにこの件に感心がなくなっている。ということは、諸々指摘されるように不透明要素があまりに多く、何がどうなって誰が犯罪人で企業が罪人とはどういうことか、など宇宙に浮かぶ惑星の平面図として読んでいるだけで、実際の宇宙は立体で前後の時間差は光年単位で差がある。しかし人間が見ている夜空は一枚の絵でしかない。

それはもう理解の枠を超えてしまって考えるのも煩わしい、という局地にいたる。
そんな事件であり、専門メディアも分析報道しない話題は井戸端の議題にもならないし、したところで全員の視点が違う観点は会話にならない。

この事件の相対的な判断として武井涼子氏はジャパンブランドの脆弱性のウエートバランスに僅か0.1グラムの藁ストローを載せただけで、メイドインジャパンのすべてが潰れてしまうと嘆く。

それを日本的に表現すれば「頂門の一針」と言い換えてみると、痛いと感じるが、後になって鎮痛するといった語彙にとれる。こちらの方がよほど救われると思うが、いずれを処方するかはゴーン氏でもなく検察でもなく、ましてや「日産」というローカル組織
でなく
社会の集合体(国、こくみん)にあると結論した。


日産の事件を「ジャパンブランド」崩壊の第一歩にしないために
ビジネス  2018/12/14 07:00 , OFFICIAL COLUMNIST
武井 涼子 グロービス経営大学院大学 准教授/声楽家
先日の会食の席で、「最近、日本企業の不祥事が続きすぎる」という話題になった。検査の不正などやりすぎだろう、というわけだ。

すると、調査会社に勤める知人が「いやいや、大きな声じゃ言えませんが、実際、本当に不正を全部見つけようと思ったら、大変なことになるんじゃないですか?」という。

確かに、企業には、未必の故意としても、どこかに何らかの瑕疵はあるだろう。叩いて全く埃の出ない企業なんて、世界中で探す方が難しいかもしれない。

そのうえで極論するなら、日本企業で大事なのは、実際は多少違っても「あの企業は日本企業だから、ものづくりはきちんとまじめにやっているだろう」というイメージが保てるかどうかだ。それこそが、今われわれが世界で享受している「ものづくり日本」という「ジャパン・ブランド」の一側面でもある。

国は企業のアンブレラ・ブランド

この「ものづくり日本」への信頼は、戦後、テイジンなどの軽工業に始まり、重工業、白物家電、AV機器、そして車と、今までの日本製品の「丈夫で、壊れにくい」という品質が、営々と築いてきたものだ。

第二次世界大戦直後は、日本製品といえば「安かろう、悪かろう」の代名詞だった。しかし、先人たちの努力で、そのイメージは、高度経済成長期に、一気に「安くて、よいもの」に変わり、バブル後期以降は、もはや「安くはないけれど、よいもの」のイメージを獲得し、それを保っていたわけである。

日本企業への評価の転換は、さながら、安いだけと思われていた中国企業の先進性への評価が、今まさに高まっているのと同じような状況であったと言ってもよい。

国のブランドイメージと企業のブランドイメージは、簡単に分かつことはそもそもできない。たとえば、コカコーラやマクドナルドがアメリカという国のイメージに影響を与えているのか、アメリカの持つカジュアルなイメージに両社が添っているのか? 

ダイムラーやヘンケルがドイツのイメージに影響を与えているのか、ドイツ企業の製品と聞くから、飾り気なく実用的で、丈夫そうといったイメージを持つのか。それらは分かつことはできないのだ。

企業は、国のブランドイメージをうまく使って商売をすればいい。国のブランドは、その国に所属するすべての企業のアンブレラ・ブランド(傘のようにその下にあるブランドのイメージに影響を与えるブランドのこと)なのだ。良いイメージであることは、とても重要なのである。

しかし、国のブランド戦略を描き、そのイメージを一元的にコントロールすることはまずできない。なぜなら、たとえばものづくりの観点でつくられる日本のイメージは、世界で広く認知されるすべての日本メーカーのイメージとジャパンブランドが相互に強く影響を与え合っているからだ。

海外に本格展開を始めてから30年程度のトヨタを筆頭に、今、世界には日本のメーカーが数多く進出している。それらどの企業にも、大なり小なりジャパンブランドを担う責任が生まれているのだ。ちなみに、このような国のブランドと企業のブランドの関係を、マーケティングの世界では「ソシオ・カルチャラル」という言葉を借りて表現することがある。

さて、昨今、このジャパン・ブランドに、陰が差しているように思うのは私だけだろうか?
ことに、危機感を覚えたきっかけは、日産のゴーン氏の逮捕である。確かに犯罪は許されるものではない。しかし、まだゴーン氏は犯人ではなくて、疑いをかけられているだけだ。この状況は、海外からはどう見えるだろうか?

まず、ゴーン氏の給料は高いかもしれないが、馬鹿高くはない。世界には100億円以上もらっている社長もざらにいる。しかも、日本人の日産の経営者たちは、司法取引をして捕まっておらず、まだ罪が確定もしていないなかで外国人2人(ゴーン氏と前代表取締役のケリー氏)だけが逮捕されている。推定無罪の法則があるだろうに、企業の役職もさっさと解任された状況だ。

それこそ海外から見たら「国まで加担するのか?」と、ゴーン氏に同情が集まる要素がたくさんあるように思える。そのうえ、もしも、無罪なんてことになったら……。後世、あれこそが「ジャパンブランド」崩壊のきっかけになったと言われないことを願わずにはいられない。

ブランドは、漢方薬のようなものだ。効果効能はよくわかっているのだが、作用気所が解明されているわけではない。そのブランドの特徴のひとつとして、ある日いきなり崩壊する、ということがある。

中略

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さて、何が言いたいかというと、このような異物混入や、取引先の不祥事は2014年に急に起きたわけではないだろう、ということである。
さて、昨今、このジャパン・ブランドに、陰が差しているように思うのは私だけだろうか? 

英語には「Last Straw(最後のわら)」という表現がある。ギリギリのところまで重荷を負ったラクダは、その上にわら1本でも積ませたら参ってしまうということから、たとえわずかでも限度を越せば取り返しのつかない事になるという意味だ。

個人的には、60秒チャレンジこそがマクドナルドのLast Strawであったと思う。本当のところを言うと、ちょっとした混入は、昔から起きていたのだろう。

しかし、ある程度の贅沢品としてブランドができていたため、安くなっても「マックだから品質は保証されているだろう」というイメージはどこかで保たれていた。だから、ちょっとくらいの異物混入があったとしても、人は騒ぎ立てなかったし、取引先の行状まで洗い出したりしなかった。

しかし、60秒チャレンジでSNSに拡散された歪んだバーガーが、「あんな商品を作るマックだから、こういうことが起きてもしかたない」と、ついにそのイメージを変えてしまった。そういうことであろうと思うのだ。

事実、今年の7月に、マクドナルドは再び食品表示法違反で行政指導を受けているが、業績は続伸中だ。再びブランドイメージが回復し、「マックだから品質は保証されているだろう」というイメージが再び勝ってきているのだと思う。

トヨタが優良企業であり続ければ

検査の不正が次々と明るみになって騒がれているのは、ジャパンブランドも同じだ。たぶん、昔からたくさんあったのだ。それが今、どんどん表に出つつあるのは、シャープやタカタや東芝など、「ものづくり日本」を支えていたはずの日本企業の経営不振や不正をきっかけとした凋落のせいだろう。

もはや、日本がものづくりの高品質が保証された国ではないということが次々と明らかになるこういった過程は、マクドナルドが値段をじわじわと下げていった過程にダブって見える。

先ほども書いたが、国のブランドイメージは、海外における日本企業それぞれのブランドイメージと切っても切り離せない。ゴーン氏の事件を生かすも殺すも、まずは当事者の対応次第であろう。まずは日産と三菱自動車、それに日本の司法には早急に世界の消費者が納得する説明と対応をお願いしたい。ことは対日本ではなく対世界なのだ。

そして、今や日本のものづくりの象徴となっているトヨタは、同じ自動車産業界にいる会社として優良企業であり続けることはとても大事だろう。

同時に、すべての日本のメーカーにもできることがある。今こそ「あれは日産といういち会社の事件で、日本企業はやっぱり世界で高品質な商品を提供するものづくり日本なのだ」と思わせなくてはいけない。ピンチは、チャンスでもある。日産の今回の事件を、ジャパン・ブランドのLast Strawにしてはいけない。
文=武井涼子
(記事引用)

※last straw 直訳:最後のワラ
 「我慢の限界; 堪忍袋の緒が切れたこと・状態
我慢の限界を表す慣用句で,その我慢の限界は苦しさだけでなく怒りに対してでも構いません。上の音声ファイルは後者の意味で使われています。これは It is the last straw that breaks the camel's back.  「一本のワラでも限度を越えるとラクダの背骨を砕く」 という諺からできた慣用句で, 同じ意味の諺に It is the last feather that breaks the horse's back. 「羽根1つでも馬の背骨を砕く」 があります(三省堂の英語諺辞典によるとこれらの back は backbone 「背骨の骨」の意味だそうです。)  
また下の他のヨーロッパの諸言語の諺と同じ発想の The last drop makes the cup run over. 「最後の1滴がカップを溢れさせる」というのもあります。




https://www.youtube.com/watch?v=RDjimODZtQM




ゴーン前会長 役員報酬開示義務づけ後に退職金24億円増額
2018年12月6日 18時04分NHK NEWSWEB
日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が逮捕された事件で、ゴーン前会長の退任後に支払われる退職慰労金が、役員報酬の開示が義務づけられた平成22年以降におよそ24億円増額され、日産の経費としてすでに計上されていたことが関係者への取材でわかりました。東京地検特捜部は退職慰労金が大幅に増額された詳しい経緯を調べています。

日産自動車の会長だったゴーン容疑者(64)は、有価証券報告書にみずからの報酬を少なく記載していたとして金融商品取引法違反の疑いで逮捕され、東京地検特捜部は前会長が報告書に記載していない実際の報酬との差額を退任後に受け取ることにしていたとみて捜査を進めています。

関係者によりますと、日産では平成19年の株主総会で役員の退職慰労金として総額65億円を支払うことが承認され、このうち44億円がゴーン前会長に支払われる予定になっていたということです。

しかし役員報酬の開示が義務づけられた平成22年以降、ゴーン前会長への退職慰労金がさらに24億円増額され、日産の経費としてすでに計上されていたことが新たにわかりました。

特捜部は退職慰労金が大幅に増額された詳しい経緯についても調べを進めています。

関係者によりますと、ゴーン前会長は「違法だという認識はない」などと主張し、容疑を否認しているということです。
(記事引用)
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日産・西川社長、報酬文書署名か ゴーン前会長、一転サイン認める
 日産自動車の前会長カルロス・ゴーン容疑者(64)=金融商品取引法違反の疑いで逮捕=が有価証券報告書に記載せず、退任後に受け取る予定だった報酬の名目を記した「雇用合意書」に、西川広人社長がサインしていたとみられることが6日、関係者への取材で分かった。東京地検特捜部は既に西川社長を任意で事情聴取しており、作成経緯などを調べている。

 ゴーン容疑者が特捜部の調べに、雇用合意書とは別の報酬に関する文書にサインしたと供述していることも判明した。逮捕当初は否定。特捜部は、退任後の報酬支払いは確実だったと認識し、報告書への記載義務が生じた証拠になるとみている。
This kiji is produced by 共同通信

(記事引用)



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◆カレーとの出会い
日本で初めてカレー粉の製造に成功した男「山崎峯次郎」は、1903年(明治36年)、埼玉県・北葛飾郡金杉村で生まれ、17歳にして単身上京し業務用のソースを洋食屋に売り歩く仕事に就きました。 その頃出会ったカレーライスに衝撃を受け、自らカレーライスの基本になるカレー粉の製造に没頭することになります。

◆国産初のカレー粉製造に成功
しかしそれは、カレー粉とは何かが皆目見当もつかない当時のこと、想像以上に困難が連続する作業となりました。
近所からは変人扱いされながらもくじけず、一つ一つカレー粉の秘密を解き明かしていったのです。
カレー粉の製造には4つのポイントがありました。
① … どのように粉にするのか
② … どんなスパイスをどんな比率でブレンドするのか
③ … 焙煎(煎ることで香り立ちをよくし、全体をまとめる)
④ … 熟成(寝かして、さらに香りを渾然一体としたものに仕上げる)
の4つです。
それらを大変な辛酸をなめながら、時には偶然に一つ一つ発見していったのです。
生産機械を独自に開発するなどの努力の結果、ついにカレー粉の製造法を確立し、1923年(大正12年)浅草七軒町に、エスビー食品の前身となる「日賀志屋」を創業したのです。

◆カレー業界の発展に尽力~日本のカレーのスタンダードへ
戦時体制下に入り原料入手が困難になってくると、カレー業界の間で協同組合設立の気運が高まり、峯次郎が中心となって東京都カレー工業組合を創立。その後、関東、全国と地区を広げ、全国カレー工業組合聯合会の会長に就任し、自社のみならず常に業界の先頭に 立ち、カレー業界の発展にも貢献しました。
また、外国からの輸入に頼るカレー粉原料不足解消のため、主要原料であるクミン、コリアンダー、フェネグリークの国内栽培にも挑戦。
開始から3年目にしてようやく栽培に成功し、千葉・埼玉などの農家に依頼して大規模な栽培に着手。耕作地に1人ずつの指導員をおき、その指導員の講習を行いました。こうして1944年(昭和19年)にはなんと180トンもの原料の収穫に成功し、これを全国のカレー組合員 に分けました。これらの費用のほとんどを峯次郎が払ったそうです。
こうして業界をリードしてきた峯次郎が作るカレー粉は、国からのお墨付きもあり、日本を代表する建物「国会議事堂」のデザインを商品パッケージに採用し、まさに日本のカレーのスタンダードになっていったのです。

◆業界への貢献の証
国産初のカレー粉開発から始まった様々な功績が認められ、1958年(昭和33年)4月に紺綬褒章、1960年(昭和35年)5月に藍綬褒章、
1966年(昭和41年)9月に紫綬褒章を授賞。
1973年(昭和48年)11月には50年にわたる香辛料に関するたゆまざる研究が、科学技術の進歩・産業の発展・国民福祉に大いに寄与したとして勲三等旭日中綬賞を授賞しています。
1974年11月4日、逝去(71才)。同日、閣議決定にて従四位に叙せられました。

こうした勲章・褒賞は当時の食品業界では希なものであり、峯次郎の事業に対する情熱と先駆性・独創性が大いに評価された結果と考えられます。起業家として創業者訓など様々な語録を残しているほか、スパイス&ハーブの正しい啓蒙・普及のため山崎香辛料振興財団、および板橋スパイスセンター内(東京・板橋区)にスパイス展示館が創業者・山崎峯次郎と、社主・山崎春栄の遺志で設立されています。
S&Bカレー史
(記事引用)






ゴーン容疑者の会長解任に郷原信郎弁護士「犯罪の実態が何なのかもわからず、弁解の機会も与えられなのはアンフェア」
2018年11月27日 14:22 郷原信郎
AbemaTIMES https://abematimes.com/posts/5309826 

国際的にも様々な波紋を呼んでいるカルロス・ゴーン容疑者の逮捕劇の疑問点について、24日に放送されたAbemaTV『みのもんたのよるバズ!』に出演した元検事の郷原信郎弁護士が解説した。


まず郷原弁護士は「普通は虚偽記載の事実で逮捕したという時には、何が虚偽記載なのかということと、犯罪の中身が明らかになるはずだ。それが1週間経っても全然分からない。それ自体が非常におかしいし、推測で勝手なことが報じられているが、それもコロコロ変わってきている。


24日付の朝日新聞によれば、50億円の報酬というのは既にもらったお金ではなく、退任後に別の形でもらう約束だったお金。つまり、もらったお金でまだ逮捕されている容疑は40億円の部分だ。また、特別背任という話も出てきているが、その可能性は非常に低いと思う。


特別背任とは、社長のような立場の人が自分の利益を得る目的で会社に損害を与える行為。ゴーンさんについて言われているのは、会社の投資資金で海外に不動産を購入し、それを勝手に自宅にしていたということだが、その不動産が会社の所有で価値があるのなら、損害は与えていないことになる。


調べようと思えばそれぞれの国の政府に捜査協力してもらうしかないが、ゴーンさんが大統領になってもおかしくないというレバノン、ブラジルが、よく分からない犯罪で協力をするだろうか」と指摘。


その上で「犯罪としての実態が何なのかがわからなければ、何についての司法取引があったのかもわからない。現時点で検察は何も認めてないし、マスコミがそう言っているだけだ。少なくとも虚偽記載に関していえば、報酬が入ったこと、そしてそれを書かなかったことの両方があって初めて犯罪だ。この両方に関わっていて初めて"自分も犯罪者だから司法取引を"ということになる」とコメントした。

ルノーは緊急取締役会で日産とは違い、ゴーン容疑者のCEO解任を見送ることを決めた。郷原弁護士は日産の経営陣に対しても「そもそも問題となっている有価証券報告書は日産が会社として提出しているもの。そこにウソがあった場合、通常は会社の問題であって、個人の問題ではない。


西川社長を中心とする日産の経営陣も今回の刑事事件に無関係ではない。これが有罪であれば、相当程度の犯罪性はあると思う。その人たちが中心にならざるを得ないという今の日産の体制というのは、非常に脆弱だ。ゴーンさん、ケリーさんは逮捕されたことをきっかけにして解任されたが、取締役会にも出られなかった。もし日産が内部調査の結果を報告し、"こんなにひどいことをやっていたのか"と皆が納得して解任に賛成したというのであれば、検察を使って逮捕なんかしてもらわなくても良かったはずだ。


逮捕された事実がどんな事実なのかまだ分からないし、二人は取締役会で何の弁解の機会も与えられていない。こんなアンフェアなやり方は通用しない」と批判した。


そんなゴーン容疑者の弁護人には、東京地検特捜部長としてライブドア事件や村上ファンド事件を担当した大鶴基成弁護士が就いた。郷原弁護士は大鶴氏について「まったく評価していない。一連の不祥事を起こした特捜検察をずっと引っ張ってきた人物だし、陸山会事件で問題が起きた時の中心人物の一人でもある。


ある意味で検察に非常に近いし、検察と戦う弁護士ではないと思う。本当に検察と戦うつもりであれば選ばないと思うので、とりあえず刑事手続きの説明を聞きたいということで来てもらったということかもしれない。あるいは検察とこれから仲良くしようとゴーンさんが考えているのかもしれない」と話した。(AbemaTV/『みのもんたのよるバズ!』より)

(記事引用)

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ゴーン氏は自ら掲げた「日産リバイバルプラン」によって放擲された。
山口利昭弁護士 2018年11月27日 07:02
http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/2018/11/post-f191.html

本件のエントリーを重ねるたびに、どうもミクロの視点になってしまって、普通のブログの読者の皆様にはわかりづらい話題ばかりに焦点をあててしまったようで反省をしております。ということで(?)、本日はもうすこしわかりやすい、といいますか、広い視野で今回の日産前会長金商法違反事件について眺めてみたいと思います。

昨年2月の当ブログのエントリー「日産自動車の次期社長は現社長ではなく取締役会が決めた?」におきまして、私は「カルロス・ゴーン経営論」(公益財団法人日産財団 監修)をご紹介し、ゴーン氏の経営論にとても感銘を受けた、と記しました。このたび同書を読み返してみて、私はゴーン氏が逮捕された今でも、その経営論については説得力のある内容と感じております。

ただ、いま読み返しますと、「有事にこそ問われる危機管理、レジリエンス(268頁以下)」におきまして、ゴーン氏が「有事にはレジリエントなリーダーでなければならない」と述べているところに関心が向きました。企業の再生にはターンアラウンドな戦略とリバイバルと呼ばれる戦略がある、これまで日産はターンアラウンドな戦略で危機を回避してきたが、自分はリバイバルプランを掲げた、ターンアラウンド戦略とは、資産を削減したり、従業員を削減したりして状況の悪化を食い止める縮小戦略であるが、その効果が続くのは2年か3年とのこと。

日産は1999年以降、リバイバル戦略をとり、V字回復を果たしたが、視野に入れているのは「元の日産に戻る」だけではなく「危機を経験してさらに強くなる(レジリエント)」ことであり、今(2017年)もその戦略の効果は及んでいる、とゴーン氏は語っています。2008年(リーマンショック)、2011年(東日本大震災)と、我々は厳しい時期を迎えたが、そこから脱却できたのも危機を経験して組織がさらに強くなったから、だそうです。

私はこのゴーン氏の危機管理、レジリエンスの考え方にはとても共感を覚えます。ゴーン氏の戦略は確実に日産に根付いた。つまり、日産が数度の危機に直面して、さらに強くなったからこそ、組織の有事において「変節したカリスマ経営者」を放擲することが可能になったのではないでしょうか。ゴーン氏が日産に根付かせたリバイバル戦略が、皮肉にも自身に退出を余儀なくさせるだけの組織に変えたのではないかと。上記「経営論」では、ゴーン氏はルノーと日産は統合してはいけない、と述べていたのですが、最近は(研究開発部門を統合するなど)言行一致とは言えない状況になっています。そもそもルノーと日産のCEOを兼務するあたりから、日産の幹部の方々が不信感を持つようになったのかもしれません。ゴーン氏を組織から放擲するためには、もはや「司法の力」を用いること以外には方法はない、といった判断に至ったのではないかと。

上記「経営論」では、ゴーン氏は「根っからのイエスマンはいない。それは企業が作り出しているのだ」(140頁)と力説しています。社員のモチベーションを高めて、企業改革を図る気持ちが社員に伝わり、今回の一連の流れを作り出したのかもしれません。また、志賀COO(当時)は、「ゴーン氏は本質と大義を重んじる」と評し、「燃費偽装のようなことは、企業の本質に反するもの」と考えていたことに言及されています(242頁)。にもかかわらず、このたびの燃費偽装事件でゴーン氏のコメントは出てこなかったことも社員の失望を生んだ可能性があります。もちろん、本事例をミクロの視点からすると数々の不正行為の疑惑があり、また、これを放置し続けていた取締役会のガバナンスの問題を指摘することも可能ではありますが、マクロの視点からしますと、「内部通報⇒不正調査チーム⇒司法取引の活用⇒ゴーン氏排除に向けた役員間の意思共有」といった一連の動きが、「ルノーと日産の統合間近」といった日産の一大事(有事)において自然発生したと評価できそうです。
(記事引用)


グローバル企業時代の終焉!? 加速する「自国第一主義」の流れとは? 国際投資アナリスト・大原浩氏が緊急寄稿

夕刊フジ2018年11月27日 17時1分
https://news.infoseek.co.jp/article/00fujisoc1811260003//

(記事引用)

追加記事.D
ゴーン逮捕でみえてきたモラルと法律、そして国家戦略の矛盾
MAG2 NEWS 2018年11月28日 07:19
海外のメディアのニュースを、本当はどういう意味で報じられているのかを日本のマスコミではあまり報じられない切り口で解説する、無料メルマガ『山久瀬洋二 えいごism』。今回は、カルロス・ゴーンの逮捕について解説しています。

ゴーン逮捕でみえてきたモラルと法律、そして国家戦略の矛盾
Nissan ousts Carlos Ghosn as chairman following his arrest.

訳:日産は、カルロス・ゴーンの逮捕を受けて彼を会長職から追放する(CNNより)

【ニュース解説】
カルロス・ゴーン逮捕のニュースは、日本だけではなく世界中を駆け巡りました。
彼と彼の側近にかけられた容疑とその背景については、すでに多くのメディアが解説しています。そこで、彼の逮捕から1週間以上が経過した今、我々は少し冷静に、今までの報道も含め、今回の事件のあらましを考えてみる必要があるのではないでしょうか。

ここで考えたいのは、モラルと法律というテーマです。
カルロス・ゴーンが高額な報酬を受けていたことは、企業やそのリーダーのモラルの問題として批判の対象となっています。そして、彼がその高額報酬を低く報告したという容疑について、今、彼は法律で裁かれようとしているのです。

しかし、ここであえてモラルと法律とを分離して考えてみましょう。
もちろん、法律の遵守というテーマには、モラルの問題も深く関わります。
しかし、モラルと法律とを分離して注視した場合、いかに法律自体がそれぞれの地域のモラルや文化と深く関わっているか、そして人間がいかにその影響を深く心に刻み込んでいるかがわかってくるのです。

分かり易い事例を挙げるならば、日本で「大麻を所持していた」と報道されれば、その人は麻薬の売買に関わっていたとして、モラルの上からも厳しく糾弾されます。しかし、アメリカでは、いくつかの州でマリファナの所持や吸引は合法とされています。さらに面白いことに、マリファナの需要が高まっていることを投資の機会ととらえた投資家(ごく合法的に活動している)の間で、マリファナ農場への出資が堂々と行われていることが話題となっているのです。

このニュースを聞いて違和感を覚える人は日本を含め、世界各地にいるはずです。しかし、その違和感はそれぞれの国のモラルの影響を受けたものに他なりません。

では、マリファナと同じように摂取することで心身に影響を与えるお酒はどうでしょう。酩酊して人に迷惑をかけない限り、飲酒は日本では合法です。しかし、イスラム圏の国々の中には、この行為は、モラルに反する行為として厳しく罰せられるケースがあるのです。 もう一つの事例を挙げれば、日本では今でも食事の場での分煙が徹底していず、喫煙者が側にいることで健康被害を受けている人が無数にいます。しかし、アメリカの多くの州では、公の場所での喫煙は違法行為のみならず、モラルの上からも厳しく糾弾されるのです。 こうした事例から、法律はそれぞれの国のモラルと深く関わっていることが理解できると思います。

そこで、まずカルロス・ゴーンが高額な報酬をとっていたことに対しての批判を考えましょう。世界中に彼と同様、あるいはそれ以上の報酬を享受している企業のリーダーがいることは周知の事実です。社員は薄給で苦労しているのにおかしいじゃないかという議論は、社会主義国であれば通用するモラルかもしれませんが、資本主義国であれば社員が過剰労働や労働基準法に反する業務を押し付けられていない限り、それは個々の会社の問題にすぎません。それをモラルの問題とするか否かは、それぞれの地域の文化の影響によるものです。

では、報酬を過小に報告していたことはどうでしょう。これは、確かに日本の法律には抵触するかもしれません。そして、日本という主権国家の中で、その国の法律に抵触する以上、それをおかした人物が処罰の対象となるのは仕方のないことです。しかし、カルロス・ゴーンはまだ有罪と決まったわけではありません。未決の段階で社会を騒がせたことで、取締役会で解任されるのは、日本のモラル文化の問題です。つまり、そこにも文化の問題が介在しているといえましょう。

そして、現在のマスコミの問題は、このモラルと法律の問題を同じ器に入れてかき混ぜ、個人が何か法的なリスクを背負ったときに、その個人や法人をモラルの上からも徹底して叩いてしまうことにあるのです。そして、一般の人々も、マスコミの報道に対して冷静かつ批判の目を持って接する姿勢が欠如しているようにも見えるのです。

日本に滞在しているある中国の友人が、中国には報道の自由がないことを嘆いていました。そして、三権分立が民主主義だけではなく、そこにマスコミというもう一つの監視の目がないことが中国社会の問題だと批判をしていました。
確かに、彼のいうことには一理があります。マスコミを含む4つの権力がお互いを監視することこそが民主主義の基本かもしれません。しかし、そこにもう一つ必要なことは、主権者である国民自身の監視の目です。この目がこなれていない場合、政治の場ではポピュリズムが横行し、マスコミも責任ある報道ができなくなります。

今回のカルロス・ゴーンの逮捕についていうならば、司法取引に応じた外国籍の人物の意図とその背景をしっかりと見極めることが重要です。同時に、ルノーの株主であるフランス政府とルノーとの関係、そこでのパワーバランスとフランス政府の自動車産業への思惑に対する視点をもった報道が必要です。具体的には、日産をいかに守ってゆくかという国家レベルでの戦略が必要なのです。
なぜ、ルノーではカルロス・ゴーンは役員として留任したのか。そして、そんなカルロス・ゴーンとフランス政府とは過去に経営を巡ってどのように対立していたのか。このあたりをしっかりと見つめてゆくには、まだマスコミ自体に情報がなさすぎるようにも思えます。

カルロス・ゴーンの功罪のみにスポットをあてて、日産をがんじがらめにしてしまうことは、以前東芝のスキャンダルによって、東芝が世界企業の生存競争の中で一人沈没していった状況と同様の結果を招きかねません。

日本は、官も民もこうした世界での生存競争の中でいかに戦略を研ぎ澄ましてゆくかというノウハウに、大きな瑕疵があるように思われます。
現在、グローバルに成長した企業は、その国の経済を左右する力を有しています。それは、政治の力をも凌ぐ影響力を有しているといっても過言ではありません。であれば、政治と経済、官と民との間にいまだに歴然とした上下関係がある日本の体質に、大きなメスをいれる必要があることはいうまでもありません。また、カルロス・ゴーンの逮捕によって、企業やベンチャーをリードして、未来社会に貢献する優秀な人材が、過剰な税金やコンプライアンスの鉄の鎖によって葬られないようなバランス感覚が必要です。

もし、カルロス・ゴーンが日本の法律を破っていれば、それは処罰の対象となるでしょう。しかし、ただ、彼の行為を叩き批判するだけでは何も起こりません。
彼の処罰という法的な問題と、日本の硬直した税制のあり方や税金の使い方、さらに企業家や起業家のモラルの問題とを同じ土俵で処断することは、グローバル経済の波にさらされる日本にとっては、決して良いことではないはずです。
今後のフランス政府の出方、ルノーの戦略を注視しながら、日本人にとっては苦手な果敢で迅速な対応が、我々に求められているのではないかと思われます。

(記事引用)

国外逃亡2018/12/22 アルゴリズム逃避
その延長線上の話しで、スノーデンやジュリアン・アサンジがもっとも得意とする分野で、そのリスクは常に命を狙われている、というタイトロープだ。2018/12/22

日産はゴーンを見捨て経産省を選んだのか
PRESIDENT Online2018年11月27日 09:15
■高額批判を恐れたという「動機」は説得力に乏しい
日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者が電撃的に逮捕されて1週間余り、公表している報酬以外に毎年10億円の報酬を得ていたとする報道や、海外での高級住宅の提供や家族の旅行費用の負担、果ては高給スポーツカー「GT‐R」の無償提供などさまざまな「私的流用疑惑」の報道がなされている。
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庶民感情を逆なでするには十分な話には違いないが、本当にそれを犯罪として立件できるのか、公判が維持できるのかとなると、首をひねる専門家が多い。

逮捕容疑は金融商品取引法違反の有価証券報告書虚偽記載罪。報酬として本来記載すべきものを意図的に隠して記載せず、報酬を過少に見せた、というものである。有価証券報告書(有報)には10億円を超すゴーン容疑者の報酬額が記載されており、高額批判を恐れて金額を誤魔化したという「動機」は説得力に乏しい。「絶対権力者」だったゴーン容疑者からすれば、20億円が高いと批判されても痛痒に感じなかったはずだ。

■会計専門家は「ゴーンは無実だ」と指摘している
案の定、東京地検特捜部の調べに対して「自らの報酬を有価証券報告書に少なく記載する意図はなかった」と容疑を否認している、と報道された。

また不記載だった「報酬」については、その後の報道で、「実際に受領した報酬」を隠していたわけではなく、退職後に別の名目で支払うことを「約束した金額」だった、という話も出てきた。契約した報酬を受け取るのが退任後だとしても契約書は毎年交わされているから、その年度の役員報酬として記載し開示する義務があった、というのだ。

だが、これをもって有報の虚偽記載だとする事には多くの専門家から疑問の声が上がった。さまざまな会計不正を批判してきた会計専門家の細野裕二氏は「そもそも会計人の眼から見れば、これは罪の要件を満たしていない」としてゴーンは無実だと指摘している。

有報虚偽記載罪はもともと粉飾決算を想定した罪で、誤った情報を信じて株式を売買した投資家が損失被害にあうのを防ぐことが目的だ。粉飾は利益を実態以上によく見せようとする「犯罪」だから、投資家保護の観点から許すことはできない大罪といえる。

■有報虚偽記載罪はあくまで「突破口」にすぎない
今回の逮捕容疑である報酬の未記載によって、果たして投資家を惑わし、実際に被害が発生したのか。しかも、逮捕して身柄を押さえるほどの重罪なのか、というと大いに疑問が残る。

あの東芝の巨額粉飾決算ですら、ひとりも逮捕者が出ていない中で、ゴーン容疑者と側近のグレッグ・ケリー容疑者だけが逮捕された。現職の企業トップをいきなり逮捕すれば、事業運営に多大な影響が出かねない。通常ならば任意での捜査を繰り返し、逮捕するとしても株価に影響の出ない週末に行うのが常道なはずだ。

そこで多くの専門家は有報虚偽記載罪はあくまで突破口だと考えている。朝日新聞の元記者で自動車業界に詳しい井上久男氏も、「もっと凄い話が入っていると見るべき」と指摘している。

安倍政権に近い財界人のひとりも、「あれは別件逮捕ですよ。脱税か特別背任が本筋でしょう」とみる。

■ヤメ検は「無罪」を主張せず、事件を「小さく」する
NHKの特別番組ではオランダに設立した日産自動車のペーパーカンパニーに、海外の高級住宅などを買わせていた“私的流用”が詳細に報道されていたが、社長宅や社用車の提供なら多くの日本企業が行っており、それを「犯罪」として断罪するのは簡単ではなさそうにみえる。日産の外国人専務が司法取引に応じてさまざまな社内証拠を特捜部に提出しているといい、今、表面に出ているものが本命ではなく、重大な背任行為などがこのペーパーカンパニーから今後明らかになってくるのかもしれない。

ゴーン容疑者の弁護人には東京地検特捜部長、最高検検事、東京地検次席検事、最高検公判部長などを歴任した大鶴基成氏が就いたという。まさに「大物ヤメ検弁護士」だが、これでひとつの「流れ」が推測できる。

通常、ヤメ検が事件を担当した場合、検察に真っ向から対決姿勢を取って「無罪」を主張するのではなく、事件を「小さく」する。ゴーン容疑者が有価証券虚偽記載罪を受け入れれば、執行猶予で収監されずに済むというシナリオだ。

■日産の日本人幹部による追い落とし計画だったのか
認めなければ特別背任や脱税といった「本丸」に突き進み、有罪になれば実刑判決もあり得る。世界を代表する経営者が一転して日本の刑務所に収監されるというのはゴーン容疑者本人にとっても耐えられない屈辱に違いない。

だが、かつて何度か取材した経験から言えば、「強気」のゴーン容疑者がすんなり有罪を認めるとは考えにくい。あくまで無罪を主張すれば、検察は「本丸」の疑惑追及に突き進むのだろう。

今回の逮捕を巡っては別の要因がある、との見方もある。ゴーン容疑者に対する社内調査と同時期に、ルノーによる日産統合の話が急浮上していた。大株主であるフランス政府がゴーン容疑者に圧力をかけ、日産を完全に統合する方向にもっていくよう求めていたという。

これまでは日産の独立性を守ることを掲げていたゴーン容疑者が、その圧力に屈し、日産と合併する方向に動き出したのが、日産の幹部を慌てさせたのではないか、というのだ。つまり、今回のゴーン容疑者の不正追及は、日産の日本人幹部による追い落とし計画だったのではないか、というわけだ。

■日産がここ半年、経産省に急接近していたのは間違いない
NHKの番組では、社内の不正追及をした監査役らのグループは、取締役会で不正と疑われる「重大な私的流用」疑惑について、取締役会での指摘は避け、いきなり特捜部に持ち込んだとしている。「取締役会で疑問をぶつければ、握りつぶされてしまう」としていたが、本来ならば、まずは取締役会で問題を追及し、不正を糺させるのが正攻法だ。やはり、初めからゴーン容疑者を退任に追い込むことが狙いで、半年以上前からの周到な準備があったとみることもできる。

メディアでは、日本政府や経済産業省がしかけた「陰謀説」まで登場しているが、政府主導というのには少々無理があるだろう。ただし、日産がここ半年、経産省に急接近していたのは間違いない。

日産は2018年6月の株主総会で、元経産官僚の豊田正和氏を社外取締役に選任した。1999年にルノーに救済を求めてゴーン容疑者がルノーから入り、改革に乗り出して以降、日本の経産省と日産の関係は一気に「疎遠」になった。一時は経産次官OBに「日産はもはや日本の会社ではありません」と吐露させるほど、役所の言うことをきかなくなっていた。それが大転換したのである。

■経産官僚「日産が大勝負に出ようとしていると感じた」
豊田氏は経済産業審議官の後、内閣官房参与などを経て、日本エネルギー経済研究所の理事長に就任。その後、キヤノン電子や村田製作所の社外取締役になっていた人物だ。その経産OBを日産は受け入れたのだ。「何か、日産が大勝負に出ようとしていると感じた」と経産官僚は言う。

西川廣人社長が、2017年の4月に共同CEO(最高経営責任者)兼副会長からCEO兼社長となり、ゴーン容疑者が日産のCEOから外れた(ルノーや三菱自動車、ルノー日産会社はその後も会長兼CEOだった)タイミングで、ルノーからの自立を模索する動きが始まっていたのかもしれない。それと、ゴーン容疑者の不正追及が一体のものなのかは、今の段階では分からない。

だが、会長を解任してゴーン容疑者がいなくなった日産を「救う」ために日本政府や財界が動き出す可能性は十分にある。ゴーン容疑者逮捕直後から安倍首相官邸に日産関係者が出入りし、財界首脳にもルノー・日産・三菱自動車のグループ全体を今後統括する「後任会長」を出すよう依頼が出ているとされる。

フランス政府やルノーはグループ全体のトップをルノーから出すよう求めてくるとみられるが、これに対抗する「日の丸連合」を作ろうということのようだ。

ゴーン氏の不正摘発が陰謀かどうかは別として、ルノーと日産の今後が、両国政府の懸案事項になることだけは間違いなさそうだ。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸 写真=時事通信フォト)
(記事引用)



日産 志賀取締役を任意聴取 不透明資金の実態解明へ 東京地検
NHK NEWSWEB
2018年11月21日 13時14分
日産自動車のカルロス・ゴーン会長が、金融商品取引法違反の疑いで逮捕された事件で、東京地検特捜部が日産のCOO=最高執行責任者を務めた志賀俊之取締役から任意で事情を聴いていることが分かりました。志賀取締役は、COOとしてゴーン会長を支えた経験があり、当時の社内の状況や不透明な資金の流れなどについて説明を求めたものとみられます。
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日産自動車の会長、カルロス・ゴーン容疑者(64)は、有価証券報告書にみずからの報酬を少なく記載していたとして、金融商品取引法違反の疑いで逮捕され、東京地検特捜部は、法人としての日産についても刑事責任を問う方向で検討しています。

関係者によりますと、特捜部は21日、5年前まで日産のCOO=最高執行責任者を務めていた志賀俊之取締役から任意で事情を聴いているということです。

志賀取締役は日産の日本人トップのCOOとして、ゴーン会長を支えた経験があり、21日正午ごろ、NHKの取材に対し「検察に呼ばれて来ました」と述べ、検察庁の庁舎に入りました。

特捜部は、当時の社内の状況や不透明な資金の流れなどについて説明を求めたものとみられます。

関係者によりますと、巨額のうその記載は、ともに逮捕された代表取締役のグレッグ・ケリー容疑者(62)が、ほかの執行役員に指示するなどして行われた疑いがあるということで、特捜部は今後、日産の西川廣人社長からも任意で事情を聴き、不透明な資金の流れの実態解明を進めるものとみられます。

日産「コメントできない」
東京地検特捜部が、日産のCOO=最高執行責任者を務めた志賀俊之取締役から任意で事情を聴いていることについて、日産自動車は「現時点でコメントできない」としています。
(記事引用)


日産、ゴーン容疑者姉へ資金…実態ない業務契約
読売新聞 2018年11月22日 6時0分

日産自動車代表取締役会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)の役員報酬を巡る有価証券報告書の虚偽記載事件に絡み、同社が2002年以降、ゴーン容疑者の姉と「アドバイザー業務」契約を結び、毎年10万ドル(現在のレートで約1120万円)前後を支払っていたことが関係者の話でわかった。東京地検特捜部は、姉に業務実態はなく、ゴーン容疑者が会社経費を私的な目的で不正に支出していたとみている。

 日産も社内調査でゴーン容疑者の姉に会社の資金が流れていた事実を把握。 西川 さいかわ広人社長も19日の記者会見で、ゴーン容疑者の不正行為として▽役員報酬の過少記載▽投資資金の私的流用▽経費の不正支出――の三つを挙げていた。姉との契約は、経費の不正支出に該当するとみられる。

 関係者によると、ゴーン容疑者が01年に同社の社長兼最高経営責任者(CEO)に就任すると、同社は翌02年、ゴーン容疑者の姉を同社のアドバイザーとする契約を締結。その後、姉がゴーン容疑者のアドバイザーを務める契約も結んだという。

 同社は契約に基づき、ゴーン容疑者の姉に給与と賞与合わせて年に10万ドル前後を支出していた。しかし、同社が内部通報を受けて調査したところ、姉は、同社が海外子会社を通じてブラジル・リオデジャネイロに購入した高級住宅に住みながら、その管理を任されており、アドバイザー業務の実績がないことが判明した。
(記事引用)











安田純平氏へのバッシング、いちジャーナリストとして思うこと
「知る権利」を言うばかりではなく 過去の仕事を調べてみた
安田 峰俊 プロフィール 記事2018年11月3日

最近、私はどうも心がザワザワしている。理由はまこと理不尽だ。複数のニュースアプリの通知で、下記のような文章が何度もスマホに送られてくるからである。
・解放された安田さん「地獄だった」
・安田さんに「自己責任」バッシング
さらにツイッターを開くと、この「安田」氏は「ジャーナリスト失格」だの「ウソツキ」だのと散々な言われぶりである。私はたまたま彼と同姓の同業者であるせいで、今回の安田氏の解放にあたり、彼の親族を除けば日本で最もビビっている安田となっている。

念のために確認すれば、私は中国ルポライターの安田峰俊(36)であり、昨今話題のフリージャーナリストの安田純平氏(44)とは面識も血縁関係もない(少なくとも「ひいひいじいさん」以降の縁者でないことは100%確実だ)。

また、同業者とはいえ、イスラム圏でのハードな戦場ジャーナリズムに身を浸す安田氏と、B級ネタも含めた中国関連記事を得意とする私に業務上の接点はない。後述する寄稿媒体を見ても、おそらく安田氏と私は仕事のスタンスも政治信条もかなり違う人だろうと思う。

なので、私は本件が起きるまで安田氏について「中東で拘束された人」以上のことはよく知らなかった。彼が立派なジャーナリストなのか、それともネットで叩かれている通りの怪しげな人なのかを、確信を持って判断できるだけの予備知識も持っていない。
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安田純平氏のツイッターには、心無いバッシングが殺到している。
さらに軽く調べてみても、安田氏に言及する大手メディアは「知る権利」がどうだといった大きな話が多く、具体的に彼の何がすごいのかの説明は少ない。対して彼を叩くネット世論や一部の識者には、ツイッターの本人発言の切り貼りやネット上のコピペを根拠にした印象論や、イデオロギーありきの主張が多いように見える。

本来、プロを評価する基準は、SNSのつぶやきや本人の属性(政治志向・社会的地位・経歴・家族関係・出自など)ではなく、本業の成果であるべきだ。だが、世間では彼が本業で何をしているかを具体的に示さないまま毀誉褒貶の議論だけが先走りしているため、私は彼をどう評価していいのかわからないのだ。

そこで本稿では、ひとまず安田氏が過去にどんな仕事をしていたかを調べた上で、彼への批判がどこまで的を射ているのかを考察してみることにした。

彼の経歴を精査する
まず、安田氏のプロフィールを簡単に確認しよう。彼は一橋大学卒業後に信濃毎日新聞に入社して6年間勤務した後、03年にフリージャーナリストになりイラクで取材を開始。04年春にイラクで現地武装勢力に拘束されていた日本人人質3人に続くように、イラク国内で別の武装勢力に拘束されたが4日で釈放されている。

帰国後、04年に『囚われのイラク』(現代人文社)、『誰が私を「人質」にしたのか』(PHP研究所)を刊行。その後もイスラム圏で取材を続け、2010年にイラクの軍事関連施設内での料理人としての就業生活を描いた『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(集英社新書)を刊行する。

やがて、内戦の勃発とともにシリアへ取材の舞台を移した後、2015年6月に行方不明。同年末に現地武装勢力に拘束されたことが明らかとなり、画像やビデオ映像が何度か公開されてから、今年(18年)10月23日に釈放が確認された――。とまあ、そういう経歴である。

フリー転身直後の03年8月、安田氏が『創』に寄稿した記事。表題の通りイラク戦争の取材のために信濃毎日新聞社を退社している(『創』03年8月号より)。

上記のWikipedia的な概要から抜け落ちた安田氏の仕事について、国会図書館のサイトで検索してみると、04年から15年にかけて、対談などを含めて『婦人公論』『週刊金曜日』『世界』『論座』などの商業媒体に寄稿された本人名義の記事が20本以上、『マスコミ市民』など地味な媒体での発表も含めれば30本以上が確認できた。中東関連の他のジャーナリストの著作の構成にも参加している。

ほか、12年8月11日付けの『報道特集』(TBS)で、安田氏が撮影した長尺の戦場映像「内戦のシリアに潜入した日本人ジャーナリスト」が放送されている。私がTBSの同番組担当者に尋ねてみたところ「自分の知る限り、いわゆる戦場ジャーナリストで安田氏の実力を疑う人はいない」とのことで、一線級の仕事として評価されていると見ていい。

彼はキャリアスタートの時点で新聞社に6年間勤務し、南アルプスのし尿処理問題や脳死肝移植問題などの調査報道に従事している。プロの記者として通用する水準の取材・執筆・撮影のノウハウは充分に身についていると考えるべきだろう。英語はもちろん、イラクでの料理人生活を通じてアラビア語もかなり話せるようだ。

安田氏について、ネットでは「自称ジャーナリスト」みたいに書かれる例があるが、経歴やスキルを見る限り、むしろ海外事情が専門の日本人ジャーナリストとしてはかなり優秀と見ていいだろう。付言すれば、日本には現地語がまったくできないのに中国通や韓国通として振る舞っている評論家やジャーナリストがいくらでもいる。

「拘束されすぎ」という批判に思うコト
また、ネットでは安田氏について「何度も拘束されすぎている」と書かれる例もある。これらを受けてか、保守系識者の間では嘉悦大教授の高橋洋一氏が「プロとしての準備の不足」、政治アナリストの渡瀬裕哉氏が「能力不足のジャーナリスト」、元大阪市長の橋下徹氏が「3回も行ってるんだからバカの上塗りと一緒」などと断じている。

だが、調べてみると安田氏が現地で武装勢力に拘束されて消息を断った例は、04年のイラクでの数日間と、今回のシリアの2件だけだ。

彼が他に被ったとされる数回の「拘束」は、イラク軍や地元の警察によるものである(しかもキャリア最初期の03年に集中している)。官憲による外国人の拘束は、拘束の長期化や身代金の要求、処刑などの深刻な事態に至る可能性が相対的に低く、何をやるかわからない武装勢力による拘束とは根本的な性質が異なる。

(ちなみに、海外取材で官憲による尋問やパスポートの一時没収は日常茶飯事だ。はばかりながら私自身も、覚えている限りで11年1月に雲南省で1回、14年3月に新疆ウイグル自治区ポスカム県で1日に4回ぐらい、15年5月に陝西省富平県で1回、中国の公安や武装警察に「プチ拘束」されている。陝西省の例については、近著の『さいはての中国』をご覧いただきたい)

中国陝西省富平県にある習近平の父・習仲勲の墓。私は外国人立入禁止のこの墓の敷地に入り、中国の公安に「拘束」されたことがある(『さいはての中国』72p参照)
武装勢力による拘束も、戦場ジャーナリストの間では珍しくない。例えば常岡浩介氏は過去にアフガニスタンとクルディスタンなどで現地武装勢力らに2〜3回以上拘束されており、後藤健二氏(故人)は15年にシリアでIS(イスラム国)に拘束・殺害されている。漫画家の西原理恵子氏の元夫の鴨志田穣氏やその師匠格の橋田信介氏も、90年代にカンボジアでポル・ポト派に拘束されている。

拘束どころか亡くなる例も多い。04年に橋田信介氏がイラクのバグダッド〜サマワ間を移動中に武装勢力に襲撃されて死亡、07年に長井健司氏がミャンマーの反政府デモの取材中に政府軍兵士らしき男から至近距離で撃たれて死亡しているほか、12年には山本美香氏がシリアで銃撃されて命を落としている。彼らはすべてベテランのフリージャーナリストだ。

「プロ」でも拘束や死亡のリスクあり
上記のそうそうたる顔ぶれを見れば、安田氏の拘束回数が特に多いわけでも、危機管理能力が他の同業者と比べて甚だしく欠如しているわけでもないのは明らかだろう。

なお、安田氏は今回の拘束直前の15年3月、対談記事「私たちはなぜ、戦場へ向かうのか」(『婦人公論』No.1420)で、イラク戦争のリポートで知られる綿井健陽氏、ISへの潜入取材歴を持つ横田徹氏と以下のようなやり取りをしている。

横田 目の前に爆弾が落ちたことがありました。僕も足を負傷していたんだけど、周りの人たちのケガがひど過ぎて、しばらく自分のケガには気がつかなかった。(略)

安田 自分は最近、防弾チョッキを新調しました。ヘルメット込みで10万円ぐらいのものを。現地の診療所でも簡単な治療ぐらいはしてくれるのですが、貴重な包帯を使わせるのも申し訳ない。防げるケガはなるべく防ぎたいと思って。

綿井 メディアの中では、民間の警備会社に委託するというケースもありますね(略)。安全を金で買うか、地域社会にそっと紛れこむか、どちらかを選ぶしかない。でもそれも結果論で、警備を付けたから狙われる、丸腰だから狙われるという両方の可能性がある。
現地の人が大量に誘拐されたり虐殺されたりしている場所を取材する戦場ジャーナリストは、たとえ一流のプロでもけっこう捕まるし殺されるのだ。実に恐ろしい話だが、彼らの業界では「よくあること」とも言えるのである。一般人(心情的には私自身もそうだ)の感覚としては「なんでそんなヤバイ場所に行くんだ?」という気もしてくる。

だが、平和な社会の常識からそのくらいかけ離れた怖い場所だからこそ、誰かが足を踏み入れて肌感覚の悲惨な現実を伝え、事態の解決を喚起する必要があるとも言える。小なるは中学生のイジメ問題から、大なるは特定民族の虐殺に至るまで、第三者に伝えられなかった悲劇は結果的に「起きていないこと」と同じにされてしまうからである。

次に安田氏の具体的な記事を見ていこう。安田氏の寄稿先は、はっきり言って左派やリベラル系の媒体が多い。
主著の『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』を出した集英社新書も、比較的、左派系のラインナップが多い新書レーベルだ。だが、媒体の政治的なポジションはさておき、実際の安田氏の原稿は例えば下記のような感じである。

“アクードさんもシーア派だが、フセインを強く支持していたようだ。「サダムが大勢のイラク人を殺したと米国は言うが、どこからか死体を運んできて、サダムが殺した、と写真を撮っているだけだ。遺族を名乗る人にも金を与えて泣かせ、撮影しているのだ」という主張は妄信的にも聞こえる。(略)”

“なぜ彼らがそこまでフセインを支持するのかは判然としなかったが、米軍への憎しみが募れば募るほど、こうした感情が膨らんでいく面はあるだろう。しかし、こうした感情が高まるほど、米軍は疑いを持ち、抑えつけようと躍起になっていく。各地で米兵襲撃が頻発していくにつれて、恐怖にかられた米兵はちょっとしたきっかけで引き金を引くようになり、新たな憎しみを生み出していく”

“(米軍に銃撃されて連れて行かれた10代の少年のうち)重症を負った少年の母親は、涙をぽろぽろとこぼしながら「息子に会いたい。いったいどこにいるのか知りたい。無事でいるのかどうか心配で仕方がない」と声をしぼり出すように言った。その晩、一帯の民家から銃を押収していった米軍は、その後もやってくることがあるが、少年たちの消息をたずねても「知らない」と突き放されるだけだという”
(04年1月付け『世界』722号「イラク再訪 米軍襲撃者捜索の続く街で」)
一見してわかるように、当事者への地道な取材がなされており、もちろん文章も商業レベルに達している。元新聞記者であるせいか文体がやや堅苦しく、前のめりで遊びがない感じもするのだが、例えば憲法9条の擁護やアベ政治批判といった「サヨクくさい」主張を前面に出して押し付けてくるような臭みはない。

『週刊金曜日』に寄稿された安田氏の原稿。記事分量いっぱいを使って現地事情を伝えており、息苦しくなるほど情報の密度が濃い。(『週刊金曜日』2014年7月18日号より)

もちろん、安田氏とて本人の思想信条と寄稿先媒体の「色」とは多少の親和性があることだろう(余談ながら私の寄稿が最も多いのは『SAPIO』と『週刊プレイボーイ』だ)。また対談記事や著書の一部分などでは、集団的自衛権の行使に懸念を示すような政治的な発言も多少はある。

ただ、仕事のコアである戦地の描写において、彼は個人の思想信条の表明を抑制して事実を伝える姿勢を取っている(これは11月2日におこなわれた本人の記者会見の中継を見ていても確認できた)。

米軍の駐留や自衛隊のイラク派遣の現状がこれでよいのか、シリア内戦をこのまま放置してよいのか、自分の見聞をそのまま提示して結論を読み手に考えさせるスタンスは、ジャーナリズムとしてまっとうなものだ。

なお私の経験上、中国の新疆ウイグル自治区やチベット人の居住地域に行くと中国政府に心の底から憤りを覚えるようになる。これと同様に、中東にディープに入り込んだ人が、現在の混乱の原因を作ったアメリカや19世紀以来の欧米中心主義に反感を覚えることも、人間の心の働きとして妥当なものであろうかと思う。

ナンセンスなこと
他にもネットでは安田氏に大量の批判が噴出している。いわく「身代金がテロリストの資金源になった」「救援に税金がかかった」といった批判だ。だが、これらもどうやらナンセンスである。

まず、テロリストは日本人がダメならば他国の人をさらって身代金商売をするだけであり、それならカネを払ってでも人命が助かったほうがいいという考えがある。だが、そもそもの話として、今回の安田氏については身代金が払われたか否かも不明だ。

少なくとも日本の税金が身代金に投入された可能性はかなり薄い。欧州諸国では政府が身代金を払ったり、アメとムチとあらゆるコネを通じて海千山千の交渉をおこなう国もあるのだが、日本政府はいずれも極めて消極的なことで有名なのだ。

ちなみに安田氏の04年のイラクでの拘束については、釈放にあたり外務省の関与はほぼゼロで、カネも動いていない。加えて言えば同年、先立って別の武装勢力に拘束されていた人質3人(活動家2人とフォトジャーナリスト1人)についても、身代金は一銭も払われておらず、帰国の航空券の費用も自己負担だったことが判明している。

今回、安田氏に対して明確に使われた「日本の税金」は、主に外務省職員の対応費用だろう。だが、そもそも自国民保護は国家の義務だ。そして「国家」という存在は、私たち国民の財産を収奪(徴税)する代わりに、公務員を通じて等しく公共サービスを提供する役割を持つ機関である。

そして日本国家の公共サービスは、仮に当人が「反日」的なイデオロギーの持ち主だろうと、事前に救援を拒否していようと、本人の納税額と提供するサービスのコストがまったく不釣り合いだろうと、そうした個別の事情とは関係なく国民全員に平等かつ機械的に提供されるシステムとなっている。

いずれにしても、海外で危機に陥った邦人の救援は(たとえ事件原因が「自己責任」的なものであっても)日本国の義務として当然に課されているものであり、外務省の正当な業務なので、そこで使われる税金は「無駄使い」とは言えない。

そもそも私たちの祖国・日本国は、開催が義務でもない東京オリンピックの関連事業に数兆円をぶちこみ、さらにクールジャパン事業に数百億円を使うほど気前良く税金を消費する国ではなかったか。自国民保護はこれらよりもずっと本質的な国家の仕事なのだから、その業務遂行にあたり相応のコストが投入されるのは当然のことだろう。

カッコ悪かったことはあるが
最後に安田氏の解放それ自体についての答え合わせをしておけば、今回の解放にはカタール政府の働きかけが大きかったとされている。

17年にサウジアラビアやUAE・エジプトなどから国交を断絶されたカタールは、現在はトルコに接近。最近の中東ではトルコ・カタール枢軸とサウジ枢軸が激しい対立を展開中だ。今年10月2日にイスタンブールのサウジ領事館内で、反体制サウジ人記者のジェマル・カショギ氏がサウジ当局に殺害された事件が政治問題化しているのもこうした背景によるものである。

トルコ・カタール両国は、安田氏を拘束していた武装勢力とコネを持っていたとされる。安田氏の唐突な解放は、国際的支持を求めるトルコ・カタール陣営が日本の歓心を買う目的で働きかけたとも言われており、それは現今の情勢を見る限りおそらく妥当な見立てだろう。

つまり安田氏の一件は、中東諸国のバランスゲームのなかでカタールの国益の観点からなされたもので、日本政府の意向とはあまり関係がなかった可能性がある。カタールは億単位のカネを支払ったという説もあるが、それは彼らが自国の都合でそうしたのであり、国際政治のカードに使われただけの(と見られる)安田氏を非難するのは筋違いかと思われる。

今回の件で、仮に安田氏の側に問題があったとすれば、以前にツイッターで外務省をディスっていたのに、最終的に多少は外務省のお世話になった点が「カッコ悪かった」くらいのことしかない(重ねて確認すれば、自国民であればカッコよい人もカッコ悪い人も保護するのが国家の義務である)。

だが、そうしたことは決して安田氏の過去の仕事の価値やジャーナリストとしての評価を減じるものではないし、日本人による戦場報道の意義を毀損するものでもないだろう。

別に安田氏と同姓だから贔屓をするわけではないが、自分で調べてみた限り、私はそのように結論付けるよりほかはないと思うのである。

11月26日(月)19時30分より、ノンフィクションライターの石戸諭氏と安田浩一氏によるトークライブ『ウェブ発ルポルタージュの可能性』を開催します。詳しくは以下のリンク先をご覧ください。https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58129

(記事引用)

※まったくの他人が悪意の意図もなく第三者として冷静にプロフィールを調べ掲載した姿勢は稀なことだとおもう。

何でかんでも批判野党のようなネット意見はすでに食傷していて、読む気にもならない状況で、この記事は大いに価値がある。
(談)


関連記事
拘束していたのは同一の組織?複数の組織を転々と?安田純平さんの解放に残る謎 2018年11月5日 12時10分 AbemaTIMES
イギリスのNGO「シリア人権監視団」は、「カタールが身代金300万ドルを支払った。カタールが人質解放で貢献しているという宣伝のためだ」と指摘しており、ネットでは「テロリストに払った身代金、俺たちの税金な。お前全部払えよ」「お前の解放なんかに金使うくらいなら震災で困ってる人たちに回して欲しい」といった"決めつけ批判"も巻き起こっている。
(記事引用)








カショギ氏殺害と岡口基一裁判官への戒告が暗示する「暗い未来」
2018.10.29 (記事) 菅野完
言いたいことを封殺される世の中が行き着く先
 年をとったからか、どうも最近、子供の頃のことばかり思い出して仕方ない。

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 父母が仕事で忙しかったため、昼間は家に祖父母がいた。学校で嫌なことがあったり先生に叱られたりして家に帰った後もモジモジしていると、祖父は決まって、こう言った。「なんかあったんか?言いたいこと言わんと、体に溜まって、熱出るぞ」と。

 大人になってこんな商売をしているのは、子供の時に聞いたこの祖父の言葉が影響しているのかもしれない。言いたいことを言いたいように言う。しかも自分の言いたいことを言葉にすることで、熱が出ないどころか、お金を頂戴しているわけで、誠にありがたい。

 だが、世の中には言いたいことを言いたいように言えない人がいる。言いたいことを言ったがために懲戒処分を食らったり、果ては命を奪われさえもする。


 トルコのサウジアラビア総領事館に入ったきり消息を絶ったジャマル・カショギ氏は、近年米国に拠点を移し、ワシントン・ポストで評論記事を書くようになっていた。

 彼の書いた記事を何本か読んだが、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が進める国内改革や、サウジのイエメン軍事介入などへの批判の舌鋒は実に鋭い。これがサウジ当局の逆鱗に触れ、一部では「総領事館の一室で、生きたまま首を切り落とされた」との報道があるほど、恐らくは残忍な方法で殺害されたと推測されている。


言いたいことが言えない人は日本にもいる。ツイッターでの投稿を問題視され、戒告処分を受けた東京高裁の岡口基一裁判官だ。拾われた犬の所有権が元の飼い主と拾った人のどちらにあるかが争われた裁判に関して岡口裁判官が「この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しながら」などと投稿した内容が「揶揄するような表現で当事者を一方的に批判し、傷つけた」として懲戒となった。裁判官の法廷外での言動が懲戒の対象となるとは、

 しかも、その理由が「傷つけた」などという曖昧なものとは、納得しがたい話だ。しかも裁判官という職業は、憲法で、自身の良心と法のみに拘束される高い独立性が保証された職業。どう考えてもこの懲戒処分は「言論弾圧そのもの」としか評しようがあるまい。

 基本的人権の中でも、言論の自由は、その言論が社会的不公正を惹起するものでもない限り、もっとも尊重されるべき自由であるはずだ。しかしカショギ氏にせよ岡口裁判官にせよ、その自由はいとも簡単に、そして実にくだらない理由で制限されてしまう時がある。その都度、大きな声で「言論の自由を守れ」と大真面目に抗議しなければならない。

 その努力を惜しんだが最後、みんながみんな、「言いたいことを溜め込んで、熱が出る」という、悲惨な結果が待ち受けているに違いない。

【菅野完】
1974年、奈良県生まれ。サラリーマンのかたわら、執筆活動を開始。2015年に退職し、「ハーバービジネスオンライン」にて日本会議の淵源を探る「草の根保守の蠢動」を連載。同連載をまとめた『日本会議の研究』(扶桑社新書)が第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞を受賞。最近、どこよりも早く森友問題の情報を提供するメルマガが話題(https://sugano.shop/)

― なんでこんなにアホなのか ―

菅野完
(記事引用)







記者殺害で「サウジ石油相」が「ロシア」に語った中身 - 岩瀬昇
新潮社フォーサイト2018年10月24日 15:49
 引き続き「ハーショクジー(日本語ではカショギとの発音表記多し)事件」が石油市場に与える影響に関するニュースである。
 2018年10月22日の午後2時ごろ、ロシアの国営通信である『タス通信』がサウジアラビア(以下サウジ)のハーリド・アル・ファーリハ・エネルギー相とのインタビュー記事を掲載していた。「Saudi energy minister Al-Falih speaks to TASS on OPEC+, oil prices and Khashoggi」と題したものである。

 話題はきわめて広範にわたっているが、ストレートな、的を射た質問がなされており、ファーリハ大臣も真摯に、率直に応えている。非常に面白く、読み応えがある。

 だが、あまりに長いので、どうやって読者の皆さんに紹介しようか迷っていたら、『フィナンシャル・タイムズ』(FT)のDavid Sheppardが「ハーショクジー事件」に絞った記事を同日の午後4時ごろ掲載していた。

 そこで、『タス通信』の記事の中から、FTが書いていないポイントをいくつか列挙し、その上でFTの記事の要点を紹介しておこう。

『タス通信』の記事の中で興味深いのは、次の諸点である。

 まず「OPEC+」と表現している、OPEC(石油輸出国機構)とロシアを代表とする非OPEC産油国との協調関係の恒久化についてである。

 ファーリハ大臣は、サウジとロシアが主導権を発揮し、石油市場を安定的に運営するために、いつでも、必要なときに、効果のある増産・減産ができる仕組みにしたい、として、12月の次回会合(OPEC総会およびその後の協調減産参加国の会合)で何らかの合意を得たい、としている。現在の「協調減産」は、年末で期限切れとなる。また、今はOPEC事務局が実務を担当しているが、OPEC+としての恒久的事務局を創設したい、とも。

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 次に、余剰生産能力については、サウジが130万BD(バレル/日量)、UAE(アラブ首長国連邦)が20万BDだとし、他の国は分からないが、生産能力を拡大している国としてカザフスタン、ブラジルと米国のシェールを挙げている。そして、FT記事でも触れているが、余剰生産能力を拡大するのに、100万BDあたり200~300億ドルの投資が必要なのだ、と強調している。

 さらに、「サウジアラムコ」の上場延期問題については、これまでの「公式説明」に終始している。すなわち「サウジアラムコ」を強靭化するために、下流部門(石油業界では、探鉱開発を上流部門と言い、精製販売=石油化学を含む=を下流部門と呼ぶ)の拡充が必須で、とくに今後旺盛な需要が期待される石油化学を主軸とする「SABIC(サウジ基礎産業公社)」の合併は重要なのだ、と。

 また、ロシアへの進出については、「ヤマルLNGプロジェクト」に次ぐ「Arctic LNG」へ主要株主として参加したい、サウジ側の意思決定は済んでいる、とまで言い切っているのが注目された。

 さて、FTの記事であるが、ハーショクジー事件が石油市場に与える影響について記載した本欄「『サウジ記者殺害』で危惧される『原油価格』動向の『世界最大油田会社トップ』見通し」(2018年10月22日)の中で、筆者は次のように予測しておいた。

「一部には、米国の『制裁』(するかしないかを含め、未だ内容は未確定)にサウジが反発し、『石油を武器とする政策』(原油減産、米国への禁輸など)を採用することにより、1970年代の『オイルショック』に似た大混乱が起こるという見方もあるが、おそらくそうはならないだろう。

 筆者がそう判断する理由は次のとおりだ。(以下、略)」

 ファーリハ大臣は、『タス通信』とのインタビューにおいて、筆者のこの見方を裏付けた発言をしている。

 もちろん、「衝動的な」ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が、垣根を乗り越えて「政治介入」してくる可能性を完全には否定できないが、おそらく「最悪のシナリオ」は避けられるのではなかろうか。

 では、「Saudis have ‘no intention’ of using oil as leverage in Khashoggi case」と題したFT記事の要点を次のとおり紹介しておこう。ちなみにサブタイトルは「Energy minister says crude production is ‘isolated’ from politics」となっている。

「世界がサウジを支持することが非常に重要だ」
■サウジのエネルギー相は、1100万BD近くまで増産することになるだろう、と語り、ジャーナリスト、ジャマール・ハーショクジー氏の死去をめぐり、国際的な政治圧力を受けていることに対抗して、世界最大の原油輸出国としての立場を使う「意図はない」ことを示した。

■ファーリハ大臣は、ロシアの国営通信社『タス通信』とのインタビューで、「サウジは責任ある行動を取る国であり、長いあいだ石油政策を責任ある経済上の道具(tool)として使用しており、政治(politics)からは切り離している」と語った。「だから、トルコにおけるサウジ国籍の人の問題を含め、世界が政治危機に賢明に対応することを期待しようではないか。そして、我々は政治および経済の最前線で賢明に対応するのだ」と。

■大臣のこのコメントは、今月初めに米国を本拠とするサウジ国民が、在トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館内で殺害されたことをサウジが認めたことにより、制裁を受けた場合、(報復措置として)減産するのではないだろうかという、市場における恐れ(fear)に対してなされたものだ。8日前に、世界経済に占めるサウジの重要性について語ったサウジ高官の発言は、石油供給に対する紛れもない脅し(thinly veiled threat)だと広く解釈されており、1970年代の石油禁輸の記憶を呼び起こしていた。しかしながら、「ヨム・キプール(贖罪の日)戦争」(第4次中東戦争)において、イスラエルを支持した西側諸国に対して、1973年にアラブ諸国が行った禁輸にサウジが参加したときの、いわゆる武器としての石油をふたたび使用するのだろうか、と直接聞かれ、ファーリハ大臣は「その意図はない」と答えた。

■ファーリハ大臣は、しかしながら、米国がイランに対する制裁を再導入するのに先立ち、この4年間で最高値の86ドル近くまで上昇している石油市場を落ち着かせるために、増産をしているサウジの努力は「評価され、支持されるべきだ」と警告した。一方で大臣は、余剰生産能力が減少しているので、もしより多くの生産カットがなされた場合、100ドルに急上昇するのを止めるということをサウジは保証できない、とも語った。

■ファーリハ大臣は、サウジはこの春からすでに1070万BDまで70万BD以上も増産しており、さらに増産し続けるつもりだ、と語った。だが、世界全体の余剰生産能力は需要の2%以下の約150万BDにまで減少している。

■「サウジは着実に増産し、近い将来、1100万BDにまで増加するだろう、ということを強調することは重要なことだ」と述べた。「もし必要なら、1200万BDまで増産することは可能だ、と言うことはできる。これは保証できる。だが、300万BDの供給が失われたら、我々はカバーすることはできない。だから、石油の埋蔵量を使わなければならないだろう(筆者注:1200万BDで余剰生産能力は喪失し、それ以上増やすためには新たな投資、開発が必要、ということか?)。だが、世界がサウジを支持することが非常に重要だ。なぜなら、サウジだけが余剰生産能力を維持するために巨額の投資を続けているからだ」と。

■ファーリハ大臣は、サウジの生産能力を1300万BDにまで引き上げたいと思っているが、そのためには200~300億ドルの投資が必要になる、と語った。

■サウジとロシアは、価格を抑えて欲しいというドナルド・トランプ米大統領の要求に応えることも一因として、増産してきている。ハーショクジー氏の死去をめぐって、西側諸国の首脳たちが本件に関するサウジの説明に疑いを持っている中、米国とサウジの緊張関係は高まっている。(岩瀬 昇)
(記事引用)


「サウジ記者殺害」で危惧される「原油価格」動向の「世界最大油田会社トップ」見通し - 岩瀬昇
新潮社フォーサイト 2018年10月24日 












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