参加ブログ http://blog.livedoor.jp/raki333-deciracorajp/...... http://blog.livedoor.jp/raki333/ http://blog.livedoor.com/top

ハーバード「マイケル・サンデル」教授の課外授業
マイケルサンデル氏の話しは(2013.1.5)のもので、現行を考えれは記事のニュース鮮度は落ちる。

アメリカはいまトランプ大統領一色に染まっており、その当時、もちろんトランプのトの字も出てこない。
そこで考えられるのは、教授にいまのトランプ大統領について「マイケル・サンデル教授トランプを語る!」と題して日本のNHKテレビが番組を組まないか、と、おもったがすでにそれはやっていた。
※個人サイトで詳しく紹介「ののさんのハーバード絵日記」
ハーバード白熱授業のマイケル・サンデル教授、トランプ時代を語る
February 23, 2017 15:37

ことのほか日本はこのサンデル教授が好きで、わざわざ「ハーバードの街」、マサチューセッツ州ケンブリッジまで出かけて行って番組収録するくらいだから、相当好きなんだろう。なにを隠そう私もその1人。

この記事を書く前に、いろいろ記事をネット検索していた。その中に、クルーグマン教授「本当のトランプショックはこれから始まる」ノーベル賞経済学者が答える 2017.3.22プレジデント(http://president.jp/articles/-/21624)にしようと思ったが、内容が余りに具体的(当然といえは当然)で、明日にでも世界大恐慌が起きそうな気配を感じたのでやめにした。

よくよく考えて見れば世界を知るには、まずアメリカを知る必要がある、という結果に至ったことは、いまも「明治維新」時代もまったく同じだったと、ひとり苦笑した。

そのアメリカに世界があらゆる点で戦々恐々としている。検索記事の中のクルーグマン教授の予測を見る限り、決してよい方向には向かわない事柄が大半を占める。話し半分としてもノーベル賞学者の見立てだし、ましてや当事国アメリカ自身国の意見としてその説得力を信じてもいい。

一昨日に、このサイトでトランプ氏の知恵袋シンクタンクとも云うべき、バノン氏の黒い影として記事を書いている。それもなかなか信頼できる引用記事で、それを読んでみると、アメリカ政治の現行が理解できるし、トランプ大統領、すなわちそのシナリオライター(ゴーストではなく正真正銘ライター)としての「バノン」思想が垣間見える。
そんなことを加味してクルーグマン教授の見立てを読んでみると、そのバノン思想については触れていないので、どうなんだろうかという疑問符が拭えなかった。

いずれにせよ「TPP」離脱、さらにトランプ米大統領が地球温暖化対策の新枠組み「パリ協定」からの離脱2017/06/02 -を決めたことは、世界の足並みを率先して乱したことであり、一国の利益のみ守るという利己的な政治手法は世界から反発を買っている。また世界的企業グーグルのヨーロッパでの独占的市場に対して制裁を課したこともその現れだ。

※欧州連合(EU)は27日、独占禁止法違反で米グーグル(Google)に約24億ユーロ(約3000億円)という過去最高額の罰金を科すと発表した。グーグルにとって新たに大きな痛手となるとともに、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領を激怒させる一因となりそうだ。(AFP=時事)

このような小競り合いは、放っておくといずれ回避不能の大事に至ることは歴史が語っている。
img_183433311f581ce38b789a22755c8f1568361
本物の幸せ哲学「共通善」の話をしよう 
−「マイケル・サンデル」特別インタビュー
政治・社会 2013.1.5 PRESIDENT  2011年1月17日号
欧州を彷彿とさせるレンガ色の校舎と石畳の小道。「ハーバードの街」、マサチューセッツ州ケンブリッジには、自由と権威が共存する独特な雰囲気が漂う。

なかでも、ひときわ強烈なオーラを放っているのが、同大学のサンダーズシアターだ。のべ1万4000人が履修した、マイケル・サンデル教授の名講義「正義」の舞台である。サンデル教授は、難解で抽象的な思考を身近な問題に置き換えることで政治哲学への関心をかき立てる手法で広く知られている。

「能力は、多くが生まれ持った条件で決まる。とすれば、マイケル・ジョーダンの高額報酬は正当といえるのか――」

10年11月のある日。スーツに身を包んだ教授がシアターの壇上に軽やかに登場すると、学生の間から拍手がわき起こった。

「アリストテレスは、政治とは、より高邁な理想を追求し、市民にコモングッズ(共通善)を考える機会を与え、意義ある生活を提供することだと論じている。みんなはどう思うだろう。異論のある人、前に出て。マイクを回そう」

教授の講義が、同大学で史上最多の履修生を集めた理由は、こうした学生との対話型の講義形式にあるのだろう。講義のなかでは、賛否両論の議論が取り上げられ、ひとつの結論を押しつけることはない。たとえば、サンデル教授は、功利主義を鋭く批判することで論壇の中心にいた政治哲学者ジョン・ロールズを、功利主義とは異なる「共通善」の概念を用いて再批判し、脚光を浴びた。だが、授業のなかでは、ロールズの唱えたリベラリズム(自由主義)も、サンデル教授の唱えるコミュニタリアニズム(共同体主義)も、公平に論じられる。

今回の取材では、学問上のライバルだったロールズとの親交について、メディアにはじめて口を開いた。いま注目の「サンデル哲学」の原点とは――。

【マイケル・サンデル】まだ20代のころのことだ。英オックスフォード大学大学院の留学から戻り、准教授としてハーバード大にやってきたとき、同大学で長く教鞭を執っていたロールズに初めて出会った。

私は、オックスフォードで、ロールズを厳しく批判する論文を書き、学会の注目を集めていた。その論文は、のちに、私の1冊目の著書『リベラリズムと正義の限界』(勁草書房)にまとめた。

ハーバード大学教授 マイケル・サンデル氏
執筆時は、ロールズとの面識はなかった。そこで、私の赴任を知った友人の学者が、ロールズに私のことを一報した。ハーバードに到着して間もなく、研究室の電話が鳴った。受話器を取ると、「ジョン・ロールズですが」という声が耳に飛び込んできた。電話口の男は、「R−A−W−L−S」と、ラストネームのスペルまで読み上げた。もちろん、この私が、彼だと気づかないはずがない。ロールズは、私をランチに誘ってくれた。以来、私たちは、折に触れて意見交換の場を持ち、お互いの主張に耳を傾け合った。

確か2000年前後だったと思う。学期の終わりごろ、「正義」の最終講義を聴講しないかと、ロールズに声をかけた。議論を挑むためではない。彼は、議論好きなタイプではなかった。非常に物腰が柔らかく、静かで、シャイといってもいいくらいの人物だった。とはいえ、講義の最中、われわれは、正義と政治的リベラリズムについて意見を交わし、ロールズも、満足した様子だった。何人かの学生からの質問に丁寧に応え、テキストへのサインまで申し出てくれた。とても楽しいひと時だった。それからしばらくして彼は他界した。私たち2人は、最後まで、いい関係を保っていた。ロールズは、とても優しい人だった。

私が講義で試みるのは、学生に賛否両論を学ぶ機会を与えることだ。
今日の授業では、アリストテレスの政治と法の役割について議論した。ある学生は、「政治は、経済成長ばかりを問題にするのではなく、目指すべき国家のモデルや人間のあり方など、より高い次元の議論をするべきだ」と主張した。聴講生全員に賛否を問うと、45%の学生は、「ノー」を突きつけた。「いや、それは危険だ。政治や法が、個人の人格や徳にかかわると、少数派に多数派のモラルや価値を押し付け、圧政につながりかねない」と。

私個人としては、現代政治は、国内総生産(GDP)や個人消費ばかりに腐心し、より大切なものを忘れているように思う。だが、コースの最終段階まで、それは明かさない。学生たちがさまざまな意見に耳を傾け、議論を重ねていくことが非常に重要だからだ。

日韓で社会現象も、米国では「旋風」起きず

拙著『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)が、日本や韓国でベストセラーになっていると聞く。なぜそれほどまでに支持されているのか――。10年8月、東京大学での講義のために来日したときにも、行く先々で、その質問をぶつけられた。そのたびに、私はこう答えた。

「その理由を探るためにここにいるのです」

日本や韓国で、私の本が社会現象ともいえるほど大きな支持を受けているのは、アジアにおけるモラルの揺らぎを反映しているのではないかという声も耳にする。だが、私はそうは思わない。

実際、日本での滞在を通して感じたのは、価値や倫理をめぐる大きな問いかけについて考えたい、といった渇望が社会にあふれているようにみえることだ。考えを押しつけるのではなく、深い思考へといざなう本への渇望、である。
日々の人生をどう生きるべきか、政治をどう行うべきか、法とはどうあるべきか、公正とは何か――。そういった手ごわい、だが重要な問いかけに挑戦したい、といった大いなる欲求だ。

また、倫理や正義に関する大がかりな問いかけについて、みんなで意見を戦わせたいという渇望がみなぎっている、という印象も持った。日本の人々が、他の意見を尊重しながら闊達な議論を交わすことに知的興奮やエネルギー、刺激を感じていることは、東京大学での講義からも明らかだ。

実は、当初、日本人は「控えめでシャイすぎるため、米国でのように活発な反応は期待できない」という助言を数多くもらった。その言葉を信じはしなかったが、内心、少し気をもんでいた。

そこで、講義を始めるに当たって、まず聴衆にこの質問をぶつけてみたところ、「ノー! 議論がしたい。みんなで意見を戦わせたいんだ」という答えが返ってきた。講義は、その言葉どおりになった。挙手も絶えることがなく、意見が縦横無尽に飛び交った。他者の意見を尊重しつつも、厳しい反論が行われ、次々と質問が浴びせられた。ああ、日本の人たちも、活発で中身の濃い議論の場を希求しているのだ、と感じたものだ。

米国でも、原書『Justice: What's the Right Thing to Do?』はベストセラーリストに入ったが、日本における「フィーバー」とは違うように思う。

出版社も私自身も、まさか哲学書が「ニューヨーク・タイムズ」紙のベストセラーリストに入るとは予想していなかっただけに、実に驚き、わくわくしたものだが、米国では、(こうした知的な哲学書に)フィーバーは起こりにくい。知識人や哲学者よりも、ロックミュージシャンやハリウッドスターのほうが容易に注目を集め、旋風を巻き起こせるお国柄なのだ。アメリカのポップカルチャーが、社会の性質にも影響を及ぼしているのだろう。

たとえば、知性を重んじ、知らないことを「恥」とする日本文化に対し、米国では、「無知」を恥とせず、抽象的な思考を時間のムダと考えがちだ、という指摘も耳にする。この分析には、一理あるだろう。米国文化が、伝統的に、知的なものよりも「実践的」なものにベクトルが向いているのは確かだ。とりわけ哲学となると、他の多くの国々に比べ、なおさら関心が薄い。こうした傾向は、大昔から米国社会に脈々と流れているものだ。1830年代の米国政治について分析した政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルは、著書『アメリカのデモクラシー』で、こう指摘している。

「アメリカという国は、哲学的なことにはほとんど時間を割かない合理的な人々の集まりだ」

実践的で、「サクセス」への志向が強く、とりわけ経済的成功を重視する。実践的(プラグマティック)なものに比べて、哲学や知的な事柄には関心を示さない文化。それが米国社会の傾向であり、それは建国当初から変わっていない。

「ひとつのアメリカ」を訴えたオバマ大統領でさえ、ロースクールの教壇に立っていたという経歴から、「知的すぎて一部の国民とコネクトできない」という批判を受けている。他国に比べ、米国社会は、「知的すぎること」を問題視する傾向がある。

人生に意味を与える「伝統」は尊重すべき

数年前、日本で講義した際には、私の唱える「コミュニタリアニズム」に対し、アジアの集団主義という悪い部分を正当化しているという批判も受けた。私は、「共同体(コミュニティー)の価値を無条件で受け入れるべきだ」とか「階層的で権威主義的な伝統に従うべきだ」と主張しているわけではない。(家父長制や専業主婦などの)階層構造が、伝統の名の下で、たとえば女性の権利を否定しているとしよう。私は、その伝統を受け入れるべきだ、などとは決して思わない。
私が唱えているのは、コミュニティーや市民としての義務、市民間の相互責任に重きを置き、道理にかなった問いかけや議論を展開すべきだということである。市民が共通善を目指し、人生に意味を与えてくれるような伝統を真剣にとらえるべきだ、と言っているのだ。それがコミュニタリアニズムである。

健全なコミュニティーにとって、道理にかなった議論はきわめて重要だ。しかし、たとえば米国政治の世界では、議会や公聴会といった「熟議」の場が「ロビー活動」の場と化しつつある。議論や異論、論争があふれるなか、人と「やり合う」ことに血道を上げる姿が目立つ。

医療保険制度改革をめぐる論議が好例だ。反論や怒号が飛び交い、人の意見に耳を貸さず、相手を尊重しない。

米国人は、議論の仕方を向上させる必要がある。お互いを侮辱し合ったり、責め立てたりと、討論の質が低く、中身がお粗末すぎる。

オバマ大統領は、選挙戦で見せた「教育者」としての指導的役割をいま一度取り戻し、大きな道徳的問いかけをめぐる議論に市民を取り込んでいくべきだ。民主主義社会で効果的に指導力を発揮するには、そうした市民教育が欠かせない。

政治の世界で健全な「熟議」が機能するためには、いくつもの関門がある。
まず、議会レベルでの改革が必要だ。ロビー活動や特殊利益団体、マネーの影響力が弱まるように議会をチェンジしていかねばならない。だが、それだけでは不十分だ。

もうひとつのチェンジは、マスコミ改革である。政治家は、報道や公開討論の結果、世論がどう動いているかを注視している。メディアは、市民の問いかけに対して、真剣な議論の機会を提供し、政治家にプレッシャーを与えなくてはいけない。しかし、米国のメディアは、著名人の動向や醜聞といったセンセーショナリズムに執着しすぎている。

マスコミ改革のためには、視聴者である市民が、真剣な熟議の場を求めていることをメディアに感じさせる必要がある。たとえば、批判的な視点を持ち、理性的な討論の場を求める市民を生み出すよう、教育システムを変革するのだ。まず、大学が市民教育の機会を提供することが重要だと思う。

いずれにしろ、「共通善」を目指した討論の場を増やすことが必要だ。政府やメディア、高等教育機関の改革に加え、労働組合や社会運動団体、環境グループ、女性の権利団体など、市民社会レベルでの協調を進め、市民の声をくみ上げていく仕組みづくりが大切である。

なぜチリ鉱山事故に世界中が注目したか
私は講義や著作を通して、法や政治をめぐる大がかりで抽象的な問いかけを、具体的なヒューマンストーリーに置き換え、読者に理解してもらおうと心がけた。最近、起きた事例のなかで、共通する要素が多いのがチリの鉱山落盤事故だ。

10年8月にチリのサンホセ鉱山で起きた大規模な落盤事故では、地下634メートルに33人の作業員が閉じ込められ、70日後に全員が救出された。この事故が、なぜ世界の人々の心をわしづかみにしたのだろうか――。
私が自らの講義で取り上げるとすれば、鉱山労働者の安全をめぐる抽象的問題に焦点をあてるだろう。鉱山の安全規則とはどうあるべきか、雇用主はいくら払うべきか……。だが、閉じ込められた作業員に注がれた人間的な関心の前には、こうした問題などかき消され、ほとんど話題にも上らなかった。労働者の安全という抽象的な問いかけが、すべての人が理解できる人間的な、感情的なレベルに落とし込まれたのだ。

実際、生身の人間がそこでもがき苦しんでいるとき、人々は、もっと具体的な形で、その事象を理解しようとするものである。自分が、または愛する人が鉱山に閉じ込められたら、どうなるか。誰もが、わが身に置き換えて問題をとらえようとする。

そうした人々の関心や心配を、もっと大きな問題へと高め、社会正義や労働者の安全に対する責任など、より広範な問いかけへと結びつけるのは容易ではない。理想的には、政治家が、その役目を担い、今回のような非常にドラマチックで人間的な経験を大きな問題へと関連づけていくべきだと思う。「共通善」の政治には、そうしたプロセスが欠かせない。

最後に日本について触れたい。議論の仕方や人の意見の聞き方など、日本から学ぶものは多い。最近の問題では、経済格差については、米国は日本の報酬慣行を見習うべきだと思う。
ウォール街が隆盛を極めた00年代前半には、米国流がベストのはずだ、という認識が流布していた。米大企業の最高経営責任者(CEO)は、一般社員の350〜400倍の報酬をもらっている。つまり、1日で、一般社員の年収を稼ぐわけだ。

金融危機を経て、ウォール街でも、共通善への貢献度に見合わないゆきすぎた巨額報酬に、何かしらの制限を設けるべきだとの議論が起きている。だが、危機の記憶が薄れるにつれ、また元のパターンに戻る危険がある。

一方、日本の報酬慣行は、格差が少ない点で、米国方式より優れたものだと思う。米国は、バンカーやヘッジファンドマネジャーなどが享受する極端な報酬格差を是正することで、より健全な経済と社会を生み出すことができるはずだ。金融危機が、米国の報酬モデルに大きな疑問の楔を打ち込むことを願っている。

こうした問題については、人によって考えも様々だろう。これは一例にすぎない。繰り返しになるが、重要なことは、こうした問題を議論することだ。読者の1人ひとりが深い思考を試みることが、よりよい社会をつくるための「共通善」を育むことになるのだ。

※すべて雑誌掲載当時

ハーバード大学教授 マイケル・サンデル 
1953年生まれ。ハーバード大学教授。専門は政治哲学。同大での講義「Justice(正義)」を収録したテレビ番組「ハーバード白熱教室」は世界各国で放送され、話題を集めた。著書に『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)など。
(肥田美佐子=取材・構成 Chensiyuan(Sanders Theatre Harvard University)=撮影)
(記事2013.1.5日付引用)

関連記事
http://blog.livedoor.jp/raki333-deciracorajp/archives/71206176.html




images


(♪ プロダクトキー267)





















巨大隕石衝突と同じくらいの衝撃
6月15日に放送されたテレビ、「地球を守る見えざる盾 磁場消滅の脅威」NHKコズミックフロント☆NEXT、の録画をみて思ったこと。

地球磁場の、北極南極の+−の極の逆転、という話は、よく耳にする宇宙の地球現象の一つだが、それはマジックのように単に極が自動的に入れ替わる、と単純に考えていたが、そのテレビをみて驚異的な影響を人類にもたらす事態の深刻さにおどろた。

否、驚いたですまない、人類生物絶滅の危機をもたらす宇宙現象だ。研究者の間では詳細なデータと、その後の研究でかなりの精度で、その逆転がある、ということは確定的だという。問題は、その逆転の前段階で磁場が消えてしまうという脅威だという。
磁場、すなわち磁石のNとSの見えない力、はたまた電気を起こすのに必要な磁力であり、それがないと、あらゆる物理現象が否定されてしまう。

もっとも重要な地球の営みのダメージは、一時も休むことのない銀河太陽宇宙線放射線の防御壁がなくなり、直接、その破壊力を受けるという計算だ。生物生命人体もさることながら、通信インフラが機能しない、車その他の車両、それを制御するシステムが稼動しない。ということは地球規模の全部の機能が止まってしまうということであり、それは人類戦争の脅威どころではなく「会話」が成り立たないと、全体が一気に混沌状態となることを示唆する。

そのメガ脅威のネタはほかにもいろいろあり、たとえばユカタン半島の巨大隕石衝突で地球が寒冷化したとか、話しには訊くが実際みたものがこの世にいない。となると、その磁場逆転の話しも物理学者、研究者の間でのみ有効で、いっぱん社会人には無縁の話し、ではやはりすまされない。

さらに考えてみたが昨日書いた記事は7月2日の東京都議選挙の話しで、まったく人間臭い損得勘定であり、一般的に、その事柄を語っていればノーマルな人間だと認識される。
それでいきなり唐突に、いやそんな呑気なこといってる場合じゃないぜ、今使ってるパソコンが使い物にならなくなり、帰りの電車が全線ストップで1ミリたりとも動かない。と話を切り出したら、このばか、なに云い出すのかノストラダムスの読みすぎだ、と一蹴される。

まあそんな形容話しは極端だが、集団バイアス現象とは、それに近いものがある。身近でいえば「狼少年」説話などで語られ、昔から教訓的な教えはいろいろとある。
ただ、それら古臭い呪術とか占星術とか占いとかマヤ暦とか、それら十把一絡げで括られるので、信用に値しない話しとして相手にされない。
それで最近、著名人が宗教本に傾倒していることが目に付いた。よく知れているのが五木寛之氏の「百寺巡礼」であり五木氏の書いた「親鸞」である。文字を極めた人間は、いずれにせよその世界によっていくものなのか、とおもったりした。

maxresdefault
さらに思ったのは、その番組では地球メカニズムの科学的分析をして説明しているが、はたしてそれを見てどの程度理解できる人間がいるかという話しだ。だから、その話題を普段話している仲間の前で、それを提供したところで、ほとんど理解しないし興味を示さない。

そんなことを感じていたら、当意即妙というか、その意味を充分判っているといったような文書籍がネットにあった。

『ネコがメディアを支配する』、という見出しに感心した。もうこれだけで充分で、本を読まずして99パーセントを理解してしまうような題名の付け方に感服した。

ホントにいまネットまたテレビでは猫(犬は少ない)全盛で、ヨーロッパの野良ネコまで取材して、それが番組になるというから狂ってるとしかいいようがない。それを社会が受け入れているので商売になるわけで、豊洲の移転都議選挙とは趣旨が異なるが実績結果があるということは、趣旨の問題ではなく豊洲に「ネコミュージアム」をつくったらどうか、という十把一絡のクソみその混沌だ。

3.40年前の話しだが優れた「ドキュメントは金にならない」(テレビ番組)として、専門スタッフが淘汰された風潮が存在した。さらにそれに拍車がかかっていま日本でそれに比類する論説はゼロだ。

そうした想い深い記事二項目をここに紹介する。

「地球を守る見えざる盾 磁場消滅の脅威」(01)
NHKコズミック フロント☆NEXT
地球の磁場に異変が起きている。磁場は宇宙から降り注ぐ有害な放射線や太陽風から生命を守る見えざる盾。しかし人工衛星の最新の観測で、その磁場がここ数年急速に減少していることが判明した。減少が続き磁場が消滅すれば、大規模な気候変動が起こり、現代社会に支障がでることも懸念されている。磁場消滅の脅威に立ち向かえるのか、磁場発生のメカニズムに迫る最新の研究も踏まえ、世界各国で進む磁場研究の最前線に迫る。
2017年6月15日(木) 午後10時00分(60分) 









■(下記引用記事は2年前のものである。したがって指摘する項目が現行と一致しない場合がある。また科学的根拠が明らかではないと判断し、娯楽読み物として理解すべき内容だ。当サイト筆者〜)

そよ風速報
もうすぐ地磁気反転が発生!?北極と南極の磁場が逆転するポールシフトが地球を襲う可能性と人類への影響について。
投稿日:2015年9月7日 更新日:2017年6月7日
方位磁石で方角がわかるのは、地球全体が大きな磁場をまとっているから。だからこそ、N極は北に、S極は南の方角を向く。

この地球を取り巻く磁場は少しずつ少しずつ移動しているという。これをポールシフトと呼び、東京で方位磁石が指し示す北は、200年前までは真北だったが、現在は西へ7度ずれているのだという。

数万年〜数十万年の頻度で、地球と取り巻く磁場のN極とS極が反転していることも科学的に判明している。これを地磁気反転と呼ぶ。考えられないが、地磁気反転が起きたらN極が南を向き、S極が北を向く世界が訪れるといわけだ。

そしてこの地磁気反転が起きる兆候が、現在の地球で少しずつ現れているという。地磁気反転が本当に起きたとしたら、我々人類はどの様な影響を受けるのだろうか?

地磁気反転はとは?

地球の磁場は安定しているというわけではなく、常に少しずつ移動している。これをポールシフトという。そして急激なポールシフトによって、北と南の磁極が入れ替わるのが地磁気反転だ。

地球は過去に何度も北と南の極が入れ替わる地磁気反転を経験している。これは溶岩や地層の中に含まれる磁気を帯びた鉱石の位置などを測定して判明した事実だ。過去360万年の間に11回は地磁気反転が起きているという。

これらのポールシフトや地磁気反転がなぜ起きるのか?どんな影響があるのか?についてはまだ詳しくわかっていないのが実情だ。

地磁気反転の影響

今まで何度も地磁気反転は起きているが、その都度地球上の生物が絶滅しているわけではない。では地磁気反転が起きてどんな影響があるのだろう?

地球の磁場が弱まる!

地磁気反転が起きるとき、地球の磁場が極度に弱くなるという。

地球を取り巻く磁場は、地球にとってのバリアの役目を果たしている。磁場が弱まることで、宇宙線や太陽風の影響をモロに受けてしまい、電子機器が悪影響を受ける、皮膚がんが増えるなんて影響が起きるかもしれない。

 NASAの発表では2012年に超強力な太陽風が地球をかすめていたという。1週間ずれていたら地球に直撃し、その経済損失は200兆円に上っていたのだ。もし直撃すれば通信網や電力網にGPS、精密機器のスマホやパソコンなどに壊滅的な被害を及ぼしていたのだ。つまり大げさに言えば、現代文明が崩壊していたと言っていい。ネットが使えなくなるだけでも、とんでもない影響が出るだろう。

もし地磁気反転の最中に、極度に磁場が弱くなってしまった場合、ちょっと規模の大きな太陽風にあおられただけで、そんな壊滅的な被害が出てしまう可能性もあるのではないだろうか。

短い期間の地磁気反転が及ぼす影響は未知

地磁気反転というと短期間の内に突然、南極と北極の磁場がパッと入れ替わってしまうというイメージがあるが、実際はそうではない。その都度期間に差はあるものの、7000年ほどの期間を使い、少しずつ磁場が入れ替わるのだ。

しかし、地磁気の反転には長い年月が必要と考えられてきたが、直近の77万年前に起こった地磁気反転が完了するのにかかった時間は、わずか100年間だったという。

という事は、次に起こる地磁気反転もわずか100年で完了するぐらいの、急激な変化をする可能性がある。

そんな急激な磁場変化が地球と人類にどのような影響を及ぼすのか?まったく予測のつかない

次の地磁気反転の時期は?

国立極地研究所などのグループが千葉県にある地層を調べたところ、直近に起こった地磁気反転は約77万年前だという。

360万年の間に11回ということは、約33万年に1度の割合で地磁気反転が起きていることになる。直近の地磁気反転が約77万年前という事を考えると、今の地球はいつそれが起こってもおかしくない状況にあるといっていい。

今現在の計測による予測では、次回の地磁気反転は2000年以内に起こると言われている。しかし近年、地球全体を包む磁場が、予想よりも早く急激に弱まっていることが観測されている。これが地磁気反転の前兆なのではないかという専門家もいるのだ。
2016年が危険!!NASAの人が言うには…
2016年6月14日から8月19日の間に地磁気反転が起きると、NASAの科学者が警告を発しているという。(※注、この期日はすでに過去の期日で、警告日にはなにも起こらなかった2017年6月27日現在付)
この謎の科学者が言うには、NASAはずっと地球外生命体とコンタクトを取っていて、彼らがその事実を教えてくれたとの事。政府のトップはそれを知っているが、パニックになるので秘密にしているのだという。
ソースが宇宙人ってところも、何とも香ばしい情報だ。

地磁気反転まとめ

結局のところ、いまの科学をもってしても地磁気反転については詳細がわかっていない。(宇宙人は除く)
いつ起きるのか?何が起きるのか?我々は生き延びることが出来るのか?
地磁気反転自体は何度も地球に起こっていて、それでも生命は力強く進化を遂げている。きっと人類は絶滅することはないだろう。
だけど、もし仮に生き延びることが出来たとしても、現代文明ってやつはもう壊滅して、北斗の拳の世紀末的な荒野の世界になってしまう恐れがある。
…恐ろしい。我々は今から、取り外しできるモヒカンと、トゲトゲのついた皮ジャンや首輪を用意しておく必要があるのではないだろうか。
(記事引用)

ニュースは「ネコ動画」に勝てないのか (02)
『ネコがメディアを支配する』 - 段木昇一 (ジャーナリスト)WEDGE Infinity2017年06月26日 19:19
 タイトルだけで注目してしまう本である。最近、確かに、一部のネットメディアでは、動物の写真や動画を多用して読者の目を引こうとする傾向が顕著にある。しかしそれを本書のようにジャーナリズムの変容と気付かなかった自らの不明を恥じるところだが、個人的にはどんなニュースもネコには勝てないな、とも思ってしまう。ジャーナリズムの側面からは納得できない面も多く、劣化している証拠と懸念する向きもあるだろう。インターネットが登場して約20年がたつ今、ネットメディアをどうみれば良いのかを率直かつ骨太に分析したのが本書である。

変化する「ニュース」の概念

『ネコがメディアを支配する』(奥村倫弘、中央公論新社

 著者は大手新聞の記者を経てヤフーに入社し、現在はヤフー傘下のTHE PAGE(ザ・ページ)というニュースサイトを運営するネットの世界を知り尽くした人である。

 その人がいまのネットメディアをどう見ているのかというポイントが本書の中で紹介される。それらはきわめて明快だ。端的に言えば、ネットの登場とその後の進化がメディアの質や風景を明らかに変えているということである。

 〈2017年の現在、30歳から40歳以上の世代は、インターネットが登場する前から存在していた新聞やテレビ、出版といった伝統メディアと、ネットメディアを中心とする新興メディアの両方の変化を身近に感じてきました〉

 〈ただ、1995年より後に生まれた若者たちは、物心ついたときにはすでにインターネットが使える環境にありました。〜中略〜 彼らは経験として、伝統メディアに接してきた時間が相対的に短かったこともあり、インターネットの何がそれほど画期的な変化をもたらしたのか、実感する機会が少なかったようです〉

 ネットが登場してからこれまで、メディアを変えるエポックはいろいろあった。紙の新聞や雑誌が読まれなくなってきたのはその流れの一つであるだろうし、2008年頃からのソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)の本格的な展開が、スマートフォンの登場と相まって大きく流れを作ったのもその一つだろう。

 そうした中、ニュースという言葉の概念が大きく変わってきたというのが著者の考え方だ。わかりやすく言えば、以前の「ニュース」という言葉に人々が感じていたイメージや価値観は、いまのそれとは異なっているという問題意識である。

 〈質は二の次となり、とにかく見てもらえること、ダウンロードされること、SNSでシェアされること、広告が表示されることだけを追い求めるメディアが目立つようになりました〉

 〈取材を経たニュースなのか、ただの書き殴りなのか、発信元がメディアなのか、プラットフォームなのか、そもそも誰が作成したのかよく分からない、正確さも評価も定まっていない「劣化」した情報も同時に広がっています〉

 〈答えを見つけることもなく、たどりついてしまった先で起こり始めた退化。それこそがネットメディアの現在地である〉

 著者の現在のネットメディアを見る目は手厳しい。

技術の進化とともに、メディアはどうあるべきか
 さらに著者はこうも表現する。

 〈新聞社や出版社らが取材をしてニュースを生産し、IT企業が運営するネットメディアがニュースを流通させる〉

 まさに著者が指摘するように、メディアの中で役割分担ができてきたことも特徴の一つであろう。その結果、政治や経済、海外のニュースといった硬派なニュースよりも、芸能やゴシップといった軟派のニュースに注目が集まるようになった傾向も、多くの人が実感しているところだ。

 著者も主張しているが、きちんと取材をし、記事を書き、専門家に寄稿を依頼するなど、決して安くないコストをかけながら本来あるべきメディアとしての活動をしている組織の多くは、新聞社や出版社、通信社などの伝統メディアであるという点は、まさに同感である。そうしたメディアは評価されてしかるべきであろう。なぜなら、そうでないメディアがいま、あまりにも多く生まれているからである。

 〈信頼ある記事をつくるためには、「取材」が必要不可欠です。なぜなら取材は思い込みではなく、事実に接触しようとする行為だからです。伝統メディアは、これまで歩んできた道のりからこの重要性を理解していますが、新興メディアのすべてが、必ずしも理解しているとは言えません〉

 アメリカではフェイクニュースの存在が大きな問題となり、日本でも不正確な情報をもとに構成されたまとめサイトが閉鎖に追い込まれるなど、ネットメディアの悪弊がクローズアップされるようになっている。インターネット全盛のいま、技術の進化とともにメディアはどうあるべきなのか、深く考えるきっかけを作ってくれる力作である。

(記事引用)

images


(♪ 地球の歌声627)








「年増の厚化粧」に対抗馬がいない
都知事選に立候補している小池百合子氏がフジテレビ系「直撃LIVE グッディ!」に生出演し、石原慎太郎氏が増田寛也氏の応援演説で「年増の厚化粧」などとコメントした。「私は医療用のものを使っている。そういったことをご存じないのでは」と一蹴。(2016.7.28デイリ記事参照)

それから約11ヶ月経過して、「年増の厚化粧」との批判的揶揄の野次は見事に削除された。この意味は大きい。

そんなことばの代替ではないが、自民二階俊博幹事長が小池氏の10分の1程度の頻度でテレビで苦言したところで、何の膏薬にもならない。いまの指標現状を言い表すとそうなる。

アメリカ選挙でも云われていることだが、テレビ映りの良し悪しで当選したりしなかったりするという話は、ある程度信憑性がある。

かたや反対勢力はあの手この手で、豊洲問題の不手際を徹底検証して策をこらしている。例えば「豊洲と築地に二重投資、二重運営をすれば、いずれ市場会計は破綻し、都民の税金を投入する悪循環に陥ることは明白」とこきおろした。

また自民党の二階俊博幹事長は、北区のJR王子駅近くで第一声を拡声した。小池百合子知事や議席を争う「都民ファーストの会」への言及は避けたかたちとなり、自民党候補への「圧倒的多数の得票」を有権者に訴えた。

この豊洲と築地の両立論は、小池氏の奇策であり本来そんなうまい話はないと自身も知っていて選挙に対する一つの区切りをつけたと推理した。それを正面からいきりたって反論したところで、とにかく豊洲が開店しないことには、まったく前進しないわけであり、作図段階で云々もなにもない。
そもそも、この大喧騒の序段階で、間口が狭くてマグロも潜れない施設の欠陥設計だと、念仏のように大騒ぎしていたのを思い出す。
いまとなってみればマグロどころかネズミ通路の敷設もできないようなズタズタ豊洲にしてしまったのは一体誰なのか???

さてさて7月2日投票の大胆予想だが、記事筆者の児玉克哉氏によれば以下である。
 「私は都民ファースト有利と分析している。東京都議会選挙、最終予想〜都民ファースト47、自民40、公明23、共産11、民進5、ネット1、都民ファーストが優勢な7つの理由がある。浮動票は今でも都民ファーストが受け皿、東京都などの大都市では浮動票が圧倒的に重要だ。」
と予想する。

かなりヒイキ筋見方のようだが、都民ファースト47、自民40というのは賛成しかねる。まえにも云ってあるが、ただいま期間中であり県外からのネット記事でも選挙影響度合い乗減数を否定できない。したがってバランス感覚として逆をとる。

次の項では、選挙看板の顔の話だか、やはりテレビ画面にでる回数と映り具合だ。昔のテレビ画だったら年齢シワなど写らなかったがデジタル画になったら、その本数まで数えられるくらい鮮明に写る。だから年増の厚化粧と比喩できたのだろう。

それでも表出度数の問題で、定例会見と他のニュースインタビューなど混ぜたら、都知事の顔は、ほぼ毎日出ている。同等数に安倍首相も出ているが、森友と加計話題では逆の作用がある。

「ここまで聞える応援演説」は誇大表示だが、そんな雰囲気がこちらまで伝わってくるという形容だ。さぞかし都民のみな様には同情するが天下分け目の戦い選挙であるし、なかば諦めていただくしかない。
それでもし、かりに、かりにだよ自民が勝ったら何がどう動くのか、これも予想がつかない。おそらく内部軋轢は極度に広まっていることだし、仁義なき票集めの結果、疑心暗鬼がはびこり、さながらスノーデン現象がおこりかねない。

それにしてもさっぱりわからない都議内選挙だし、またバックアップする国政クラスの政治家の動向も「水面下」だ。これでは18歳投票の高校生が、いくらスマホで検索したところで建前記事ばかりで、それを鵜呑みにしてしまう危険性がある。そればかりが気がかりだがね〜。
AS20160629001448_comm
都議会第一党は都民ファーストか、自民党か〜今後の主導権に大きな影響
6/25(日) 8:05

東京都議会選挙が始まった。7月2日の投開票日が迫っている。注目の一つは、都議会での第一党に、都民ファーストの会がなるのか、自民党がなるのか、だ。今後の議会運営の展開を考える上でも非常に重要だ。いくつかの都議選議席予想が出ているが、予想は分かれている。小池知事ブームは終わり、都民ファーストはそれほど伸びず、自民党の底力で自民有利とみる人と都民ファーストの勢いはまだあり、都民ファースト優勢とみる人に分かれている。私は都民ファースト有利と分析している。「東京都議会選挙、最終予想〜都民ファースト47、自民40、公明23、共産11、民進5、ネット1」
都民ファーストが優勢な7つの理由がある。
1.浮動票は今でも都民ファーストが受け皿
東京都などの大都市では浮動票が圧倒的に重要だ。小池知事人気に陰りがあるといいながらも、浮動票の行き場はやはり都民ファーストになる。自民党や民進党にはなかなかいかない。つまりどの政党に投票するかで、自民党が優勢であろうと、実際には最大グループといえる浮動票の行方が勝負を決める。
2.都民ファーストと公明党の連携
これは非常に大きい。特に1人区、2人区でのこれまでの都議会選挙では、自民党候補者は公明党からの支援を得てきた。票だけでなく、選挙の体制においてもこれは重要なポイントであった。その支援が都民ファーストに移ったら状況は一変するといっていい。国政での自公連携も以前ほどの一体感がなくなっている。これは国政で自民党が圧勝しており、公明党が与党に加わっている価値が低く見られていることと連動している。都議会選は、公明党の存在感を示す機会となる。
3.逆風の自民党
自民党に逆風が吹きつつある。高支持率を誇ってきた安倍内閣も、森友学園や加計学園の問題で、批判を受けている。最近、議員の不祥事もいくつか起きている。豊田真由子衆議院議員の秘書に対する暴力・暴言事件は都議選告示の直前に明らかにされた。浮動票が重要な都議会選挙ではかなりの影響がある。自民党は公認候補者数が一番多い。つまり強気の選挙戦略だ。うまくいけば議席数を大きく伸ばすことが出来るが、失速は共倒れに繋がる。
4.メディア露出は圧倒的に小池知事
小池知事のメディア露出はやはり大きい。告示直前に、築地市場の豊洲移転問題についての方向性を出した。この方向の評価は分かれるが、まず小池知事がメディアに相当に出たことは確かだ。小泉旋風の吹き荒れた郵政民営化総選挙の時、小泉純一郎氏への批判の声は強かった。しかしメディア露出は圧倒的で、結局、小泉自民党は圧勝したのだ。橋下徹氏の大阪知事選、大阪市長選の時も彼に対するバッシングの声も凄かった。しかし、橋下氏は圧勝してきたのだ。現代の選挙はメディアに出た者勝ちの傾向がある。
5.「築地を守る、豊洲を活かす」
この方向がいいかどうかはここでは論じない。これが選挙にどう影響するかだ。小池知事が豊洲に決めても、築地に決めても、あいまいにしても、自民党は反撃に入る体制であった。しかし、小池知事の選択は、具体的な部分には触れずに、「築地も、豊洲も」というものだった。最も批判しにくい方向性だ。具体化していないので、これが財政的にどのようになるかのシュミレーションもできず、豊洲派も築地派も表立った批判はしにくい。
6.1人区、2人区で左派勢力は都民ファーストへ
特に1人区が重要だ。民進党や共産党などの支持者は自らの支持政党の候補者擁立がない1人区や2人区選挙区では、反自民の方向から、結局は都民ファーストの候補者に入れる可能性が高い。1人区の多くでは、自民党候補者は都民ファーストの候補者に競り負けると予想される。
7.都議会選挙では現職有利は限定的
東京都のような大都市では、現職有利のポイントは低い。田舎では現職であることにより、様々な人脈が築ける。しかし大都市では票に繋がるような人脈は限定的だ。意味がないことはないが、「風」による浮動票の移動と比較するとはるかに小さいのだ。「現職」という肩書きの要素はあまりあてにならない。
このように考えると、都民ファースト対自民では都民ファーストがかなり有利な展開だとわかる。公明党は23人の全員当選か、取りこぼしても1つと予想されている。都民ファーストが自民を上回ることは、都民ファーストと公明で都議会の過半数を得ることになる。
都議会選挙は首都東京の選挙だ。これは東京都にとどまらず、国政にも影響を与える。「東京都議会選挙、今日告示〜国政にも大きな影響」。注目だ。

児玉克哉 一般社団法人社会貢献推進国際機構・理事長
国際平和研究学会(IPRA)事務局長、トルコ・サカリヤ大学客員教授、パキスタン・マリル科学技術大学特別教授、ネパール・トリブバン大学客員教授、日本大学法律経済研究所研究員、CSRジャーナル編集長。三重大学副学長・教授、国際社会科学評議会(ISSC)副会長を歴任し現職。専門は地域社会学、国際社会論、政治社会学など。公開討論会を勧めるリンカーン・フォーラム理事・事務局長を務めている。「ヒロシマ・ナガサキプロセス」や「志産志消」などを提案し国際活動や地域創生活動を行っている。2012年にインドの非暴力国際平和協会より非暴力国際平和賞を受賞。連絡:kodama2015@hi3.enjoy.ne.jp
児玉克哉の最近の記事
東京都議会選挙、今日告示〜国政にも大きな影響 6/23(金) 11:32
(記事引用)


images

(♪ パワーブロック626)











没後20年・勝新太郎の「聞く力」と仁科亜季子の「剣呑孫ライフ」
「週刊文春」6月29日号 最新レビュー - urbansea文春オンライン
2017年06月25日 00:00
今週号の坪内祐三「文庫本を狙え!」は、勝新太郎の対談集『泥水のみのみ浮き沈み』(文春文庫)を取りあげている。これは92年から94年にかけて、勝新がホスト役でビートたけしや三國連太郎らと対談した月刊文藝春秋の不定期連載をまとめたもの。いわば勝新版「この人に会いたい」である。

img_f46fa867fac5386cc6785b51d41a4e5c482701
 勝新の「聞く力」が炸裂する三國連太郎との対談
 この時期の勝新は、映画への強いこだわりから仕事を断りつづけていた頃である。思うように仕事ができず、苛立ちや鬱憤を抱えていたのだろう、ビートたけしとの対談では、「会うの楽しみにしてたよ。やっと会えたっていう感じなんだ。『生意気なこと言ってやんな』って思っていたから」とのっけから毒づく。

 坪内祐三は「特に面白いのは三國連太郎と森繁久彌だ」と述べる。三國連太郎との回については、ふたりが共演した映画「座頭市牢破り」の撮影時の逸話を紹介。勝新が三國連太郎の台本に様々な記号が書き込まれていたのを目にしたことを話す。すると三國連太郎はこう答える。「僕はね、凡庸役者の最たるものだから、いろいろ試行錯誤するわけですよ。つまり、あんたみたいに天才タイプじゃないのよ」。

三國連太郎 c佐貫直哉/文藝春秋

 ここに三國連太郎の芸事や伝統芸能へのコンプレックスがうかがえる。三國連太郎の「最初の奥さん(勝新・談)」は「歌舞伎や日本舞踊の第一人者」(同)で、彼女との暮らしを対談ではこう語っている。

「やっぱり芸のある人と一緒にいると、息苦しくなるんだね。僕は自分が芸なしだから」

 またこうも言う。

「僕はあなたと違って、芝居や伝統芸とは全く縁のない世界で二十五、六まで生きてきたわけでしょう。つまりそうした素養がないから、自分の体験を通して記憶の中のあるものを辿りながら芝居を作っていったわけです」

 女性関係にも、俳優業にも、そのコンプレックスが三國連太郎のなかにある。それを引き出す勝新の「聞く力」であった。

「完全なものは偶然にしか生まれない」
 その勝新、この6月が没後20年である。20年前の週刊文春には「私だけが聞いた『20年間の名文句』と勝新太郎“最期の病室”」(1997年7月3日号)と題して、市山隆一が語る秘話が載る。原田美枝子のマネージャーとして勝新と出会い、後に脚本家として一緒に仕事した人物によるものだ。

没後20年になる勝新太郎 c林朋彦/文藝春秋
dms1302070709003-p1

 そのひとつに明治座の舞台での話がある。死んだ女の赤ん坊を女の親元に届ける場面、勝は泣く赤子の声に後ろ髪引かれる思いを引きずりながら去っていく。その時、草鞋の紐が切れてしまう。すると勝はその草鞋を赤ん坊に見立て抱きかかえる。「その瞬間、草鞋はものの見事に赤ん坊になっていたんです」と感動した市山隆一、その思いを楽屋でメイクを落としている勝に伝えると、勝はこう語る。

「その感動を忘れるな。お前は今日、古典の原点を見たんだ。こうして偶然生まれた芸が積み重なり、歳月とともに磨かれて、古典として残ってゆく。完全なものは偶然にしか生まれない」

 三國連太郎がコンプレックスを抱いた世界の天才の、芸談である。

仁科亜希子、そして中村玉緒
 話かわって、ワイド特集の「松方弘樹の偲ぶ会欠席 仁科亜季子の『火宅』」。松方弘樹の元妻・仁科亜季子だが、一緒に暮らしていた娘・仁科仁美が実業家と交際し子供が生まれたるも入籍は拒否され……、そんな剣呑な孫ライフを伝える。

 その仁科亜季子、葬儀と同様に、梅宮辰夫らの呼びかけで開かれた「偲ぶ会」にも姿をみせることはなかったと記事にある。
仁科亜季子 c深野未季/文藝春秋
 おもえば松方弘樹との共演も多い山城新伍の死も同様であった。妻は女優、娘も女優で、女性関係の乱れから離婚。役者仲間の曽根晴美らの呼びかけも虚しく、葬儀にもお別れの会にも妻や娘は参列することはなかった。

 ただ違うのは、松方弘樹には最期までそばにいてくれる女性がいたことだ。山城新伍の場合、2008年には週刊文春に「『このまま消えてしまいたい』独占直撃!山城新伍『老人ホーム』最後の日々を語る」(2008年9月4日号)があるように、孤独な晩年であった。

 なお、『泥水のみのみ浮き沈み』には勝新と妻・中村玉緒の対談もあって、ふたりは和気あいあいと隠し子の話で盛り上がる。ここでの中村玉緒が本妻の子も隠し子も不公平があってはならないと語るくだりは、読ませるものがある。ぜひ、文庫を手にしてほしいところ。
(記事引用)

※筆者談 昔はよかった、その時代を構成した歴代映画スター。個人的な好みで云えば三船敏郎がベストだが、この勝新太郎も逸材だった。黒澤映画、「乱」の主役だったものを監督と喧嘩して「降りた」という秘話は有名なはなしだ。それだけ皆、真面目に仕事をしていたという証明だ。

返すがえすも薬物依存で名を汚したことは悔やまれる。俳優に限らず多くのミュージシャンも薬物依存で短命な生涯にいたる。ほんの一時の快楽が慢性化するとその修羅から抜け出せない。
生きながらえることが必ずしも幸福とは限らないが、年老いて、過去の実績の片鱗もうかがえない老後の姿も、それなりに価値はある。むしろそんな姿を、それらの名優たちに見せてもらいたいのだが、かなわぬ夢か。







7月2日都議選の18歳投票率
「SEALDs(シールズ)」が解散してほぼ1年になろうとしている。若年層の政治関心度の指標を読むには、都合のよかった組織だったが、なくなってしまうとその検索事項にも困ってしまう。

良くも悪くも政治への関心度を先導した功績はあると思う。2.3日前の田原氏の対談記事の中で高校生の質問で日本の国力不足を悲観した意見に、大人の回答で悟していたが、おそらくそれで納得はしていないだろう。

その高校生意見の極論的見方でいうと、韓国にも中国にもましてや北にも相対的に日本は、なめられている、と認識しているようで、もっと強くなれないか、というものだった。
今のネット記事を読んでいれば誰だってそう思うし、とくに若年層に限定される話しではないとおもう。
報道の仕方、記事の内容、意図的に偏った記事、それによって社会の風評が形成されることは、由々しき事態だか今はそれが体勢を占めている。

だから18歳の若者たちには、その深層部分を知るには歴史を学ぶ必要があるが、学校で教える教材だけの知識ではその本質はわからない。
8745330422_84d03dbfcb_h
一昔前(いまでもそうだが)に公衆の面前で政治の話しはタブーという雰囲気があった(とくに芸能関係者)。同様に戦争や核についてはなおさらだ。その風潮が若年層にもなんとはなしに及んでいると私は感じている。だからいつまでたっても18歳未成年たちは政治と戦争の話しができない。その延長で選挙当事者の政治家を選別するというのは至難の技ではなかろうか。
そうした本質を改善しないでただ投票しましょうといったところで無理な話だ。
スマホばかり普及率が高くなったところで、それが投票率と比例するかといったらまったく無縁の話しだ。そのギャプを埋めるには18歳自身が考えないといけない。なぜなら30年後の生活インフラで暮すには今から準備する必要があるからだ。今の政治に責任を転嫁したところで、30年後には皆存在していないとい現実がある。

【18歳選挙権×東京都議選】18歳投票率、参院選では東京都が全国1位だったが、都知事選は9%減
高橋亮平  | 中央大学特任准教授、NPO法人Rights代表理事
4/12(水) 5:30 https://news.yahoo.co.jp/byline/takahashiryohei/
18歳投票率、都内では参院選が60.5%、都知事選は51.8%
東京都選挙管理委員会が、東京都民による年代別の推定投票率を明らかにしました。
これまでも高橋亮平(元中央大学特任准教授・元市川市議・元市川市長候補)コラムでも『18歳投票率51%とノルマ達成、次は大人が応えろ!』(https://news.yahoo.co.jp/byline/takahashiryohei/20160712-00059894/)などを書いて、18歳選挙権実現による若年世代の投票率などについても紹介してきたが、とくに東京都は他地域に比べても18歳の投票率は高く、今年の夏には都議選を控え、注目も集めるだろうし、若者たちにとっては自分たち世代の要求をしていく大きなチャンスだと思って活用してもらいたいと思う。

図表: 世代別投票率比較(2016年参院選・都知事選、2013年都議選)
出典:東京都選挙管理委員会年代別投票行動調査結果より筆者作成
PDFはこちらから

東京都選挙管理員会のデータによると、昨年7月10日に行われた参議院選挙においては、全体投票率57.5%に対して、18歳の投票率は60.5%とむしろ平均よりも高く、50歳〜54歳62.2%に迫る勢いであり、45歳〜49歳58.0%よりも高かった。
19歳の投票率についても53.3%となるものの40歳〜44歳の54.4%には及ばなかったが35歳〜39歳52.0%よりも高かった。
参議院選挙と同月に行われた都知事選挙においては、全体投票率が59.7%と参議院選挙より2.2Pも高かったのに対し、18歳51.8%と参院選比▲8.7Pと下がり、19歳も43.7%と▲9.6Pと下がっていた事が分かった。
30〜34歳以上はどの年代も都知事選の方が高かった一方で、25〜29歳以下はどの世代も参院選の方が高いという結果になった。
とくに全体投票率より18歳の投票率が3.0P高かった参議院選挙だったが、都知事選では一転して全体投票率より18歳の投票率が▲7.9%と逆に低くなる結果となってしまった。

18歳投票率の自治体ランキングは東京都、神奈川県、愛知県の順
図表: 都道府県別18・19歳投票率等(2016年参議院選挙)
出典:総務省第24回参議院議員通常選挙結果調等より筆者作成

「18歳選挙権」導入を受けての都道府県ごとの差も紹介しておきたい。
総務省の調査によると、47都道府県で18歳の投票率が最も高いのは東京都の62.2%だった。
18・19歳については総務省も東京都選挙管理員会も全数調査だと言っているのに数字が異なるのが気になるが、全数調査が嘘なのか、東京都が総務省に伝えた後に確認したら違ったのか、怪しさは残るが気にしないことにしよう。
東京都に次いで18歳の投票率が高かったのは、松沢知事時代に県内全高校での模擬選挙の導入を行うなど政治教育が最も進んでいると言われる神奈川県の58.4%だった事は、18歳選挙権実現後も一向に進まない政治教育の推進のためにも、若年投票率の向上のためには政治教育の充実が重要だと言える要素になるのではないかと若干の期待がある。
総務省においては、神奈川県と他県との政治教育の取り組みの差による若年投票率の影響などデータ分析を進めてもらいたいものだ。
できない、もしくはやるつもりがないのであれば、少なくともエリアごとのデータなどは、もう少しオープンデータとして公表してもらえればと思う
18歳投票率、次いで3位が愛知県で58.2%、4位が奈良県の55.5%、5位が埼玉県の55.3%、6位が三重県の54.8%、7位が山梨県の54.2%、8位が滋賀県の54.1%、9位が千葉県の53.9%、10位が岐阜県の52.9%と並ぶ。
逆にワーストで見ると、ワーストの47位となったのが高知県の35.3%、次いで46位が宮崎県の38.5%、45位が徳島県の41.2%、44位が愛媛県の41.4%、43位が香川県の42.0%、42位が広島県の42.6%、41位が青森県の42.9%、40位が鹿児島県の43.1%、39位が山口県の43.4%、38位が長崎県の44.2%となった。
今回の参議院選挙で初めての合区となった「徳島・高知」と「鳥取・島根」だが、高知県、徳島県はまさに危惧されていた事がそのまま18歳においても顕著となった。
ちなみに鳥取県は34 位の45.7%、島根県は37位の45.0%だった。
面白かったのは、18歳19歳ともに全国1位だった東京都だが、全体の投票率になると57.5%と11位になる。
逆に全体の投票率が62.9%と最も高かった長野県は、18歳の投票率が51.9%で全国12位、19歳の投票率は38.5%で21位になってしまっていた。
18歳の投票率が全体の投票率よりも高く、最も差をつけていたのは、東京都で4.7Pだった。
次いで埼玉県の3.4P、神奈川県の3.0P、愛知県の2.8P、千葉県の1.9Pまでが18歳投票率が全体の投票率を超えた。
逆に全体の投票率から最も差をつけられて18歳投票率が低かったのが島根県の▲17.2Pだった。

今年7月に行われる東京都議選での18歳19歳の投票率、さらには政治教育がどれだけ充実できるかにも注目したい
選挙期間が3年ごとに決まっている参議院選挙は、これまでも模擬選挙の実施などではやりやすいと言われていたが、都知事選の場合、舛添知事の辞任により急に実施が決まったもので様々な準備が整わなかったことや、学校教育現場においては、夏休みに入ってしまっていたことなども影響していたことも考えられる。
今夏に行われる東京都議会議員選挙は7月2日が投開票。
前回2013年の都議会議員選挙の投票率は、2016年の参院選、都知事選と比べて10〜15%低い。
今回は小池知事や都民ファーストなどの話題で盛り上がり、前回よりも投票率が上がることが予想されるが、こうした中で18歳、19歳の投票率がどうなっていくかも大きな注目点だ。
個人的には、「投票率」よりも「投票の質」の方が重要だと思っており、この7月の東京都議会議員選挙までの間に、政治教育などどういった仕組みが作れるか、試みが行えるかも挑戦していきたいと思っている。
(記事引用)





images






(♪ 雨の日曜日625)












「スティーブン・バノン」の詳細データ
昨日24日のNHKテレビで特集アメリカの公共放送PBS「バノン」を放送した。近年にない上質のドキュメンタリーだった。

アメリカも、この動画映像を作るだけの余力があるということはまだ健全であることをアピールした。

こと日本では東京都政選挙開幕で、これまでの無風政治?に刷新の風が吹き荒れているが、メディアで小池党過半数議席奪取などと煽っているが、数論理として圧倒的与党数に、現実的に勝るとは到底思えない。
だからちまた指摘しているように、千思万考スタイル小池論に批判的な意見は間違ってはいないが、果たしてそれが投票結果にどう反映するか、というのは誰もわからない。
まったくそれは丁半博打と同等の世界で、とどのつまり、あとは神頼み占い世界の領域だろう。その点、陰陽五行理論を理解している人間には、それが読めるはず。そんなこといって慌てて、ギリシア占星術とかツァラストラ経典とかローマミトラ教本をアマゾンに注文しても、届くのは7月3日のことで既に遅し・・・。

いやいや、はなしは「バノン」。以下は番組の解説書を引用した。その次の項目では、番組内で紹介していた「フォースターニング」という語句があったので調べてみると、これが「バノン」に多大な影響をもたらしていたということが判明。
むしろ、これを読むことで明日のアメリカ政治が見えてくる。その本の翻訳者奥山真司氏のブログで、核心に迫る。最後に載せた記事は、宿敵「バノン」としてみており、アメリカホワイトハウス主要人事から外された、と書いているが、テレビ番組を見る限りカリスマ「バノン」は黒子存在としてトランプを支えている。

“黒幕”バノンの戦い〜トランプ政権の舞台裏〜
選挙対策本部長としてドナルド・トランプを勝利に導き、政権誕生後は首席戦略官・大統領上級顧問に就任したスティーブン・バノン。右翼系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」で移民排斥などを訴えてトランプ支持層の拡大に貢献した。民衆を扇動することに長け、トランプ大統領はしばしば彼のアドバイスに従っているとされる。トランプ政権はどこへ向かうのか―?バノン氏の経歴と過去の戦略を読み解き、真の目的をさぐる。
nhkテレビ2017年6月24日(土) 午後10時00分(50分) 

5月23日にアメリカの公共放送PBSの系列局で放送され、全米で話題になった番組です。
トランプ政権下で公共放送の予算削減が検討されていた中、”Frontline”と言う1983年から続く”時事問題の最前線”を扱うドキュメンタリー番組枠の制作チームが「こんな時代、公共放送だからこそ伝えられるものがある」と、米国民のみならず、世界中にとって気になる”トランプ政権の舞台裏、政府の黒幕”を取材しています。

番組は、選挙対策本部長としてドナルド・トランプを勝利に導いた男として知られる、スティーブン・バノンとは何者か?に迫ります。政権誕生後、バノン氏は首席戦略官兼上級顧問に就任し、その影響力の大きさから国内のメディアからは「影の大統領」「ダースベイダー」などと称されるバノン氏。
そもそも、彼はどのように育ち、何を生業としてきた人物なのか?
排他的と言われる思想の根源、政治的な野望は何なのか?
米国民の間でも意外に知られていないバノン氏の人物象を明らかにしています。
全米に続き、ヨーロッパ各国でも放送され、”圧巻”と評された番組がBS1に登場します。
【番組の見どころは?】
トランプ大統領から次々と発せられる、大統領令をはじめとする”物議をかもしまくっている政策”は、バノン氏の意見やアドバイスに従った結果…と言われています。

その狙い何なのか?
鍵はバノン氏が育った環境や軍人としての経歴にある、と番組では注目しています。
民主党支持の家庭に生まれた彼が いつから、何故、右派の”排斥主義”になったのか。
右翼系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」で移民排斥などを訴えてトランプ支持層の拡大に貢献したバノン氏が政界で達成しようとている”真の目的”を探ります。

見どころの一つは、バノン氏が映像プロデューサーとして作った映画の中に見られる独特の重苦しい世界観。「破壊」というキーワードが浮かんできます。
バノン氏の過激な思想のルーツをあぶり出す形で、トランプ政権の行方を示唆しています。

発言失言のみならず、ツイッターでの綴り間違いに至るまで一挙手一投足が注目され、トランプ大統領をテレビニュースで見ない日はない、というほど世界は彼の言動に注目している、或いは注視せざる得ない昨今。
政治家としては奇想天外なトランプ大統領の言動を影で操る男、バノン氏について知る事で、「トランプ支持」の別の側面が見えてくると共に、”アメリカの今”の実情がヒシヒシと感じられます。ぜひご覧ください。
(番組プロデューサー 今井陽子)
(記事引用)

「フォースターニング」
奥山真司の地政学「アメリカ通信」
奥山真司 翻訳者|THE STANDARD JOURNAL特番 http://www.nicovideo.jp/watch/1410837015
スティーブン・バノンは私の本「フォースターニング」からアイディアを得た
さて、ルトワックの最終原稿の追い込みで忙しくしておりましたが、来週発売の『フォースターニング』に関連して、原著者の一人であるニール・ハウが、最近ワシントン・ポスト紙に意見記事を投稿しておりましたので、その要約です。

バノンの世界観は、私の本が元ネタだ 「By ニール・ハウ」

今月のメディアの見出しには以下のような警戒心を呼び起こすものが並んだ。

●スティーヴ・バノンの暗い歴史観への傾倒は警戒すべきものだ(ビジネス・インサイダー)
●バノンは最後の審判の到来や戦争の勃発が不可避だと信じている(ハフィントンポスト)
●バノンは第三次世界大戦の勃発を願っている(ネイション誌)

このようなメディアの報道に共通するのは、トランプ大統領の首席戦略アドバイザーが、彼自身の世界観に最も影響を与えた本(フォース・ターニング)の熱心な読者である、というものだ。

私はこの本を、ウィリアム・ストラウス氏と共に1997年に出版した。この本がバノン氏の心を奪ったという話は事実である。

彼は2010年に「ジェネレーション・ゼロ」というドキュメンタリー映画を発表したのだが、この映画はわれわれが描いたアメリカ史(そしてほとんどの近代社会の歴史)についての、4世代にわたる循環理論を土台にして構成されたものであった。

このサイクルには、社会政治面での「危機」(これをわれわれは「フォース・ターニング」と名付けたが)を含むものだが、この本について解説していた記事では、あまりにもその恐ろしさが誇張されすぎていた。

私はバノンのことをよく知るわけではない。ただし「ジェネレーション・ゼロ」を含むいくつかの映画制作で、彼と関わったことは事実である。

彼の文化面での知識は豊富で関心したし、彼の政治観もそれほど攻撃的なものには感じられなかった。私が驚かされたのは、彼がブライトバートというサイトの代表になり、しかもそのサイトの主張を拡散しはじめてからだ。

私がオルト・ライト(ブライトバート周辺の極右・白人至上主義を目指しているとされる動き)を知ったのは、多くの人々と同じように、主要メディアの報道によってだ。

2007年に亡くなったストラウス氏と私は、バノンに対してどのように考えて何を主張すべきかをアドバイスしたことはない。

ただし、われわれが彼に一つの示唆を与えた可能性はある。それは、ポピュリズム、ナショナリズム、国家独裁主義が台頭するというイメージなのだが、それはアメリカだけでなく世界中で起こるというものだ。

われわれは政治的なマニフェストを書いたつもりはなかったため、「フォース・ターニング」の内容が左派と右派の中の一部の熱心な運動家たちの間で非常な人気を博したのには驚かされた。

「フォース・ターニング」が出版された当時に最も受けたのは民主党の人々の間であったが、その理由は「ミレニアル世代」(これはわれわれの造語だ)がアメリカを進歩的な理想に向かわせるコミュニティー志向の楽観主義者たちとして記述したからだ。

しかし保守派にもファンがいて、彼らは別の教訓をその本から見つけている。それは、新たな時代になれば左派経済と右派の社会的価値観がうまく融合させることができるというものだ。

イデオロギー以外にも、われわれの本が注目を再び集めている理由がある。それはわれわれが近代の西洋の歴史家たちが大前提としている「線的な時間」(一方向への進歩や衰退)や「カオス的な時間」(複雑すぎで方向性を見いだせない)というものを拒否しているからだ。

その代わりにわれわれは、伝統的な社会のほとんどで受け入れられている「循環する時間」を採用しており、ある出来事が意味を持つのは、哲学者のエリアデが「再演」と呼ぶものが見られた時であるとしている。

循環論的な世界では、偶発的な事件やテクノロジーを除けば、その社会的な雰囲気は似通ったものとなり、その再演の順番も決まっている。

このサイクルの中には四つの節目(ターニング)があり、この一つの節目はおよそ20年ほどつづくことになる。ちなみにこの20年とは、一つの「世代」の長さに対応するのだ。

これを循環する「季節」として考えてみていただきたい。それは春からはじまって冬に終わるのであり、一つの「節目」で新しい世代が生まれ、年上の世代は人生の新たなステージを迎えることになる。

このサイクルは「第一の節目」(the First Turning)の「高揚」(High)の時代から始まる。これはその前の危機の時代が過ぎ去った後に始まるのだ。

この「高揚」という春の時代では、公的な制度機関の力が強まり、個人主義は弱まる。社会において、個人たちは同調圧力に不満を感じながらも、集団としては向かう方向に自信を持っている。

現在を生きている多くのアメリカ人の中には、第二次世界大戦後の「アメリカの高揚」(これは歴史家のウィリアム・オニールが名付けた)の時代の雰囲気を覚えている人もいるかもしれない。トルーマン、アイゼンハワー、そしてケネディ大統領の政権時代がこれに当たる。

それ以前のものとしては、「南北戦争後のビクトリア時代の高揚」(the post-Civil War Victorian High )というものがあり、この時代には工業の発展と安定的な家族が見られた。民主共和派が主導した「憲法制定後の高揚」(the post-Constitution High )や「好感情の時代」(Era of Good Feelings)もこれに当てはまる。

「第二の節目」(the Second Turning)は「覚醒」(Awakening)であり、この時代には高尚な原則や深い価値観の名の元に公的な制度や機関が攻撃される。

社会の公共面での進歩が最高潮を迎える時に、人々は突然にあらゆる社会的な規律に疲れを感じ、個人の権威という感覚を再び獲得したいと考えるようになる。仕事ではなく宗教による救済が若者の主張として叫ばれるようになる。

この時代の典型的な例が、1960年代後半から70年代にかけての「意識革命」(the Consciousness Revolution)である。歴史家の中にはこの時代を「アメリカの第四の覚醒」もしくは「第五の覚醒」と呼ぶ人もあるのだが、これは17世紀のジョン・ウィンスロップの時代か、18世紀のジョナサン・エドワーズの時代を最初とするのかでわかれる。

「第三の節目」(the Third Turning)は「分解」(Unraveling)であり、これは多くの面で「高揚」の正反対であると言える。公的な制度は弱体化して信頼を失い、個人主義が強まって賞賛されるのだ。

「第三の節目」の時代としては、1990年代以外にも、1920年代や1850年代があるのだが、これらの時代はその懐疑的な態度やマナーの悪さ、そして公的機関の力の弱まりによって知られている。政府の力は縮小され、投機的な狂信が頂点に達する。

最後の「第四の節目」(the Fourth Turning)は「危機」(Crisis)である。この時代に入ると公的な制度機関は根本的に再編されるのだが、その原因は国家の存続の危機が感じられるからだ。もし歴史でそのような緊迫した脅威が生み出されなければ、この時代のリーダーたちは国民的な行動を動員を行う目的で、そのような危機を発見したり、さらにはでっち上げたりすることになる。

公的な制度機関の権威は復活し、市民や集団は、より大きなコミュニティーに参加者として協力を始める。このような集団的な努力が実って解決法を生み出すと、第四の節目はわれわれの国家としてのアイデンティティを活発化させたり再定義したりすることになる。

1945年、1865年、そして1794年は、アメリカ史においてそれぞれが新たな「創建的な瞬間」を決定づけたのだ。

「第二の節目」がわれわれの内的な世界(価値観、文化、そして宗教)を再構築したように、「第四の節目」はわれわれの外的な世界(政治、経済、帝国)を再構築するだろう。

われわれの理論によれば、これからやってくる時代(たとえば10年間など)は、その本質的な人間の働きによって過去のある時期と同じようなものになるはずだ。

われわれは『フォース・ターニング』の中で、アメリカは2005年頃に金融市場において「偉大な低下」を経験し、これが契機となって1930年代のような時代に突入すると予測した。

たしかにわれわれがこれまで経験した時間を考えれば、1930年代と同じような道筋を辿っているという考えはかなり当てはまると言えるだろう。

たとえば経済では、1930年代も2000年代も世界的な金融危機によって始まり、経済成長率の鈍化や慢性的な雇用や資本の低下が見られる。投資は低下し、デフレの恐怖や格差の拡大、そして中央銀行による消費増大への刺激策も不調に終わっているのだ。

地政学的な観点からいえば、現在では孤立主義、ナショナリズム、そして右派のポピュリズムの台頭を世界中に見たのだ。地政戦略家のイアン・ブレマーはわれわれが「Gゼロ」の時代にいると述べており、これはすべての国家が利己的になる時代という意味だ。

これは1930年代にも当てはまる。大国による同盟の権威は失墜し、新たな独裁的な政権がなりふりかまわず行動するような状態を見ることになったからだ。

社会的なトレンドにおいても、この二つの時代は似た部分を示している。たとえば出生率や持ち家率の低下、数世代同居の世帯の台頭、そして地元主義の拡大やコミュニティーのアイデンティティ、そして若者による暴力事件の数の劇的な減少(トランプ大統領はこの事実に気づいていないようだが)、そしてポップな若者文化の定着などである。

結局のところ、われわれは世界中の有権者の間に生まれつつある「リーダーたちにより大きな権限を与え、プロセスよりも実行、そして抽象よりも具体的な結果を出してもらいたい」という欲求を感じているのだ。

われわれは歴史がそのスピードを上げ、リベラルな民主制度は弱体化しつつある、極めて不安定で最も重要な時代に生きている。レーニンは「10年間何もなかったとしても、その10年を決定づけるような出来事は数週間のうちに起こる」と記している。

われわれは公的な制度の創造的な破壊に準備すべきだ。これはあらゆる社会が時代遅れになったり硬直化したり機能しなくなったものを破棄するために、定期的に必要とするものだ。そしてこれは、老人から若者に富を移行させる点でも必要になる。

森は定期的な山火事を必要としているし、川にも洪水が必要だ。社会も同じであり、新たな黄金時代を迎えるためにわれわれには支払わなければならない代償があるのだ。もしわれわれが歴史の大きなリズムを見ることができれば、このようなトレンドに落胆すべきではなく、むしろ励ましとすべきである。

過去数百年間にわたる英米史では社会的な危機がかなり定期的なサイクル、つまり80年から90年ほど、もしくは人間の一生分の長さで巡ってきている。

このパターンを見ると、植民地における名誉革命の時代、アメリカ革命、南北戦争、そして世界恐慌から第二次世界大戦という時代が繰り返されている。そして1930年代からのサイクルを一回し進めると、われわれが生きているまさに現代がその時代に当てはまる。

アメリカは2008年に新たな「第四の節目」に入った。これは2030年前後まで続く可能性が高い。われわれの理論では、現在の流れはその時代の半分に近づくにつれてさらに明確になってくるということが示されている。

新たな金融危機や、大規模な軍事紛争など、今よりもさらに不都合な出来事が発生すると、国民の議論を活発化させ、リーダーたちにさらに断固とした行動をとるよう求めることになる。

世界中で台頭する地域主義やナショナリズムは大きな政治主体(おそらくEU)の分裂や、紛争の勃発(おそらく南シナ海、朝鮮半島、バルカン半島、もしくはペルシャ湾)につながる可能性がある。

新たな孤立主義の台頭にもかかわらず、アメリカは戦争に巻き込まれるかもしれない。私は戦争を望んでいるわけではないし、単に冷静に観察をしているだけだ。

それによると、米国史上におけるすべての総力戦は「第四の節目」の時代に発生しているのであり、この時代が総力戦で終わらなかった事例はないのだ。もちろんそのような戦争におけるアメリカの目標は、非常に広範囲な分野から決定されるものであろう。

2020年代の後半になると「第四の節目」は頂点を迎え、終わりに近づくことになる。講和条約が交渉され、協定が締結され、新たな国境線が確定し、おそらく(1940年代の後半のように)新たな強い世界秩序がつくりあげられるはずだ。

また、2030年代初期までにわれわれは新たな「第一の節目」を迎え、若い家族は歓喜し、出生率は上がり、経済格差は縮まり、新たな中間層が台頭し、公共投資は21世紀のインフラのために増大し、秩序ある反映が復活するだろう。

次の「第一の節目」、つまり新たな「アメリカの高揚」の時代には、今のミレニアル世代たちが社会のリーダーとなり、彼らの楽観主義や賢明さ、能力、そして自信を見せつけることであろう。そして2030年代後半のどこかの時点で、ミレニアル世代の初の大統領が誕生し、新たな伝説を創り出すことになるだろう。

それからさらに数年後には、集団的な考えを持つミレニアル世代は、新たな若い世代から思いがけない形で猛烈な批判を浴びることになる。それが次の「覚醒」だ。

このように、歴史のサイクルは容赦なく回り続けるのだ。

拒否するのかと思いきや、ここぞとばかりに本の内容を説明しまくってますね。

しかもその考えは、バノンと同じく(というかバノンが学んだのでしょうが)、「2008年のリーマンショックによって危機が始まった」という考え方ですね。

個人的には「2008年に1930年代が始まった」というのはちょっと大げさであり、もしかしたらテクノロジーの発展によって彼らのいう「危機」が回避されているのかと思いたいところですが、トランプ政権の誕生と、しかもこの理論を信じているバノンが政権の中枢にいるという事実は「危機」の到来を予感させるに十分なほど異常事態でありまして。

ということで、この理論が書かれている『フォースターニング』は来週後半に本屋に並びます。賛否両論ある「奇書」かもしれませんが、ぜひ書かれている内容をお楽しみいただければ幸いです。
(記事引用)

magw170419-bannon-thumb-720xauto


トランプの危険な黒幕バノンの命運も尽きた
BYE BYE BANNON 2017年4月19日(水)10時40分
レイハン・サラム(スレート誌コラムニスト) ニューズウイーク
<拙速なゴリ押しでトランプ政権にダメージを与えたが、NSCから外されて影響力は急降下>

トランプ米大統領の上級顧問・首席戦略官を務めるスティーブ・バノンが、国家安全保障会議(NSC)のメンバーから外されたのは「降格」ではない――政権関係者もバノン本人もそう主張して、政権内の主導権争い説をもみ消すのに必死だ。

バノンによると、自分がNSC入りしたのはオバマ前政権時代の「政治的に操作可能」なNSCを「操作不能な組織に戻す」ため。そのミッションが完了したから抜けただけだという。

こんな話を真に受けてはいけない。ニューヨーク・タイムズによると、バノンはNSCから締め出されることを極度に恐れ、外されたら政権を去ると脅しをかけていたらしい。

政権を去るなら今が最適のタイミングだ。選挙戦中にトランプの支持拡大に貢献したバノンは、政権発足後も支持率を上げるため、さまざまな策略を練ったが、結果は惨憺たるものだ。
今のうちに手を引けば、「メディア戦略の達人」という選挙戦中の評価を失わずに済む。トランプの娘イバンカとその夫でトランプの上級顧問を務めるジャレッド・クシュナーに「刺された」と暴露本に書けば、世論も少しは同情してくれるだろう。
未練がましく政権内にとどまれば、米政治に革命を起こそうとして失敗したヘマな策士として歴史に名を残すことになる。
隠れファシスト、誇大妄想狂などと呼ばれるバノンだが、本人は既成保守を批判する新保守「オルト・ライト」の旗頭を自任。共和党を経済ナショナリズムと大盤振る舞いの政党に、さらには労働者に支持されるポピュリスト政党にすることを使命と心得ている。
【参考記事】「軍事政権化」したトランプ政権
公約実現の足を引っ張る
首席戦略官としての当面の課題は、移民規制に世論の支持を取り付け、議会の承認を得て大規模な財政出動を実施するなど、トランプの公約を実現することだ。こうした課題に対し、バノンは有効な手を打てなかったばかりか、反対陣営を勢い付けるような失態を演じてきた。
例えば、彼が中心となって急いで書き上げられた入国制限の大統領令。拙速な内容が大混乱を招き、トランプ政権は発足早々批判の嵐にさらされた。バノンはわざと左派を挑発したのかもしれない。左派が反発して騒ぎ立てれば、左右の亀裂が再びあらわになり、トランプ支持の熱狂がよみがえる、と。

残念ながらその読みは外れ、トランプの支持率は下がった。入国制限の公約がトランプを勝利に導いたことを考えると、これは明らかな作戦ミスだ。

さらにトランプ政権の大きな失点となったオバマケア(医療保険制度改革)改廃法案の撤回。ここでもバノンのゴリ押しが裏目に出た。成立のカギを握る下院共和党の保守強硬派の票を確保しようと、最後通告を突き付けたのだ。法案を支持しなければトランプ大統領の恐ろしい怒りを買うことになるぞ、と。

【参考記事】トランプのシリア攻撃は長女イバンカの「泣き落とし」のため?

脅迫じみた働き掛けは逆効果だった。強硬派は反対に回り、成立の望みを断たれたトランプ政権は泣く泣く法案を取り下げた。今や共和党議員の大半は選挙区でトランプよりも高い支持率を誇っている。彼らはトランプの怒りなど怖くないのだ。

危険な極右の親玉どころか、今のバノンはぶざまな敗残者だ。今後NSCを牛耳るとみられるマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)ら、既成政治家が好む「まともな人材」が次々に政権の中枢に納まっている。彼らは世界変革を夢見る野心家ではないが、やるべき仕事をきちんとやる。もはやバノンの出番はなさそうだ。

c 2017, Slate
[2017年4月18日号掲載]
(記事引用)



images

(♪ ゆめゆめ朝625)









(♪ 雨の日曜日625)


↑このページのトップヘ

font: 14px/1.2 'arial','MS P','MS PMincho',serif; ‘MS Pゴシック’ Gothic http://livedoor.blogcms.jp/member/