マンU香川が生むアジア人新時代(ニューズウィーク日本語版)

 本人は冷静を装って書いているのですが、やっぱり内心の動揺は隠しきれていませんねぇ。

>  第一に、僕が以前から強調している日韓のコラボという側面だ。香川のドルトムントでの実績は確かに目を見張るものがあった。だが、だからといって世界最 高峰のチームへの移籍がスムーズにかなうほど甘くはない。やはり、そこにはアジアの「先輩」こと朴智星(パク・チソン)の存在がある。
(引用ここまで)

 サッカーで、しかも欧州のクラブで日韓コラボとか意味不明です。
 パク・チソンがいたからマンUに香川が移籍できた……ねぇ。
 これも韓国人がよく言いたがる話なのですが根拠がないんだよね、根拠が。ファーガソンがそう言ったわけでも、イギリスマスコミがそう言ったわけでもない。
 韓国人がそう思いたいのは理解してあげないでもないですけどね。

>  第二に、これらが日韓W杯から始まったことを想起したい。共催という政治的決断により日韓の新たな歴史を切り開いたからこそ、いま僕たちは日本人と韓国人がマンUでチームメイトになる歴史的瞬間を目撃することができるのである(編集部注:朴は7月9日にプレミアリーグ、クイーンズ・パーク・レンジャーズ への移籍を発表)。
(引用ここまで)

 なんかねー。「日韓ワールドカップ共催が引き金となって、10年を経てパクと香川がチームメイトになる瞬間を目撃する」なんていうもの、今となっては見事な笑い話ですね。
 ちょうど香川の渡英を前に、QPRへの移籍が決まったので「公式の契約期間」という意味ではともかく、このコラムライターの願望とは裏腹に実際にチームメイトとしてプレイした期間がゼロだったというのも面白いところ。
 それと少なくとも日本人であのワールドカップを共催してしまったことを喜んでいる人間はそうはいないでしょう。
 どうしても「日韓友好」的な話に持っていきたいのでしょうが、正直なところあのワールドカップへの視点自体が日本人と韓国人では大きく異なっている……おっと、間違った。
 韓国人とそれ以外の世界の人間とでは大きく異なっているでしょう。スコールズが言うところの「ワールドカップを開くべきではないくだらない国」とは視点が違って当然です。

>  第三は、これがナショナリズムの亀裂に向けての実験になるということだ。ちまたの「せこいナショナリズム」は、香川と朴を比較して優劣を付けたがる。だが、同じチームである以上、マンU移籍が韓国人あるいは日本人だけの優秀さを示す根拠には成り得ない。日本か韓国かというゼロサムではなく、日本も韓国もマンUの一員になれた、そこでアジア人の力を見せてほしいという「アジア人」意識を持てるかが試されるのだ。(中略)

 今度は香川が韓国人に亀裂を与えることを期待したい。韓国のマンUファンは、朴がいなくなっても香川の活躍するマンUを応援し続けられるだろうか。朴への敬意と親近感を示し、気負いのない軽やかさと爽やかさを持つ香川なら、きっと韓国人の対日認識に肯定的な影響を与えるだろう。朴と香川はどこか似ている。ナショナル・アイデンティティーにこだわることなく、常にマイペースで謙虚で意気込んでもおらず、変な悲壮感もない。
(引用ここまで)

 この段落も「どこか似ている」とか「パクへの敬意と親近感を示し」とかもう朝鮮日報と同じレベルの妄想の域

 アジア人云々に関しては個人的には「アジア人として」というアイデンティティがさほどないんだよなぁ……。
 心のどこかに「アジア」という部分での括りはないではないでしょうし、「アジア人としてどう思いますか?」って振られればなんか答えるでしょうが。
 どっちにしても「香川はアジア人!」みたいな話で、妄想レベルなので論評不可能。「アジア人」の役割は李忠成にでも任せておけばよいのです。

 んで、パクはマンUを(コラムライターの予想よりも遙かに早く)出ることになりましたが、いまだに韓国人はマンUを愛していますかね(笑)。
 そもそも「アジア人」という意識で「香川の出るマンUの試合」を見ますかね?
 ま、それはこれから分かるでしょうが、彼のいうところの「実験」は失敗に終わるでしょうね。これは予言として受け取っていただいてけっこうですよ。
 もうすでに起きていることを予言とは言いませんか? そうですか。

 しかし、こんな文章でお金がもらえるのだとしたら、楽な話ですね。
 自分の願望をサッカーにかこつけて書くだけの簡単なお仕事、か(笑)。