アフリカ舞踊家に‘奴隷労働’させたセヌリ党 ホン・ムンジョン事務総長(ハンギョレ)
>  パイナ(27・女)は2009年11月ジンバブエから韓国に来た。 祖国の彫刻を世界に知らせるという希望を抱いた。 だが、京畿道(キョンギド)抱川(ポチョン)のアフリカ芸術博物館に入って、夢はまもなく木っ端みじんに砕かれた。 パイナはこの博物館で一週間に6日、一日7時間ずつ彫刻をして月給として65万ウォン(約6万2千円)を受け取った。 法定最低賃金は一ヶ月に126万9154ウォンだった。‘なぜ65万ウォンしかくれないのか’と抗議するたびに、博物館管理者は「どうにもならない」とだ け言った。 「理事長が韓国で非常に重要な人物だと言いましたよ。 抗議してみても何の効果もないと…」 パイナは「韓国に来て夢が悪夢に変わった」と話した。 この博物館の理事長はホン・ムンジョン(59)セヌリ党事務総長だ。

 パイナのようにアフリカ芸術博物館で彫刻・公演などの仕事をしてきたアフリカ移住労働者12人が10日、ソウル汝矣島(ヨイド)のセヌリ党舎前に集まっ た。 労働者は全部で24人だったが、8人は帰国し4人は逃げたと言う。 彼らは奴隷のように働いてきたと暴露した。 最低賃金、適正食費、休暇など、どれ一つとっても労働関連法規が守られていなかったと言う。 彼らが抗議すれば博物館の管理者は「アフリカではこの程度なら大金じゃないか」と言ったという。 アフリカを蔑視する発言だ。

 北西アフリカ ブルキナファソ出身のエマニエル(34)は、2012年からアフリカ芸術博物館伝統公演会場で踊ってきた。 エマニエルの月給は60万ウォンだった。 法定最低賃金では105万5893ウォンを受け取らなければならなかった。 彼女は 「私は我が国の私たちの村で最も有名なダンサーだ。 世界中どこでもこんな待遇を受けたことはない。 お金は全く残らない。 このまま本国に戻らなければならない境遇」として目がしらを赤く染めた。 エマニエルなどブルキナファソ出身の公演労働者8人は9日に契約が満了した。 芸術興行ビザが満了する前の27日までに出国しなければならない。

 彼らはネズミが服をかじって食べる所で眠り、傷んだ米で食事の仕度をした。ブルキナファソ出身のラジャク(26)は「ブルキナファソでアフリカ芸術博物 館と契約する時、テレビとコンピュータが備わった立派な寮を提供すると言った。 だが、実際に来てみると、宿舎の窓ガラスは割れていてネズミの巣だった」と話した。 スレート屋根の宿舎の玄関ガラスも割れているという。 寮には暖房と断熱が全くされていない部屋もあった。 食事代は一日4000ウォンだった。 2012年7月までは2500ウォンだった。 パイナは 「韓国でとうてい3食を賄えない金額だった。 抗議するとご飯を自分で作って食べろと言い、米を渡されたが傷んだ米だった。 お金を節約するためその米で作ったご飯を食べて飢えをしのいだ」と話した。

 ブルキナファソ出身の4人がこのような環境に耐えられず無断離脱するや博物館側は残った労働者のパスポートを押収した。‘私たちの権利’だとして労働者 が反発しても効果はなかった。 一日3回公演という契約事項も全く守られず、一日4回、多い時には6回まで公演したという。 延長手当てや未使用の年次休暇手当て、退職金もやはり全く受け取ることはできなかった。
(引用ここまで)

 この「奴隷労働」を韓国与党であるセヌリ党の事務総長がやらせていたとのことです。
 ただ、これは韓国では普通の所業……ですよね?
 韓国人であれば、多くの人間が「アフリカ人」に対してこうするんじゃないでしょうかね。
 いくつか類似の事例をピックアップしてみましょうか?
 この一連のエントリを探すのに、過去ログをちょっと検索しただけです。これだけ揃えるのに5分かそこらかな。
 枚挙にいとまがない。
 やって当然。
 ナチュラルにこのくらいのことをやってなんら不思議がないのですよ。

 韓国人が相対するのであれば、アフリカ人を奴隷扱いにするくらいのことはそりゃやります。
 最低賃金なんて守りませんよ。
 だって外国人で立場が弱いですからね。
 立場の弱い相手に共感することなんてありません。

 アメリカ人投手が韓国リーグにきて最低の扱いを受けたと憤慨しているというニュースがありましたが、この投手にしたくらいのことは当然のレベル。
 あって不思議なしなのです。ま、それでも白人の男性に対してはあまりやらないのですけどね。

 韓国に黒人が行くというだけで、心配になりますよ。ホントに。
 
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ソニー・コンピュータエンタテインメント
2009-09-03