対馬から持ち込まれた二つの仏像の行く末(ハンギョレ)

> 高麗と新羅の造形美を備えた秀作である二つの仏像は、現在の国内法上でどんな位置づけがされているのか。返還論争の渦中にある仏像を保管している文化財庁と、管理権をもつ検察と裁判所の考えはどうなのか?

 結論から言うと、二つの仏像はこれから先もしばらく(あるいはかなり長い間)おちついた所蔵場所にたどり着けない境遇にある。今年1月、窃盗犯らの嫌疑が確定した二つの仏像に文化財保護法による押収判決が下され、検察は8月初めに判決を執行した。押収執行は占有権を犯罪者から移す行為だ。所有権が国家に帰属したのではない。したがって所有権を明らかにする専門的調査と返還をめぐる法理検討、難しい外交協議が必要になる。文化財庁側は「今月初めに裁判所からの電話で、押収措置は完了したが、処理の問題は内部意見があり論議中なので、処理方針が決まり次第、通報するという連絡がきた」と話した。

 金銅観世音菩薩坐像の場合、数十年前の仏像内部にあった伏蔵を分析してみると、忠清南道(チュンチョンナムド)瑞山(ソサン)に現存する浮石寺(プソクサ)の中心仏である主尊仏だった事実が分かった。常識的に考え、高麗末に西海岸を襲った倭寇の強奪説がある程度の説得力をもって受け入れられる状況にあった。

 このため寺側と信徒の集まりは、盗難仏像が国内に持ち込まれた事実が知られた後に返還禁止仮処分申請を出した。昨年2月、大田地裁はこれを受け入れ、流出経路が分かるまで返還を許可しない判決を出した。搬出経緯が十分に把握されたとする法的判断がされるまでは、期限なしで宙に浮いた状態におかれることになった。

 銅造如来立像も容易には解決されない。この仏像の流出記録は残っておらず、裁判所の判決も適用されなかった。文化財返還運動家の慧門(ヘムン)僧侶が返還を要求する行政訴訟を提起(『ハンギョレ』8月23日付1、4面)しているほど、韓日の学会や市民社会では返還世論の共感が広まっている。しかし、実際に仏像を押収した検察は「返還については簡単に決定できる事案では決してない」と明らかにしている。

 カン・ギョンピル大検察庁検事長は、「先に返還や不可方針を打ち出す状況ではないと考える」と語った。所有権未定のまま押収が執行されたので、日本側が被害者として所有権を取り戻すための「交付請求権」を先に行使すれば検討できるという論理だ。

 刑事訴訟法484条には、押収執行後3か月内に正当な権利がある者が押収物の交付を請求した時は、検事は破壊または廃棄するものでなければこれを交付しなくてはならないという規定がある。日本側が請求すれば、検察が法理的かつ歴史的検討を経て返還に関する決定を下し、その後、後続手続きをとるなり、返還不可により日本政府が訴訟を起こすなり、方向性が決まるというのだ。

 しかし、現在二点の返還を要求してきた日本政府が銅造如来立像の一点だけを要求する可能性はほとんどないというのが文化財関係者の見方だ。検察関係者は「国際法と外交争点となっている事案なので、日本が交付請求権を行使する一般的な手続きより、外交の窓口を通した返還協議になる公算のほうが高い」と見通した。
(引用ここまで)

 対馬から盗まれた仏像2体の現状。
 韓国の地裁が返還禁止の仮処分命令を出した観世音菩薩座像。例の慧門僧侶が「即座に返還しろ」と叫んでいる如来立像
 本来なら盗難された文化財なのでユネスコ条約が適用されて返還されてしかるべきなのですが、まず数年はそのままというのが現状です。

 個人的にはどちらも返還されることなく、そのままになるんじゃないかと予測します。
 最良で如来立像だけ返還が申し込まれて、日本政府がそれを断る……という感じかなぁ。

 こういうことが積み重なって「韓国とはこういうものなのだ」と認識された上での嫌韓、すなわち嫌韓新時代なのですが、それをいまだに韓国人は認識できていないのですよね。
 日本人の多数は善良なのだが、安倍政権によってだまされているとかいう設定がまかり通っているのです。
 まあ、そう設定しないと日本人が本気で韓国を嫌っているという事実に直面してしまうので、なんとしてもその一線だけは守らないといけないのですけどね(笑)。

 で、さらに予想するのであれば、将来に起こるであろう返還拒否がきっかけになってさらに嫌韓が進みます。
 まさに「知れば知るほど嫌いになっていく」というパターンそのものを踏襲するでしょうね。

 そしてそのことは総量的に見れば、日本にとってそれほど悪いことではないと思います。