【コラム】友人になれる日本人はもういないのか(朝鮮日報)

> つい先日、韓国外国語大学の鄭普錫(チョン・ジンソク)名誉教授から梶山季之(1930−75)という日本人について話を聞くことができた。(中略)

 梶山氏は植民地時代の朝鮮で生まれた。父は朝鮮総督府の土木技師だった。南大門小学校と京城中学校を卒業し、1945年に日本が敗戦を迎えると父の出身地の広島に帰った。その後、推理小説やノンフィクションなど、さまざまなジャンルの書籍を執筆するベストセラー作家となった。死後も120冊の文庫本が発行され、1300万部が売れたという。

 梶山氏は小説『李朝残影』や『族譜』などを通じ、日本に支配されていた時代の朝鮮人虐殺やその苦痛などを描いた。この2編の小説は韓国語にも翻訳され、それぞれ申相玉(シン・サンオク)監督と林権沢(イム・クォンテク)監督により映画化されている。梶山氏は1965年4月8日付の東亜日報を通じ「わたしは(日本の)過ちを贖罪●【(しょくざい)】するという思いも込めて『李朝残影』や『族譜』などの小説を書いた。わたしは小説家として日本が韓国に犯した事実を作品化し、これを伝える義務があると思っている」と自らの考えを明かした。

 鄭教授から聞いた話の中で最も感動的な部分は、放送作家の故・韓雲史(ハン・ウンサ)氏(1923−2009)が韓国を訪問した梶山氏に会った時の逸話だ。韓氏は梶山氏に「日本はこの地でひどいことをした。日本人を代表して謝罪してくれないか」と語り掛けた。すると梶山氏はひざまずき、額が地に付くほど頭をかがめ「あの時は本当に間違ったことをしました。日本人を代表して謝罪します」と言った。韓氏は即座に梶山氏を立たせ「本当にようこそいらっしゃいました。心から歓迎します」と丁重にあいさつした。二人はその後、心が相通じる真の友人になった。 (中略)

梶山氏のような「友人となる日本人」はもういなくなったのだろうか。
(引用ここまで・太字引用者)

 土下座前提の友人関係とか願い下げなんですけど。
 パク・クネが言っていた「1000年経っても被害者と加害者という立場は変わらない」というのはこういうことで、韓国人の一般的な感情なのでしょうね。
 韓国人がそんななら、日本人もそれなりに対応するってだけの話です。

 もはや73%を超える日本人が韓国人を信頼していない。
 公的調査ですら6割の人間が韓国に親しみを持っていない
 日本人の2/3が慰安婦問題でこれ以上の謝罪は必要ないと感じている。

 この日本人に「土下座すれば友人になってやるよ」とか言われても、苦笑して終わりです。
 そして、日本人をそうさせたのは韓国人そのものであることを教えておいてあげますよ。
 もう、旧宗主国だからといって甘やかすような時代は終わったってことです。