16人死亡崩落事故 会場に保安要員ゼロ=韓国警察(聯合ニュース)
【社説】また人災…恥ずかしい惨事共和国=韓国(中央日報)

> 京畿地方警察庁の捜査本部は19日午前に記者会見し、イベント計画書には保安要員4人を配置するとあったが、 実際には保安要員はいなかったと発表した。また、保安要員として記載されていた京畿道外郭団体の京畿科学技術振興院の職員4人も、自身らが保安要員である ことを知らなかったと説明した。
(引用ここまで)

 事故当日に書いたように、これは「小さなセウォル号」なのですよね。
 で、こんなものは韓国のいたるところに存在するのです。
 いつ起きたっておかしくないし、むしろ起こるべくして起きている。

 この事故のライブの時にも保安要員ゼロ。
 警備員は最前列近くを仕切るだけ。
 書類上には保安要員はいたのだけども、書類上だけ。
 こんなんで事故が防げるわけがないのですよ。

 そもそも韓国の考えかたでは事故が起きることは想定外。
 事故が起きたら起きたでそこから考えればいいくらいのお話なのです。
 それが韓国社会というものです。

 これまで韓国というものはそうやって発展してきましたのですから。
 セウォル号の事故の時も「これは韓国そのものの姿なのだから、これまでの韓国の業績を漢江の奇跡だのなんだのいって誇らしげにするのであれば、セウォル号事故も誇るべきだと」いう話をしたのですよ。
 それはこれからも変わるわけがない。

 「安全不感症」ではなくて、「安全を顧みなかった社会システム」というだけです。
 命に対するコストを最小限に抑えて、利益を最大限化してきたわけですから。
 この不景気きわまりない時に安全なんて追い求めるようになったら、韓国の競争力なんてゼロになりますわ。

 「予算がない」という一言で終了です。
 でも、それが韓国のポートフォリオなのですよ。