【コラム】正常・非正常の境界があいまいな国=韓国(1) (2) - (中央日報)

  ソウルの真ん中の光化門の風景もそうだ。世界の人々の目で見ると、現代的な建築物の間に世宗大王と李舜臣(イ・スンシン)将軍の銅像があることだけでもか なり独特な景観であるはずだが、そこ座り込んでいる悲しい人たちとともに、そのそばで“暴食闘争”をする集団の重なった光景はほとんどグロテスクだ。やや 誇張になるかもしれないが、これは人類史的な風景であるのは明らかだ。断食という手段で意思表示をするそばで、それに対して暴食デモをしたという前例は、 他の民族の歴史に記録されているだろうか。賭けをしてもよいが、おそらくないだろう。21世紀の我々の民族はこのようにあまりにも“創発的”だ。

  テクノバレーと名づけた、いわば現代デジタル文明の先端を目指す空間では、とんでもなく足もとが突然消え、一般の人たちが一瞬にして不帰の客となった。秋の日の舞台の上で音楽とダンスが流れる中、数十人の観客は同時に地下に消えた。グロテスクな風景はそれでも終わらない。

 政治的な局面で非正常の正常化は別途にうまく進行しているのか知らないが、一般市民の生活ではむしろ非正常の日常化が進んでいる。正常と非正常の区分はそれほど難しい ものだろうか。数百人の命を担保にして出港した旅客船は、波もない穏やかな海で無事に航海して乗客を降ろすのが極めて正常だ。大事故が発生すれば、国は最 善を尽くし、生命を救助するのが正常だ。常識的な目で丈夫に見えるふたは実際、丈夫であってこそ正常だ。(中略)

 たとえ正義が川のように流れなくても非正常が日常化したグロテスクな国で暮らしたいと思う国民はどれほどいるだろうか。出生率が大きく落ちるだけの理由はある。
(引用ここまで)

セウォル号 被害者遺族 絶食デモ初日


 ま、出生率だけじゃなくて「生まれ変われるなら韓国人はいやだ」っていうのも、根本はこのあたりにあるんでしょうね。
 ただ、個人的には暴食デモに関してはもうちょっと評価してやってもいいと思います。
 あれはオリジナリティの高いカウンターデモですよ。
 しかも、ハンガーストライキやっている連中以外、誰も傷つけない。
 ハンストで他人に意見を押しつけようとしている連中に対してのあてつけとしては本当にウィットに富んでいる。

 まあ、それでもグロテスクな風景であることは確かですけども。
 セウォル号遺族のハンスト自体がグロテスクな光景ってことなのですが。

 韓国人には時折、同情しますよ。
 こんなグロテスクな社会を生きなければならないことについて。
 韓国人自身が好きこのんでそういう社会にしてしまっているのですけども。
 で、事故や事件が起こると「誰がこんな国にしたんだ!」って怒るという。おまえら自身だろっていう。

 ソウルの一角とか地方都市の一部だけは先進国なのですけどね。
 その裏手には舗装すらまともにされていない道が拡がっているっていう。
 本当にうわべだけの先進国なのですよ。
 街の風景も、人の精神も。

田舎者診断
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2014-06-10