セウォル号事故1年、教訓を生かさない韓国社会(朝鮮日報)
 韓国最大の桜祭りとして知られる慶尚南道鎮海の「鎮海軍港祭」。桜が満開となった8日午後、最寄り駅の慶和駅周辺も桜の名所として知られているため、この日は多くの観光客でにぎわい足の踏み場もないほどだった。駅周辺では1時間に2000人から3000人が桜の花を背景に写真撮影を行っていたが、中には線路の上で写真撮影を行う観光客も数多くいた。しばらくして鎮海方面に向かう列車が近づくと、駅員が放送で何度も注意を呼び掛けたが、観光客たちは気にも留めない様子だった。

 列車が近づいても線路上から立ち去ろうとしない観光客たちに対し、駅員や警備員ら20人以上が急いで近づき「危ない」「そこからどいて」などと叫んだ。しかし観光客らは駅員らが通り過ぎると、また線路のすぐ横で写真撮影を始めた。走行する汽車とわずか1メートルの距離のところで2歳の子供と写真を撮る家族もいた。ある警備員は「汽車が近づいてもこれを避けるどころか、逆に線路近くに多くの人が近づいてくることもある」「『命懸けで写真を撮る必要などない』と言っても、どういうわけか『自分だけは安全』と考えているようだ」と語る。

 旅客船「セウォル号」沈没事故をきっかけに、国は安全対策に力を入れ、また国民も安全について高い意識を持つようになったと思われたが、実際のところ韓国社会は今も安全に対する意識の低さが改善されていない。実際にセウォル号沈没事故からの1年間、韓国国内では大小さまざまな事故が相次いだ。 (中略)

 大規模な事故が発生すると、そのたびに国民は政府による管理・監督のずさんさを嘆くが、その一方で「自分だけは大丈夫」と考える安易な意識は今も変わらない。昨年10月には京畿道城南市の板橋テクノバレーで、地下鉄の換気口の上からアイドル歌手のコンサートを見ていた市民が突然落下し、16人が死亡する事故が発生したが、これも市民の意識の低さが原因と指摘されている。事故当時、司会者は「換気口は危険なので降りてください」と何度も注意を促したが、誰もこの呼び掛けに全く応じなかった。しかも犠牲者のほとんどが20−40代の成人だった。この事故について光云大学のイ・ウォンホ教授は「安全への意識が欠如した発展途上国で発生する典型的な事故だ」と指摘している。
(引用ここまで)

 いや……まあねぇ。
 韓国ではこういった事故への不感症はまさに「構造」なのですよ。
 安全係数を低くとるのが国策なので、それが国民にも蔓延しているだけなのです。
 実際に事故が起こるのはそれほどの頻度でもない。
 毎日事故が起きるわけでもないし、ニュースで見てもそれは自分の周りで起きた話ではない。
 なので、事故に対しての恐怖感とかがどこか欠如している。

 「事故は起きるものだ」という認識がない、あるいはひどく低い。
 そのせいで事故が起きたら先進国のそれよりもひどくなる。
 セウォル号事故なんてどう考えても先進国であれば船の奥のほうにいた数人〜数十人くらいの被害はあっても、それ以上の被害のあるような事故にはならなかった。
 ……というか、そもそも事故が起きてないか。

 セウォル号事故を経ても国民の意識は変わらないっていうけど、それ以前に三豊事故もあったし、聖水大橋事故もあった。
 大邱の地下鉄火災もあった。

 それなのに政府も国民もまったく意識が変わらない。ケンチャナヨでスルーで終了。
 ま、それはそれでいいんじゃないでしょうかね。
 なによりも韓国人自身がそれを是としているようですから。