「申京淑『伝説』は三島由紀夫『憂国』を盗作」(朝鮮日報)
「『憂国』読んだことない」 申京淑氏が盗作疑惑を否定(朝鮮日報)

 「二人とも実に健康な若い肉体の所有者だったため、彼らの夜は激しかった。夜だけでなく、訓練を終えてほこりだらけの軍服を脱ぐ間さえもどかしく、帰宅するなり妻をその場に押し倒すことが一度や二度ではなかった。麗子もよく応えた。最初の夜を過ごしてから1カ月たつかたたないうちに、すでに麗子は喜びを知る体になり、中尉もそんな麗子の変化を喜んだ」(三島由紀夫『憂国』韓国語版)

 「二人とも健康な肉体の持ち主だった。彼らの夜は激しかった。男は外から帰ってきて、ほこりがついた顔を洗いながらも、もどかしく急いで女を押し倒すのが常だった。最初の夜を過ごしてから2カ月余り、女はすでに喜びを知る体になった。女の清逸な美しさの中に官能はかぐわしく、豊かに染み込んだ。その成熟さは歌を歌う女の声にも豊潤に染みわたり、今や女が歌を歌っているのではなく歌が女に吸われてくるようだった。女の変化を一番喜んだのは、もちろん男だった」(申京淑『伝説』)

 イ氏は「三島由紀夫『憂国』の盗作は、小説家が特定分野の専門知識を小説の中で説明したり、表現したりするために小説以外の文献の内容を地の文や登場人物の対話中で活用するといった、いわゆる『小説化作業』の結果では決してない」と指摘。プロの作家としては到底認められない、明らかな「作品の窃盗行為」だとした。

 続けて、申氏の小説はさまざまな言語に翻訳されて海外で一定の成果を収めているとしながら「もし盗作がニューヨークやパリ、英国に伝わったらどうなるか。日本の文筆家や大衆がこの事実を知ったらどうなるか。これは隠そうとしても隠されるものではなく、隠せば隠すほど悪臭を放つ韓国文学の恥だ」と強調した。
(引用ここまで)
 申氏は『伝説』が収録された小説集『ジャガイモを食べる人々』を出版した出版社、創批に宛てた電子メールで、三島由紀夫の作品はずっと前に『金閣寺』を読んだだけで『憂国』は知らなかったと述べた。また「こんな騒ぎになって私の読者たちに申し訳なく、心が痛む。これまで荒波を共にしてきたように、私を信じてほしい。真実がどうであれ、こうしたことは作家に傷が残るだけなので、対応するつもりはない」とコメントした。申氏のメールを公表した創批も「該当する場面のいくつかの文章が似ているとしても、これを根拠に盗作をうんぬんするのは問題だ」と指摘した。
(引用ここまで)
 この騒動について申氏は当初、盗作を否定していたが、韓国紙、京郷新聞(23日付)とのインタビューで「憂国と何回か照らし合わてみた結果、盗作であるという気がした」などと事実上、盗作を認めた。

 「すべでは私の責任」と読者に謝罪した申氏は「執筆はできない。当分の間、自粛する」と述べ、文学賞の審査委員も辞退する考えを示した。

 一方で「記憶をたどっても『憂国』を読んだ記憶は出てこないが、今では自分の記憶を信じられない状況になった」と歯切れの悪い回答もしている。
(引用ここまで)

 いや、しかしなんでまた「憂国」なんていうメジャーなものからパクったんですかね。
 三島由紀夫が好きな人間というのは確実にどの国にもいます。
 どの国にも割合の差こそあれ日本マニアとでもいうべき層があって、三島由紀夫はその中でもだいぶメジャーな対象だと思うのですが……。

 記事を見てもらっても分かるように、完全に言い訳不可能なもの。
 これを当初は「憂国なんて読んだことがない。これは盗作なんかじゃない」って強弁していたのですよね。ついでに出版社も一緒になって。
 盗作を許すのって作家の無能さをさらすだけじゃなくて、編集者や校正の無能さや無知をもさらしているんですよね。
 パクリ元が有名な作品であればあっただけ、その作品を知らなかったってことで。
 読者にはあまり関係ないことなのですが。

 こんなんが人気作家だっていうならそりゃあまあ、ノーベル文学賞ってかけ声だけで内輪もめしているという話はよく理解できます。

 こういう話を見ても文化的には韓国は日本のそれに支配されているのだなということがよく分かってしまいますね。
 遺憾ながらも(笑)。