盗品として返還、略奪品として保存…“高麗仏像”運命の岐路に(ハンギョレ)
洗練された胴体様式で統一新羅仏像の“最高名品”とされる銅造如来立像は、返還に大きな障害はなかった。 日本への搬出経路が明らかにならず、所有権を主張する寺刹・団体もないということが決定的根拠であった。 しかし、観世音菩薩座像は状況が異なる。 1330年、忠清南道瑞山(ソサン)の海辺にある浮石寺(プソクサ)に主尊仏として奉安したという当時の僧侶・信徒の発願文が残っていて、これを基に現浮石寺側が還収運動を繰り広げたためだ。大田(テジョン)地裁は2013年2月、浮石寺側が出した返還禁止仮処分申請を受け入れ、搬出経緯に対する法的判断が出てくるまで返還を許さないという判決を下した。その後、仏像は接近が遮断されて大田国立文化財研究所に保管中だ。 (中略)

 文献記録が何もない銅造如来立像と異なり、観世音座像は関連記録が一部残っている。 1951年所蔵先である観音寺が仏像の腹蔵から捜し出した1330年の造成発願文、14世紀末の倭寇の頻繁な西海岸略奪の経緯を記した『高麗史』と日本側の記録『太平記』の内容、そして1526年の創建時に仏像を奉安したという観音寺の略史記録が伝わっている。 『高麗史』には1350年から高麗が滅亡した1392年までの40年間、倭寇の略奪が集中的に起き、ウ王の時(1374〜1388)には378回も略奪があり、1352〜1381年に5度にわたり倭寇が瑞山に出没したという記録が残っている。 チョン・ウンウ東亜大教授は、2013年に発表した論文「西日本地域の高麗仏像と浮石寺銅造観音菩薩座像」で、「西日本に渡っている高麗仏像は約50点になるが、伝来の経緯が腹蔵物や墨書で明らかになった事例は殆どなく、倭寇の略奪にともなう搬出の可能性が最も説得力がある」と分析した。

 ただ悩ましいのは、文献資料が心証上の根拠に過ぎず、搬出された直接証拠はなく、今後出てくる可能性も希薄という点だ。 裁判所が明示した仏像の返還猶予仮処分期間(3年)は来年2月までだ。 その間に浮石寺側が返還を要求している本案訴訟を起こせば、検察と裁判所は専門家が報告した貧弱な文献根拠に依拠して事実上還収可否を判断しなければならない。現在の浮石寺は解放以後に寺を再建した寺刹だ。 高麗時の寺遺跡が皆無で学界の一部では高麗仏像を所蔵するほどの伝統を備えているかという疑問も提起されている。 ある中堅美術史学者は「仏像の返還に反対する国民感情と還収根拠が貧弱な現実の間で、法的判断には陣痛が伴うだろう」と見通した。
(引用ここまで・太字引用者)

 来年2月には仮処分が切れると。
 これは新しい情報ですね。
 で、韓国の浮石寺が本訴訟を起こせば、あるんだかないんだか分からないような論拠でその訴訟をやらなければならないと。
 「法的判断には陣痛が伴うだろう」というように言葉を濁してはいますが、法的に考えれば負けは確実。返還しなければならないのでしょう。
 でも、韓国でもっとも優先順位の高い「国民感情」は返還することを許さないだろうと。

 国民感情がどうあれ浮石寺に原告としての資格があるのかどうかすらも不明。
 というか、記事にはありませんが実際にはこの浮石寺に仏像があったのかどうかすらも立証できない状況なのですよ。
 住職がそうやって主張しているだけ。「昔は安置されていた証拠の紙があったのだけども、本体が盗まれて悔しくて捨ててしまった」っていうのが主張です。

 韓国人による盗難が確認されていて、すでに犯人には有罪判決が下されている事件に対して韓国政府がどういった判断を下すのか。
 韓国はユネスコ条約を守るつもりがあるのか否か。
 一般的に条約は国内法に優先されるものなのですけども。
 まあ、見ものです。
 国際法を守れだのなんだの言ってきた輩がどういう行動を取るのでしょうね。