[コラム] ノーベル賞の国にみる底力(ハンギョレ)
 東京に赴任する前、特派員生活を通じてそれなりの答えを探してみようと決心した質問の一つは、韓日両国の“国力差”はどれほどかという問いだった。 そしてこの2年間、日本人に会うたびにこの質問を投げかけて答えを探った。

 反応は大きく二つに分かれた。一つは「韓国も今は先進国」という返事。 日本に住み始めると、2012年8月の李明博(イ・ミョンバク)大統領の独島(ドクト)訪問で本格化した日本国内の“嫌韓ブーム”の主な原因の一つは、すぐそこまで追いついた韓国に対する警戒心ではないかと感じることがしばしばあった。 日本が1980年代末の“バブル崩壊”後の20年間の停滞期を経る間、韓国は目覚ましい発展を続け、一部の分野では日本に追いつく成果をあげている。1876年の江華島(カンファド)条約以後、一度も向き合って見たことのない対等な韓国が突然登場した感じで、日本人が「えっ」と感じるのもある程度納得はいく。

 もう一つは、日本には長い時間をかけて積み上げてきた蓄積があり「韓国がすぐ日本に追いつくのはちょっと難しいのではないか」という見解だ。 サムスンがいくら世界の一流企業だとしても、ギャラクシーフォンに入っている主要部品の相当数は日本製という事実からも明らかなように、日本が永らく蓄積してきた多様な知的・物理的資産には韓国人の予想を超越した“深み”がある。 (中略)

 個人的な感想をもう少し言えば、日本に暮らして最も大きな敗北感を味わった事例は、日本社会が昨年初め、小保方春子・理化学研究所研究主任を巡るSTAP細胞論文ねつ造問題を解決してゆく過程を見た時だった。 疑惑が発覚し、それを調査できる委員会が構成され、皆が調査結果を待ちねつ造という結論が出された。 2005年のファン・ウソク事態とは異なり、生半可な“愛国心”をかき立て真実糾明を妨害するマスコミはなかった。

 常識を持つ誰もが反対する国定化教科書を押しつけ、未だにセウォル号事態を解決できない韓国を振り返ってみよう。誰もが24人のノーベル賞受賞者を輩出した日本科学界の成果を驚嘆の視線で見つめるものの、その底力の真の原因には目を向けようとしない。 韓国で科学分野のノーベル賞受賞者はいつ出て来るのだろうか、いや出てくることはあるのだろうか。
(引用ここまで)

 最後の「ファン・ウソク事態」で「真実糾明を妨害するマスコミ」というのは中央日報のことですね。
 当時の狂騒はひどいもんでしたわ。
 ファン・ウソクがなんかやるたびに「これもノーベル賞」「あれもノーベル賞!」「もうノーベル賞やっちゃいましょう」みたいな大フィーバー。

 MBC放送が卵子入手に関して疑惑を報道したら、「ファン・ウソク教授の研究によって得られる国益を、そんな些事で妨害しようとは!」って番組スポンサーの不買運動。
 MBCに情報をリークした研究員にも暴言の嵐

 朝鮮日報の漫評にも「そんな小さいことで歩けない患者の治療を邪魔するなんて!」っていう記事があったのを覚えています。
 けっきょく、MBC放送のスポンサー全体に不買運動で圧力をかけて黙らせようとしたのですよね。
 ま、その結果は中央日報が「ファン・ウソク擁護が度を超していました」っていう反省文掲載だったわけですが。

<2005年を反省します>真実知らぬまま「黄禹錫神話」作り(中央日報)

 それに比べたらSTAP細胞については冷静に対応できていましたかね。
 韓国人のノーベル賞コンプレックスというものは、そんな部分にすら「もっとも大きな敗北感」っていうレベルでショックを受けてしまうというのが面白いところではありますが。
 日本もノーベル賞受賞の可能性がある科学者がひとりだけだったら、あんな風になっていたんでしょうかね。
 戦前から大国であった立場としては、まったく理解できない部分ではあります……というような物言いもきっと韓国的にはむかつくのでしょう。
 でも、もはや日本にとってはノーベル賞受賞って、それほど珍しいイベントでもなくなっちゃっているというのは実際のところですよね。