【寄稿】太極旗に見る韓国人の創造性はどこに消えたのか(朝鮮日報)
 私は太極旗(韓国の国旗)が実に誇らしい。オリンピックで韓国選手が金メダルを取り、愛国歌(韓国の国歌)と共に大きな太極旗が掲揚されるときに感じるあふれんばかりの誇らしさは言うまでもないが、国際的なイベント会場にずらりと掲揚される数多くの国旗の中で、ことのほか目立つ太極旗を見るたびに感じるひそかなプライドもまた並のものではない。デザイン専攻ではなかったが、早くからデザインの重要性に目を向けた私にとって、太極旗は世界のどの国旗よりも圧倒的に優れたものに見える。 (中略)

韓国の太極旗は、英国旗の息詰まるような均衡感や日の丸の生意気な野心とは次元が違う。その一方でネパール、ブラジル、スリランカ国旗が持つような奔放さすらも、ひそかに現れている。しかし、これほど素晴らしい太極旗を作り出したかつての韓国人の創造性は、一体どこに消えたのだろうか。よみがえらせなければならない。それでこそ、韓国経済も創造的になれる。
(引用ここまで)

 なんこう、キミらはなんらかのものを褒めはやす時に、他をけなすことでしかできないのかね。
 「自分が好きだ」までならいいのですよ。あるいは「○○がこうなので好きなのだ」もいいでしょう。
 でも、「日の丸の生意気な野心とは次元が違う」ですからね。
 まあ、お里が知れるってヤツです。

 ちなみにこの「○○とは次元の違う○○を〜」っていう言いかた、韓国人にとっては一種のテンプレートだったりします。
 「○○とは次元の違う実力を見せつけた」みたいに使います。
 以前にも「ワンダーガールズはアメリカのセクシーグループとは次元が違う」みたいな嘘翻訳をやっていうましたね。
 まあ、国全体がスポーツ新聞の煽り文みたいなことを考えている人たちであるというように思っていれば、あたらずとも遠くないってところではないでしょうか。
 これが彼らがいうところの自尊心(実際には虚栄心)というヤツです。疲れる社会ですね。