[寄稿]臨時政府を否定する日本の内心(朝鮮日報/朝鮮語)
明日は第97周年3・1節。ウィルソン米大統領の民族自決の原則に立脚して、世界の歴史で初めて非暴力運動を植民地支配下にあった民族が独立を訴えた運動であった。日本は容赦なく、この運動を弾圧したが、その後韓国への武断統治を終え出版・マスコミなどに一定の自由を与えるようにした。この3・1独立運動が大韓民国臨時政府の樹立につながったことは周知の事実である。

現在、日本で臨時政府の歴史的な意味を否定しようとする言説を簡単に見ることができる。出版物やインターネットサイトを介して「臨時政府は、国際社会で正式国として認められたことがない」、「連合国の勝利で韓国が独立したもので臨時政府が韓国を独立させたものではない」、「韓国国民が自らの力で独立を勝ち取ったのではない」云々しながら現大韓民国の起源を否定し、その位相を地面に落とし取るために意図を暴露する。

しかし、歴史を正しく見れば臨時政府が大韓民国誕生の決定的な役割をしたことを明らかに分かるようになる。 1932年4月29日、上海の虹口公園で開かれた天皇(日王)の誕生日と日本軍の上海占領伝承記念行事に臨時政府が送った尹奉吉医師が爆弾を投げた。以後ユン医師は死刑宣告を受け、同年12月19日、日本金沢で銃殺された。ところで、この義挙に接した中華民国の蒋介石(蔣介石)は、「中国の100万人を超える大軍もこなすかできなかったことを朝鮮人青年がこなすなんて本当にすごい」と感嘆した、後に金九が率いる大韓民国臨時政府を全面的に支援した。蒋介石が韓国の独立を支援すると約束して、後のカイロ会談で、連合国を相手に韓国を適切な時期に独立させるという合意をもたらし、中国軍と光復軍が抗日戦に参加したことのすべて臨時政府の抗日闘争がなければ不可能だった。

阿部信行朝鮮総督は1945年8月10日のラジオの短波放送を通じ、日本の降伏を事前に知っていた時期に呂運亨を訪ね韓国の治安維持権限を移譲した。朝鮮総督府は事実上韓国に降伏したものである。この時、建国準備委員会を発足させた呂運亨は1919年、在日留学生の2・8独立宣言と3・1運動に関与した臨時政府創建に力を入れた人物である。 1945年8月15日、日本が無条件降伏し、9月2日の降伏文書に署名したがこの時に署名した重光葵外相は尹奉吉の爆弾投擲で片方の足を失った人物である。このような歴史は、臨時政府が韓国の独立を引き出すことに力を薄くを証明している。

1966年、朴正煕大統領が台湾を訪問した際、蒋介石総統は「尹奉吉義士の家族はどのようにしていますか?」と尋ね、「帰国したら良い世話を与えることを願う」とお願いしたと伝えられる。 1948年8月15日、大韓民国樹立当時李承晩大統領をはじめとする政府の要因は、ほとんどすべての臨時政府出身だった。したがって、大韓民国政府は、臨時政府を継承したのが事実である。

日本の著名ジャーナリストの中には「韓国は臨時政府を継承した神話を作って反日運動に熱を上げている」という式の非常識な批判をする人もいる。日本が韓国との友好関係を望んでいる韓・米・日の協力をしたい場合は、このような誤った認識を拡散させる言説や報道を控えるべきである。
(引用ここまで)

 日系韓国人のホサカ・ユウジ教授による……なんだろ、コラム?
 先月29日に発表されたもので、その当日にシンシアリーさんのところでは取り上げられていましたね。

朝鮮日報「日本は韓国との友好を望むなら臨時政府を認めるべし」(シンシアリーのブログ)

 そのこともあって、存在は知っていたのですが取り上げようかどうしようか迷っていて2週間ほど過ぎてしまったわけですよ。
 でもまぁ、ちょっと思いついたことがあったので書いておきましょう。

 すなわち、韓国が日本に対して「大韓民国の成り立ちを認めろ」と言ってくる可能性があるなぁ……ということです。
 あ、この記事の保坂教授のように個人単位でではなく、政府単位で。

 この場合の「大韓民国の成り立ち」というのは、いわゆる大韓帝国が上海臨時政府によって継がれ、そのままリニアに大韓民国になったという話のことなのですが。
 それに付随するいくつかの話。すなわち……

・「安重根は大韓民国の戦闘員であった(のでテロリストではない)」
・「青山里の戦いは韓国軍の大勝利で日本軍を殲滅した」
・「大韓民国臨時政府は大日本帝国に対して宣戦布告をした」
・「大韓民国は第二次世界大戦における戦勝国である」

 といったような神話をも受容しろ、ということなのですよね。
 で、ひいては大韓帝国を継承している大韓民国と、もう一度基本条約を結び直せ、というところまであり得ると考えています。

 「慰安婦問題が日韓基本条約ですべて解決されている」というのは日本政府の基本方針ですが、その前提をぶち壊そうという考えになっても不思議ではないのです。
 パク・クネ政権の間は慰安婦合意で動きを封じ込められているとは思いますが。
 特に次期政権が左派のそれになったときに、特にアン・チョルスになったときにどんなことを言い出すか分かったもんじゃないのですよね。
 「政治的常識に囚われない」とか言い出して、すべてを反古にする可能性すらあるのです。
 ま、実際にはパン・ギムンなのでしょうけども。

 あ、それとこの人もユン・ビョンセの眷属ですね>ホサカ教授