【コラム】1等国民、2等国民が存在する韓国(朝鮮日報)
 大韓民国には2種類の国民がいるという。1等国民は公務員、国有企業の職員、大企業の正社員とその家族たちで、2等国民は契約職、非正規職、日雇い職をいう。第1国民、第2国民、あるいはAクラス、Bクラスと短くして呼ぶ人もいる。ある人は、上で威張っている甲民、甲に頭を下げなければならない乙民があるだけだと嘲笑する。

 1等国民は巨大な組職の中で保護を受ける。大きなビルで立派な椅子に座り、こぎれいな構内食堂が与えられ、固定給の保障を受ける。協会、労組、組合がこうした人々の利益を守っている。損をしたり嫌な思いをしたりしたときは、いつでも国会に駆け付けることができる。言論もこうした人々の動向を中心に報じる。Aクラス同士は互いに争いながらも時には連帯する。現在の世の中をこのまま維持したいという運命共同体のような暗黙の了解がある。

 2等国民は、何も所得だけが少ないわけではない。恋愛に乏しく、結婚ができない。家族という、人間として最も原始的な集合体を形成することができない。くたびれた体に休息を与える所属団体もない。第1国民が入場券を差し出せばいとも簡単に入れる場所も、第2国民は何時間も並んで初めて入場券を購入できる番号札を受け取ることができる。就職の最前線には、こうした番号札さえ受け取ることができない等外国民が少なくない。(中略)

 2等国民が死亡すると、すぐに「罪のない被害者」となる。一晩中「弱くてかわいそうな立場の者だけがひどい目に遭う」という雰囲気も助長される。黄色いリボンやのり付き付箋に数多くの激励文がしたためられる。政治家たちは現場を訪れては感傷に浸った書き込みで雰囲気を熱くする。理性を持って一体何が原因なのかを追究し、再発防止のために根本的対策を立てることは後回しとなる。ただただ哀悼し、悲しい表情を作ることだけが唯一の手段となる。(中略)

 韓国人特有の被害者意識は、忍耐という単語を知らない。高ぶる感情に歯止めが掛からない。ソウルの地下鉄で高潮した2等国民の戦闘意欲はさらに拡散するだろう。(沈没した貨客船)セウォル号や(無差別殺人事件の現場となった)江南駅の公衆トイレでも、その兆しは明確だった。600万人を超す非正規職たちが下敷きになってはいないのか。正規職の中にも、いつリストラで首を切られるか分からない2等国民予備軍は多い。

 1等国民と2等国民の間の全面戦争がいつ勃発するか気が気でない。選挙も地域対立が収まりを見せたことで、今度は所得階層間の対立、社会的身分間の対立に向かっていく様相だ。経済成長が鈍くなればなるほど社会的身分を原因とした葛藤、階層間の衝突は、徐々に激しさを増していくだろう。

 政党も、与野党を挙げて第1国民の利益を守るために動いている。心強い協会も労組も組合も存在しないBクラスの市民たちは、汝矣島(国会議事堂を意味する)に近づくことすらもできない。政界は、第2国民が安心して暮らせるように全力を挙げて取り組むべきだ。そうでなければ、第2国民は結局変則的で過激な闘争を選択するほかなくなるだろう。このまま第2国民のクーデターを待ってばかりもいられないのだ。
(引用ここまで)

 日本のそれがグラデーションであるのに比べて、韓国の格差はかっきりふたつに分かれている。そしてAからBに移ることはあっても、BからAへの移動はそうそうない。
 たとえ韓国国内で最高峰のソウル大学に入ったとしてもその構造は変わらない。むしろ、ソウル大学に入るほどの頭があるからこそ、その構造が見えてしまって絶望するのでしょうね。
 金やダイヤモンドのスプーンをくわえて生まれてこないと、この社会はだめなのだ……と。
 社会の断絶が明白に存在するから、斜陽の地では暴動が噂される
 暴動にまで話が発展するのは捨てるものがないから。
 暴動を起こして逮捕されたとしても、なにも変わらない。悪くなるかもしれないけど、現状からそこまで悪くなるとも思えない。
 自暴自棄な人間が多くなるからこそ、社会が荒れる。

 正直、充分なお金さえあればほとんどの人間は幸せに暮らせるのです。
 ここ数年、日本の特殊合計出生率が上昇し、人口あたりの自殺率が低下しているのはなんだかんだで経済が豊かに廻っているからにほかならないのです。
 韓国はそれでもこれまでは「成長」してきたのですよ。
 5%以上の成長率があって、社会全体が伸びてきた。
 お金がなくても未来への希望があれば生きていけるのですが、韓国からはそのどちらもなくなってしまった、ということなのですよ。