【コラム】オリンピック愛国主義の終焉=韓国(中央日報)
14日、オリンピック(五輪)代表チームがホンジュラスに0−1で負けるとイ・ヨンピョ解説委員はこのように話した。「韓国が先取点を入れていたらホンジュラスも『ベッド・サッカー』ができなかった。私たちに責任がある」。ばたばたと倒れてずるずる時間を流していた相手側に怒りを覚えたが爽快に悪口は言えなくても「あのように言ってもかまわないのか」と思った。

10年前の2006年ドイツワールドカップのグループリーグ最終戦、副審の旗が上がったのにスイスの2点目のゴールが認められると国民だれもが沸き立った。ある解説者は「これは詐欺」だといって語気を高めた。唯一シン・ムンソン解説者だけが「オフサイドではない。ゴールが正しい」と言って袋叩きにされて結局、退出させられてしまった。重要なことは真実ではなく、はけ口だった。それでイ・ヨンピョの言う事がまっとうすぎる声が今回も国民の逆鱗に触れるのではないかと思ったのだ。だがインターネットには「負けたのは悔しいが『国ポン』(国家とヒロポンの合成語で国家主義を皮肉った言葉)解説は辞退だ」「イ・ヨンピョはファクト爆撃機」としてイ委員を擁護する世論がはるかに高かった。 (中略)

チョン・ヨンベ檀国(タングク)大学教授(スポーツ経営学)は「今こそオリンピックから自由になる時ではないのか。リオがその転換点になるだろう」と展望した。

今後もオリンピックが開かれれば私たちは大極戦士を熱烈に応援するだろう。時には赤い服を着て広場に出て行き、「できる!」と言ってあきらめない姿に胸が熱くなるだろう。それでも今は勝負にだけ、金メダル数字にだけ、順位にだけとらわれることもない気がする。「10−10」に到達したからといって私たちの日常が変わらないことを、スポーツ強国になったからといって自分の低質な体力が良くなるわけじゃないことを分かっているからだ。「何がチュンホンディだ!(映画の中のセリフで、何が大事なのかという意味)」を感づいているためだ。
(引用ここまで)

 韓国の「オリンピックでの愛国主義」が終わりを告げている、という主旨の記事。

 その証拠として10年前のワールドカップでのスイス戦における「誤審」騒動と、今回のホンジュラス選手による「遅延行為」に対する対応の違いが挙げられているのですが。
 単純に生放送を見ている人間がどれだけいるかってだけの話じゃないですかね。
 いま調べてみたらスイス−韓国戦は午前4時から。早起きでなんとかなりそう。

 今回のホンジュラス−韓国戦は午前7時から。社会人、学生共に無理ですわな。キックオフからちょっとは見ていられますが、一般的な生活をしている人には無理。
 リアルタイムで試合を見ているかどうかは大きな違いですよ。
 それに、スイス戦では勝てばグループリーグ突破の目もあったというのは大きいかなぁ。そういった得点がらみの問題であるかどうかも大きいんじゃないでしょうか。

 で、実際に「愛国主義」とやらが終焉したのかどうか。
 アテネオリンピックでは体操競技のハム兄弟のホームページを荒らしまくり
 ソチオリンピックではソトニコワのfacebookを荒らしまくり
 ロンドンオリンピックではフェンシングのハイデマンのfacebookを荒らしまくり

 で、今回はホンジュラスの「韓国では『遅延行為』をしたとされている」選手のインスタグラムを荒らしまくっている。
 やっていることはなんら変わりません。
 ま、民族の傾向なんてものはそうそう容易には変わらないのですよ。