平昌五輪会場で行われる四大陸選手権。課題山積みの大会周辺を現地レポート。(NumberWeb)
 五輪用に仁川空港から平昌まで高速鉄道が建設中とされているがまだ完成しておらず、今回関係者は空港からバスでの移動となった。

 著者も金浦空港から小型バスに乗り込んだが、運転手はできたばかりの高速道路を怖いほどのスピードですっ飛ばした。それでも3時間半たっぷりかかり、とにかく遠いというのが第一印象であった。 (中略)

 メディアホテルのある周辺には、小型のリゾートホテルらしき建物と、一目でそれとわかる派手なデザインのラブホテルが混在していて、かなり微妙な雰囲気だ。だがそれでも、会場から車で10分というこのホテルを確保できたのはラッキーだった。 (中略)

 平昌五輪ではこれまで何度も、開催時のホテル不足の懸念が報道されてきたが、実際に現地に入ってみるとそれが誇張でも何でもないことがわかった。(中略)

 平昌の山のほうにはいくつかホテルが建設中だというが、江陵で目に入るのは、日本でいうならホテルというよりは「〇〇旅館」と呼んだ方がふさわしいようなこぢんまりしたホテルばかりである。

 収容人数の多い高層の近代的ホテルは見当たらず、たとえそのような施設が建てられても、この土地ではその後の維持は困難だろう。

 五輪には選手とコーチ、オフィシャルなど関係者だけでおよそ6500人、報道関係者がさらに2000人ほど集まることが見込まれている。選手は選手村に滞在するとしても、関係者と観客たちすべてに対応できるような施設が、あと1年で整うのだろうか。

 今の江陵の様子を見ると、とても五輪を開催できるような場所には見えないのである。

 さて肝心の運営のほうはどうか。

 筆者が最初に不安を感じたのは、金浦空港に到着したときである。

 どの国際大会でも、その玄関口となる最も会場に近い空港の到着ロビーには、当然大会のインフォメーションデスクが設置されている。だが金浦空港には、四大陸選手権の歓迎デスクは影も形もなかった(仁川空港のほうにはあったと後に関係者に聞いたが)。

 送られてきた資料には、本数はわずかとはいえ、ホテルから会場までのシャトルバスの時刻表が入っていた。

 到着したメディアホテルでフロント嬢にシャトルバスの乗り場を聞くと、「そんなものがあるとは聞いてないです」と片言の日本語を話してくる。他のジャーナリストに聞いてみると、もう一軒のメディアホテルでもまったく同じ対応だったという。(中略)

 早目に現地に入って公式練習から取材をしていた記者たちは、当然ながら会場までタクシーで往復をしていた。

 だが、2日目にはプレスルームのヘルプデスクの前に、「タクシーを呼ぶのは私たちの仕事ではありません」と英語で書いた紙が貼られていた。

 世界中どこの国に行っても、記者用のタクシーの手配をボランティアがやってくれるのは普通のことだ。まして英語を解さない江陵のタクシーを、韓国語のわからない海外メディア関係者はいったいどうやって呼べというのか。

 欧州からやってきた記者たちも、ヘルプデスクの「ヘルプ」は、いったい何の意味なのかと、前代未聞の対応に呆れかえった。
(引用ここまで)

 なんかどこかで見たテイストだな……と思ったら、今宮純さんの韓国GPレポートでした。
 まあ、韓国でなんらかのイベントを地方でやるとなるとこうならざるを得ないのでしょう。
 多少無理してでも世界陸上には行くべきだったなー。

 インフラがないのは当然なのですよ。
 そもそも韓国ではイベントを開催する理由といえば、地方が国に対してインフラ整備を求めるためのものなのですから。
 以前にも書きましたが、平昌はいわば韓国最後のフロンティアというくらいになにもないところ。

 平昌でオリンピックを開催すれば交通インフラが開通して、ホテルもばんばん建設されてコンドミニアムも建っちゃってすごいことになる……というような話で開催が決定されたのです。
 でも、もはや韓国政府にも江原道にもそんな予算はない。
 経済成長は終わってしまいましたからね。
 かつてF1が開催された霊岩サーキットがアレなように、平昌で開かれるオリンピックもそうなるのです。

 あ、それでもなんかアイスアリーナの評判自体はよいようです。まあ、それだけは選手にとって救いかな……。
 例の電光掲示板も再度設置されたようですけどね。

 ボランティアが英語ができないのも、働かないのも当然のことで。地方にそんな力はないのです。
 実際、ソウルであれば英語を貫き通すこともできなくはない相談。たとえば駅でも駅員が話せなくても、通りがかりの学生がなんとか話せたりする。
 でも、ソウルを一歩出てしまうと終了。これは実感です。

 そしてウィンタースポーツに興味がないので、プレスになにが必要になるのかも分からないのです。
 ちょうどF1韓国GPでベッテルがスクーターに自ら乗ってきてピットに帰ってきたように。車両火災があっても放置されていたように。
 ゼロからやらないとダメなんでしょうが……最後までダメなんだろうなぁ……。
 ソウルのコンサートであってですら、運営はあのていたらくでしたからね。

廃墟の歩き方 探索編
栗原亨
イースト・プレス
2002/5/10